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このページは、山田風太郎さんの本の感想のページです。

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「魔界転生」上下 角川文庫(2003年3月読了)★★★★★
寛永15年3月1日夜。島原の乱がようやく終結し、賊将天草四郎が討たれ、3万7千人の城兵たちも文字通り全滅した原の城。城を攻めた小笠原家の陣屋の1つに宮本武蔵がおり、武蔵を訪ねて由比民部之介正雪という浪人がやって来ていました。しかしそこに落ち武者がいたとの知らせが入ります。生きている者がいるとは思えない城から、突然1人の老人と白い着物姿の2人の女が現れ、海に向かって走っていったというのです。その老人こそが、小西行長の遺臣であり、今回の乱の首謀者の1人・森宗意軒。そして由比民部之介と宮本武蔵は、世にも奇妙な行動を見ることに。小笠原家の武者たちが殺到した時、森宗意軒はなんと刀を抜き払い、一緒に逃げていた女の腹を切りつけたのです。その傷口からひびのようなものが網の目のように広がり、女の体が裂けてはじけ、その内部から別の人間が現れ出ます。まず現れたのは荒木又右衛門。去年死んだはずの柳生流の名剣士。そしてもう1人の女の体の中から現れたのは、島原の乱の落城の炎の中で討たれたはずの天草四郎時貞だったのです。

魔人として生まれ変わるためには、「死期迫ってなお超絶の気力体力を持ちながら、おのれの人生に歯がみするほどの悔いと不満を抱いておる人物、もうひとつ別の人生を送りたかったと熱願しておる人物」というのが、まず第1の条件。しかもその人物が深く恋慕している女性に、あらかじめ術をかけておく必要があります。そのようなお膳立てが整った上で交合し、1ヶ月後に甦るという、忍術と西洋魔術が融合されたような「魔界転生」の術。そして甦るのがこの時代に名の聞こえた剣豪たち。生まれ変わることによって、さらに超人的な力を得た集団に立ち向かうのが柳生十兵衛。すごい設定ですね。荒木又右衛門と天草四郎の他に生まれ変わるのは、宮本武蔵、宝蔵院胤舜、江戸柳生の柳生宗矩、尾張柳生の柳生如雲斎、柳生流の田宮坊太郎… と全部で7人。7人のうち4人が柳生流、しかも対決するのが柳生十兵衛と柳生十人衆ということで、少々バランスが悪い気もするのですが、そもそもそういう問題ではないのでしょうか。要するに、本来ばらばらに生きていたこの時代の剣豪たちを一堂に集め、柳生十兵衛を中心に据えてお互い戦わせてしまおうという趣旨の物語なのですね。しかし転生するための条件設定が微妙で上手いですね。そのおかげで、佐々木小次郎のようにほんの30年ほど前に死んだ人間が参加できないのが少々残念なのですが…。そしてそれらの勝負がメインの物語とは言え、それぞれの対決が潔いのが好印象。究極の達人同士がダラダラと戦っていりなどしたら興醒めですものね。立ち合いが長くなったとしても、勝負がつく時はきっと一瞬のはず。その潔さが作品全体を引き締めているように思えます。ただそれにしては、魔人相手に柳生十兵衛が少々強すぎるかもしれませんが。(笑)

「警視庁草紙」上下 ちくま文庫(2005年1月読了)★★★★★
明治6年10月。油戸杖五郎巡査は柳島界隈を巡邏中、気になる人力俥とゆき逢います。その人力俥に乗っていたのは、27〜8歳ほどのこの世のものとは思えない美女。俥夫が腹痛のためうずくまって休んでいるとのことで、一旦は通り過ぎる油戸巡査。しかししばらくして気になって引き返してみると、そこには既に俥はなく、どろりとした血溜まりだけが残されていたのです。そして翌朝。かすかに残る血の跡から俥のわだちの跡を尾けていた油戸巡査は、柳島のとある家で奇妙な死体を発見します。血紙で封印された密室の中で笑うように死んでいた男は、浪人の羽川金三郎でした。一方、元南町奉行所の岡っ引・半七親分のところに、かつて金三郎とかたく誓った仲だったというお雪が訪ねてきます。半七は岡っ引時代の手先・冷酒かん八と元八丁堀の同心・千羽兵四郎と共に話を聞くことに。

物語は、西郷隆盛が征韓論に負けて薩摩に帰るところから始まります。政府の要人はもちろんのこと、清水次郎長とその乾分の大政・小政、河竹黙阿弥、雲霧お辰に高橋お伝、東条英機の父である東条英教、山岡鉄舟、幼い頃の夏目漱石や幸田露伴、樋口一葉、少年となった森鴎外、そして皇女和宮など、歴史上の有名人物が次々に登場。維新の元勲たちのその後の姿や、ザンギリ頭人口が増えて廃刀令が公布され… と、江戸時代から明治時代への時代の流れがフルカラーで見えるように読めるのが面白いです。岡山綺堂の「半七捕り物帳」の半七が登場したり、元江戸南町奉行が、「隅の老人ーーいや、隅の御隠居と呼んでもらおうか」と言ったり、仕掛け人の話のところでご隠居が横を向いて「御免下され、池波正太郎殿」と言っていたり、さらには警察側に元新撰組の隊員や京都見廻組で坂本竜馬を斬ったと言われる人物がいたり、夏目漱石や森鴎外のエピソードではその作品を引き合いにして語ってしまう部分もあったりと、とても楽しいですね。まだまだ混乱している世情を背景にしているからこそかもしれませんが、やはりこれだけの人々を縦横無尽に動かし、しかも「本当に有り得るかも」と思わせてしまうのは凄いです。飄々とした駒井相模守の味わいが何とも言えませんし、政府側・旧幕側のどちらが善でどちらが悪ということもなく、それぞれにその時代なりの「人間」だったのが良かったです。そして川路良利率いる警視庁と、相対する元南町奉行たちの結末は…。途中ややだれてしまったのですが、ラストは重厚。明治という時代の持つエネルギー、そして「文明開化」という波が全ての人々を分け隔てなく飲み込んでいったのが良く分かりますし、それぞれの人々の想いが切ないです。

収録作:「明治牡丹燈籠」「黒暗淵の警視庁」「人も獣も天地の虫」「幻談大名小路」「開化写真鬼図」「残月剣士伝」「幻燈煉瓦街「数寄屋橋門外の変」「最後の牢奉行」「痴女の用心棒」「春愁 雁のゆくえ」「天皇お庭番」「妖恋高橋お伝」「東京神風連」「吉五郎流恨録」「皇女の駅馬車」「川路大警視」「泣く子も黙る抜刀隊」

「明治断頭台-山田風太郎明治小説全集7」ちくま文庫(2004年10月読了)★★★★
明治維新によって新政府が発足して間もない頃。腐敗した役人を裁くために作られた役所・弾正台に抜擢され、大巡察として活躍することになるのが香月経四郎と、後に初代警視総監となった川路利良の2人でした。そして経四郎がフランス滞在中に知り合ったエスメラルダが謎解きをすることになります。
【弾正台大巡察】…職権をかさにきて、人々から小金を巻き上げることに執心している邏卒5人が、弾正台大巡察・香月経四郎と川路利良に懲らしめられます。
【巫女エスメラルダ】…フランス留学時代に香月経四郎が知り合ったのは、ギロチン処刑人の末裔・エスメラルダ。身辺を狙われる彼女は、佐賀屋敷にひっそりと住んでいるのですが…。
【怪談築地ホテル館】…築地ホテル館で、杉鉄馬がまるで刀の試し斬りのように腹を切られて死亡。しかしその時、現場に出入りした者は誰もいなかったのです。
【アメリカより愛をこめて】… アメリカに逃亡したはずの唐津藩小笠原壱岐守の愛妾・お弓の方が妊娠。計算は合わないものの、お弓の方の相手は確かに壱岐守らしく…。
【永代橋の首吊人】…岩倉具視の懐刀・谺国天が美女狩りをしては有能な若者と娶わせており、美女を奪われた男たちの恨みを買っていました。そんな時、谺の首吊り死体が発見され…。
【遠眼鏡足切絵図】…築地ホテルの屋上から遠眼鏡で東京を眺めている時、経四郎はたちは女形・沢村田之助と民部省の牧盾記と岸田銀次郎が一緒にいるところを目撃します。
【おのれの首を抱く屍体】…畑に肥まみれになっているところを発見された死体。しかしその死体は丸裸で、しかも首が切り落とされていました。
【正義の政府はありうるか】…エスメラルダが真鍋直次の依頼で訳していたフランスの本「ル・キャピトル」が原因で、エスメラルダは逮捕され、死刑に処せられることになるのですが…。

明治2〜3年の東京が舞台の作品。出だしこそ長編のように始まるのですが、最初の2章は物語の導入で、3章以降は連作短編集に様変わり。2人は1章ごとに事件に遭遇していくことになります。実はその最初の2章が少々退屈で、しかも事件が始まっても、肝心のエスメラルダの謎解きが全てカタカナなのが読みづらかったのですが、途中からぐんぐんと面白くなりました。明治初期というこの時代ならではのトリックですね。初出は1978年という古い作品なのですが、このトリックは今読んでも非常に斬新。特に「怪談築地ホテル館」には驚きました。そして最後まで読んだ時。これらの謎解き自体が1つのプロセスでもあったのですね。これは想像もしていなかったので、本当に驚いてしまいました。
福沢諭吉、ドクトル・ヘボン、岩倉具視、西郷隆盛、大久保利通、江藤新平など、物語の中に巧みに実在の人物が登場し、当時の風俗や政治の様子、そして誰もが知っている史実が散りばめられていて、その辺りも読み物としてとても面白いです。「遠眼鏡足切絵図」など、史実を知っていると分かってしまうネタもありますが、たとえ真相が分かっても、パズルが綺麗にはまっていく感覚は、逆に満足度が高かったです。さすがに上手いですね。
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