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このページは、若合春侑さんの本の感想のページです。

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「無花果日誌」角川書店(2003年5月読了)★★★★
「私」こと岩岸桐子(とうこ)は、港の魚市場の近くにある岩岸青果店の17歳の看板娘。母は既に亡くなり、父と弟との3人暮らし。魚市場という助平面の親父たちが集まる下劣な環境から脱却するために桐子が選んだのは、県内で一番のお嬢様高校に入ること。そして毎朝、崇高で気品ある芳しい香りを放つ紺サージのセーラー服を身にまとうことによって、身体に染み付いた雑多な臭いを封印し、清く芳しいカトリックのお嬢様高校の生徒へと変身しているのです。そんな桐子の彼は、1つ年上で、県内で一番偏差値の高いプロテスタントの男子校に通う我孫子郁(かおる)。物語は桐子の独り語りで語られます。

ごく普通の女子高生の日常を描いた作品。それだけではあるのですが、まるで身体に染み入ってくるような瑞々しさを感じました。少女から大人の女性へと移り変わるこの時期、生々しくなりがちな場面も、独特の透明感によって包み込まれているようです。桐子と郁の関係は、紛れもなく現代の高校生カップル。しかし作品自体は、どこか「古き良き」感覚を残しているようですね。淡々と過ぎ去っていくそれぞれの場面が印象的。その中でも一番印象に残ったのは、母親が病院へと行く前に娘を一緒にお風呂に入ろうと誘い、自らの胸のしこりを確かめる場面。このシーンは後半の郁とのシーンへと繋がっていくだけに、なんとも切なくなってしまいます。そしてラスト近くで升本さん相手に繰り出した言葉。強い目的意識と意思を感じさせながらも、足元がまだ固まりきらずに揺らめいているようで、あと一歩が踏み出せない感があった桐子ですが、この場面では彼女の上を流れていく時間を感じさせてくれました。ただ、母親と加代子さんの高校時代のエピソードがあまり語られずに終わってしまったのだけは少々残念。
桐子と郁は、郁が大学に合格した後で別れることになるのではないかと予想してしまうのですが… それでも桐子は自分の恋を後悔することなど決してないでしょうね。「花も実もある無花果のように、花の咲かない女にはなりたくない」という彼女のことですから、冷凍室で無闇に命を永らえようなどとはしないはず。これからの人生も、自分で考え、自分の足で立ち、自分に正直に生きていけるのでしょうね。そんな彼女のこれからを応援したくなってしまいます。
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