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このページは、湯本香樹実さんの本の感想のページです。

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「夏の庭-The Friends」新潮文庫(2002年7月読了)★★★★★

木山、河辺、山下の3人組の少年の小学生最後の夏。山下が祖母の葬式に行った話をしたことから、木山と河辺は「人間の死」について興味を持ち、実際に人が死ぬところが見てみたいと、3人は近所の1人暮らしの老人の家を見張り始めます。おじいさんの毎日は、判で押したように同じような日々。一日中こたつでテレビを見て、外出するのは近くのコンビニエンス・ストアにお弁当を買いに行く時ぐらい。家は荒れ放題で、家の前にはごみが散乱。しかしなかなか死ぬ気配がありません。それどころか3人の目には、徐々に生き生きとしていくように見えてきます。それもそのはず、3人の行動はおじいさんにすっかり見破られていたのです。すっかりおじいさんの術中にはまってしまった3人は、毎日のように家に通って洗濯ロープの張り方から包丁の使い方を習い、ゴミ捨てや庭の手入れをすることに。

日本児童文学社協会と日本児童文芸家協会の新人賞をダブル受賞という作品。既に広く海外でも訳され、海外の賞も受賞しているのだそうです。
最初は「人が死ぬ所を実際に見る」という、なんとも悪趣味で子供っぽい動機から、おじいさんの生活を見張り始めた3人。しかしこの3人の少年とおじいさんとの交流が、次第に深まっていく様子がとても生き生きとしていていいですね。日常的な小さなエピソードが丹念に積み重ねられ、少年たちは受験勉強からでは決して学べない、人間としての経験値を積んでいくことになります。そしてそれは孤独に慣れすぎていたおじいさんにとっても、また大きなこと。誰にも省みられないということが、どれだけ人を無気力にすることか…。毎日毎日、テレビを見てコンビニのお弁当を食べるだけというのは、実はとても陥りやすい罠。1人でもきっちりと生活していける人もたくさんいるとは思いますが、この罠にはまってしまう人も多いのではないでしょうか。という私も、自分だけだとどうでも良くなってしまうタイプなので、このおじいさんの姿がとても身にしみました。
最後の最後で、これまでのおじいさんとの交流によって色々と学んでいた彼らにとっては、さらに大きなかけがえのないことを学ぶことに。枕元のぶどうの皿が涙切ないですね。


「ポプラの秋」新潮文庫(2002年7月読了)★★★★★

半月前に看護婦をやめて家にいた千秋の元にかかってきたのは、母からの電話。18年前、千秋が6歳の夏から3年ほど住んでいたポプラ荘の大家のおばあさんが亡くなったという知らせでした。千秋たちがその家に越してきたのは、父の交通事故死の直後。偶然降りた駅で、母がポプラ荘を見つけて気に入り、子供はお断りだという大家のおばあさんに頼み込んで住み始めたのです。大家のおばあさんは近づきがたい「難物」で、「あやしい薬を飲んで悪者になってしまったポパイ」のような人物。子供の千秋にとっては、見るからに恐ろしい存在。しかし母に気を使って1人で頑張っているうちに、心身のバランスを失ってしまった千秋の世話を焼いてくれたのが、このおばあさんだったのです。最初はおばあさんの部屋に行くのが気が重い千秋でしたが、次第に2人は会話をかわすようになります。そしておばあさんが自分は死者に手紙を届ける役目なのだと千秋に語った時、千秋は父宛の手紙を書き始めるのです。

「夏の庭」と同じく「人間の死」をテーマにしており、老人と子供というモチーフも同じ。しかしこちらの方が全体的に大人っぽい印象で、物語の流れも穏やか。大人になった千秋が描かれているせいもあるでしょうし、1人で全てを背負い込まなくてはならなくなった千秋が、年齢よりも大人にならざるを得なかったというのもあるのでしょう。突然父を失ってしまったという出来事には、やはりそれだけの重みがあるはず。
そして千秋がとうとうバランスを失ってしまった時、そんな千秋を癒してくれたのが大家のおばあさんでした。このおばあさんの懐の深さと、ぶっきらぼうな優しさがとてもいいですね。おばあさんは子供の千秋のことを1人の人間として扱い、千秋自身にはそうとは気づかせずに、千秋の中にたまっていた澱を洗い流す手助けをしてくれます。最初は「おとうさん、おげんきですか。わたしはげんきです。さようなら。」としか書かれなかった手紙も、徐々に長くなることに。そしてこのおばあさんが救った人間は、千秋だけではありませんでした。最後のお葬式の場面や、千秋が心の温かさを取り戻す場面がとても素敵です。おばあさんは、確かに皆の手紙を届けてくれたのですね。個性的な面々が揃っていましたが、この中ではやはりおばあさんが一番。大きくなったオサムくんにも再会したかったです。切なくて、しかしほんのり暖かい気持ちで読める作品でした。


「くまとやまねこ」河出書房新社(20029年9月読了)★★★★★

ある朝突然、仲良しのことりが死んでしまい、悲しんだくまは綺麗な箱を作って、その中にことりを寝かせて持ち歩きます。ことりは一見眠っているだけのよう。しかし森の友達たちは、箱の中のことりを見るとみな困った顔をして、早くことりのことを忘れた方がいいと言うのです。くまはとうとう暗く締め切った部屋に閉じこもってしまい...。

酒井駒子さんとの絵本。とても切なくて、特にくまとことりの「きょうの朝」の話の辺りで心を鷲掴みにされました。
「ねえ、ことり。きょうも『きょうの朝』だね。きのうの朝も、おとといの朝も、『きょうの朝』って思ってたのに、ふしぎだね。あしたになると、また朝がきて、あさってになると、また朝がきて、でもみんな『きょうの朝』になるんだろうな。ぼくたち、いつも『きょうの朝』にいるんだ。ずっとずっといっしょにね」「そうだよ、くま。ぼくはきのうの朝より、あしたの朝より、きょうの朝がいちばんすきさ」
深い悲しみを癒すには、時間が一番の薬だということは分かっていても、それでもかけがえのない存在を失った時に、それほど簡単に割り切れるはずはなく…。純粋に失った悲しみだけでなく、死んでいくことりに何もできなかった自分への責め、そして悔い、喪失感。そんな悲しみの中に溺れそうになった時の出会い。そしてあの一言。くまはこの一言が欲しかったのですね。ああ、それなのに、誰もこの一言を言ってあげられなかったのですか!
モノトーンの絵の中の、ほんの少しの明るいピンク色が、くまの気持ちを表しているのですね。そして、この生活を続けているうちに、おそらくもっともっと色が増えていくのでしょうね。

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