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このページは、知里幸惠さんの本の感想のページです。

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「アイヌ神謡集」岩波文庫(2009年8月読了)★★★★★

北海道登別市出身のアイヌ民族で、15歳の時に言語学者の金田一京助氏出会ったのがきっかけで、アイヌとしての自信と誇りに目覚めたという知里幸惠さん。その知里幸惠さんが、アイヌ民族の間で口伝えに謡い継がれてきたユーカラの中から神謡13篇を選び、左ページには元となるアイヌ語の謡をローマ字で表記、右ページにはその日本語訳を付けたのが、この「アイヌ神謡集」。医者から絶対安静を言われていたにもかかわらず、病気をおして翻訳・編集・推敲作業を続けた知里幸惠さんは、完成したその日に、持病の心臓病のためにわずか19歳で亡くなったのだそうです。金田一京助氏、そして幸惠さん自身の弟で言語学者の知里真志保さんによる解説付き。

アイヌ文学には韻文の物語と散文の物語があり、そのうちの韻文の物語がユーカラ(詞曲)と呼ばれる叙事詩のこと。そしてそのユーカラはさらに、「神のユーカラ」(神謡)と「人間のユーカラ」(英雄詞曲)に分けられ、狭義の「神のユーカラ」は動物神や植物神、自然神が登場して自らの体験を語る「カムイユカル」、広義の「神のユーカラ」は、そこに文化神・オイナカムイが主人公として現れて自らの体験を語る「オイナ」が加わったもの。この本に収められているのは、狭義の「神のユーカラ」13篇。文字をもたないアイヌ民族の間では、口承で伝えられてきたものです。
出だしの「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」という言葉から引き込まれました。なんと美しいのでしょう。そして、そういった言葉が謡の中で何度も繰り返され、そのリズムの良さもとても印象的。知里幸惠さんの訳が素晴らしいというのはもちろんあるのですが、アイヌ語で謡われていても、おそらくとても美しいものなのでしょうね。本は対訳となっているので、ローマ字表記のアイヌ語を自分で読み、その音を確かめることができるはずなのですが、これがなかなか難しいのです。やはり一度きちんとした朗読を聞いてみないとだめなようです。
そして内容的にもとても面白いのです。アイヌの神(カムイですね)というのは、様々な場所に存在しているのですね。神々の世界にいる時は人間と同じ姿をしているのに、人間の世界に来る時は、それぞれに違う姿。この本に収められた作品群では、ほとんど動物の姿となっています。神が宿っていても、だからといってその動物が超常的な力を持つわけでも何でもないようで、普通の動物と同じように、時には捕らえられ、食料として調理されてしまうこともあります。そしてそんな時、神はその動物の耳と耳の間に存在し、自分の宿る動物の体が切り刻まれたり調理されていくのを見ているのです。世界の民話でもこういったものは珍しいのではないでしょうか。人々は、神々が宿っているという前提のもとに、その動物が自分たちのところに来てくれたと考えて、その体を丁寧に扱い、利用できるものは利用し、感謝して、神々の国に戻ってもらうことになります。そして、ありがたい功徳があった時には、イナウなどの供物をします。もちろん、宿っているのは良い神々ばかりとは限りません。悪い心を起こしたためにその報いを受けて死後反省することになる神々もいます。しかしどの謡も、読んでいると広い大自然を感じさせるのが共通点。アイヌたちが自分たちのあるがまま生きていた時代。自分たちの文化に誇りを持っていた時代。かつてアイヌたちが自由の天地で「天真爛漫な稚児の様に」楽しく幸せに生きていた時代を懐かしむ、知里幸惠さん自身による序もとても印象に残ります。

収録:梟の神の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」、狐が自ら歌った謡「トワトワト」、狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」、兎が自ら歌った謡「サンパヤ テレケ」、谷地の魔神が自ら歌った謡「ハリツ クンナ」、小狼が自ら歌った謡「ホテナオ」、梟が自ら歌った謡「コンクワ」、海の神が自ら歌った謡「アトイカ トマトマキ クントテアシ フム フム!」、蛙が自ら歌った謡「トーロロ ハンロク ハンロク!」、小オキキリムイが自ら歌った謡「クツニサ クトンクトン」、獺が自ら歌った謡「カッパ レウレウ カッパ」、沼貝が自ら歌った謡「トヌペカ ランラン」

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