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このページは、陳舜臣さんの本の感想のページです。

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「阿片戦争」上中下 講談社文庫(2003年5月読了)★★★★★

1832年福建省厦門。連維材は温翰と共に、望潮山房から1艘の英国船が厦門港に向かっているのを眺めていました。維材は「金順記」という茶葉及び国内貿易の店を持つ、この町随一の富豪。厦門の名門・連家に妾腹の子として生まれた彼は、父が死んだ17歳の時に連家を追放され、連家の店・金豊茂の番頭だった温翰と共に自力で店を興し、それ以来の25年で彼の店は金豊茂と比べ物にならないほどの発展を遂げていたのです。対外貿易が広州1港に限定されて以来70年、厦門の繁栄は失われており、その日のようにおおっぴらに港内に洋船が乗り込んで来るのは久しぶりの出来事でした。明らかに天朝の禁令に違反する行為とあって、時の水師提督・陳化成は英国船を包囲し、上陸を拒みます。この船は、実は英国東インド会社からの偵察船。英国側は広州以外の港でも貿易を行えるよう清国政府に要求していたのです。開港と開国の協力を英国側に約束する維材。そして維材の腹心である温翰は江蘇州巡撫に任命された林則徐と会っていました。則徐が挙人であった時から援助してきた温翰は、20年たって初めて要求らしいことを口にします。それは「あなたが、ほんとうにやりたいと思うことを、どんな仕事であれ、全力を傾けて、思い切りやってほしいのです」という言葉。そのために温翰は、50万両という銀も用意してきていたのです。

清朝末期に起きた中国を激変させた戦争、阿片戦争についての物語。6部構成で、上中下巻がそれぞれ「蒼海編」「風雷編」「天涯編」。物語は豪商・連維材と清廉潔白の政治家・林則徐を中心に描かれていきます。史実である阿片戦争と実在の人物である林則徐、そして陳氏の創造した人物・連維材。ノン・フィクションとフィクションの融合がとても素晴らしい作品でした。もちろん実在の人物と創造した人物を共に活躍させるような物語はたくさんありますし、素晴らしい作品も多いのですが、しかしその大部分は市井の人物としての活躍。この連維材は大富豪という設定で、実在の人物と共に、歴史上に名前が残りそうな行動を自在にしています。これがなんとも良いのです。そして様々な女性たちの姿も印象に残ります。自分と向き合うことを恐れていた黙琴、深く考えることを恐れていた清琴、退屈を恐れていた西玲… どの人物の姿も、その情景も目の前に浮かぶようです。人物造形が素晴らしいのでしょうね。下巻になると、ややノン・フィクションの部分が強くなるようで、私は中巻が一番楽しめました。
日本と同じように国を閉ざしていた清にとって、英国の進んだ軍事力や外交手腕はさぞかし脅威だったのでしょうね。古い中国の時代から、王朝が変わっても脈々と受け継がれ、骨の髄まで沁み込んでいる感のある中華思想が、この時初めて実力行使によって否定されることになります。外国の能力や動きを視野に入れることのできた連維材と林則徐は、商人と政府の役人としてそれぞれの立場で最善を尽くしているのですが、いかんせん皇帝の周囲には、昔ながらの思想に凝り固まった役人ばかり。その対立は漢民族と満州族の対立でもあります。しかしここではやはり連維材と林則徐の組み合わせの方が明らかに大物なのですが、描く側の視点によって、簡単に善悪好悪がひっくり返されてしまいそうな微妙な面も持ち合わせています。
この「阿片戦争」は、日本で起きてもまるで不思議のなかった出来事です。それがなぜ日本には起きなかったのか。日本と清の間にはどんな違いがあり、それが結果としてどのように現れたのか考えるのも面白いかも。


「風よ雲よ」上下 講談社文庫(2003年2月読了)★★★★

明末期。大坂夏の陣の落武者・安福虎こと安福虎之助は、戦を避け、周弘という蘇州の商人の用心棒となってマカオへと渡ります。そこでぶらぶらしている時に偶然出会ったのは、中橋鉄之進という武士。今日明日の命だというその武士は虎之助に、豊臣秀頼の遺児を探し出して日本に連れて帰って欲しいと言います。秀吉の親衛隊だった「せんなりぐみ」が、大坂の落城を予想して、秀頼に女をあてがって子供をもうけさせ、明へと送ったというのです。しかしその子供を連れた神尾八郎は2年ほど前から消息をたっていました。遺児の目印は眉と眉の間の丸い痣。虎之助はは首尾よく遺児を見つけ出します。それは豊宣吉という10歳ほどの少年で、現在は大念という和尚に育てられていました。早速日本に向かおうとする3人。船を待つ3人の元を訪れたのは、鄭芝竜という若者でした。4人は早速長崎へと渡ります。

明から清への時代の移り変わりに、豊臣家の遺児とその受け継いだ財宝が絡む物語。安福虎之助が次々と時の人に出会っていく様子は少々都合が良すぎるとも言えるのですが、それが物語としてのテンポを生み出しているのでしょうね。中国は明から清へと時代が移る時、日本は豊臣から徳川へと政権が代わり、鎖国をする寸前。南では海賊だった鄭芝竜が大きな勢力を持ち、北では李自成が明の最後の皇帝である崇禎帝を滅ぼし、そのそして陳円円を救い出すためだけに満州族の力を借りる呉三桂。上下巻2冊に、彼らの活躍がぎっしり詰まっているという感じです。そしてそんな激動の時代に、日本人である安福虎之助の存在が意外なほどしっくりときていました。日本人が海外に自由に出れる最後のチャンスを上手く掴んだということなのでしょう。本当にこの虎之助のような人間はいたかもしれませんね。そして宣吉や千海の存在もまた、ないとは言い切れないもの。というよりも、いかにもありそうです。この2人の少年の存在が物語に伝奇的な彩りを添えていて面白いですね。
この後、鄭芝龍の息子である鄭成功が活躍することに。そちらは「旋風に告げよ」に描かれることになります。


「旋風に告げよ」上下 講談社文庫(2003年2月読了)★★★★

1644年、明末期。日本は江戸時代初期。父の死によって廃嫡され、長崎の寺に預けられていた林田統太郎は、明から来日したばかりの逸然和尚を訪ねた帰り道、見知らぬ男たちに拉致されます。和尚から何を受け取ったのかと拷問を受け、川に放り込まれた統太郎。そんな彼を助けたのは、長崎に漢方と蘭方を学びにやってきた医師・吉井多聞でした。男たちに追われる2人は、長崎の色町の近くで歌舞音曲の師匠をしている統太郎の異母姉・お蘭の元に身を潜めることに。統太郎は、お蘭が切支丹であること、お蘭と自分の父親が名高い顔思斉であることを知り驚きます。そしてお蘭と統太郎、そして長崎の医学に失望していた吉井多聞は一緒に大陸に渡ることに。一方、日本にいた時は福松と呼ばれていた鄭芝竜の息子・森は、南京の大学に学んでいました。しかし南下する満州鉄騎軍の動きを見て、父のいる南安へと向かうことに。

隆武帝となった唐王によって国姓である「朱」を名乗ることを許され、国姓爺と呼ばれるようになった鄭成功の物語。「風よ雲よ」の続きとなります。近松門左衛門による「国姓爺合戦」とは、この鄭成功のことなのですね。
父・芝竜は形成の不利を悟って清朝に下りますが、成功はあくまでも明朝復興を願って戦います。しかし資金は日本などとの貿易によって潤沢にあり、強力な水軍もあり、本人にも十分魅力があるのに、なぜか運には恵まれずに結局は清には敗れ去り、明王朝の復興も叶わないのです。
成功は幼い頃から日本人にも中国人にもなりきれず、結局それが良くも悪くも彼自身を大きく左右してしまっているようですね。中国人の血が入っている分、日本にいる間はどこか自分の本当の居場所ではないように感じ、そして日本人の血が入っている分、中国では鄭芝竜の跡取り息子として、人一倍中国人らしく生きねばならなかった成功。何をしても、特に何を失敗しても、その血のせいにされてしまいやすいというのは、精神的にかなりしんどい状況。実際、彼が本心を打ち明けられるのは統太郎だけです。そしてその精神的なストレスが、彼の中で時々暴れているのです。成功にとって、明王朝など本当はどうでも良かったのではないでしょうか。純粋な中国人である父がそんな成功の思いに全く気付かず、利によってあっさりと清に下ってしまったのを見て、意地になってしまっただけなのでしょうね。それらが感じられる部分がとても痛々しかったです。
後に水戸光圀と交流を持つことになる、朱舜水が登場するのが面白いですね。しかし顔思斉の死についての真相はどうなったのでしょう。結局は、それほど簡単に分かることではなかったということなのでしょうか。


「小説十八史略」1〜4 講談社文庫(2004年3月読了)★★★★

司馬遷が正史に基づいて書いた「十八史略」を、陳氏が小説風に書き直したもの。
1巻は、天帝の10人の子供たち(いずれも太陽)が悪戯をしたことから、9人までが「げい」に射殺され、太陽が1つだけになったという神話から。ちなみにこの「げい」の妻が、夫を置いて月に昇ってしまうことになる嫦娥。そして秦の始皇帝の話まで。2巻は始皇帝が亡くなり、項羽と劉邦が台頭。張良を得た劉邦が漢を興し、呂后の時代を経て、武帝の時代まで。3巻では、武帝の時代から前漢の滅亡、王莽によるを新を経て、光武帝による後漢の復興、そして黄布の乱を経て、三国志の時代へ。4巻では、三国志の時代から、随による中華統一、そしてわずか30年足らずで滅亡し、唐王朝が誕生するまで。

「小説」とは言っても、歴史上の人物をそれほど深く掘り下げるわけではないのですが、やはりただの歴史書に比べると段違いに読みやすいです。ただ、全く何も知らない状態で読むとやはりとっつきにくい部分もあると思うので、ある程度の中国物の小説は予め読んでおいた方が、頭の中に入ってきやすいかもしれませんね。通 して読むのではなく、中国物の小説を読むたびにその部分を拾い読みするというのも楽しそうです。それにしても、中国の人材の豊富さには脱帽。そしてその気性の激しさにも驚かされます。中国の歴史では神話時代や春秋戦国時代が好きなのですが、4巻まで読んだところでは、意外なことに漢、特に武帝以降、光武帝辺りまでの部分がとても面白いです。


「太平天国」1〜4 講談社文庫(2003年5月読了)★★★★

1849年、阿片戦争から10年。福建厦門に本店を持つ金順記の主人・連維材の四男・理文は、広西省の桂平へと向かいます。そこには拝上帝会と名乗る宗教団体があり、父の言いつけでこの拝上帝会に密着することになっていたのです。上帝とは「天にまします」神のこと。教えはキリスト教そのもののようでありながらも、こちらの組織には外人はまるでおらず、中国人しか関わっていないというのが特徴。その創始者は洪秀全。洪秀全は、病気で死にかけていた時に夢の中で爺火華(エホバ)の神に会い、天下万国の人民を統治するように言われたのだというのです。彼は同郷の友人・馮雲山共に布教活動を始め、その団体は、今では根拠地を桂平県にある紫荊山という山に置くまでに成長していました。彼らの拝上帝会には民族主義的な思想があり、清人を韃妖と呼んで打破の対象としていたため、清政府から睨まれている状態。しかし地元の貧しい農民などを巻き込んで徐々に人数を集めていきます。そして楊秀清が廃人のふりをして政府の目をごまかしている間に、蜂起する準備を進め、機会を待ちます。

太平天国の乱という、洪秀全が中心になって興した拝上帝会、後に「太平天国」と名乗ることになる宗教団体の乱を描いた物語。「阿片戦争」にも登場していた連一家の面々が再登場します。太平軍側には連理文が着き、政府側はその父である連維材が着くというこの構造が面白いですね。そして物語が進むにつれ、理文も維材も中心から少し距離を置くようになり、中国全体図を俯瞰するような感じに変わっていきます。きっとこの物語は、太平軍だけを描くことだけが目的ではなかったのでしょうね。太平軍というモチーフをメインに据えて、あくまでもこの時代の中国を描こうとしたのでしょう。
この作品の中でまず印象に残ったのは、全州城での屠城。10日間の攻撃に続く、3日間の放火と虐殺。 「みだりに兄弟姉妹を殺すなかれ」という天父エホバの教えと信仰を持つ集団だったはずの太平軍が、ただの野獣の集団と化した瞬間です。これがきっかけで李新妹も理文も組織から離れることになります。ここまで順調に進んできたはずの太平軍にとっては、これが大きなターニングポイント。それまでは危なっかしくも結束力だけは抜群だったこの団体も、この後色々な力関係や裏面を見せ始めることになるのです。始めの頃の結束力は、やはり共通の敵を持つ親近感のようなものだったのでしょう。ある程度落ち着いてくると、功名心や猜疑心、そして物欲などによって、太平天国はどんどん腐敗し、内紛によって崩壊していきます。それはこのような集団にはよくあることとも言えますが、それでも見ているとやはり哀れになってしまいます。
とても読みごたえがあって面白いのですが、肝心の天主・洪秀全についての描写が薄く、あまり魅力が感じられなかったのだけが少々残念。東王・楊秀清の方が余程強く印象に残りました。それが物語の終結への伏線ともなっているのでしょうけれど… それでもやはり洪秀全をもっと魅力的に描いて欲しかったと思います。何といっても、太平天国は洪秀全が興したものなのですから。しかし「阿片戦争」からの流れもあるため、その世界に入りやすく、世界の広がりと時代の流れを感じられるのがとても良かったです。


「中国五千年」上下 講談社文庫(2003年2月読了)★★★★

中国五千年の歴史を分かりやすく書いた史書。上巻では、仰韶(ヤンシャオ)文化と呼ばれる新石器時代から、五胡十六国時代、西暦600年に隋による中国再統一まで。下巻は隋の統一から、1949年に天安門広場において中華人民共和国の成立が正式に宣言されるまでです。

小説家である陳舜臣氏による史書ということで、とても分かりやすく書かれているのが特徴。5000年にも亘る中国の歴史を上下巻2冊にまとめてしまうということで、ある程度王や王朝の交代劇がかなりめまぐるしくなってしまうのですが、一通りの流れをおさえたいと思っている人には丁度良いボリュームなのではないでしょうか。歴史上の主だった人物や出来事などはきちんとおさえられていますし、詳細度としても十分なのではないかと思います。私としては、三皇五帝の神話の時代から、実在が未だ証明されていない夏王国の説明も入っていたのが非常に嬉しかったです。この辺りはきちんとした資料もないため、陳氏の主観も交えながら説明されていくのですが、それがまた読みやすい点かもしれません。それにしても、いくつもの王朝が次々に交代していきますが、本当に同じような部分で躓き、腐敗し、滅びていくのは驚くほどですね。
ただやはり、物語などである程度の予備知識を持っている人の方が楽しめる本なのではないかと思います。物語で読んで知っている部分と、あまりよく知らない部分では、読みやすさがやはり全く違いますから。予備知識のあまりない人には、もっと入りやすい物語形式の作品の方がオススメです。


「イスタンブール-世界の都市の物語」文春文庫(2008年3月読了)★★★★

330年に遷都されてビザンティン帝国の首都となった時からはコンスタンティノープルとして、その後オスマントルコのメフメット二世が陥落させてからはイスタンブールとして、そしてケマル・アタチュルクが共和制トルコを打ち立ててからも、相変わらず首都として栄えているイスタンブール。1600年もの間、首都として、そして東西の文化の融合地点として栄えてきたイスタンブールという街を、その歴史的・文化的な観点から解説していく本です。

ここに書かれているのは、ビザンティン帝国の「コンスタンティノープル」というより、題名通りの「イスタンブール」。主にオスマン・トルコのメフメット2世が陥落させて以降のイスタンブールの様々なことが分かりやすく解説されており、1つの都市を通して見たオスマントルコ、そして共和制トルコの歴史と言えそうな本です。特に興味深く読めたのは、宗教的には寛容であったトルコのスルタンたちのこと、特にメフメット2世や大スレイマンのこと。そしてコンスタンティノープルの陥落以降、モスクとして生まれ変わることになった聖ソフィアを始めとするキリスト教の教会や、メフメット2世が造営させたトプカプ宮殿、ミマル・シナンの建てた数々の美しいモスクといった建築物のこと。歴代のスルタンたちの人物像や、それらの建築物にまつわるエピソードが豊富に紹介されているため、人物像も掴みやすかったです。時系列的に出来事を追っていくだけではなく、時には現在のトルコから遡っていきますし、陳氏自身の紀行文的な部分もあり、それだけにまとまりがないように感じられる部分もあるのですが、これは一般的な歴史の教科書的な書き方を避けて、読み手を飽きさせない工夫がされていると言えるのかもしれないですね。
ただ残念なのは、文庫のせいか収められている写真が全て白黒なこと。これはぜひともカラーで見てみたくなりました。

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