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このページは、恒川光太郎さんの本の感想のページです。

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「夜市」角川書店(2006年1月読了)★★★★★お気に入り

【夜市】…ある秋の夕暮れ。高校時代の同級生・裕司のアパートを訪ねたいずみは、夜市に行かないかと誘われます。裕司によると、夜市とはどんなものでも手に入るという場所。学校蝙蝠に夜市が開かれることを聞いたという裕司の言葉に思わず帰りそうになるいずみでしたが、結局一緒に夜市を訪れることに。裕司は幼い頃に一度夜市に来ており、今回が2回目。人攫いから弟を買い戻したいというのですが…。
【風の古道】…7歳の時に父に花見に連れられて行った小金井公園で迷子になってしまった「私」。誰もいなくなった桜並木の道を歩いていた私に声をかけたのは、1人の中年の女性でした。「私」が自分の住所と名前を告げると、林を抜けたところにある未舗装の田舎道に連れて行かれ、寄り道しないで真っ直ぐ行くようにと言われます。夜になったらおばけが出る道だというのです。

「夜市」は、第12回日本ホラー小説大賞受賞作。第134回直木賞の候補ともなった作品です。
どちらも日常世界と異世界が交わる物語。「夜市」では異世界同士が交わる場所に現れるという夜市が描かれます。静かな暗闇の中にぼおっと浮かび上がってくるような夜市と、どこかセピア色に感じられるような古道。どちらの物語も、読んでいると鮮やかに情景が浮かび上がってきます。いつも暮らしているこの世界のほんのすぐ後ろにある異界。しかしどちらも日常生活の延長にありながら、一旦そこに足を踏み入れてしまうと、日常生活に戻れるという保証がないという不気味さが共通しているのですね。実際、その異界に足を踏み入れた時は知る由もないことですが、何かを犠牲にしないと主人公たちは日常生活に戻ってくることができないのです。
デビュー作とは思えない独特の雰囲気と、その完成度が素晴らしいですね。叙情的でノスタルジックを感じさせる文章は、朱川湊人さんの世界、特にデビュー作である「都市伝説セピア」と通じているような…。ホラー大賞受賞であり、もう2度と日常の世界に戻れないかもしれない不気味さがあるとは言っても、怖いというよりもむしろ幻想的な作品。そして切ないです。どちらもそれぞれにいいのですが、私としては「風の古道」の方が好み。とは言っても、この2つの作品の世界にはどうやら繋がりがあるようです。またこの世界に繋がる物語が読めるのでしょうか。今後の活躍がとても楽しみになってしまう作家さんです。


「嵐の季節の終わりに」角川書店(2006年11月読了)★★★

地図にも一般の書物にもその名を記されていない、海辺の漁村を中心とした一帯・穏。その町には春夏秋冬の他に、冬が終わるとやってくる神季、あるいは雷季と呼ばれる、その名の通り雷の季節がありました。雷の季節には鬼が穏のあちらこちらを歩き回り、人を攫っていくと言われ、穏の町に暮らす賢也もまた、雷季の間にただ1人の肉親だった姉を失っていたのです。賢也は学校でも誰とも親密になれず、いつも周囲の少年たちにいじめられる存在。しかしある時、同じ年の少女・穂高に声をかけられてからは、穂高とその友達の少年・遼雲という仲間ができます。そんなある日、賢也は穏の広場で偶然出会った老女がきっかけで、自分が「風わいわい」という鳥のようなものにとり憑かれているのを知ることになります。

「風の古道」の世界と繋がっているように感じさせる作品。この作品の舞台となる穏は、見かけは普通の田舎の村ながらも、どこか懐かしく、独特の幻想的な雰囲気を持っています。穏の特殊地区である墓町やそこにある死者の門、槍を持った闇番の大渡(おおど)、門へとやって来る人々。孤独な少年の生活を彩る穂高や遼雲、穂高の兄・ナギヒサやその友人のヒナ。一見ありふれた情景のようでありながら、現実の世界の延長線上にありながら、やはりその存在感は独特。すぐそこにありながら、とても遠く、手が届かないような、そんな世界です。謎めいた風わいわいの存在も独特。なので、賢也視点の前半はとても面白かったのですが…。
問題は後半。茜の視点が登場してから。賢也の章と茜の章の繋がりがまるで分からないことが、期待感を煽るというよりは、物語を失速させているようにも思いましたし、タダムネキに関しても唐突。最後には全てが収まるべきところに収まったのかもしれませんが… 物語そのものが持っている結末ではなく、作者が書き始める前に思い描いていた結末に向かって無理矢理展開させたような印象でした。どうも物足りなかったです。独特の雰囲気はとても素敵ですし、穏と通常の日本の狭間「高天原」や下界人と違う階層のことなども、とても期待させるだけに、とても残念でした。


「秋の牢獄」角川書店(2008年1月読了)★★★

【秋の牢獄】…11月7日水曜日。いつものように朝起きて大学に行き、午前中の講義を受けたあとは学生食堂で親友の由利江と昼食。しかしその次の朝も11月7日だったのです。
【神家没落】…朧な満月が浮かぶ春の夜。帰宅途中で少し遠回りをして近くの公園に足を向けた「ぼく」は、翁の面をかぶった老人のいる見知らぬ民家に迷い込んでしまいます。
【幻は夜に成長する】…長い間幽閉され続けている「私」。薬を飲まされ、客と会う時以外は幻の世界を漂っている「私」は実は密かに怪物を育て、時間をかけて記憶を手繰り寄せているのです。

3つの物語が収められた短編集。その3つはそれぞれに違う「牢獄」を描いたもの。まず「秋の牢獄」は、北村薫さんの「ターン」や西澤保彦さんの「七回死んだ男」のような、同じ時間を反復する物語。11月7日という牢獄に閉じ込められ、「北風伯爵」の救いを待ち望むだけの日々です。好きなことを好きなようにしても次の日になればまた11月7日のやり直し、という部分で色々と工夫ができると思うのですが、それほど斬新なアイディアもなく、結局のところ「ターン」や「七回死んだ男」を越える作品にはなっていなくて、それがとても残念。「神家没落」は「家」が牢獄。藁葺き屋根の時代がかった家から出られなくなった「ぼく」が、出るために身代わりを探す物語。「ぼく」と「ぼく」が選んだ身代わり、そして身代わりがいさえすれば、家から出ることができるという部分の使われ方の違いが極端に出ていて、これが一番面白かったですね。そして「幻は夜に成長する」は、事実上幽閉されている「私」が、力を溜めてそこを出ようとする物語。
どうしても1作目の「夜市」「風の古道」の感動を再び求めてしまうのですが、次作の「嵐の季節の終わりに」も本作も、どこかその期待とは違う場所に置き去りにされてしまったよう。今回の3作のうちでは「神家没落」が一番期待していた恒川ワールドに近かったのですが、それでも「夜市」や「風の古道」にあった叙情的な美しさがあまり感じられず、物足りないままに終わってしまいました。

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