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このページは、高宮利行さんの本の感想のページです。

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「西洋書物学事始め」青土社(2007年5月読了)★★★★

ミニアチュールに見る中世写字生の仕事ぶりや写本という作業、様々な蔵書票、活版印刷と当時の印刷所の様子など、月刊誌「ユリイカ」に連載された文章を元に、書物や書物人、図書館などにまつわる様々なエピソードを集めた本。

貴重な写本の製作の様子や、そういった本を手に入れた人々の執着振りが表れている蔵書票のことなど、本にまつわる様々な話がとても面白いです。特に興味深かったのは、蔵書票について。蔵書票には、図案の中に所有者の氏名や紋章、標語などを配したブックプレート(ex libris)と、飾り枠の中に氏名を印刷するブックラベルと2種類あり、それらのデザインは各時代の趣味を反映しているのだそうです。そこに書き込まれている文章も、穏やかに持ち主を名乗るもの、本を手にした人間に返却してもらうよう頼んでいるものから、本を盗んだ人間への呪いの言葉まで様々なのですね。そして15世紀に活版印刷活字の鋳造に成功したのはマインツのグーテンベルクなのですが、グーテンベルク聖書が印刷されたのが、活版印刷を黒魔術や悪魔の仕業として非難する動きに対する対抗策という意味合いもあったとは知りませんでした。
そして可笑しかったのは、「ウィリアム・モリスの『地上楽園』は、「英米の専門家が読破できなかった英文学の傑作としてあげる作品十指に入るほどである」という文章。(P.164) 読破できないような作品が傑作なのでしょうか…?(笑)

収録:「ペンと剣は両立する?-写字生のイコノグラフィー」「「大破門」から蔵書票へ-中世人はいかにして本を守ったか」「鵞ペンから鉛活字へ-中世ヨーロッパの写本生産と初期印刷技術について」「活版印刷所のイコノグラフィー-グーテンベルク革命の終焉をみつめながら」「樽詰め輸送の書物-イギリスでも装飾されたグーテンベルク聖書」「本を寄贈するのもむずかしい-ピープス図書館に入れてもらえなかったキャクストン写本」「これがないと古書の価値も半分に-ハーフ・タイトルの歴史的考察」「文人、パトロンと出版者-だれが一番強いか」「歴史をもてあそんだ男-十八世紀イギリスの偽作者チャールズ・バートラム」「閉ざされた図書館?-カーライルとロンドン図書館百五十年」「一○九年後にやっと日の目を見た木版画-ケルムスコット・プレス以前の出版人モリス」「若きモリスと『アーサー王の死』-書物史的観点から」「書誌学者ジェフリー・ケインズの誕生-学術書の出版を考える」「物惜しみしない偉大なコレクター-アーサー・ホートン・ジュニアの一周忌に」「稀覯書よりワインに淫して-あるビブリオフィールの一日」「本・本・本-ケンブリッジの書物人」


「アーサー王伝説万華鏡」中央公論社(2007年5月読了)★★★★

中世に生まれたアーサー王伝説は、ルネサンス時代には忘れ去られていたものの19世紀になって蘇り、日本でも近年になって関心が一層高まっています。今なお実在したかどうか論争の的になるアーサー王を始めとして、円卓の騎士たちや美しい貴婦人たちの武勇と愛の物語は、文学のみならず、絵画やステンド・グラス、挿絵、オペラ、演劇、バレエ、映画、音楽、コンピューター・ゲーム、ファンタジー小説など様々な媒体のモチーフになっています。そんなアーサー王伝説を、伝説そのものからではなく、その多様な受容と発展ぶりから紹介していく本です。

月刊誌・マリ・クレールに1年に渡って連載されていたのだそうで、アーサー王伝説周辺にある様々なことが取り上げられて、しかも分かりやすく書かれています。ダンテ「神曲」のパオロとフランチェスカの絵や、フランス人作曲家ショーソンのオペラ「アーサー王」について、グラストンベリの修道院にあるアーサー王の墓やウィンチェスター城にある円卓のこと、映画「エクスカリバー」についてなどなど。しかしやはり興味深いのは、本にまつわるエピソード。サンゴルスキーによるテニスン「アーサー王の死」の写本は目を奪われるような美しさですし、チヴァース工房でヴェルーセント製本されたグローブ版「テニスン詩集」も、向かい合う形となるアーサー王とグエネヴィア王妃の姿がとても素敵。マロリーの「アーサー王の死」の挿絵を描くようになったビアズリーのエピソードも面白いです。ロバート・バーン=ジョウンズやウィリアム・モリス、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらラファエル前派たちのマロリーの「アーサー王の死」と出会いなども、「西洋書物学事始め」と重なっているながらも、やはり読み応えがある部分です。巻末の「アーサー王伝説により親しむためのガイド」も、実際に役に立つガイドですね。アーサー王伝説のことをきちんと知りたい時には、もっと基本的な文献を当たった方がいいと思いますが、既にある程度知識がある人には応用編的楽しみがある本だと思います。

収録:「見る写本の再現-中世趣味とサンゴルスキー」「黒白の世紀末-ビアズリーの『アーサー王の死』」「手作りの装丁-セドリック・チヴァースの「ヴェルーセント」製本」「死の口づけ-十九世紀のパオロとフランチェスカ」「脱ワグナー化の歌劇?-エルネスト・ショーソンの『アーサー王』」「政治に利用された伝説-グラストンベリーとウィンチェスター」「絵の中に入りたかった画家-バーン=ジョウンズの『アーサー王の眠り』」「伝説の脱神話化-映画『エクスカリバー』鑑賞の手引き」「聖杯の騎士ガラハッド-イギリス帝国主義に利用された伝説」「現代に生きるシャロットの女-シーラ・ホーヴィッツと葛生千夏」「アストラットからアスコラットへ-五00年の眠りから覚めた乙女」「軍艦から医療器具まで-アーサー王伝説我楽多市」「アーサー王伝説により親しむためのガイド」


「アーサー王物語の魅力-ケルトから漱石へ」秀文インターナショナル(2008年10月読了)★★★★

サー・トマス・マロリーの「アーサー王の死」は、アーサー王の数奇な誕生の話から、最期に妖精の女王たちの手によってアヴァロンの島に運ばれるまでを描いた作品。近代的な小説の台頭によって一旦は忘れ去られてしまうものの、19世紀半ばにテニスンによって「シャロットの女」「ランスロットとエレイン」が書かれることにより、ラファエル前派の絵画のモチーフとして頻繁に登場するようになり、20世紀に入ると中世英文学の名作として愛読され、学問的研究の対象となり、あるいは様々な芸術メディアに登場するようになります。妖精、巨人、怪物、小人、魔法使いなどいかにもな超自然的存在が登場するものの、典型的な騎士ロマンスらしくステレオタイプ化された登場人物にステレオタイプ化されたストーリーを持つアーサー王伝説。その歴史的な変遷と、現代これほどまでにもてはやされる魅力を探ります。

以前読んだ「アーサー王伝説万華鏡」と重なっている部分があったものの、新たな視点から書かれている部分もありました。特に興味深かったのは、ケルト起源で、ケルト人の戦争指揮官がモデルと言われているアーサー王とその伝説に、西アジア起源説もあるという話。紀元4世紀以降、南ロシアを中心に勢力をふるったイラン系の遊牧騎馬民族・サルマート人がローマ帝国に敗れ、兵士たちの一部がローマ皇帝によってブリテン島に派遣されたという歴史があるというのです。ブリテンに渡ったサルマート人たちは、一方的にケルトに同化することを拒否。その結果、数世紀に渡ってサルマート人としてのアイデンティティが保たれることになるのですが、そのサルマート人の装備や戦法がアーサー王伝説の中の描写によく似ているというのです。しかも現在コーカサス山中に残っているサルマート人の末裔・オセット人は、キリスト教以前の古い時代に遡る叙事詩を持っており、そこにもアーサー王伝説と酷似している部分がいくつも見られるというのです。これは本当に興味深いです。
既にどこかで読んで知っていたことや、私にはあまり興味が持てない事柄も多かったのが残念なのですが、チョーサーの「カンタベリー物語」にアーサー王伝説の影響を見る「チョーサーの『バースの女房の話』」や、ジークフリートにも話が発展する「父親を知らぬ英雄たち」は面白かったですし、以前「ユリイカ」で読んだ高宮利行・葛生千夏・ひかわ玲子の対談が再び読めたのはとても良かったです。

収録:「序文-『アーサー王の死』の受容と変容」「アーサー王伝説の起源-ケルト人かサルマート人か」「アーサー王版浦島-『ギンガモール』」「サー・ローンファル」「ランスロの登場」「アーサー王の墓発見さる」「『サー・ガウェインと緑の騎士』」「チョーサーの『バースの女房の話』「マロリーの『ガレスの話』」「父親を知らぬ英雄たち-若い騎士の教科書としてのアーサー王ロマンス」「鼎談-蘇るアーサー王」「失われていた書物」や「『アーサーー王の死』の印刷原稿」「マロリー研究」「テューダー朝のアーサー王熱と『アーサー王の死』写本」「中世主義とアーサー王伝説の復活」「シャロットの女」「テニスンの『シャロットの女』」「シャロットの女の図像学・序説」「アンとエレインごっこ」「中世英文学と漱石」「『薤露行』の系譜」「愛と夜と死-ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』」「サンザシの花咲くブロセリアンドで-バーン=ジョウンズの『欺かれるマーリン』」「ラファエル前派とヒッピー、そしてピグマリオン」「ピアズリーの『アーサー王の死』」「蘇るアーサー王伝説」「キャメロット神話-ホワイトの『永遠の王』とミュージカル」「マロリーになろうとした小説家-ジョン・スタインベックの場合」

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