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このページは、高橋克彦さんの本の感想のページです。

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「幻少女」角川文庫(2002年9月読了)★★★

「珠玉の幻想ホラー掌編集」と銘打たれた短編集。短いものは3ページ、長いものでも20ページほどの、全部で27編の短編が収められています。ホラーとは言っても、民話的な話から幻想的な話、不思議な話など様々。どの話も読んだ後にほんのりと和んだり、ぐっときたり、不思議だったりと、読後感は決して怖いものばかりではありません。どこか安心感のある物語ばかりです。この長さがまた心地よいですね。
この中で一番印象的だったのは「色々な世界」。これは現実に自分が体験したらホラーとしか言いようがないかもしれません。ちょっとしたことなのですが、やはり怖いですね。あと好きなのは「神社の教室」「廃墟の天使」「素敵な叔父さん」です。

収録作品:「神社の教室」「祈り作戦」「電話」「幽霊屋敷」「恋の天使」「明日の夢」「機械室の夢」「埋められた池」「ありがとう」「ミスター・ロンリネス」「廃墟の天使」「雪の故郷」「正之助どの」「ピーコの秘密」「心霊写真」「いたずら」「百物語」「不思議な卵」「お化け屋敷」「素敵な叔父さん」「桜の挨拶」「幻のトンネル」「見るなの座敷」「色々な世界」「雪明かりの夜」「大好きな姉」「万華鏡 」


「火怨-北の燿星アテルイ」上下 講談社文庫(2005年3月読了)★★★★★お気に入り

都から遠い陸奥の地にひっそりと住むがゆえに朝廷に干渉もされず、ただ人間以下の獣のような存在としてのみ認識されていた蝦夷たち。しかし749年、陸奥鎮守将軍に任ぜられた大野東人が築いた多賀城にほど近い小田郡から大量の黄金が産出し、事態は一変します。その頃、朝廷は丁度東大寺の大仏の造立中。大仏の鍍金のために大量の黄金が必要だったこともあり、朝廷は力でもって陸奥を奪い取る方針を定めるのです。そんな朝廷のやり方に憤りを感じたのは、まだ18歳の阿弖流為(アテルイ)。蝦夷でありながら朝廷に恭順し、前々から慎重に準備を重ねていた伊治公鮮麻呂の働きかけもあり、アテルイは陸奥の蝦夷たちを取りまとめ、朝廷に向かって立ち上がることに。

吉川英治文学賞受賞作品。
土地勘がまるでないため、舞台となる場所の位置や距離関係が今ひとつ掴めなかったのが少し残念だったのですが、そんなことはすぐに気にならなくなるほど惹き込まれてしまいました。
この作品の主人公は、陸奥の土地や空、そして人々の心(誇り)を守るために立ち上がったアテルイ。登場した時はまだ18歳という若さなので、多少血の気が多いのですが、しかしこれがとても骨太で男気に溢れた人物なのです。アテルイと年の近い面々はもちろんのこと、蝦夷の中堅どころ〜重鎮までが、自然と従うようになるほどの大きさを持った人物として描かれています。そして腹心となる飛良手(ひらて)や参謀の母礼(もれ)、幼馴染の伊佐西古(いさしこ)といったアテルイの周囲に集まった面々もそれぞれに魅力的。複雑な思いを抱く中堅どころも良かったのですが、やはり若い連中の友情の深さやその結束の強さがいいですね。お互いに相手の意中の女性のことで軽口を叩いている場面など、微笑ましい限りです。そして朝廷軍との戦いっぷりも見事。常に朝廷軍に比べて圧倒的に兵の数が少ないという悪条件の中で、母礼は最善の策を考え、アテルイの下で皆が一丸となって突き進んでいきます。そして下巻では、歴史の授業でも名前が出てくる坂上田村麻呂が登場。これがまた、アテルイに負けないほどの人間的魅力に溢れた人物として描かれていました。蝦夷を卑しい獣程度にしか考えていない朝廷の中にあって、ただ1人蝦夷のことを本当に理解していた人間。そしてこの時代のせいで否応なく敵対関係にありながらも、坂上田村麻呂とアテルイは互いに信頼し、尊敬し、正々堂々と戦っています。彼らを見ていると、なぜ彼らは同じ側に生まれなかったのだろうと哀しくなってしまうほど。そして自分たちで望んで始めた戦いではないだけに、やめる術を持たないアテルイたちが何とも切なくなってしまいます。
坂上田村麻呂が、歴史上でどのようなことをした人間であるのかはさすがに知っているので、物語が最終的にどこへ流れ着くのかはほぼ分かってしまうのですが、しかしこの展開は予想を遥かに上回っていました。仲間たちのことを考えた上でのアテルイの決断。そしてその決断に対するそれぞれの人間の反応。そしてそんなアテルイたちに対する坂上田村麻呂の姿。最後の100ページは涙なくしては読めません。「男が泣ける」小説とは、聞いていたのですが、今になってその意味が良く分かります。誇張ではなく、本当に目が涙で霞んで読めなくなるほどでした。アテルイも母礼も飛良手も伊佐西古も諸絞も、坂上田村麻呂も御園も皆良かったです。
常に勝者が書き記していく「歴史」の中で葬り去られてしまっているはずの蝦夷たち。歴史的な資料はほとんど残っていないはずですし、多くの部分は高橋克彦さんの創造なのでしょう。しかしこのアテルイに、この坂上田村麻呂をぶつけたからこそ、ラストの感動が倍増するのでしょうね。素晴らしい作品でした。読んで良かったです。


「空中鬼」祥伝社文庫(2005年5月読了)★★★★★

仁和3年(887年)8月の光孝帝の突然の崩御から半月後。陰陽寮の頭・弓削是雄はそくそくとする冷気に襲われて目が覚めます。目を開けているのか閉じているのかも分からないような闇の中、是雄の目の前に現れたのは5つの人の首。首はふわりと浮いて是雄の周りをゆっくりと飛び回ります。しかし是雄は身動きひとつとれず、声も出せないのです。そして翌朝陰陽寮に来たのは中務省からの使い。それは内薬司の佑・橘広見が屋敷で変死したという知らせでした。早速屋敷に赴いた是雄は、悲惨な状態の死体の顔を見た瞬間、それが昨夜の生首のうちの1つであることに気付きます。

弓削是雄の登場する鬼シリーズ。「白妖鬼」の3年後。
今回は淡麻呂のほのかな恋が絡み、なかなか美しく切ない人間ドラマを見せてくれました。頭が人一倍大きいため、16歳になっても外見的には10歳程度の成長しか見せていない淡麻呂ですが、やはり中身は年月に伴って成長していたのですね。その頭には神が宿るため不思議な力を持ち、普通の子供よりも遥かに純真なところを見せる淡麻呂。人間的な幸せはあまり望めないのかとも思っていたのですが、しかし今回の出会いは、切ないながらも心温まるような出来事でした。
今回新しくメンバーに加わった紀温史(きのあつし)もなかなか良い味を出していましたし、いつもながらのの髑髏鬼とのコミカルなやり取りも楽しかったです。そして気になるのは蘆屋道隆。彼とはこの後どのような展開になるのか… 続編を楽しみに待ちたいと思います。…それにしても、いつの世も鬼より怖いのは人間の心ですね。


「風の陣」PHP文庫(2007年10月読了)★★★★★

聖武天皇による寺院建立や大仏鋳造が続いた天平21年、陸奥から黄金が発見されたという知らせが朝廷に届きます。日本で初の黄金産出に、朝廷の陸奥に対する眼差しは一変。単なる僻地だったはずの陸奥が、朝廷にとってとても大事な土地と変わったのです。その黄金を陸奥守・百済敬福に貢いだのは、牡鹿の丸子宮足。そして陸奥守について都に黄金を運ぶ役目を務めることになったのは、宮足の息子・嶋足。嶋足はかねてから都で自分の腕を試したい、いつかは陸奥守となって故郷に戻り、陸奥を都と変わらない国にしたいと考えていました。そして8年の歳月が流れ、右兵衛府の見回りの長となっていた嶋足の前に現れたのは、同じく陸奥の出身である物部天鈴。嶋足は天鈴の助けを得て、やがて左衛士府の坂上苅田麻呂の片腕となることに。

ここに登場する坂上苅田麻呂は、「火怨」の坂上田村麻呂の父。「火怨」の前日譚的作品です。
「立志篇」「大望篇」「天命篇」「風雲篇」「裂心篇」…と続くのですが、「立志篇」では藤原仲麻呂と橘奈良麻呂の権力争いと橘奈良麻呂の乱、「大望篇」では並ぶ者なき権力者となった藤原仲麻呂(恵美押勝)と恵美押勝の乱、そして「天命篇」では物部に連なる血筋の弓削道鏡とその弟の浄人が権力をきわめていく様子が描かれていきます。時の権力者を抱きこんでわが世の春とした人々を、蝦夷のために失脚に追い込むのが嶋足や天鈴。気は優しくて力持ち的な嶋足と頭脳派の天鈴という組み合わせがとてもいいですし、嶋足の上司となる坂上苅田麻呂、途中から仲間になる益人たちも魅力的。そこに吉備真備や和気清麻呂らが加わり、歴史の教科書に書かれている味気ない記述が、生き生きと映像的に蘇ってくるようです。4巻「風雲篇」は嶋足が主役ですが、「裂心篇」では陸奥にいる鮮麻呂が主人公になっているとのこと。続きを読むのも楽しみです。
それぞれの本の章題は全て風にまつわるものとなっており、それもとても想像力を刺激するもの。素敵ですね。


「闇から招く声-ドールズ」角川文庫(2004年12月読了)★★★★★

月岡恒一郎は怜を連れて、郊外にある県の産業文化センターへ。その日から輸入物産フェアと同時に世界のモンスター屋敷が開催されており、目吉がそれに興味を示すのではないかと考えたのです。思惑通り、早速興味を示す目吉。大した出来栄えではない人形の中に、時折極上の作品が混ざっており、本物の血の臭いをさせた臓物もあると目をみはります。しかし上出来の人形だと思った首や臓物は、実は本物の人間の死骸だったのです。目吉によると、腑分けに手馴れた者の切り口。そして返り血を浴びた福を始末したのではと覗いた汲み取り式のトイレの中からは、干からびた人間の手首が…。

「闇から来た少女」「闇から覗く顔」に続くドールズシリーズの続編。10年ぶりの新作。
今回は、プロローグから血塗れのバラバラ死体が登場しますし、なかなかのスプラッタぶり。血に弱い人は最初の3ページでアウトかもしれませんね。犯人の正体については、かなり早い時点で予想がついてしまい、「まさか、そんなことはありえない」という言葉が、まるで空々しく響いてしまったのですが、それでも医者としか思えない技術を持つ人間、ということからの推理もなかなか面白かったですし、最後に行き着いた先にも納得。最後の対決もスリリングでした。とても面白かったです。
しかしこの先、目吉はどうなってしまうのでしょう。目吉という人物は大好きですし、これからもずっといて欲しいのですが、怜の先行きを考えるとかなり辛いものがありますし、目吉の苦悩も良く分かります。個人的には、真司と怜に対する印象がこの作品で更に悪くなってしまったので、目吉には、尚更活躍して欲しいところ。しかしそういうわけにもいかないのでしょうね。この辺りにどのような決着が付けられるのかが、今後の最大の興味です。


「天を衝く-秀吉に喧嘩を売った男 九戸政実」1〜3 講談社文庫(2005年9月読了)★★★★

1568年(永禄10年)秋、織田信長が天下統一の意志を明らかにしていた頃。源義家の弟・義光を始祖とし、鎌倉期以降陸奥を支配していた南部一族に、安倍貞任の遺児・高星丸を始祖とする秋田安東一族が反抗の狼煙を上げ、陸奥には再び戦さの風が吹き荒れようとしていました。その日、九戸城主・政実の元へと遣わされたのは、本家の棟梁である三戸の南部晴政からの火急の使者。秋田と南部の境界線に位置する鹿角の長牛城に安東愛季が総攻撃を仕掛け、長牛城は1日も持たずに陥落、城主・長牛友義は本家の三戸城を頼ってわずかの手勢で落ちのびたというのです。しかし九戸政実は、使者からの出兵要請を却下。北の鬼と呼ばれる九戸政実は、常に勝てる戦を心がけており、政実率いる九戸党を無駄な危険に晒すつもりは毛頭なかったのです。

「火怨」「炎立つ」に続く陸奥三部作。今回の主人公は、陸奥の武将・九戸政実。
物語の前半は南部一族の内部分裂や、棟梁の座を巡る権謀術数が描かれます。常に南部一族の将来を見据えている政実の戦さは、その鍛え抜かれた身体や自慢の騎馬隊による力任せな攻めなどではなく、敵の行動を先の先まで予測して策を練り、敵がそこに嵌るのを待つというもの。時には本家の敵に当たる大浦為信に水面下で策を授けるなど、かなりの策士振りです。その策は一見大胆すぎるほど大胆でありながら、実は慎重。少々かっこ良過ぎる気もしましたが、その策がぴたりぴたりとはまっていくところが、読んでいてとても気持ち良かったです。
そして物語後半は、副題通り「天」である秀吉に大喧嘩を仕掛けることになります。これは「行き掛かりによって負け戦さと承知でも立たねばならぬときもあろうが、それは生涯に一度と決めておる」という言葉通りの戦さ。わずか5千の兵で立とうとする潔さ、そしてその5万の兵を手足のように操って、10万の兵を自在に追い散らす辺りがとても痛快。九戸党の結束の固さはもちろん、政実の下に馳せ参じた武将たちの熱い思いや、その壮絶な最期も鮮やかでした。政実がもう少し早く決断していれば、もう少し私欲に走っていれば、もっと秀吉を脅かす存在となっていただろうと思うと残念でならないのですが、しかしそのように義を重んじるところが政実の良いところでもあるのですね。そして秀吉のことを武者ではなく「商人」と評していた政実の言葉も印象に残りました。確かに秀吉の戦巧者ぶりは有名ですが、わずか5千の兵に10万という力で圧倒させようとする戦さぶりは、札束で頬を叩いているようなものですものね。
ただ、この物語で政実と終始緊張関係にあった南部信直のことだけが少し残念。登場した当初の信直は、政実にも実親にも頭の良さを警戒されるほどの人物だったはずなのに、途中からは側近の北信愛に頼りきりになってしまい、結局政実の引き立て役で終わってしまいました。信愛から自立して、政実と対等にやりあう信直の姿が見たかったのですが…。しかし政実自身はもちろんのこと、大浦為信や長牛友義、伊達政宗など政実の味方となる武者たちがとても魅力的。特に、今回はあまり前面に出て来なかった伊達政宗を、今度はぜひ主人公に描いて欲しくなってしまいます。

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