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このページは、高橋克彦さんの本の感想のページです。

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「写楽殺人事件」講談社文庫(2002年3月読了)★★★★

津田良平は、武蔵野大学で浮世絵を教えている西島俊作教授の助手。神田駿河台下の東京古書会館で開催されている恒例の古本市に予約した本を取りに行った津田は、店主の水野から、浮世絵の終焉を飾った絵師・小林清親が序文を寄せているという秋田蘭画の画集を譲り受けます。水野は、熱心な浮世絵研究家であり有名な篆体家・嵯峨厚の義弟。これまでは義兄に頼まれて浮世絵関係の物を集めてきたのですが、しかし義兄が自殺したこともあり、浮世絵からは足を洗おうと考えていたのです。津田が秋田蘭画の画集の中で興味を惹かれたのは、「東洲斎写楽改近松昌栄」の署名が入った獅子図。これを見た彼は、それが幻の絵師と呼ばれた写楽の作品ではないかと考え、写楽と昌栄の繋がりを調べ始めます。そして近松昌栄という絵師について調べるために秋田へ。嵯峨厚の告別式で久々に再会していた国府洋介の妹・冴子も同行することになります。謎の絵師・写楽とは一体何者なのでしょうか。

高橋克彦氏のデビュー作にして、第29回江戸川乱歩賞受賞作品。浮世絵シリーズ第1作。
わずか10ヶ月の間に140枚以上の浮世絵を描き、その後忽然と姿を消してしまった東洲斎写楽。歌麿、北斎と並べられる有名な絵師にも関わらず、非常に謎の多い人物で、「写楽」というのは他の有名な絵師の別名ではないかとも言われています。物語の前半は、その写楽と浮世絵に関する薀蓄がいので、浮世絵や日本史に全く興味がない人には少しつらいかもしれません。しかしこれがなかなか興味深いのです。残されているデータの少なさにも関わらず、高橋さんの仮説にはなかなか説得力があり、歴史ミステリとしての醍醐味があります。探偵役の津田良平がそれほど押しの強い人物ではないので、現在ある説をやんわりと論破していく感じなのも、丁度良いのかもしれません。
そして後半、物語は歴史ミステリから現実のミステリへと移行します。津田によって証明された写楽の新説は、周囲の人間にいいように扱われることに。この移行と、その後の二転三転の展開は本当に見事ですね。閉鎖的で因襲的な学者社会の問題も絡めて、本当に読み応えのある作品となっています。この真相には驚かされました。歴史ミステリと現実のミステリ、どちらか片方だけでは弱かったかもしれない物語が、上手く結びついて思わぬ力強さを持ったように感じます。
ただ1つ気になったのは、何のために浮世絵研究のするかという部分での「浮世絵が必ず必要になってくるという信念が我々の胸の中にあるから」という言葉。研究する理由にも色々とあると思うのですが、基本的には浮世絵が好きだからだと思っていました。実際にはそうではないのでしょうか。


「北斎殺人事件」講談社文庫(2002年3月読了)★★★★★

「写楽殺人事件」の3年後。前回の事件がきっかけで、津田良平は助手を勤めていた大学を飛び出し、写楽の研究の時に一緒に旅をした冴子と結婚、現在は故郷の盛岡の中学で日本史の教師となっています。そんな津田の元に出版社から、良平の義理の兄にあたる国府洋介の遺稿を元に、北斎についての本を出版しないかという話が入ります。しかし執印画廊の執印摩衣子が偶然国府の原稿を見たことにより、「美術現代」の編集者・杉原が持ってきたその話は、より大手の執印画廊の出版部へと話が移ることに。摩衣子は津田を全面的にバックアップする代わりに、北斎の詳しい年譜を作成し、国府が思いつき程度に示唆していた北斎隠密説を中心に調査、現在埋もれている北斎の新しい作品を発見して欲しいのだと語ります。津田は摩衣子と共に、北斎を探すために小布施へ。その旅行中、北斎の作品が見つかったという連絡が入ります。一方、ボストン美術館で1人の日本人の老人が殺害されていました。被害者は戦前から米国に滞在している画家。彼の口座には、1年前に2万ドルもの大金が振り込まれていました。

浮世絵シリーズ第2弾。第40回推理作家協会賞受賞作。
今回のメインとなるのは葛飾北斎。代表作に「富岳三十六景」シリーズを持つ、日本で一番名の通った浮世絵師です。探偵役は前作に引き続き津田良平。前回の事件のショックで浮世絵から完全に離れていた彼を、国府洋介の遺稿が引き戻すことになります。今回解き明かされるのは「北斎隠密説」。これは浮世絵ファンならずとも、アピールするテーマなのではないでしょうか。一般に貧乏だと思われていた北斎が実は金持ちだったかもしれないという仮説に始まり、引越しが多かったのは多少の行方不明も不審に思わせないためのアリバイ工作、しいては頻繁に画号を変えて名前を弟子に譲っていたのも、そのアリバイ工作の一環の可能性が高い、と新しい仮説が次から次へと登場するのでワクワクしてしまいます。北斎に関する薀蓄部分も、前作の「写楽殺人事件」とは比べ物にならないほど読みやすくなっていますね。江戸時代の風俗等と共に、分かりやすく面白く語られていきます。
しかし津田による「北斎隠密説」が上手くいきそうになったの束の間、またしても物語は反転。最初は唐突に感じたボストンでの殺人事件が、思いがけない方向から絡み、ラストまで一気に展開します。このテンポの早い展開も、前回よりもずっと洗練されているように感じます。読ませてくれますね。
執印摩衣子や塔馬双太郎など、今回初登場の人物も魅力的。特に塔馬双太郎がいいですね。国府洋介の代わりのように登場した彼ですが、このまま埋もれさせるのはもったいないです。津田も研究者としてはとても良いのですが、人が良すぎてあまり探偵向きとは言えないですから。


「闇から来た少女-ドールズ」中公文庫(2002年5月読了)★★★★

岩手県、盛岡市。古書店を経営する結城恒一郎は、姪の怜が雪の中で交通事故にあったと聞き、病院に駆けつけます。幸い大きな怪我は足の骨折だけで、それも全治3週間。しかし怜は失語症を併発していたのです。初めは緊張で声帯が動かなくなっただけで、2〜3日で治るだろうと考えていた医師の戸崎昭も、どこにも障害がないにも関わらず、なかなか声を出そうとしない怜の姿に焦り始めます。しかも精密検査の結果、7歳という年齢には異常なほどの高血圧と動脈硬化が判明。脳波も異常を示していたのです。父親の真司や周囲の人間に怯える怜。そんな時、恒一郎の古本屋の客である人形作家・小夜島香雪が盛岡にやってきます。彼女が怜のことを聞いて早速見舞うと、怜はなんと一度会ったことがあるだけの香雪を見た途端に心を開き、事故後初めて声を出すのです。同時に高血圧などの症状も見る見るうちに軽くなります。しかしその頃から、怜は夜中になると妙な行動をとり始め…。

怜という少女に一体何が起きたのかという謎を中心に話は進みます。7歳の普通の女の子とは思えない行動を繰り返す怜に対し、医師の戸崎は初めは自律神経失調症だと考えます。しかし医学の力を持ってしてもなかなか治らない不可解な症状に、戸崎はそのうち憑き物や生まれ変わりの可能性を考え始めることに。医者といえば、このような現象を頭から否定しそうな印象があるので、この可能性を初めに考えたのが戸崎だったのが少々不思議でした。しかしも彼以外の人間が主張しても、なかなか信憑性が出なかったかもしれないですね。こういう超常現象的な設定や展開は、ホラーともジャンル分けできそうですが、怜の中のにいる人物の恐れや戸惑い、切なさが鮮明に伝わってくるので、あまりホラーという印象はありません。突然このような状態になった怜も可哀想ですが、しかし怜以上に戸惑う人間の気持ちも分かります。そしてその人物の正体が謎の一番のポイントかと思って読んでいたのですが、最後にはまた別の意外な真相が明らかになり、これには驚きました。
この作品の雰囲気を盛り上げている一番の小道具は様々な人形でしょう。香雪の仕事は、歌舞伎の世界を等身大の人形で創り上げること。「神秘と清潔と魔性が白い人形の肌から仄かに匂い立」ち、クリムトの絵にも似ている幻想的な雰囲気。それに対し、怜が興味を持つ人形を探る過程で登場するのが、マダム・タッソーの蝋人形や江戸時代の生き人形。残虐な場面もそのまま再現した、本物の人間そのままのような人形たち。人形というのは、精巧であればあるほど恐怖をそそりますね。私は基本的に人形が苦手なので、そういう人形の写真に興奮する幼い少女というのは、あまり想像したくない場面なのですが、そのような人形の存在が幻想的な雰囲気を作り上げています。映像的にも印象的な作品ですね。


「バンドネオンの豹(ジャガー)-地底王国の冒険」講談社文庫(2002年3月読了)★★★

アメリカのマイアミ空軍基地のレーダーが2機のUFOを捕捉。空軍は直ちにスクランブルをかけるのですが、ガイアナ上空付近で消息を絶ちます。事件は単なる事故として報道されるのですが、ガイアナからアマゾン流域を探索していたアメリカ軍が衛星を通じて撮った写真には、なんと八千万年前に絶滅したはずの翼手竜の姿が。一方、大阪で開催されている万国博覧会の会場。アメリカのセクシー・シンボル・シェリー・ブロンドがアルゼンチン館で主催したタンゴのパーティの席上で突然停電が起こり、出席していた女子高校生・美珠洲亜耶が誘拐されます。そして同時にエジプト館ではピラミッドの石の盗難が。

UFOやら恐竜やら地底王国、果てには「海底二万里」のネモ船長とノーティラス号まで実在するものとして登場してしまうのですから驚きます。しかし「総門谷」から高橋さんの作品に入った私にとっては、浮世絵シリーズよりも、私が元々持っていた高橋さんのイメージに近い作品でもあります。裏表紙に「時間空間を超えた大活劇」という言葉がありますが、本当にその言葉通りですね。いかにも「次号に続く」的な終わり方が、少々あざとい気もしますが、これだけのモチーフと設定を揃えてこの本1冊だけというのは、確かにもったいないかも。せっかくの世界七不思議というモチーフももっと生かして欲しかったですし、まだまだ遊べるはず。それに、ヒトラーの愛読書だったというブルワー・リットンの地底文明の書「来るべき種族」も、機会があれば読んでみたいものです。
ちなみにバンドネオンとは、タンゴの演奏に不可欠のアコーディオンのような楽器。楽器もタンゴも、実際には物語にはあまり関係ないのですが、高橋さんと親しいあがた森魚(もりお)さんが、同じタイトルのアルバムを同時期にリリースなさっているそうです。そういう趣向も面白いですね。


「蒼夜叉」講談社文庫(2002年4月読了)★★★★

オカルト雑誌の記者・綾部万梨子は、カメラマンの野々村律子と共に青森にある「キリストの墓」を訪れます。しかし律子が車に忘れ物を取りに戻っている間に、万梨子は年配の男性の首吊り自殺を目撃。茫然自失としていた万梨子の耳元には、「見ましたね」という声が。それは自殺した男性と一緒にいた美少年の声でした。彼は観音寺崇文と名乗り、「またいつか逢えますよ」という言葉と共に闇の中へと消えていきます。そして失神した万梨子を助けたのは、剣杏之介(はばききょうすけ)と名乗る男。ショックで取材を中止し、東京に戻った万梨子と律子の次の仕事は、京都での怨霊特集の取材でした。編集長の松宮は、彼女たちに用心棒として松宮の大学時代の友人で眠り猫と呼ばれる男をつけます。しかし取材を始めた彼女たちの行く先々で自殺者と観音寺崇文の姿が…。

またまた凄い話ですね。怨霊話から、各地に残る鬼伝説とそれらの隠された意味が探られていくのですが、その中で、「鬼伝説=巨石伝説=高原伝説→鬼は翼もないのに空を飛ぶ→UFO発着地→鬼=エイリアン」などという論理も展開されています。この後この論はもっと発展するのですが、一見荒唐無稽なホラ話に思える説にも妙な説得力があり、少々悔しくなってしまいます。私としては「鬼=異人」とずっと思っていたのですが、夢がなさすぎでしょうか。しかし「亀=UFO」という説は初耳。そして、観音寺崇文の正体にも驚きました。奈良期から平安期にかけての宮廷の権力をめぐる争いや陰謀、怨念などが濃く絡んでいるので、その時期の話が好きな人には興味深いはず。しかし深く掘り下げていくというよりは、楽しい読み物という感じですね。
剣がとてもいい味を出しています。シリーズ物を持っていても不思議ではないキャラクターですね。しかし私としては、観音寺崇文が主人公になった話を読んでみたいです。


「広重殺人事件」講談社文庫(2002年3月読了)★★★★★

「北斎殺人事件」の3年後のクリスマス・イブ。津田良平と冴子は東北きっての名刹・宝珠山の山寺を訪れていました。現在津田は安藤広重についての論文をまとめている最中。その調査のために2度ほど訪れた山寺の山容があまりに素晴らしく、それを冴子にも見せたくて今回同行したのです。しかし翌日訪れた五大堂で、津田が少しの間目を離した隙に冴子は断崖から飛び降り自殺を図ります。冴子は健康診断で皮膚癌の疑いがあると言われ、精密検査受けることになっていたのです。自分の弱さが冴子を死に追いやったのだと自責の念にかられる津田。一方、津田の書いた広重の論文が美術雑誌「美の華」に掲載され、またしても注目を集めていました。これは天童から広重の肉筆がたくさん出ていることに注目し、「天童広重」と呼ばれる作品群についての考察をまとめたもの。しかしこの論文にも使われている、天童から発見されたという広重の絵日記を、業界でも悪辣な手口で評判の島崎直哉が入手、さらには広重の赤富士三幅対を発見して、「美の華」の大スポンサーである美術商に1億円で売ったという話が評判になります。

浮世絵シリーズの第3弾。いきなりこのような展開になろうとは。なぜこれほど人を殺さなくてはならないのだろうと、まず思ってしまいました。確かに広重の謎はとても面白いですし、特に赤絵の具に関する話が興味深く、目から鱗状態。しかしこんな展開になるとは…。津田に幸運があったのかどうかという話を塔馬と杉原がしていますが、私に言わせれば、これほど運のない人も珍しいのではないかと思いますね。確かに津田がこういう人物なので、物語の流れとしては全く無理がないとも言えるのですが、しかしこれではあまりに哀しすぎます。高橋さんはこの作品で重要人物を殺すことにより、このシリーズから卒業しようと考えられたのでしょうか。「写楽殺人事件」では江戸川乱歩賞を受賞、続く「北斎殺人事件」では推理作家協会賞を受賞と、浮世絵シリーズは出世作となったわけですが、それが逆に足かせとなってしまうように感じられたのでしょうか。
しかしこの作品も、物語と歴史ミステリがうまく融合されており、なかなか読み応えのある展開となっています。


「闇から覗く顔-ドールズ」角川文庫(2002年5月読了)★★★★★お気に入り

【紙の蜻蛉】…自分の創作折り紙の個展の会場に、江戸時代の手法で折った蜻蛉が残っているのを見た華村研は、自分を遥かに越えるその技量に驚きます。しかしその晩、華村の弟子の女性がホテルで殺され、死体が蜻蛉の折り紙を握っていたことから、華村が容疑者となってしまうことに。
【お化け蝋燭】…怜たちは、盛岡市商店会の温泉旅行で鬼怒川へ。しかし鬼怒川のホテルで、幹事の安西が6階の窓から転落死。その日の昼間訪れた日光の江戸村で、安西が鳥追い女姿の人物と深刻な様子で話していたことから、その女の犯行と思われるのですが…。
【鬼火】…怜が腹痛と吐き気で救急病院に運ばれ、胆石と膵臓炎の疑いで2週間ほど入院をすることになります。病院には1人部屋がなく、怜と同室となったのは、飢えた子供達のための活動をしている松永久枝。しかし怜は彼女をひどく恐れるのです。
【だまし絵】…小夜島香雪がテレビの公開録画に出ることになり、怜や恒一郎と共に会場へ。しかしその番組にメインゲストとして呼ばれていた西条晶緒は、会場にいる怜の姿を見て驚きます。彼女が番組の直前に見た夢の中で、怜そっくりの少女が兄の定行を殺していたのです。晶緒は怜と香雪をモデルに絵を描きたいという口実で、2人を東京に呼び寄せることに。

「闇から来た少女」の主人公・怜とその周囲の人々を描いた連作短編集。
前作から1年後。8歳となった怜の中には、相変わらず江戸時代の天才人形師・泉目吉の人格が共存しており、しかし怜自身はその存在のことを理解していないようです。そして4つの出来事の謎解きをするのはこの目吉の人格。江戸時代に一流の職人だっただけあり、あらゆる仕掛け物に通暁している目吉の謎解きは、江戸前のとても粋なもの。目吉でなければ迷宮入りしていたと思われる事件も、鮮やかに解きほぐされていきます。
やはりこの目吉のキャラクターが最高ですね。事件の真相を看破し、悪いものは悪いと指摘しながらも、罪を犯した人間を包み込むような温かさと懐の深さがあります。犯人も何も好き好んで罪を犯しているわけではなく、それぞれの事情があるわけです。彼はその部分をよく理解した上で、最終的にはがんじがらめとなった犯人の心を救っていきます。ある程度の人生経験と年輪を重ねなければ手に入らない、人生の機微というものを感じさせてくれますね。危機的な状況における、冷静な判断力と精神力もさすが。目吉本人の生涯の話も読みたくなってしまいます。しかし、今後怜が成長していった時、彼の存在はどうなるのでしょう。それがとても興味深いところでもあり、心配なところでもあります。読者としては、なんとかうまく共存して欲しいのですが…。しかしそれだとあまりに怜が可哀想ではありますね。目吉と恒一郎、香雪の精神的な繋がりも大きな魅力なので、なんとか良い方法をあみだして欲しいものです。
江戸時代の風物がさりげなく紹介されているのもとても楽しいです。それに8歳の少女がいきなりべらんめえの江戸言葉を話し、煙草を吸い始めるというのは、想像するとかなり怖いものがありますが、これがもし映像化されたらどんな風になるのだろうと、そういう興味もそそります。

P.73「よくできてるが、蜻蛉が死んでる」


「炎立つ」講談社文庫(2005年10月読了)★★★★

永承4年、1049年冬。平将門の乱が平定されておよそ110年。日高見川を衣川に向かって遡る船に乗っていたのは、61歳の陸奥守藤原登任と、まだまだ若い藤原経清でした。藤原経清は、平将門を討ち取った藤原秀郷を祖先に持ち、摂関藤原家にも繋がる、坂東では名の知られた武門の出自。官職こそないのですが、当主は代々従五位の高い位階を授かっている貴族。2人は蝦夷である安倍頼良の息子・貞任と、気仙郡の名族・金為行の娘・流麗の結婚式に招かれていたのです。しかし俘囚と蔑んでいた安倍頼良に引き出物として黄金の杯を貰った藤原登任は欲を出し、安倍との戦を考え始めます。

各巻の副題は「北の埋み火」「燃える北天」「空への炎」「冥き稲妻」「光彩楽土」。
1巻2巻は、摂関藤原家に繋がる武門の出ながらも、父の代から奥六郡にほど近い亘理に退けられていた藤原経清が主人公。3巻4巻はその忘れ形見である清丸(藤原清衡)の、そして5巻は清衡の曾孫に当たる藤原秀衡の物語。以前書き下ろしでNHKの大河ドラマの原作になったという作品。陸奥三部作としては、これが一番最初に書かれているようです。
この中で一番魅力的に感じられたのは、藤原経清と源義家。この2人の関係は、「火怨」の阿弖流為と坂上田村麻呂には及ばないものの、心ならずも敵同士になってしまった男たちの魅力がたっぷりです。自分でも甘いと分かりつつも、その甘い行動をとってしまう経清がいいですし、その恩は恩として、正々堂々と立ち向かう義家がまた良いです。そして経清は世を去るのですが、3巻4巻はその忘れ形見の清衡が主人公となり、清衡が義家の助けを借りて家を再興させる物語。この清衡が平泉の藤原三代の栄華の最初の1人となります。母親は同じながらも父の違う弟・家衡との諍いに壮年となった義家が絡んで読み応えがありますし、母や妻子にまつわる部分は切ないです。しかし4巻であまりに区切りが良いせいもあり、5巻はまるで付け足しのような気がしてしまったのが残念でした。こちらも源義経や弁慶などお馴染みの面々が活躍して面白いのですが、このように繋げて書く必要はあったのか考えてしまいます。平泉の藤原三代の栄華の祖が藤原経清であったということは良く分かるのですが、5巻だけは独立させても良かったような…。それでも、なぜ源頼朝が平泉を目の仇のように攻め立てたのか、これで納得がいったような気がします。こうなってみると、夢の中の清衡は本当は何を伝えたかったのか… 何だか考えてしまいますね。
「天を衝く」の九戸政実のように、何をやらせても超人的にずば抜けてるということもなく、強さも弱さもある蝦夷たちの存在がとても人間的で良かったです。(講談社文庫)


「白妖鬼」講談社文庫(2004年12月読了)★★★★★

元慶8年(884年)2月。8年前、わずか9歳で即位した陽成帝の御代になってから、国中に変事が相次ぎ、現在では各地の国府に陰陽師が置かれるようになっていました。陸奥の胆沢の地に在る弓削是雄も、そのようにして配置された陰陽師の1人。現在37歳の是雄は、陰陽寮きっての力を持つ術士であり、2年前にこの地の鎮守府将軍・小野春風の下に派遣されていたのです。しかし春風の任期が満了して都に戻ることになり、その一行と共に都へと帰ることを想定していた是雄ですが、なんと知らない間に陰陽寮から罷免されていたのです。そのきっかけとなったのは、17歳の陽成帝から今年で55歳の光孝帝への譲位。しかし免官となったのは是雄だけではありませんでした。そして各地に派遣されていた陰陽師たちの前に刺客が現れ…。

舞台は平安時代。鬼という存在が一番違和感無く存在する時代です。そして弓削是雄は、弓削道鏡に連なる家の生まれ。「鬼」や、その鬼を退治する「陰陽師」への興味はもちろんあるのですが、弓削是雄という人物が期待以上に魅力的で、物語に一気に引き込まれてしまいました。文庫本にして218ページという比較的短い作品ではありますが、物語はテンポ良く過不足なく展開し、もっと長い作品を読んだような満足感がありました。この長さで、ここまでの作品に仕上げるとはさすが高橋克彦さんですね。それに是雄だけでなく、女だてらに剣の達人の芙蓉丸や不思議な存在の淡麻呂、そして甲子丸や髑髏鬼といった脇役陣も楽しい面々です。しかし是雄に向かって、「そなたの占いは当たり過ぎて怖い。踏ん張る気力もなくなるでな」と言う春風も気に入ったのですが、彼に関しては、序盤だけの登場だったので残念。他の鬼のシリーズにも登場するのでしょうか。これはぜひシリーズを通して読んでみたくなりました。


「鬼」講談社文庫(2005年1月読了)★★★★

【髑髏鬼】…弓削是雄がまだ19歳だった866年。当時陰陽寮を実質的に取りまとめていた滋岡川人に呼び出された是雄は、判大納言の命で下野の薬師寺へと向かいます。
【絞鬼】…882年。小野春風の預かる陸奥の胆沢鎮守府へと派遣された30代の弓削是雄。東和という郷に鬼が出没すると聞いており、春風も同行します。
【夜光鬼】…931年。醍醐帝に続いて太上天皇も崩御し、菅原道真の怨霊の仕業であるという噂が広まり、陰陽寮の賀茂忠行が羅生門へと向かうことに。
【魅鬼】…940年、坂東の平将門が平貞盛と藤原秀郷によって誅されます。しかし賀茂忠行と息子の保憲は、将門が魅鬼となったのではないかと疑っていました。
【視鬼】… 989年。箒星が2つも続き、都には怪事が続いていました。安部清明は都安堵の祈祷の準備のために藤原道長と共に華頂山の将軍塚へ。

平安時代を舞台にした短編集。読む前は弓削是雄が主人公なのかと思っていたのですが、他にも滋岡川人や賀茂忠行、安倍晴明が登場。大きく陰陽寮の陰陽師たちが主人公となっているようです。名前は知っていても関連などが不明だった陰陽師たちの繋がりが分かるのが興味深いですね。本当に鬼の仕業という出来事もありますが、鬼の仕業に見せかけて悪事を行う人間も多いため、陰陽師たちも鬼の存在を絶対的に信じながらも、全てを鬼や物の怪のせいとは考えません。特に小野春風と初対面の弓削是雄が「災いと祟りを結びつけるには相当な調べが必要にございます。大方は祟りと無縁」という言葉が印象的。やはりいつの世でも生きている人間の悪意は怖いですね。5編共に、鬼の存在を通して人間の欲望や悪意を焙り出しているようです。鬼とは、そういった人間の負の感情が形をとったものなのかもしれないですね。

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