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このページは、司凍季さんの本の感想のページです。

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「からくり人形は五度笑う」講談社文庫(2003年4月読了)★★★
ミステリー作家・依井直之の元に届いたのは、27年前に失踪したきりの父親からの一葉の葉書。官製葉書の裏面には、放浪の画家を自認していた父らしく淡いパステルの風景画が描かれており、宛名の下の僅かなスペースには、「てまりうた」と題する短い詩のようなものが書き付けられていました。差出人の部分には「Y県沙華姿村にて」というという、確かに見覚えのある父の字。しかしこの葉書は、既に薄いコーヒー色に変色していました。明らかにここ数年の間に書かれたものではなかったのです。もし父ではないのだとしたら、誰が何のためにその葉書を投函したのか… 依井は早速次の朝東京を発ち、沙華姿へと向かいます。

一尺屋遥シリーズ第1弾。司凍季さんのデビュー作でもあります。
かつては人形の村として栄えた沙華姿は、27年前、おかっぱ頭に真紅の着物を着た市松人形が空を飛びながら不気味な笑い声をたてたり、死んだと思っていた人間から手紙が来たり、新妻が薄紫色の薔薇の花びらをまとって雪密室で死んでいたり、道に落ちていた人間の生首の胴体部分は火の見櫓の上にあったりと、横溝正史ばりの奇妙な出来事が続いた村。父が失踪する直前にいたこの村を、ミステリー作家である依井が村を訪ね、過去の出来事が掘り返されるにつれ、住人が10人ほどの過疎の村の雰囲気は徐々に盛り上がります。しかし第2部になって一尺屋遥が登場すると、その迷探偵ぶりによっていきなり散文的になってしまったようです。彼にとっては、友人のことなどどうでもよいことなのでしょうか。頼った方は「一尺屋なら」と思いつめ、重ねて速達まで出しているのに、肝心の一尺屋はただ単に知的好奇心を満たすために行動しているような印象。それが一尺屋という人間なのだと言われればそれまでなのですが、それにしても人間らしい感情の欠落した推理ロボットのように思えてしまいました。肝心のトリックも、大掛かりなようでいて、実は大きな穴が。少々乱暴のような気がします。
巻末には島田荘司氏の推薦の文章が収められています。物語途中の、依井直之による「奇想、天を動かす」についてのエッセイは、司凍季さんのオリジナルのようですね。

「蛇遣い座の殺人」光文社文庫(2002年10月読了)★★★
大学の同級生に取り込み詐欺にあった「私」は、自殺するためにW県の紀の川沿いの紫野村へ。「死の村」に通じるこの村の名前を思い出した途端、矢も盾もたまらず家を飛び出したのです。そんな「私」が紫野村唯一の宿で一緒になったのは、一尺屋遥という男。彼は、この村の紀ノ川沿いに建てられているオランジュ城館の一人娘・耀子の依頼で、この村によってやって来ていました。耀子の結婚式を目前に控えたある日、オランジュ城に一通の脅迫状が舞い込み、それを見た城主・影平徳治が突如奇行に走り始めたのです。そして迎えた結婚式当日。パーティでの宝探しの企画の最中、城の園丁である兵頭が堂屋の時計の中に閉じ込められ、おヨネばあさんが、なんと塔のてっぺんに串刺しとなっているのが見つかります。オランジュ城は25年前にフランスからはるばる日本に運ばれ移築されたという建物。影平一家がフランスから日本に帰る直前にも、執事の小林圭二が空中を歩いて壁を突き抜け転落死したという不可思議な事件が起きていました。

一尺屋遥シリーズ第2弾。
フランスで住んでいた城をそのまま日本に持ってきてしまったという大掛かりな舞台設定。しかも殺人事件も大掛かりです。まさに島田荘司氏ばりのトリックかと期待させられてしまいます… が。
なんとも妙な仕掛けですね。お城を日本に持ってきてしまったというのも、それを和歌山県に置いてしまったというのもまだいいとして、このトリックは… 肝心の謎解き場面で思わず飛ばし読みをしてしまいました。どうも「トリックのためのトリック」という印象。同じ大掛かりなトリックでも、「斜め屋敷」とは少々赴きが異なるようです。
一尺屋遥という探偵も、妙な人物ですね。アクが強そうでいながら、実際にはあまり印象には残りませんでした。普段は農業に従事しているのですが、花を売り歩くこともあり、しかしブランド物を着こなすお洒落な男性。外見はそれでいいとしても、内面的なものがほとんど伝わって来ないのです。それにワトスン役の「私」は、最後まで名前も明かされずに、ひたすら物語の進行役につとめています。彼は単に、一尺屋から真相を聞きだすだけの存在だったのでしょうか。

「さかさ髑髏は三度唄う」講談社文庫(2002年10月読了)★★★
八追純平の元に届いたのは、小学校時代一番仲の良かった一尺屋遥からの手紙。そこには故郷の小学校が廃校になること、その頃憧れだった担任教師・人首悠里枝の健康状態が思わしくなく、この夏も越せない状況であることが書いてありました。八追は現地で一尺屋と待ち合わせる約束をして、20年ぶりに故郷の地を訪れます。しかし母校である小学校に立ち寄ってみると、夜の理科室から微かな光が。そして理科室に入ってみると、そこにはさかさ髑髏の灯篭があり、髑髏がか細い声で唄いだしたのです。慌てて逃げ出す八追。そんな八追を車で拾って送ってくれたのは、悠里枝の夫らしき人物でした。そしてその翌日、八追は悠里枝の見舞いで人首家を訪れます。悠里枝の嫁いだ人首家は、衰退した飛龍田焼きの中で、現存する唯一の窯元だったのです。

一尺屋遥シリーズ第3弾。
地方の小さな村を舞台に、旧家で起きる骨肉の争い、病弱な美少年、廃校で唄う髑髏、唄うのは北原白秋の詩「たそがれどき」、そして小道具は水琴窟や弓射り童子… とおどろおどろする要素は満点。しかし横溝正史の世界独特の暗さと陰湿さはあまりないですね。殺人事件も比較的あっさりしていますし、全体的な雰囲気がどこか現代的。モチーフがこれだけ揃っているのに、さらっとした印象になってしまうのはなぜなのでしょう。それも探偵役の一尺屋遥、ワトスン役の八追純平のキャラクターによるものなのでしょうか。せめて一尺屋遥がもう少し個性的だったら… と思ってしまいます。農業に従事しながらも、ブランド物を着こなす洒落者、しかし子供の頃は実はあまり幸せではなかった… と書いてしまえば簡単ですが、どうにも人間像が思い浮かんできません。しかも八追純平も、あまり魅力があるとはいえないですし。
ラストに向けて綺麗に収束していくのはいい感じですし、小道具の使い方も雰囲気を盛り上げています。綺麗にまとまっているとは思うのですが、それでもどこか小粒な印象の残る作品でした。

「湯布院の奇妙な下宿屋」光文社文庫(2004年4月読了)★★★
コンビニでアルバイトをする25歳の八木司朗は、アパートの隣人のミステリ作家・八追純平に湯布院行きを頼まれます。それは八迫の書くミステリの探偵・一尺屋遥の用事。日頃から八迫の優雅な仕事振りを見ていた八木は、あわよくば一尺屋の探偵話を自分が先に小説に仕立ててしまおうと、早速ブルートレインで湯布院へ。その目的地は、湯布院の資産家・狭霧吉宗が芸術家を育成する目的で建てたという狭霧荘でした。吉宗が昨年末に亡くなってからというもの、最近この下宿屋に奇妙な出来事が相次いで起き、現在下宿屋を預かる吉宗の姪の木綿が、一尺屋を呼び寄せたのです。

一尺屋遥シリーズ第4弾。
今回の舞台は湯布院。いつものように一尺屋は登場するのですが、ワトソン役となるのは八迫純平ではなく、八迫のアパートの隣人・八木司朗。いつものような大掛かりなトリックはなく、比較的普通の連続殺人事件となっています。いつも司さんの作品に感じられる横溝正史的な雰囲気も、この作品に関してはほとんど感じられませんでした。しかし大掛かりなトリックやおどろおどろしい雰囲気が最後には尻すぼみになってしまうのがいつも残念だったので、今回はなかなか印象が良かったです。
それでもあまりに奇妙な形の建物の存在は少々強引にも感じられましたし、 最後の最後に一尺屋が指摘した真相はどうなのでしょう。この謎解きでは、あまりに強引としか思えないのですが…。特に(ネタばれ→アナグラム←)など本来(ネタばれ→本名←)に使われるものなのでしょうか。(ネタばれ→偽名←)ならではのトリックではないかと思っていたのですが。

「首なし人魚伝説殺人事件」光文社文庫(2002年10月読了)★★
瀬戸内に浮かぶ小さな島・流島の海辺に流れ着いた、女性の死体が乗せられた小舟。死体の首は切り取られ、そこに代わりに置かれていたのはマネキン人形の頭。しかし発見した男性が警察に電話をして戻ってくると、その舟の中のマネキン人形の頭が、なんと髑髏に変わっていました。そして失神して浜辺に寝かせておいたはずの同行の女性が死体となって、海に浮かんでいたのです。一方、警視庁捜査一課の敷島竜二刑事は、大学時代の親友・笠間修に誘われて盆休みに流島へ。そして笠間の幼馴染である海藤憂一が舟をまわしてくれるのを海藤のアパートで待っている間に、笠間の高校時代の恋人の火影瑠璃からの電話が入ります。襲われたという言葉に笠間が慌てて駆けつけてみると、瑠璃は胸をナイフで刺されて瀕死の重傷。しかし笠間が救急車と敷島に電話をして戻ってみると、そこには瑠璃の姿はなく、無数の花びらだけが散っていたのです。流島には、古くから伝わる哀しい人魚伝説がありました。そして45年前にも、男性の生首だけが発見されるという事件があったのです。

なんとも横溝正史風の雰囲気ですね。島民誰もが知り合い同士、泥棒が存在しないから警察もないという小さな島に起きた惨劇。たった5分間で死体が20km離れた場所に移動し、しかも首がなくなっていたという謎、死体の首に代わりに置かれていたマネキン人形の頭が、戻ってみると髑髏になっていたという謎。 そして45年前の殺人事件の謎。小さな島の中で対立する2つの家の存在や、瑠璃の部屋に散っていたエヒメアヤメ、別名「誰故草(タレユエソウ)」の花などが、ますます横溝正史風の雰囲気を盛り上げています。
しかし、いくら敷島が警官だとしても、個人的に動いている以上、普通はもう少し聞き込みも難航するのではないでしょうか。しかも小さな村特有の、閉塞感のようなものが不足しているような印象。雰囲気的にも中途半端で、物足りなかったです。あともう1歩踏み込んで欲しかったのですが…。しかし2時間物の○曜サスペンスなどにすると、なかなか面白い作品になりそうですね。
しかし肝心のあの場面、普通は気がつくのではないでしょうか?

「悪魔の水槽密室-『金子みすゞ』殺人事件」光文社文庫(2002年10月読了)★★★★
ミステリ作家の八追純平は、金子みすゞの取材のために山口県仙崎へ。金子みすゞは、大正末期から昭和初頭にかけて活躍した仙崎出身の童謡詩人。西條八十に「若き童謡詩人の巨星」とまで言わしめながらも、わずか26歳で自ら命を絶った人物でした。しかし八追が乗る山陰線の列車が落雷のために停電、その場に停車している間に、列車に乗っていた若い女性が1人消えてしまいます。それは、着物姿に大輪の真紅の薔薇の花束を持った女性。彼女の空間だけがまるで大正時代のようで、金子みすゞを彷彿とさせると、八追が密かに注目していた女性でした。

一尺屋遥シリーズ第5弾。顔を切り刻まれているという死体も陰惨ではありますが、やはり目を引くのはホテルの部屋全体を水槽状態にしてしまうという大掛かりな殺人事件でしょうね。これが本当に上手くいくのかどうかはともかく、今まで登場した大掛かりなトリックの中では一番良かったです。そしてこれらの事件の陰に見え隠れしている20年前のバス事故。それらの出来事に、思わせぶりな真紅の薔薇が絡み合い、随所に金子みすゞの童謡が挿入され、なかなかの雰囲気となっています。作中でも触れられていましたが、赤は普通なら「情熱の赤」などと動的で前向きなイメージの形容詞がつく言葉。それがこのように物悲しい雰囲気を醸し出すというのに改めて気づかされたというのも、とても新鮮でした。金子みすゞの童謡というのは、本当に物哀しい赤を表現したものが多いのですね。こういう赤色にはとても惹かれます。一度きちんと作品を読んでみたくなりました。
そして真犯人が、元々のきっかけとなった出来事の真相を知ってしまった時の哀しさは… こういう巡りあわせってあるものですよね。それに残された家族がこういう目に遭うことも。余韻と切なさの残るラストでした。

「屍蝶の沼」光文社文庫(2002年10月読了)★★
中国地方の山深い山村・羽室町にある幽霊沼。昼間でも気味悪がって誰も近づかないこの沼で、赤いレインコートを着た少女の全裸死体が発見されます。死体は既に野犬や烏に食い荒らされており、残っていた皮膚は黒く焼け爛れ、しかも左手の薬指が切り取られているという状態。羽室町のミニコミ誌・羽室新報の編集長である松岡は、外部の人間に取材を委託してでも事件を取り上げることを決め、ミニコミ誌編集部唯一の記者・稲葉菜月は、かつての恋人で、現在フリーのルポライターをしている高野舜をこの町に呼び寄せます。被害者は原嶋梨花。この町で一番の有力者である原嶋病院の娘でした。中学生の彼女は、町の図書館に行くと言って出かけたまま、行方不明になっていたのです。取材すればするほど、最近起きた妙な出来事のすべてが原嶋医院に繋がっていると感じる高野。しかしよそ者である高野はなかなか思うように取材が出来ず、続いて第2の事件が起こります。

冒頭に掲載されている、20年前の意味深な投書から物語は始まります。社会派と本格の融合を目指したそうなのですが、どちらとも言いがたい作品ですね。被爆者を彷彿とさせる黒い肌に包帯を巻いている人々が沼に飛び込むシーンでは、京極夏彦氏の某作品を思い浮かべましたし、気がついたら赤いレインコートを持っている三村秀一や原嶋医院から出る薬のシーンも思わせぶり。しかし全てが分かってみると、物語を複雑に、真相が分かりづらくなるようにしたかっただけなのではないかと思えてしまいました。途中の展開はなかなか面白いのに、最後の真相が拍子抜けだったのが残念です。
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