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このページは、高野史緒さんの本の感想のページです。

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「ムジカ・マキーナ」ハヤカワ文庫JA(2003年5月読了)★★★★
1870年のウィーン。かねてより心の中にある理想の音楽を引き出すことを切望していたラインハルト・マクシミリアン・フォン・ベルンシュタイン公爵は、有望な音楽家を援助し、音楽の守護天使とも呼ばれている存在。そんな彼のミューズは、詩神の谷<サクレ・ヴァロン>とあだ名されるボーヴァル国で出会ったマリア。彼はマリアこそを唯一の選定基準とし、マリアの心を捉えた者を最高の音楽家として遇しようと考えていました。そしてマリアを連れて、以前から気になっていた若き音楽家・フランツ・ヨーゼフ・マイヤーの元へと向かいます。その頃、ウィーンの音楽家たちの間で密かに流行していたのは、<魔笛>と呼ばれる麻薬。それはベルンシュタインが、戦場の兵士たちの苦痛を取り除くために狂気の科学者・ツィマーマンに依頼して作らせ、そしてその重大な後遺症ゆえに自らの手で葬り去ったはずの<イズラフェル>だったのです。聴覚からの刺激を快感に変え、服用者は音楽そのものの悦びで気を失うという<魔笛>は、どうやらイングランド人興行師・モーリィの開いているいかがわしい舞踏場・プレジャー・ドームを中心に広まっているようなのですが…。

第6回の日本ファンタジーノベル大賞の最終候補に残っていたという作品。この時の受賞作は池上永一氏の「バガージマヌパナス」と銀林みのる氏の「鉄塔 武蔵野線」。
音楽SFとでも言うのでしょうか。一見、19世紀のヨーロッパ、ナポレオン3世が失脚した直後の時代、ヨハン・シュトラウスが活躍している時代を舞台にした歴史ファンタジー。しかしそこには、まるで現代のように見える空間がすっぽりと埋め込まれています。クラシックが優雅に流れる中にクラブシーンだのDJだのが出現し、生演奏ではない録音された音楽やら、そのリミックスやらが流れます。しかしこの2つの世界が不思議と調和しているのです。この違和感のなさには驚きました。あらゆる音楽的要素が、この物語の中で、一流のDJによってミキシングされ、リミックスされているようです。荒削りではありながらも、このスケールの大きな物語を易々と書いているような、内から溢れ出てくる物語を、ただ書き留めているだけのような才能が感じられました。主役はフランツなのかベルンシュタインなのか、時々視線が揺らいでいるのが気になりましたし、マリアを始めとする登場人物の描写が深ければ、といった不満はあったのですが、しかし全体を流れる雰囲気は独特で、そのようなことはほんの瑣末なことに思えてしまいます。
…「月に代わってお仕置きを…」はいかがなものかと思いますが。(笑)

「ウィーン薔薇の騎士物語1-仮面の暗殺者」中央公論新社(2003年5月読了)★★★★
1885年秋、フランツ・ヨーゼフ1世の御世55年のウィーン。ヴァイオリン1つを持って、オーストリア北部のリンツからウィーンへと出てきた14歳のフランツ・カール・フォン・ローゼンカヴァリエは、運良くジルバーマン楽団に採用されることになります。ジルバーマン楽団は、ヨハン・シュトラウス2世率いるシュトラウス楽団と共にウィーンの人気を二分する人気楽団。入団したフランツは、早速3歳年上のチェロ奏者・トビアス・エンゲルスと意気投合。ジルバーマン楽団の楽長・レオポルト・ジルバーマンは、フランツの名前とその美少年ぶりから、フランツやトビアスを含めた才能ある美少年たちのアンサンブルを作る計画を練り始めます。しかし舞踏場<金の星>での初めての演奏を終えて帰ろうとしたフランツは、建物の中で迷い、見知らぬ男女がオーストリア皇太子ルドルフの暗殺計画について話しているのを耳にしてしまいます。明後日の仮面舞踏会で、マリアンデルという名の刺客が皇太子を狙うというのですが…。

ヴェルデンベルク元帥夫人・マリーテレーズの愛人・オクタヴィアン・フォン・ロフラーノ伯爵が、突然寝室に踏み込んできたオックス男爵に名乗った名前が「マリアンデル」。そしてルドルフ皇太子を狙っている凄腕の刺客の名も「マリアンデル」。さらに、オックス男爵が自分の結婚式で復活させようとしている儀式の名は「薔薇の騎士の儀式」。ジルバーマン楽団が新たに作ろうとしているアンサンブルの計画は、フランツの苗字から名前をとって「薔薇の騎士計画」、そして「薔薇の騎士」とは、オーストリア秘密警察が使用中の皇太子ルドルフを意味するコード・ネームでもあり… と、二重にも三重にも及ぶ勘違いと早とちりで、物語が進んでいきます。
このような早とちりと勘違いはシェイクスピアの昔から見られるものですが、とてもわざとらしいものが多く、読んでいても非常にツライ場合がほとんど。私にとっては苦手な作品が多いのですが、しかしこの作品ではその頃合が丁度良いですね。さじ加減が絶妙で、なかなか楽しい作品となっています。
これはリヒャルト・シュトラウスによるオペラ「薔薇の騎士(der Rosenkavalier)」が下敷きとなった物語なのですね。まるで、当時実際に流行っていたはずのオペレッタのような作品。そこにオーストリア周辺の政治状況やフランツの活躍がうまく絡められています。はじめは「ムジカ・マキーナ」とはあまりに雰囲気が違うので驚きましたが、しかし小さく笑えるネタもたくさん潜んでいますし、なかなかコミカルで楽しいシリーズになりそうです。

「ウィーン薔薇の騎士物語2-血の婚礼」中央公論新社(2003年5月読了)★★★★
1886年1月。ジルバーマン楽団に入って3ヶ月、そろそろ楽団にも慣れてきたフランツは、楽長にソロパートの楽譜を渡されます。フランツは来週催されるミッテルホーフ侯爵の舞踏会、それもミッテルホーフ侯爵が婚約者候補のハンガリー貴族の令嬢と初めて会うという大切な舞踏会でのソロに抜擢されたのです。その楽譜にはタイトルも作曲者名もなく、しかしその曲は、東洋と異教の香りを微かに漂わせた素晴らしいハンガリー風の舞曲でした。フランツはむさぼるように練習に没頭し、舞踏会の日、素晴らしい演奏を披露します。しかしその演奏が感極まった時、ヴァイオリンのE線が切れてしまうのです。そしてその瞬間、婚約者候補のイレアナ・シデリ嬢が倒れ、控え室に運ばれたイレアナは、そのまま息をひきとることに。医者によると、死因は極度の貧血症。遺体には血液が驚くほど少なく、とても踊れるような状態ではなかったと医者は首をひねるのですが、しかし最後にイレアナと踊っていたアレクシスによると、踊っている最中のイレアナは息切れ1つせず、血色も良かったとのこと。そして3日後。仕事でブタペシュトへと向かったフランツは、死んだはずのイレアナが列車に座っているのを目撃することに。

ウィーン薔薇の騎士物語シリーズ2作目は、吸血鬼がメインモチーフのホラー・ファンタジーとなっています。そして耽美な男性同士のカップリングも。1作ごとにモチーフが変わっていくのですね。
今回登場するのは、紫の瞳の美少年・エゴン・ルー。いきなりの冒頭シーンには驚きましたが、しかしこの高野さんの作風にはとても良く合っているような気がします。トランシルヴァニアの夜の国のシーンもとても雰囲気がありましたし、こういう方面がお得意な方なのでしょうか。アレクシスやコンスタンシアと会っていた時は単に嫌味な人間だったはずのテオドレスク伯爵が、夜の国にいると不思議な魅力を発散していますね。吸血鬼物としては特に新しい発見などはありませんでしたが、ハンガリー舞曲との絡め方がとても綺麗。あの情熱的な音楽には、今まで私はジプシーの影しか見ていませんでしたが、しかし作中で描写されるコンスタンシアの本質を考えると、この舞台設定にも、こういう音楽はぴったりですね。

P.132「ウィーンは不思議な街だね。中世のようでもあり、未来のようでもある。時々、空想的な物語の中に出てくる架空の年のような気がする時もある。」

「ウィーン薔薇の騎士物語3-虚王の歌劇」中央公論新社(2003年5月読了)★★★★
1886年5月。教会の聖堂で行われた若手の音楽家たちのコンサートに出かけた楽長と弦楽四重奏のメンバーは、ヴァルター・フォン・シュトルツィンクという歌手の名に驚きます。その名前は、ワーグナーのオペラに出てくる歌手の名前と同じだったのです。そして登場したヴァルターは、なんとバイエルン王・ルードヴィヒ2世の若き日の姿と瓜二つ。会場は大騒ぎに。そしてその教会でのコンサートの翌週、弦楽四重奏の面々は、バイエルン王御前演奏会選抜コンクールで、このヴァルター・フォン・シュトルツィンクと再会します。このコンクールは、かつて音楽家のパトロンとして知られたベルンシュタイン公爵が、旧友であるルードヴィヒ2世のために企画したもの。フランツたちとヴァルターは揃って予選を突破するのですが…。

ウィーン薔薇の騎士物語シリーズ3作目。
「ムジカ・マキーナ」に登場するベルンシュタイン公爵が登場。しかも「目をかけたある若い指揮者が、悪徳興行師と麻薬がからんだ事件に巻きこまれた挙句、変死」という事件は、15年ほど前に起きたことだと紹介されています。このように他の作品との繋がりが出てくるというのは、同じ事柄を別の角度からも知ることが出来るので、読んでいてとても嬉しくなってしまいます。今回はその記述だけで流されてしまいましたが、またベルンシュタイン公爵が登場することがあれば、詳しく語られることもあるかもしれないですね。楽しみです。そして今回は、ジルバーマンの孫娘でソプラノ歌手のクリスタ・ミュラーが新登場します。可愛いけれど押しが強く騒々しい彼女は、あまり好きなキャラクターではありませんが。
ルードヴィヒ2世に瓜二つのヴァルターと、都合の良い女となってしまったミカエラの関係が少々暗くて、読んでいると息が詰まりそうになりましたが、心配したようなことが起こらなくて一安心。しかし重苦しくはあったものの、ワーグナーのオペラという背景の雰囲気にはよく合っていますね。ご落胤騒ぎから思わぬ陰謀に発展する辺りも、なかなか良かったですが、この物語の主役はあくまでもヴァルターとミカエラ。四重奏団の4人が脇役に甘んじていたのが、少々物足りなかったかもしれません。

「ウィーン薔薇の騎士物語4-奏楽の妖精」中央公論新社(2003年5月読了)★★★★
1886年7月。ジルバーマン楽団は1ヶ月の夏期休暇となります。トビアスはオーケストラの口を見つけて超高級リゾート地・バーデン・バーデンへ、エゴンはジルバーマン父子と共にロシア公演、アレクシスはボーヴァル王国の友人の家へと行き先が決まっており、弦楽四重奏団のメンバーで夏休みの予定が全くないのは、フランツのみ。そこにベルンシュタイン公爵の使者がやって来ます。前回の事件で楽器を失った4人のために、ベルンシュタイン公爵からの楽器を届けにきたのです。しかしそこには、フランツのヴァイオリンはありませんでした。ベルンシュタイン公爵の選んだヴァイオリンは調整に時間がかかっているとのことで、フランツはお目付け役のルドルフと共に、公爵の夏の居城・エーデルベルク城へと向かいます。そして幻のヴァイオリン<シレーヌ>の話を聞くことに。それはベルンシュタイン公爵家に伝わる、己の意思を持つと言われるヴァイオリンの名器。シレーヌに気に入られた奏者は歴史に名を残すほどの大演奏家になるが、気に入られなかった奏者は呪い殺されるというのです。

ウィーン薔薇の騎士物語シリーズ4作目。
今回登場するシレーネというヴァイオリンは、なんと「ムジカ・マキーナ」のフランツ・ヨーゼフ・マイヤーにも貸し出されようとしていたことがあったとのことで、思わぬ話の繋がりにわくわくしてしまいました。しかしシレーネが実際に演奏されるのは1回だけ。比較的あっさりと流されてしまったのが少々残念でした。せっかくのモチーフなのに、もったいないですね。シレーネをもっと前面に押し出して、幻想的な物語にして欲しかった気もします。しかしシレーネの幻のヴァイオリンとしての存在は、フランツが自分が求めている音や目指したい方向を改めて考える大切なきっかけにもなっています。体の成長はもちろんですが、フランツは演奏家としても1人前になりつつあるのですね。
それにしても、トビアスからルドルフへの手紙の文面には驚きました。このようなところで、まるでチャットや掲示板のレスのような文章を見ることになろうとは。これまでの3巻にも相当砕けた部分がありましたが、さらに砕けていますね。しかしネットをしたことのない読者には、「レス」や「チャット」「>」などのネット用語はよく分からないのではないでしょうか。

「ウィーン薔薇の騎士物語5-幸福の未亡人」中央公論新社(2003年5月読了)★★★★
1886年10月。フランツがジルバーマン楽団に入って早1年。今日こそは家に手紙を書こうと、フランツはカフェのテーブルの上に便箋を広げていました。そこにやって来たのは、20代半ばの長身の青年。彼はフランツに便箋を1枚もらうと、フランツの向かいで手紙を書き始めます。それはダニーロ・ダニロヴィッチ伯爵。バルカン地方の小国・ポンテヴェドロ王国の在ウィーン大使館の書記官で、明後日の晩に大使館で開く夜会に、ジルバーマン楽団に演奏を依頼したいと言うのです。その夜会は、「幸福の未亡人」と呼ばれるハンナ・グラヴァッリ夫人の社交界復帰に当たり、急遽開かれることになったもの。グラヴァッリ夫人は、実の父親よりも年上だった実業家のグラヴァッリ氏と結婚し、ほんの数日で未亡人になったという女性。ポンテヴェドロの国家予算以上の財産を持っているというのです。

ウィーン薔薇の騎士物語シリーズ5作目。これが最終作となります。
フランツ・レハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」が元になっているという作品。1巻同様のどたばた系のコメディなのですが、決してやり過ぎないというこの演出ぶりはやはり上手いですね。しかも1巻の頃に比べて、肩の力の抜け加減も凄いのです。ほとんどこのまま漫画にしてしまえそう。
今回はフランツとトリスタ、ハンナとダニーロがメイン。しかし物語を動かしているのは、ほとんどトリスタ1人ですね。フランツは、「そんなこと、僕に聞いたってしょうがないじゃないですか」程度。最後の最後は美味しい役なのですが、しかしこれは少々唐突なような気もします。無理にここでまとめようとしなくても良かったのでは。それでも、またこのシリーズの続きが書かれることがあれば、ぜひ読みたいです。あとがきに書かれている「マイヤーリンクの悲劇」というのもぜひ。そしてその時は、このシリーズの続きとして読むのもいいのですが、もっと硬い文章で読んでみたいような気もします。
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