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このページは、笹生陽子さんの本の感想のページです。

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「ぼくらのサイテーの夏」講談社わくわくライブラリー(2004年8月読了)★★★★

明日から夏休みという終業式の日、いつものように体育館の外階段で階段落ちゲームをしていた桃井たち。しかし2ポイントリードで、このまま逃げ切りに見えた桃井たちですが、ラスト1回で6年2組の生徒が9段落ちを見事成功、結局逆転負けを喫してしまいます。そして意地になった桃井は、普段は余裕で飛べるはずの7段目から落ち、左手首を捻挫、前歯が1本欠けてしまうことに。そんな桃井たちを待っていたのは、職員会議で決まった「4週間のプールそうじの刑」でした。プール掃除と聞いて文句を言う他の面々に、1人で掃除をするからと啖呵をきった桃井は、結局、9段落ちを成功させた栗田と2人でプール掃除をすることになります。サイテーでサイアクに始まった夏の物語。

日本児童文学者協会新人賞・児童文芸新人賞受賞作品。
カバちゃん曰く、「カテイホウカイ。ハハ、イエデ。デッカイヤシキニ、ネズミウジャウジャ」という栗田の家庭。しかし桃井の家も、優等生で人望もあった2歳年上の兄のトオルが学校にも行かずに暴れている状態。桃井は、どんな話でもできるカバちゃんたちにも、その話はしていません。そんなカバちゃん自身も、家のことで密かに悩みがあります。そんな桃井が、カバちゃんの聞き込んできた噂話に反発し、夏休み後半、久しぶりに仲間たちに会った時に感じる違和感が印象的でした。仲間と一緒につるんでいるうちは、自分がどのような姿をしているのか分からないもの。プール掃除の4週間は桃井にとって、罰である以上に得るものが大きい4週間だったのですね。
賑やかにしているのが好きで、仲間と一緒にいないとしぼんでしまう桃井と、1人でいることが苦にならない大人な栗田という組み合わせ。最初は一緒に掃除をしながらも、まるで口をきこうとしない2人が、ひょんなことから話をするようになり、自然に2人で昼食をとるようになり、お互いの兄や妹も交えて… というその過程もとても自然で良かったですし、お互いの状況を、同情や慰めの目で見るのではなく、それぞれ1つの形として受け入れていく姿も良かったです。


「きのう、火星に行った。」講談社わくわくライブラリー(2004年8月読了)★★★★

6年3組、山口拓馬。趣味は、なんにもしないこと。特技は、ひたすらサボること。しかし9月の席替えで一番後ろの窓際の席を手に入れた拓馬は、居眠りをしている間に、なんと連合体育大会の個人走の部の選手に選ばれていたのです。拓馬を推薦したのは、同じクラスの木崎。この町に古くからある建設会社の跡取り息子の木崎は、大金持ちのいばりんぼうで、しかも短期で二重人格。裏ではいじめにシカト、喧嘩にカツアゲとやりたい放題。そして、頭痛がしてきた拓馬が家に帰ると、拓馬のベッドに寝ていたのは、ずっと静岡で暮らしていた1歳年下の弟の健児。生まれつき体が弱い健児も、かなり元気になってきたということで、7年ぶりに家に戻ってきていたのです。

頭も良くスポーツもできるため、小学校6年生にして、すっかり冷めている拓馬。努力するということを知らず、適当に手を抜くことばかり考えています。一生懸命やるということが、かっこ悪く、恥ずかしく思えてしまうのでしょうね。しかしここで、お父さんの言葉が効いていますね。そして健児や「でくちゃん」、塾で一緒の谷田部の姿を見ているうちに、拓馬も徐々に変わり始めます。その根っこは、驚くほど素直でした。練習するにせよしないにせよ、意地を張るのは簡単。しかし一度ふっと肩の力を抜くと、本人も周囲も楽ですし、それ以上に、やっていることを楽しめるもの。「時には頑張ってみるのもいいものでしょう?」などと言葉をかけてみたくなってしまいます。

P.70「いいか、生きてることがつまらないのは、他人のせいじゃない。おまえのせいだ。なにをやったってつまらないのは、おまえがつまらん人間だからだ。」


「さよならワルガキング」汐文社(2004年8月読了)★★★

ワルガキングのトレカ欲しさに、母親の財布から300円を盗んだ和哉。母親や優等生の兄・優一の態度が気に入らず、家に火をつけてやると騒いでいると、そこに帰ってきたのは父親。和哉は、300円を盗んだ罰で、補習塾に行かされることになってしまいます。塾でも態度が悪い和哉が自習室で出会ったのは、橋本櫂という少年。櫂は、かっこいいワルになる方法を教わりたいと和哉の弟子になることに。

ワルガキ少年と優等生の少年の友情。優等生の櫂をダシにして一緒に悪いことをするうちに、徐々に「ワル」の実態が見えてくる和哉。かっこよく見えた「ワル」も、実はその上をいく「ワル」の犠牲になっているだけ。本当は全然かっこよくなどないのです。道夫おにいちゃんの姿は、和哉にとっては本当に衝撃だったのでしょうね。それでも、まだいくらでもやり直しをできる年代のうちに、それに気づくことができたのは、和哉にとってとても大きいこと。道夫にとってもそうですね。最後に、櫂が潮の匂いを感じる場面がとても素敵でした。


「楽園のつくりかた」講談社(2004年6月読了)★★★★★お気に入り

星野優は、中学受験を突破し、現在有名私立中学に通う2年生。中高一貫教育を経て一流大学に進み、一部上場企業に就職するという人生設計をたて、その通りに実践中。しかし塾の夏期講習から帰ってきた優を待っていたのは、なんと母親の引越し宣言でした。8月の末には今住んでいる社宅を出て、父の生まれ育った故郷の家で祖父と同居するのだというのです。優にとっては晴天の霹靂。しかし親に逆らえるはずもなく、渋々ながらも田舎へと引越しをすることに。しかし優が新しく通うことになったのは、廃校寸前の「分校」。クラスメートはたったの3人しかいなかったのです。

産経児童出版文化賞受賞作品。
主人公の星野優はエリート意識が強く、常に弱肉強食の環境の中で、周囲の人間をライバルと見なして育った少年。常に偏差値や学歴で人間のレベルを判断し、自分と同じレベルの人間には心を許さず、自分よりも学力的に劣る人間は歯牙にもかけないという嫌な少年です。田舎にやって来ても、都会のエリート中学生としてのレベルを維持しようと必死。本当の意味での友達がいないのに、その重大さにまるで気付いていない優なので、分校のクラスメートの3人ともすんなり仲良くなるはずがありません。
しかしこの3人のクラスメートたちがいい味を出しています。サルのように小柄ですばしっこく、頭のあまり良くない山中。一見アイドル系の美少女、しかし実は… の一ノ瀬ヒカル。そして大きなマスクと長い前髪が特徴の無口な宮下まゆ。かなり濃い面々なのですが、しかし彼らがそれぞれに、意外な部分で人の痛みが分かる面々だったという展開もいいですね。着実な地に足のついたやり取りに、浮き足立っていた優が徐々に馴染んでいくのが強く印象に残ります。彼らとの交流を通して、様々なことを感じ、考え、少しずつ成長していく優。ここで説教臭くならないのが大きなポイントなのでしょうね。
一見都会のもやしっ子のようでありながら、その根性は意外と逞しい優。外見的にはこれからも今のペースを崩さないように努力するのでしょうけれど、内面的には大きく変わるのでしょう。嫌な人間のはずの優の根底に流れる素直さが感じられたのが、とても良かったです。最後の一言がまたいいですね。


「ぼくは悪党になりたい」角川書店(2004年7月読了)★★★★★お気に入り

17歳の高校2年、兎丸エイジは、父親の違う小学校3年生の弟・ヒロトと2人兄弟。輸入雑貨のバイヤーをしているシングルマザーのユリコは全世界を飛び回っているため留守がちで、父親代わりの祖父が亡くなってからは、掃除に洗濯、炊事に買出しなどはエイジの役目となっていました。そんなある日、ユリコは買い付けの仕事のために2ヶ月の予定でイタリアへと出発。エイジは翌々日から修学旅行で、ヒロトの世話は、お隣の山崎夫人にサポートを頼むことになっていました。しかし翌朝、ヒロトは発熱。なんと水疱瘡にかかっていたのです。エイジは留守中のヒロトの世話を頼むために、母親の緊急用のアドレス帳の中から、家が近くて会社勤めをしていない杉尾ヒデノリの名前を選んで電話。杉尾は早速家へとやってきて、ヒロトの面倒を見ることに。

威勢のいいことやクールなことを言い、ワルぶろうとしながらも、結局はなかなかレールを大きく踏み外すことができないエイジがとても良いですね。いくら本人が捩れようとして頑張っても、その本質はとても素直。思わぬところで不意打ちをくらい、完全に拗ねてしまっても、その本質は変わりません。そもそも家を出る前に、ベランダの修繕やら大掃除などのことを気にする男子高校生などいるのでしょうか!普段真面目な人間ほど弾けると怖いと言いますが、弾けたつもりで弾けきっていないエイジが、なんとも微笑ましいのです。何だかんだ言って、結局のところはしっかりと育てられてきたということなのでしょうね。本人にしてみれば、母親が母親らしくないため、自分が早く大人にならなければならなかったのは不本意だと思いますが…。モデルかタレントのような美男子の羊谷が、ごく普通の少年であるエイジと仲が良いのも、その基本を押さえた「普通」さに安心感を覚えるのかも。それにエイジが近田夫人に憧れてあれこれ考える様子にしても、何気に可愛いのです。まさに青春小説。
それにしても途中の真相には驚きました。まさかそのようなことだったとは。しかし茫洋な雰囲気ながらも、着実な粘り強さを見せる杉尾ヒデノリを見ていると、それも分かるような気がしてきます。とてもいい味を出していますね。そして父親の違う子を2人生んで、表面的には母親失格に見えるユリコの意外としっかりと考えて生きているところも、読み終わってみればなかなか魅力的でした。恋愛問題で、あんな風に助言できる母親というのは貴重ですね。

P.98「知るってことは、想像力がそのぶん減るってことじゃねぇ?」


「バラ色の怪物」講談社(2004年9月読了)★★★

9月1日の始業式。背が高いだけが取り柄の寡黙な少年・中学2年生の遠藤トモユキは、奇行マニアの吉川ミチルがスーパーの紙袋をマスクに被って屋上からビラを撒いていたその日、貧血で倒れて保健室へと運ばれます。遠藤は前夜、市営の駐輪場から無くなった母親の自転車を探して、明け方の3時過ぎまで街を走り回っていたのです。母子家庭の遠藤家にとって、自転車は生活必需品。なかなか買えるものではありません。しかも遠藤は倒れた時、メガネを壊してしまっていました。片側の目だけ、仮性近視に加えて強い乱視が入っている遠藤にとっては痛い損失。しかしなかなかメガネを買えそうにない遠藤に、幼馴染の宇崎はあるバイトを紹介するのですが…。

最近、世の中で起きる事件の低年齢化が指摘されていますが、作中に登場する「光クラブ事件」と、ここでおきる事件は相似形なのですね。一度もつまづくこともないまま成長してしまった秀才が、自分の頭の良さを確かめるためだけのような実験的な行動を起こし、自分の思い通りにことが進むのを確かめ、その成功の割にお粗末な結末を残す… 光クラブ事件とこの作品の違いは、こちらの作品での失敗は本人にあまり反省を促さないだろうということ。本当に痛い目に遭うまでは何度でも同じことを繰り返しそうな、そんな中身のなさがあります。やるせないですね。そしてその首謀者と対照的だったのが、奇行マニアの吉川ミチル。ミチルは周囲には変わり者と思われていますが、しっかりと自分の足で立っていて、とても魅力的。ふとしたことで1人になった時に、それまでの自分の姿が見えてきたという話は、笹生さんのデビュー作「ぼくらのサイテーの夏」の桃井の姿とも重なりますね。それだけに物語のラスト以降がとても気になるのですが…。
しかし読みやすさは相変わらずですが、今までの作品に比べると、どこか的を絞りきれていないようなもどかしさも感じました。やはり「子供の真の敵は…」という部分がポイントだったのでしょうか?


P.127「仲間とべたべたつるんでた時は気づきもしなかったんだけど。あっちを離れてこっちに来たら、それまで自分のいた場所がいったいどんな場所だったのか、よく見えるようになったんだ。」


「サンネンイチゴ」理論社(2005年1月読了)★★★★

森下ナオミは読書が好きで、文芸部では詩を書いている中学2年生。両親と弟はアウトドア派で読書が嫌い、家の中では自分1人がインドア派。学校では、なかなか人に話しかけられず、友達を作るのが苦手。先生にいびられている級友を見ても、助け舟を出したい気持ちはあっても、実際には声に出して言うことはなかなかできないのです。しかしそんなある日、自転車の前かごに入れていたサブバッグを盗まれたことから、隣のクラスの手塚くんや、学年きってのトラブルメーカー・柴咲アサミと話をするようになって…。

家では揃ってアウトドア派の家族に囲まれ、友達がいないだのオタクだのと言われ、文芸部の野々村さんにも言いたいことをいえなくて、逆に心配されてしまったりと、かなり内向的なナオミなのですが、何も考えていないわけではありません。理不尽なことは大嫌い。清水くんをいじめる南先生にも、はっきりと意見している自分を想像しています。しかしいくら心の中ではっきりと意見しても、声に出して言わないうちは誰にも聞こえないのです。心の中の声と実際の行動のギャップが可笑しいですね。そしてそんなナオミを素直に行動させてくれるのが、「アサミ」と「ヅカちん」の存在。他の人間には思わず一歩引いてしまうような存在でも、ナオミにとってはかけがえのない仲間。この2人を見ていると、他人の勝手な噂話に引き回されるのが本当に馬鹿馬鹿しくなってしまいそう。
この1冊の中に、教師による生徒いびりやそれが原因の登校拒否、商店街で縄張り争いをしている学生たちのグループ、商店街による学生締め出し、母子家庭に家庭内暴力など色々な問題が描かれているのですが、それらがさらりと描かれているため、あまり重さは感じません。南先生のようなタイプは、実際には一度思い込むともっとしつこいのではないかと思いますし、これほど都合良くいくのかと思う部分もあるのですが、しかし最後は正直ほっとしました。読後感も爽やかで、明るい希望を持たせてくれるような物語ですね。

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