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このページは、坂木司さんの本の感想のページです。

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「青空の卵」創元クライム・クラブ(2003年9月読了)★★★★★お気に入り
【夏の終わりの三重奏】…ひきこもりのプログラマー・鳥井真一を外に連れ出すため、毎日のように家を訪れる坂木司。スーパーに行った時に缶詰の山が崩れてきて、その場にいた女性を助けるのですが。
【秋の足音】…満員電車に乗っていた司は、目の不自由な青年を見かけて思わず声をかけます。数日後、再びその青年に声をかけようとした司は、青年の後を他にも追っている人物がいるのに気付きます。
【冬の贈りもの】…安藤純に誘われて歌舞伎を観に行った鳥井と司は、安藤の楽屋を訪れた時、ファンからの贈り物のことで相談を受けます。匿名ファンのプレゼントは、なんと亀の剥製だったのです。
【春の子供】…駅前に立ち続けている少年が気になった司は、思わず少年に名刺を渡します。翌日、その少年から携帯に電話がかかってきて、司は思わず少年を鳥井の所に連れて行くことに。
【初夏のひよこ】…鳥井と司は、中川夫妻の新しく出した魚と家庭料理の店「なか川」を訪れます。

ひきこもりのプログラマー・鳥井真一が名探偵。作者と同名で、外資系の保険会社に勤める坂木司がワトソン役。坂木司の持ち込む謎を鳥井が解いていくという日常系のミステリの連作短編集です。
日常系とは言っても、性犯罪やストーカー、障害者問題、そしていじめやひきこもりに関する話など、社会的な問題にも触れているのが特徴。名探偵役の鳥井自身がひきこもりという設定です。しかし鳥井はひきこもりとは言っても、対人恐怖症があるわけでもなく、来る者はほぼ拒まず相手をしていますし、何か起これば積極的に推理もしています。この言葉から想像されるような暗さは感じられないですね。それどころか何かしら出来事があるたびに、警察官の滝本孝二と小宮、盲目の塚田基と歌舞伎役者を目指す安藤純などと、友達の輪と世界が広がっていきます。確かに鳥井と司の2人はお互いに依存しすぎていますし、まだまだ乗り越えなくてはいけないハードルもあります。しかし話が進むにつれて、一歩ずつ前進しています。2人のやりとりに気持ち悪さや気恥ずかしさを感じる人もいるとは思うのですが、鳥井と坂木のそれぞれを想う気持ちの純粋さがとても暖かく、素直に同調してしまいました。周囲の人間もそれぞれにいいのですが、その中で木村栄三郎が特にいい味を出しています。
鳥井の趣味は料理。それぞれの出来事の合間に美味しそうな料理やお菓子、お茶が振舞われます。「小料理屋・鳥井」から始まり、「カレーライス・トリイ」「トラットリア・トリイ」「割烹・鳥井」「トリイ・ダイナー」と形容されるように移り変わる料理のメニューには洒落っ気と季節感が感じられます。
そして副題。おや、と思っていたのですが、途中でにやりとさせられました。

「仔羊の巣」創元クライム・クラブ(2003年9月読了)★★★★
【野生のチェシャ・キャット】…坂木の会社の同期は、吉成哲夫と佐久間恭子。最近佐久間の様子がおかしいと吉成が言い始め、佐久間が一体何をしているのか、2人は彼女を1週間尾行することに。
【銀河鉄道を待ちながら】…近所の公民館で週に1回木工教室を始めた木村栄三郎。仕事の休みが不定期な男性のために、自宅でも教えることになり、塚田や鳥井、坂木もそれに参加することに。
【カキの中のサンタクロース】…最近視線を感じる坂木。通りすがりの女性にテニスラケットやワインの瓶をぶつけられ、罵詈雑言を浴びせられます。しかもワインの瓶には砂が入っていたのです。

ひきこもりの鳥井真一と作者と同名の坂木司の連作短編集、第2弾。今回は3つの短編が収められており、前2編が最後の1編へのプロローグとなって綺麗に繋がっていきます。
前作でも少しずつ広がりを見せていた鳥井の世界ですが、今回は坂木の会社の同僚、吉成哲夫と佐久間恭子を始めとして、人の輪がまた広がり、まさしく「卵」から「巣」へと育ったという印象。鳥井と坂木のお互いに対する依存はそのまま続いていますし、鳥井が坂木だけを信じていることも、坂木のオンリーワンであり続けたいという気持ちも、とても強いです。まだまだゴールは遠いよう。しかし彼らを見つめている周囲の眼差しが、やはりとても暖かいのです。実際にこれほど善人ばかりが揃うのは難しいと思うのですが、作者の坂木司さんはきっと、登場人物の坂木と同様、性善説を信じてらっしゃるのでしょうね。
今回面白かったのは、知り合いや同僚がどういう瞬間に友達になるのかということ。これに関しては、私自身はこれまであまり考えたことがなかったのですが、人間関係を築き上げるのは、本当に難しいことですね。いくら時間をかけて築き上げても、壊れる時はほんの一瞬です。それから、今の自分の仕事を選んだ理由。就職の面接試験では聞けないそれぞれの本音がとても楽しかったです。「外資系という響きがなんとなくかっこよかったから」「休みがとりやすそうだから」「制服に憧れて」…。もちろん立派な理由もいいのですが、本当はこういう理由でも構わないのですね。

P.75「よく男の人は女のおしゃべりは中身がないって馬鹿にするけど、それこそわかってない。女は、話してもしょうがないことが山ほどあることを知ってるから、せめておしゃべりだけはお互いのつらい部分に触れないようにしてるのよ」

P.78「だって、どんなに仕事をがんばっても、両親は納得しないのよ? 何年勤めて、どんな仕事をしたって、お母さんは私を嫁にいかない娘としてしか見ない。」「ねぇ、生きていくってなに?仕事ってお金のための手段?結婚しなくちゃいけないの?結婚したら、子供を産まなくちゃいけないの?人生ってなに?書かれたあらすじをなぞるだけの時間なの?いくつになったら、なにをしなくちゃいけなくて、いくつになったら、なにを諦めなくちゃいけないの?ねぇ、教えてよ!」

「動物園の鳥」創元クライム・クラブ(2004年4月読了)★★★★★お気に入り
鳥井真一を訪ねて来たのは、木村栄三郎の幼馴染の高田安次郎。安次郎は現在動物園でボランティアの仕事をしており、そこで一緒にボランティアをしている松谷明子という若い女性のことで相談があったのです。明子は安次郎のお気に入り。普段から良く一緒に話しているのですが、その明子が最近元気がなくて気になっていました。その原因の1つは、動物園の中にいる傷ついた猫。以前から猫同士で争って怪我をした猫は目についていたのですが、最近は人間に傷つけられた猫が多く、しかも増えているというのです。栄三郎や安次郎、鳥井、そして坂木司は、早速動物園へと向かいます。

引きこもりのプログラマー、鳥井真一のシリーズ第3弾。本作が完結編となります。今回は初の長編。
この作品では、今まで以上に登場人物たちに感情移入してしまいました。「世の中には言葉の通じない人間がいる」と言う鳥井、人と違うことを密かに恐れている司、人に嫌われることを恐れていない美月、それとは逆に、人から嫌われないように行動してしまう明子。そして警察官の滝本孝二。それぞれの人物にそれぞれに「分かる」部分があり、読んでいて痛い部分が多かったです。今の私は、美月に近い部分が多いと思うのですが、司や明子の中には以前の自分の姿を見て、その当時のコンプレックスを直視させられてしまいました。そして今回、鳥井の引きこもりの原因となった谷越淳三郎という人物も登場するのですが、本来なら完全に悪役のはずのこの谷越にすら、「分かる」部分があり、鳥井が谷越や明子を糾弾する言葉が司に突き刺さったように、私にも痛かったです。悪役だからと一概に切り捨ててしまえないのが、やはり坂木さんの作品の一番大きな特徴かもしれないですね。
「卵」「巣」ときて、今回は「鳥」。鳥井と司の関係も、まだまだぎこちないですが、これから無事に羽ばたいていけそうですね。とても爽やかな読後感でした。

P.167「全部の人に好かれようなんて、どだい無理な話よ。誰とも摩擦を起こさない聖人君子なんて、いるわけないもの。だから私、好きな人に好かれるための努力はするけど、そうじゃない人から嫌われるのはちっとも気にしない。」
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