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このページは、佐々木譲さんの本の感想のページです。

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「ベルリン飛行指令」新潮文庫(2004年9月読了)★★★★★お気に入り
ホンダのF1マシンが世界F1グランプリ・シリーズにデビューした記念すべき日。ホンダのチーム・マネージャー・浅野敏彦の元を、クラウゼンと名乗る老人が訪れます。第二次世界大戦中の名機・零式艦上戦闘機の技術スタッフだったと現地の雑誌に紹介されていた、浅野と監督の中村良夫を訪ねて来たのです。クラウゼン老人は、第二次大戦中は空軍の整備士。ベルリンのガトウ飛行場でゼロ戦を見たと語り、浅野に1枚の古い写真を見せます。それはまさしくゼロ戦の写真、しかもその写真には、ドイツ空軍元帥・ゲーリングも写っていました。しかし戦時中、ゼロ戦がドイツに行ったという事実は、未だかつて公表されたことがなかったのです。ゼロ戦が開発され、実際に海軍に配備されたのは昭和15年の夏以降。その頃は、既に勃発していた第二次大戦のため、ロシア・ルートも、英国植民地のインドを通過する南まわりルートも、軍事的に通行不可能となっていました。しかしゲーリングは、来日したことがない人物。写真が誤っているのか、それともゼロ戦が本当にベルリンに飛んでいたのか。その後ベルギーに赴任した浅野は、当時のゼロ戦について知る人間がいないか調べ始めます。

第二次世界大戦シリーズの1作目。
舞台は、1940年、日独伊三国同盟の締結直後の日本とドイツ。第二次大戦中、ドイツの戦闘機部隊に配備されていたBf109の可能飛行時間がせいぜい80分、行動半径は約120マイルという時代に、敵国の目をかいくぐって日本からドイツに飛んだゼロ戦があったという一見突拍子もない話を、戦時中の秘話として見事に作り上げています。
ゼロ戦を運ぶことになるのは、抜群の能力を持ちながら、海軍では札付きパイロットである安藤啓一大尉と乾恭平一空曹。サムライ魂を感じさせる、この2人がいいですね。実際に、この時代にどれだけ彼らのような、言わばロマンティックな思考が許されたのかは分かりませんが、それでも空にいる時の彼らを縛ることができるものは何もないというのは事実だと思いますし、やはり普通の陸軍軍人などとはかなり違っていたのでしょうね。そして、海軍省書記官・山脇順三や海軍省副官の大貫少佐、日本陸軍情報将校・柴田亮二郎たち、2人の飛行のために給油機地の確保に走る人々も魅力的。その奮闘振りも面白かったですし、当時の海外の国際情勢が克明に描かれているのもとても興味深かったです。実際に飛行が始まると、まるで読んでいる自分も一緒になって飛んでいるような緊張感と臨場感がありました。
ただ、冒頭の流れからいって、最終的に、少なくとも1人はベルリンへの飛行が成功することが分かっていること、そして物語的に、途中何らかの妨害があるであろうことは予想できてしまうので、その分少し勿体無かったような気もしますが… それでもやはり面白かったです。重厚な、しかし一気に読ませてくれる冒険小説ですね。

「エトロフ発緊急電」新潮文庫(2004年9月読了)★★★★
1941年12月7日、日本海軍による真珠湾攻撃が行われ、その奇襲は大成功を収めます。しかしその絶対的に機密であるはずの奇襲作戦の情報は、実は事前に米国側に漏れていたのです。米国は、日本国内に諜報網を作り上げていました。その1人は、スペインの義勇軍に参加していた日系アメリカ人、ケニーこと斉藤賢一郎。彼は米国海軍に殺しの現場を目撃され、それを取引材料にスパイ養成訓練を受け、開戦直前に日本に送り込まれていました。彼と組んでいたのは、日本人を憎んでいた朝鮮人の金森。そして、南京大虐殺で恋人の美蘭を失った牧師のスレイセンもまた、宣教師でありながら、スパイ活動に従事している人物。斉藤は山脇書記官等の機密書類を盗み出し、択捉島の単冠(ヒトカップ)湾に日本海軍の機動部隊の本拠地があることを探り当てます。斉藤は単身択捉島へ。そしてそこで駅逓を切り盛りしていた岡谷ゆきと出会います。

第二次世界大戦シリーズの2作目。第3回山本周五郎賞、第48回日本推理作家協会賞、第8回日本冒険小説協会大賞受賞作品。
主人公は、斉藤賢一郎と岡谷ゆきの2人なのでしょうか。それとも斉藤1人なのでしょうか。1人の日系スパイと、日本の北の外れの島にいた1人の混血女性。斉藤のあり方を見ていると、スパイ小説でありながら、ハードボイルドを強く感じさせられます。何事にも冷めていて、人生をほとんど投げてしまっている感のある斉藤、日本人が上から下まで飢えて殺しあうところを見たいという金森、恋人を失った哀しみを抑えきれないスレイセン。そして斉藤が択捉島で出会うのは、ロシア人との混血で、かつて好きになった男を追いかけて函館に出奔したことから、村人たちの冷たい視線を浴びているゆき。生まれのせいで、もしくは、しなくてもいい経験をしてしまったせいで、安心して帰属することのできる場所を持たない人々です。それらの登場人物それぞれにドラマがあり、史実に基づいた物語に良く絡み合って、この作品を厚みを持たせているのですね。しかし前作の「ベルリン飛行指令」に比べると、どうも入り込みづらい作品でした。前作は、戦争物とは言っても、戦闘機乗りというどこかロマンティックな部分を残した人物の冒険譚といった趣きがあったのですが、今回は真珠湾攻撃という、生々しい戦争を感じさせる素材だったからかもしれません。
前作に登場した大貫少佐(この作品では中佐)や山脇書記官、安藤真理子など、前作に登場する人物たちが、こちらでも顔を見せます。直接的な繋がりはないものの、前作を読んでいた方が細かい部分で楽しめそうです。
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