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このページは、瀬尾まいこさんの本の感想のページです。

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「卵の緒」マガジンハウス(2004年4月読了)★★★★★お気に入り
【卵の緒】…鈴江育生は、自分は捨て子だと信じている小学校4年生。担任の青田先生に、どんな母と子にも「へその緒」があると聞き、家に帰って早速母親を問い詰めることに。
【7's blood】…七子と七生は、名前ばかりか顔までもそっくりの姉弟。しかし七生は父の愛人の子。七生の母が傷害事件を起こして刑務所に入ったため、七子の家にやって来たのです。

中編2作が入っています。
「卵の緒」は、第7回坊っちゃん文学賞大賞受賞作品。「僕は捨て子だ」というインパクトの強い文章で始まります。へその緒があろうがなかろうが、母・君子の育生に対する愛情は本物。大らかに表現されるその愛情は、読んでいて嬉しくなってしまうほど。これほど愛されて、しかもそれを言葉や態度でふんだんに示してもらえる育生は幸せ者ですね。この2人の愛情が揺ぎなく安定しているからこそ、「朝ちゃん」が家の中に入ってきても、これほどまでに自然体でいられるのでしょう。暖かさが溢れてくるのが感じられる素敵な作品。育生も同級生の池内くんも、とても可愛い少年でした。…しかし育生に捨て子かどうかを聞かれた祖父母は、いくら唐突で驚いたからと言って、もう少し答えようがあると思うのですが…(笑)
「7's blood」は、高校3年生の七子と小学校6年生の七生の物語。七生の「器用な優しさ」が痛々しくもいじらしいですね。最初は七生のことを嫌う七子なのですが、自分でもその理不尽さに気付いているところがまた何とも言えません。そしてそれ以上に、七生を引き取った七子の母の気持ちが痛いほど伝わってくるところが良かったです。
確固とした血の繋がりも大切なものだけれど、それ以上に、お互いを大切に思う愛情がたっぷり感じられるのが、やはり家族としての一番の幸せですね。

P.18「母さんは、誰よりも育生が好き。それはそれはすごい勢いで、あなたを愛してるの。今までもこれからもずっと変わらずによ。ねえ。他に何がいる?それで十分でしょ?」

「図書館の神様」マガジンハウス(2004年7月読了)★★★
18歳になるまで、名前通りの清く正しい生活を送っていた早川清(きよ)。全てのことに真面目に全力で取り組んでいた清は、小学校低学年の時に始めたバレーボールで実力を発揮し、高校3年生のその時もバレーボール部のキャプテンを務めていました。しかしチームメイトの「山本さん」の自殺によって、自分の全てを注ぎ込んでいたバレーボールを失ってしまうことに。早々と部活を引退し、目指していた体育大学の代わりに地方の小さな私立大学に進学、そのまま鄙びた高校の国語の講師となる清。赴任した高校で、全く興味のない文芸部の顧問にされてしまった清は、唯一の部員である高校3年生の「垣内くん」と、仕方なく図書館での部活動の時間を過ごすことになるのですが…。

拓実の「結局は水清ければ魚棲まずだよ」という言葉を本当の意味で理解できるようになるのは、いくつぐらいなのでしょうね。若い頃は、融通 が利かない狭量な「正義」に走りがち。それでももちろん正義は正義に変わりないですし、正しいということは、多少息苦しくとも安心できること。正義から来る「尖り」のようなものは、若さの特権とも言えるでしょうね。しかし色々な経験を通して、人間は徐々に大人になっていくもの。正義よりも懐の深いものにゆるゆると気付いていく清の姿は、まるで数年前の自分の姿のようで痛かったです。今の年齢だからこそ、落ち着いて向き合うことができた作品かもしれません。清よりも年下にして既に人の心の傷の痛みを実感として知り、正義を振りかざすだけではだめだということを分かっている垣内くんや拓実の言葉の1つ1つが、深く心に沁み込んでくるようでした。
不倫には100パーセント否定的な私ですが、清の弟の拓実が言うように、清にとってはむしろ必要だったように思えてきます。それでも浅見さんのケーキは、確かに美味しいのでしょうけれど、あまり食べたくはならないですね。拓実の淹れる冷たい緑茶の方が、遥かに美味しそうでした。

「天国はまだ遠く」新潮社(2004年8月読了)★★★
山田千鶴は、23歳の保険会社の営業職。就職して3年が経っても未だに職場に馴染めず、契約のノルマが達成できないため上司には叱られ、同僚には嫌味を言われ、日々の生活に疲れきっていた千鶴は、ある日1泊分の荷物を鞄に詰め、北に向かう特急電車に乗り込んでしまいます。降り立ったのは、千鶴を知っている人間が誰もいない小さな駅。そして乗ったタクシーの運転手に案内されたのは、木屋谷という小さな村にある民宿たむらでした。2年前に1組の夫婦が来たきり、まるで客が来ないというその民宿で、千鶴は睡眠薬を飲もうとするのですが…。

自殺志願の千鶴の、寂れた民宿での3週間の休暇。民宿の主人である「田村さん」との交流。基本的には決して明るい設定とはいえないはずなのに、「田村さん」の人柄も相まって、飄々とした明るい雰囲気の作品となっています。追い詰められて、自殺以外考えられなくなってしまった千鶴と、そんな彼女を適度に突き放しつつも、飄々とした態度で相手をしている田村さん。常に人と人とのふれ合いを大切に描いている瀬尾さんですが、今回はそれが、いつも以上にストレートなのですね。そしてその余計な捻りも何もないストレートさが、逆に素直に響いてきます。「ほんまどんくさいなあ」「あほやなあ」「あんたってすげえ幸せやなあ。羨ましいわ」「ほんま勝手な人やな」という田村さんの言葉の1つ1つが本当に暖かいですし、彼の一見分かりづらい、広く深い優しさも素敵。このまま想像の余地もなく、まるで恋愛色の予感もなく終わってしまっても良かったのではないかと思うのですが、しかしやはりあのマッチ箱が良かったです。

「幸福な食卓」講談社(2005年6月読了)★★★★★
【幸福な食卓】…「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」という父の宣言。それ以来、父は中学の社会の教師という仕事をやめ、一緒に朝食をとりに部屋から降りてくることもなくなります。
【バイブル】…塾に通いだした佐和子に、「西高にいってた中原直の妹だろ?」と話しかけたのは大浦勉学という他校の生徒。彼は佐和子にライバル心を燃やすのですが…。
【救世主】…高校に進学し、くじ引きで学級委員となってしまった佐和子。しかしそのせいで、クラスの面々から徐々に佐和子は浮き上がってしまうのです。
【プレゼントの効用】…11月24日。突然大浦がアルバイト宣言をします。あと1ヶ月でクリスマス、今年は佐和子にすごいクリスマスプレゼントをするのだというのです。

第26回吉川英治文学新人賞受賞作。
「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」というインパクトの強い言葉で始まる作品。読み進めるにつれ、どうやら母が家族から去っているらしいことが分かり、一体何が起きているのか良く分からないなりに、ぐいぐいと引き込まれることになりました。佐和子の一家は、実はとても厳しい現実を抱えています。父は自殺未遂、母は別居中、天才肌の兄はいつしか真剣さを失い、佐和子自身も毎年梅雨時になると決まって体調を崩しているのです。家族の幸せそうな情景は、実は砂上の楼閣のようなもの。それでもやはり私の目に映る中原家の情景はとても幸せそうな、「幸福の食卓」そのものでした。それぞれにバラバラに過ごしながらも、お互いに程よい距離感を保っていて、何気ないやりとりに、読んでいるこちらまで幸せになれそう。突然の父親の宣言によって「幸福な食卓」という言葉が象徴する家族揃っての朝食の情景こそ見られなくなってしまうのですが、家族の数だけ幸せの形というものもあるはずですし、それまでに築き上げられてきた絆は健在。そんな家族に守られながら成長していく佐和子の姿が微笑ましいです。佐和子の近くにいる坂戸君や大浦勉学、直の恋人の小林ヨシコといった面々もそれぞれに魅力的。
しかしそんな佐和子の幸せな日常は突然に打ち砕かれることになります。これには驚きました。瀬尾さんは、なぜここまでの試練を佐和子に与えなければならなかったのでしょうか。死というものを物語の中に組み込むには、それ相応の理由が欲しいところです。この物語の中の死は、それだけのものを本当に持っていたのでしょうか。私には、まるで安物のドラマにわざと持ち込まれた波乱のように感じられてならなかったのですが…。もしや瀬尾さんは、幸せな家族の形というものに何か不信感のようなものを持ってらっしゃるのでしょうか。その辺りは素直に納得できない部分です。
それでも「プレゼントの効用」で思わず号泣してしまったのは、自分が思っていた以上に佐和子に感情移入をしていたからなのでしょうね。正直、もっと幸せな未来の家族の姿を期待していましたし、読み終わって少し時間が経った今でも、本当はそれを望んでいるのですが… それでも胸をぎゅっと鷲掴みにする力を持った作品でした。良かったです。

「優しい音楽」双葉社(2005年8月読了)★★★
【優しい音楽】…付き合っているのに、家に行くことをとても嫌がる千波。送っていくという申し出は大抵拒否され、無理矢理送っていくと、そそくさと家の中に消えてしまうのです。
【タイムラグ】…不倫相手・平太が妻と結婚記念日の旅行に行くことになり、その娘の佐菜を預かることになってしまった石川深雪。最初は佐菜を持て余す深雪ですが…。
【がらくた効果】…同棲相手のはな子がある日拾ってきたのは、「佐々木さん」。始めは嫌がる章太郎ですが、じきに佐々木さんにも慣れ、3人で生活することに。

柔らかな優しさを持った、瀬尾さんらしい3編。3編共通して感じたのは、登場人物の人の良さ。「優しい音楽」では、なぜ家に行くことが拒否されていたのかその理由が判明した後、タケルは怒るどころか逆に頑張ってしまいますし、「タイムラグ」の深雪は、不倫相手の家族のことで、心ならずも一生懸命になってしまいます。「がらくた効果」の花子や章太郎も本当に人が良いですね。読んでいると、逆に「本当にそれでいいの?」と問いかけたくなってしまうほど。もちろん本人がそれいいのなら、別にかまわないのですが…。3編の短編それぞれに、恋人関係に第三者が入りこむことになるのですが、その時、その基盤が揺らぎそうになりながらも、それでもしっかりと持ちこたえて新しい関係を生み出していきます。
しかし前作「幸福な食卓」のことを考えると、「何か違う」という印象も残るのです。決して「幸福の食卓」のような展開を望んでいるわけではないですし、あのような話は二度と読みたくないと思っているのですが、ここでこういった「良い話」を書くのなら、なぜ瀬尾さんは佐和子にあのようなことをしたのでしょう。そんな疑問が再燃。そしてこちらの3編が、おそらくとても良い物語のはずなのに、全くの絵空事にも感じられてしまうのです。

「温室デイズ」角川書店(2006年8月読了)★★★★★お気に入り
中学3年生の中森みちるは、崩れ始めたクラスの兆しを敏感に感じ取っていました。崩すのに2週間はかからないけれど、戻すのには半年以上かかる。そのことを小学校6年生の時に実感していたみちるは、クラスの終礼の時に何とかしようとクラスメートに呼びかけるのです。しかしそれが呼び水となり、それまで友達が多く、クラスメートにも好かれていたはずのみちるは、一気に標的となってしまいます。そしてそんなみちるを見ていられなかった前川優子も、教室に入れなくなり、別室登校になってしまうことに。

この作品を読むまで、私は瀬尾まいこさんが中学校の先生であることをまるで知りませんでした。しかし崩壊してしまったクラスの描写がとてもリアルで、現場を知っている人ならではと納得させられますね。とは言え、ただ教師であるだけでは、こういう作品は書けないはず。この作品の中にも、その目で見ていながら、実際には何も見ていない教師が登場します。きちんと見てはいても、何もできずにいる教師も多いです。もちろん、教師も人間である以上、肉体的にも精神的にも傷つきます。絶対的に正しい存在であり続けるのは相当な強さが必要です。なるべく傷つかない道を選ぼうとする教師を部外者が責めるのは簡単ですが、それも考えてみれば酷な話。とは思いつつも… みちるの立場がどんどん悪化するのを見て見ぬふりをする中学教師にはぞっとさせられますし、それ以上に不気味な思いをさせられたのは、みちるの小学校5年生の時の教師。確かに彼のクラスはまとまりが良いのかもしれませんが、その管理方法は、ほとんど恐怖政治とでも言えそうなもの。延々とねちねちと怒られ続ける斉藤君がスケープゴートとなっています。学年が変わって彼がいなくなった時、彼を慕っていた生徒たちはがっかりすると同時に、ほっとするのですが… ここに「慕っていた」という表現が登場するのが何とも言えませんでした。強い権力者の言う通りに行動していればいいというのは、とても楽なものですが、しかしとても不健全。まるで小さな独裁者統治国家のようで怖かったです。
「一人になりたくてなるのと、一人にされるのとはわけが違う」という優子の思い、「単なるパシリは情けないけど、有能な使えるパシリなんだぜ。逆にちょっとかっこいいだろ?」「パシリになるのと、パシらされるのは根本的に違うんだって」という斉藤君の言葉。結果的には何も変わらないかもしれないし、第三者から見る分にはまるで同じかもしれないけれど、それでも自分が選択するということの大切さ。もう既に崩壊してしまった学校でも、やはり温室に変わりはないのか、という思いはありますが、それでもはり学校というのは、社会から守ってくれている存在。その学校という空間を自分が選んでいるのか、それとも選ばされて仕方なく通っているだけなのか、というのは本当に大きく違いますし、実際に自分から通うことを選んだ優子の存在は、みちるの目には実に自然な姿に映っています。そして、自分できちんと考えて選んだことを守り通すことによって、登場人物たちが底力とでも言えそうな強さを育んでいるのがとても印象に残ります。
最後を迎えても、外見的には特に何も大きく変わることはないし、悪戯に希望を持たせるわけでもないのですが、こういう作品を読まなければならない、そういう思いが残りました。いい作品ですね。
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