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このページは、妹尾河童さんの本の感想のページです。

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「河童が覗いたヨーロッパ」新潮文庫(2002年9月読了)★★★★
文化庁からの芸術家派遣研修の一員としての一年にわたるヨーロッパ旅行のことを綴ったエッセイ集。1年間で歩いた国は22カ国、泊まったホテルの部屋は115室。個人的に書いていた旅日記が友人知人の間で面白いと評判になり、しまいには本として出版されることになってしまったという「覗いた」シリーズの第1弾です。

この原稿を書いた時は、まだ本のための取材旅行ではなかったとのことで、後のインド編やトイレまんだらに比べると、それほど緻密な書き込みではありません。若干荒い部分もあります。しかし暖かみのあるイラストと書き込みはこの頃から既に健在。各国の家の窓の違いや、様々な国際列車の内部や国ごとの車掌さんの姿、各国のホテルの部屋の見取り図などが沢山収められていますし、絵ばかりでなく文章も楽しめます。オペラや友人関係などに見る、イタリアとドイツの人間性の違いの話が面白いですね。ヨーロッパは地続きとは言っても、国民性は様々ですし。
印象的だったのは、ヨーロッパの方が日本に比べて遥かに大人の社会だということ。ピサの斜塔に手すりがない理由、駅や電車の中でアナウンスのない理由、それらは至極当然であり、納得できます。日本のいたれりつくせりのサービスには「一度は注意したんだから、あとは自己責任で」的な部分がありますし、福祉に関しても「一応やっています」というポーズが多いのですが、ヨーロッパの福祉は本当に生活に根ざしているもの。実際に自分が行った時にも感じましたが、見習うべき点は多いと思います。
それにしても、「いいホテルを教えて」という質問は難しいですね。これに関しては、私がよく聞かれる「面白い本を教えて」も似たようなものかと。その人が普段何を好んでいるのか、何を望んでいるのかが分からなければ、簡単に答えられるものではありません。「僕にとってはいいホテルだが、他の人にはどうだかしらないよ。」という気持ちはとても良く分かります。私もこんな風に現地調達で安くていい宿を探すのが大好きですし、「旅の秘訣は得点法」には大賛成。気持ち良く読めて楽しかったです。

「河童が覗いたニッポン」新潮文庫(2005年4月読了)★★★★
「覗いた」シリーズ2作目。日本を舞台に14の「覗いた」が紹介されていきます。

私がこの中で一番興味深く読んだのは、「入墨と刺青」の章。刺青には「ほりもの」というルビがふられ、徹底して「入墨」と区別されています。それもそのはず、入墨は昔から犯罪者が刑罰として肌に彫り込まれた刻印のことであり、「いれずみ」という言葉は「前科者」と同意語的なイメージがつきまとうのだそう。それに対して刺青(ほりもの)は、自らの意志で肌に彫り込んだ装飾的なもの。まるで違う存在なのですね。その刺青の歴史や彫り込まれていく様子がとても興味深く面白かったです。
河童さんならではの好奇心と視点はやはり面白いですし、ぎっしり書かれた手書きの文字は読み応えがあります。河童さんならではの視点のせいで、皇居では警備員に目をつけられてしまうことになるのですが…。(笑) そして「"裁判"(傍聴のすすめ)」や「"刑務所"」など、かなり考えさせられる部分もありました。それにしても、同じ日本の中にいながら、簡単に見ることのできない場所というのは想像外に多いものですね。しかし「皇居」や「刑務所」が覗けないのは当たり前のように受け止めていましたが、そういう場所の方が意外と見る手段があるもので、逆に京都の地下鉄工事が皇居以上に覗くことが難しいというのが可笑しかったです。

「京都の地下鉄工事」「"集治監"」「長谷川きよしの周辺」「盲導犬ロボットと点字印刷」「『山あげ祭』」「"裁判"(傍聴のすすめ)」「"鍵と錠"」「『皇居』」「走らないオリエント急行」「入墨と刺青」「CFづくりのウラ」「旅するテント劇場」「"刑務所"」 「番外編『田中邸』」

「河童が覗いたインド」新潮文庫(2002年9月読了)★★★★★お気に入り
舞台美術家である妹尾河童さんが2回にわたって1ヶ月半ずつ旅をしたインドを、手書きの文字と精密なイラストで細々と濃密に綴った旅行記。

まず妹尾さんの目線の高さがいいですね。多面性を持つインドという国を、妹尾さん自身の視線で観察し描いています。インドの一面だけをとって偏った見方をしてしまわないようにと常に気をつけている姿勢は好感度大。それに妹尾さんご自身、まるで少年のように好奇心たっぷりな方なのですね。文字通り、覗きまわり体験しまくる旅。道端で売ってる飲食物も、日本を出る時に「簡単に口にしない」と約束させられていたにも関わらず、好奇心の赴くままに口にしてしまいます。
この本を読んでいて一番印象的だったのは、インドの貧富の差や階級の差の実体。カースト制がインドの良くない面だと主張したその口で、自分よりも下の階級に属している人々をあからさまに差別するインド人の姿には驚かされます。そしてカースト制度は、必然的に旅行のスタイルにも密接に関わってきます。一口にインドを旅するとは言っても、大名旅行もあれば貧乏旅行もあるわけで、しかしどちらが正しい姿だとは言い切れないのですね。もちろん高級ホテルに泊まってハイヤーで旅をするインドからは、底辺の存在は見えてこないのですが、だからといって、貧乏で汚い面だけを強調してインドを知ったような顔をするのも間違っていると思います。妹尾さんの書かれているように「多様性の混在こそがインド」。少なくとも、貧富の差=幸福の差ではないのだけは確かなようです。あとは、「牛糞ガスの発生装置」「火を使わないでレンガを焼く法」「足踏み式の脱穀機」などの研究に、インド政府や超一流の学者が取り組んでいるということも印象的でした。世界の普遍的な価値に踊らされるのではなく、インドの人々に何が一番必要かということが分かっているのですね。
様々な人と出会い、様々なものをスケッチしながら旅をする妹尾さん。メジャーで計るのを手伝ってくれたというインドの人々の姿。このように地元の人々に溶け込むことができたのは、やはり妹尾さんの人徳なのでしょう。インドにただ行くだけでは、なかなかできないであろう体験の数々。自分自身の足で旅をしているからこそなのですね。インドの各地の風景や寺院などのスケッチを見ていると、ただただインドに行きたくなってしまいます。行間からインドの濃密な空気が立ち上ってくるような気がする、そんな1冊です。

「河童が覗いた『仕事場』」文春文庫(2005年4月読了)★★★★★
「週間朝日」の連載で、「仕事場」をテーマに覗くという企画。妹尾河童さんご自身の仕事場も含め、49人の仕事場が詳細なスケッチで紹介されていきます。

ここでは、各方面の有名人の「仕事場」はもちろんのこと、かつて妹尾河童さんの痔を手術した外科病院の手術室のように、一般人には知られていない人の「仕事場」までが紹介されています。覗き見るという意味では、名前を知っている人物の「仕事場」を覗くのが面白いのは、ある意味当たり前だと思うのですが、こういった知らない人物の「仕事場」に関しても十分面白く、かつその「仕事場」の持ち主である人物のことが、妹尾さんの文章とスケッチを通して見えてくるような気がするのが楽しいところですね。それぞれに印象深く、特に誰と挙げるのが難しいほどでしたが、それでも敢えて特に印象が強かった人物を挙げるとすれば、雲を専門に描く島倉二千六さんやジャズ・ピアニストの山下洋輔さんでしょうか。どちらも「仕事場」以上に、そこから垣間見えるご本人がとても興味深かったです。
ただ、最後に当時のアメリカ大統領だったレーガン大統領のホワイトハウスでの執務室と、日本の中曾根総理大臣の総理大臣官邸内の執務室が載せられているのですが、この2つだけは、他の「仕事場」とはかなり雰囲気が違いました。アメリカの大統領に直接取材ができなかったというのは、週刊誌の連載という性質上、実際にアメリカに飛んで取材する時間がなかったということは十分納得できるのですが(実際に申し込んだら、取材できたかもしれないとも思いましたが…)、アメリカのオープンさに比べて、日本の総理大臣官邸の秘密主義は何なのでしょう。本文中でも触れられていましたが、「河童の覗いたニッポン」の中で紹介されていた皇居よりも遥かに遠いものを感じてしまいます。歴代総理大臣の中でもこの企画を面白がりそうなイメージのある中曾根総理大臣ですら駄目なのかという印象。やはり周囲が神経質になっているということなのでしょうか。他の「仕事場」の取材では、仕事場を通して持ち主の姿が見えてきたような気がしましたが、総理大臣官邸だけは、国民と政治的の精神的・物理的距離の遠さを実感させられてしまったような気がしてしまい、とても残念でした。総理大臣にとっては、「開かれた政治」をアピールする最大のチャンスだったと思うのですが…。雑誌に掲載された絵を見たという手紙がホワイトハウスから届いたというエピソードを読むにつけ、暗澹たる思いになってしまいます。

井上ひさし、坂東玉三郎、冨田勲、佐藤信、川端康成、辻村ジュサブロー、前田外科病院、村木与四郎、和田誠、横澤彪、岸田今日子、三宅一生、灰谷健次郎、久保田一竹、気象庁地震予知情報課、須田剋太、玉村豊男、三浦宏、茶谷正洋、立花隆、島倉二千六、阿久津哲造博士、加藤唐九郎、吉原すみれ、斉藤義、野坂昭如、吉本興業、村山治江、航空宇宙技術研究所、水上勉、中山千夏、倉本總、岩崎一彰、水木圭子、佐伯義勝、岩城宏之、堀江謙一、内藤陳、増田感、山下惣一、若林忠宏、増井光子、山下洋輔、蜷川幸雄、黒田征太郎、C.W.二コル、レーガン大統領、中曾根総理、河童

「河童が覗いたトイレまんだら」新潮文庫(2002年7月読了)★★★★★お気に入り
なんと有名人52人の家のトイレを覗かせてもらい、スケッチ入りで紹介するという企画。後でそのトイレの持ち主がスケッチを見て、タオルの数から歯ブラシの本数まで合っていて笑ったという話があるほどの、精密で正確なスケッチが収録されています。番外編では、国内外の新旧のトイレ事情も。

たかがトイレと侮るなかれ、トイレの姿も様々なら、トイレに対する態度も様々。トイレや排泄に関するエピソードから、それぞれの人柄が伺えるのが楽しいですね。全く知らない人に対しては興味が湧きますし、名前を知ってる人には、「なるほど」とニヤリとしたり、意外だなと思ったり。しかしこの意外な印象が、必ずと言っていいほど好感度アップに繋がっているのも驚くほどです。「これは下品すぎる」という感想が1つや2つ出てきてもいいように思うのですが、それがまるでないのです。トイレという、所謂「不浄の場所」を、全く不潔な感覚抜きで描けるというのも感心しますし、ここまで明るくあっけらかんと紹介されると、読む側としても安心して楽しめます。やはりこれは妹尾さんご自身の好奇心が、少年のように純粋だからなのでしょうね。妹尾さんは、「OKしてくれた人なら、建前の話ではなく、本音でそれぞれのこだわりや人生観までフランクに語ってくれるだろう」と考えて、この企画に臨んだそうですが、まさにその通りですね。その人それぞれの隠された一面に接することができて、本当に楽しい一冊です。

しかしもちろん、トイレを覗かれるということに対して抵抗のある人もいるわけです。
仕事場を覗かれるのは生理的にダメでもトイレなら面白いと思う人、逆に仕事場は全く構わなくてもトイレは本能的に嫌だと思う人、とそれぞれの感覚の違いも面白いです。断ったからといって、お高くとまってるなんて全然思わないですし… これもまた個性の違いということで。
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