Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、菅浩江さんの本の感想のページです。

line
「ゆらぎの森のシエラ」ソノラマ文庫(2004年5月読了)★★★
都から遠く離れた辺境の地・キヌーヌ。そのキヌーヌ地方にある7つの村や森には、今は多量の塩を含んだ霧が重くたちこめていました。塩によって作物や森が枯れ、村人たちは飢え、そして森には異様な姿をした動植物が増えていたのです。そこにやって来たのは、金目という甲冑姿の男。彼は森の奥で10歳ぐらいの少女に出会います。それは村人たちにリトルと呼ばれる、口のきけない知恵遅れの少女。人が食べないゴミや虫を平気で口にする下手物喰いの孤児で、村に住めないため、森の奥の小屋に1人で暮らしていました。しかし少女は男を「騎士さま」と呼び、自分の名前が「シエラ」であると語ります。そして金目とシエラは、シエラに食べ物を持ってきた村娘のラチータと共に、ギーンの村へと向かいます。

高校生の時に雑誌デビューを果たした菅浩江さんの、再デビュー長編第1作。
舞台は地球なのでしょうか。水中の生物が陸に上がり、その環境に身体を適合させていった、猿が突然二本足で立ったなどの進化の過程の話は、そのまま地球上の進化の過程に当てはまるのですが、だからといって、核兵器によって荒廃した後の地球というわけでもなさそうです。自分よりも強いものに立ち向かい、その身体を自分の身体に取り込むことによって強くなるという論理、そして途中のロウゼルの実験は、そのまま陰陽道の蠱毒のようでもあり、どこか和風の匂いをも感じさせます。
何かを口にするたびに大きく美しく、そして賢くなっていくシエラの姿が印象的。下手物喰いの必然性の付け方が面白いですね。そして最後の海の場面が非常に美しかったです。金目に関しては、最初は落ち着いた年齢の大人の男のように思いこんでいたのですが、考えてみたらテテと同じぐらいだったとしてもおかしくないのですね。

「<柊の僧兵>記」徳間デュアル文庫(2002年4月読了)★★★
砂漠の中にある小さな村・ウシテケ。ミルンはこのウシテケの村に生まれた3人の白い肌の子供のうちの1人でした。「白い肌の鬼っ子」と意地悪ばかりされるミルンは、身体が弱く臆病な男の子。黒い肌の子供達に比べ、白い肌の子供は体力的に劣る上、かつて「大虐殺」と呼ばれる戦を招いたのが白い子供だという口伝が残っていることから、砂漠の民から忌み嫌われていたのです。しかし<光の矢>の儀式の日、ウシテケはネフトリアと名乗る謎の侵略者たちに襲撃され壊滅。生き残ったのはミルンともう1人の白い肌の少女・アジャーナだけだったのです。なぜネフトリアは彼らの村を襲ったのか。ミルンとアジャーナの2人は、神の使いである<柊の僧兵>を探す旅に出かけることに。

一面が砂漠に覆われている惑星を舞台にした、SFファンタジー。主人公であるミルンの成長物語でもあります。設定は多少違うのですが、「砂漠」「異分子の子供」というキーワードで、松村栄子さんの「紫の砂漠」「詩人の夢」を思い出しました。最初は2歳年下の女の子・アジャーナよりも情けなく、決断力もなかったミルンですが、小さな村を出て僧兵たちと出会い、様々な経験を経るうちに、いつのまにか逞しく賢い青年へと成長していました。しかしこの成長の過程の描写が少々あっさりしすぎているようで、物足りなくもありました。僧兵によってしごかれたというのは分かるのですが、気がついたら逞しくなってしまっていたという印象。アジャーナや、ザザム村のトールに関しては違和感なく読めたのですが。
物語の展開自体も、少々都合が良すぎるように感じられます。砂漠で脱水症状で行き倒れそうになっていた時に運良く水を発見し、通りすがりのトールに助けてもらえたばかりか、連れて行かれた村に柊の僧兵がいるとは。ページ数の限られた物語としては仕方のないことなのかもしれませんが、やはり少し気になります。
しかし、この舞台となる惑星の村や聖域の描写は美しく、その世界の広がる情景は目の前に浮かぶようです。その中でも一番惹き付けられたのは、蓮に似た大きな花が空気中を漂い、空を桃色に染めるという「フローティングフラワー」と、「聖域」の情景。砂の世界に点在する聖域の濃い緑色とその草の香り。生い茂った木々の影と、温度の高い湿った空気。鬱蒼とした森の中心にある沼と、そこに浮かぶ「ニューラ」と呼ばれる小山。そして聖域の出す、黒い肌の人々には毒となる空気。くっきりと鮮やかに描かれており、とても印象的でした。

「歌の降る惑星」角川スニーカー文庫(2004年5月読了)★★★★
2ヶ月前、3年勤めた能力センタを一方的に辞めて飛び出したプラチナクラスの超能力者(センシティヴ)の瀬田ナツノ。彼女はシルバークラスの亜美・デ・ラ・メアと共に、ジャンク屋をしながら宇宙船・ブランメゾンで宇宙を旅していました。そこに能力センターの副所長、サムことサミュエル・トレイダーからの連絡が入ります。かねてからナツノとも因縁のあるシンシア・バドルが会長を務める世界最大の企業・シンシア・コンツェルンの宇宙に浮かぶ研究島、バッカスで事故が起こったため、緊急に救助に向かって欲しいというのです。色々とサムに借りのあるナツノは、嫌々ながらもバッカスへと向かうことに。

センチメンタル・センシティヴ・シリーズ第1弾。
最初に本を見た瞬間、表紙のイラストに引いてしまったほどの典型的なティーンズ文庫。冒頭の場面も、賑やかで軽いドタバタSFコメディを予想させます。ですが読み始めてみると、意外と芯のしっかりとした物語でした。センシティブと呼ばれる超能力者たちの中でもトップレベルの能力を誇るナツノが、オーディナリー(普通人)の勝手な言い草に傷つき、自分の能力の持つ意味に苦悩する部分や、それをうけてサムが「敏感(センシティブ)な人間とは繊細(ナイーヴ)な心の持ち主のことを言うんですよ」と言う部分など、なかなか読ませてくれますし、今後のナツノが自分の能力をどのように受け入れ、折り合いをつけていくのかというのが、シリーズのポイントとなりそうですね。そしてナツノのことと共にこの物語のメインとなっているのは、パメラとRTの関係。サイコメンテナンスの時に伝わってきたパメラの切ない想い、そしてそれに応えるRTの「約束」がいいですね。ラスト近くの「歌の降る惑星」の描写もとても綺麗で、切ない余韻が残るもの。最初は頭が空っぽの白痴系美少女のように見えていた亜美ですら、気付いたらとても可愛らしく感じられていたのは、造形の確かさによるものでしょうか。続編を読むのも楽しみです。

「うたかたの楽園」角川スニーカー文庫(2004年5月読了)★★★★
インドネシア諸島にあるロータス・イーター島でのんびりとくつろぐナツノと亜美。2人は能力センターによってこの島に送り込まれて浄水場テロ未遂事件をあっさり解決、3日間の休暇をもらっていたのです。しかしテレビで浄水場職員の、センシティヴを化け物扱いしたような発言を聞いて、ナツノは不機嫌になっていました。そんな時、ナツノを訪ねて来たのは、能力センター初級クラス担当教授・ゲオルグ・ベルガー。しかし見送っていった空港で、ゲオルグは何者かに拉致されてしまいます。ナツノと亜美は、その直前にゲオルグから紹介された、タナトス・ニューズ・ウィークリーの記者・マックスことマクシミリアン・ウイリアムズと共に教授の後を追うことに。

センチメンタル・センシティヴ・シリーズ第2弾。
今回の舞台は、この世の楽園であるロータス・イーター島。この島は2177年に突然噴火したフロレス海の海底火山から出来た島で、この物語の舞台となっているのは、それから10年後の世界。ということで、この物語の舞台になるのは2187年頃だったのですね。ナツノや亜美、サム以外のセンシティヴも多数登場し、彼らの能力が全開となることによって、宇宙空間に飛び出さなくてもしっかりスケールの大きなSF作品となっていました。前回登場のシンシア・コンツェルンの母子も再登場。レトロな車でのカーチェイスもあれば、ナツノにサム以外の男性も登場、賑やかなドタバタ劇が繰り広げられていきます。そして予定調和的にThe End。安心して楽しめる作品でした。
カラバーニ製薬会社の現在のトップ、「カラバーニの女豹」と父親のエピソードのところなどは、後の「五人姉妹」を思い出しました。この作品も1つの原点となっているのかもしれないですね。
これは平成3年に出版された作品。まだ決着がついていない部分も残されているのですが、やはりもう続編は出ないのでしょうか。機会があれば、ぜひ書いて頂きたいものです。

「鷺娘-京の闇舞」ソノラマ文庫(2004年6月読了)★★★
京都。河原町御池にあるKホテルの2Fラウンジでは、南条保と小川原美樹が口論の真っ最中。南条は現在D大学4年生。長男の彼は、美樹との結婚は考えていたものの、いずれは福岡の実家に戻ることを前提に福岡での就職を決めてしまっていました。しかし美樹にとっては京都を離れるなど論外。D女子短大の2年生の美樹は代々続く老舗の呉服屋の1人娘であり、卒業後は大手呉服店での修行も決まっていたのです。プロポーズしようとする南条に、美樹は逆に「所詮、南条さんもかかくでしかない」となじります。そんな2人の耳に聞こえてきたのは、妖しげな女の声。そして美樹はその女・幽界の后・烏珠(ぬばたま)にとりつかれてしまうことに。そして1人ホテルに残された南条が出会ったのは、若い舞妓の朱鷺絵でした。

後に「鬼女の都」に受け継がれていったという、京都を舞台にした伝奇物。朱鷺絵や忠信、胡蝶のキャラクターが魅力的ですし、八咫烏などの登場も楽しいです。舞の場面も美しく、さすが和物に強い菅さんならではですね。
メッセージ性が強い作品で、読んでいると10年ほど前の京都の景観問題のことをまざまざと思い出しました。しかし、烏珠の持つ昔の京都に対する憧憬が、同じように朱鷺絵の中にもあり、そこで朱鷺絵が葛藤するというのが大きなポイントだと思うのですが、それにしては烏珠の哀しさや切なさがあまり伝わってこないため、若干浅く感じられてしまいました。それに南条と美樹と朱鷺絵の関係も、あまりにあからさまな展開のような気がします。せっかく序盤で京都のことを「感情を表さない日本文化のルーツ」と書いているのですから、そんな京都の人間性を前面に出して、もっとねっとりとした奥深い雰囲気を盛り上げて欲しかったです。

「メルサスの少年」徳間デュアル文庫(2002年4月読了)★★★★★お気に入り
<都市>から遠く離れた辺境の地に存在する<螺旋の街>メルルキサス。ここは、パラサ鉱山でパラサンサ鉱石を採掘する男たち相手の歓楽街。すり鉢状の形をしているこの街では、底に向かって螺旋状に巻いた石壁沿いに酒場や娼館が並び、底に近づくほど娼婦のランクは上がり、店は大きく豪奢になります。ここにいる娼婦・通称<メルサスの女>たちは皆、この街に来てから過去を捨てて「変態」をし、何らかの動物と人間を併せ持つ異形の姿。しかしその特異な身体のせいで、彼女たちは子供を身籠ることはできないのです。しかし子供を生めないはずの<メルサスの女>から産まれた、街のたった1人の子供が、15歳の少年・イェノムでした。産みの母は既に亡くなり、代理母である金色の猫・ジョイノーサに育てられています。いつまでも子供扱いされることが不満で、何かと先走って失敗ばかりしているイェノムは、ある日、世界の支配を企むトリネキシア商会から逃れてきた預言者の孫娘で、同い年の未来視の少女・カレンシアと出会います。

第23回星雲賞受賞作品。異世界を舞台にしたSFファンタジーです。美しく妖しく幻想的な描写は、さすが菅さんですね。パラサンサの1つの大きな結晶である半透明のパラサの山、砂嵐と灼熱の太陽に支配される荒野の中に、ぽつんと存在する石造りの<螺旋の街>と、その中に住む艶やかな娼婦たち… <翅の館>とその女主人、<昼の野原>と昼の乙女たち。そしてこの世界の持つ歴史。「からくりの華燭期」「欠落の時代」「新・文化期」という設定も、とても興味深いです。一種独特な世界なのですが、描写がとても丁寧なので、情景が目の前に浮かぶよう。この異世界にすんなりと入っていけます。
物語は、「<柊の僧兵>記」と同様、少年の成長物語。少年は成長し、そして魂の片割れとなる少女に出会います。お約束とも言える筋書きなのですが、ここでは素晴らしい輝きを見せてくれます。「<柊の僧兵>記」のミルンに比べ、この作品のイェノムが等身大に描かれているのもいいですね。その成長の過程も無理なく描かれています。
砂時計のような街の構造のみならず、全ての物には裏と表の2つの相反する面があり、それらが一体になって螺旋状に絡まっているということを、イェノムは成長の過程で悟っていくことになります。強がってはいても、純粋にまっすぐ育っていたイェノムにとって、「大人」となる過程は少々痛い試練でした。しかしイェノムの傍にいる、ヤパンやジョイノーサ、翅の女主人などという、物事を正しく見て判断することのできる器の大きい大人たちのおかげで、イェノムは常に地に足がついています。彼らの存在が物語にも味を出していますね。カレンシアの祖父・カレム翁については、もっと詳しく知りたかったのですが。
最後のパラサンサの山崩れのシーンが圧巻。やはりこの雰囲気は素晴らしいですね。

「オルディコスの三使徒1-妖魔の爪」角川スニーカー文庫(2004年6月読了)★★★★★
マリキェスタ高地のソテ村。王家から下賜された希望の球・ラウラは、50年ほど前から年々その能力を弱め、村は貧困にあえいでいました。そんな時、ビンダカイク技芸団の西分隊がソテ村にやって来ます。ビンダカイク技芸団は華やかで楽しい芸を見せるだけではなく、ラウラの力を復活させてくれるという巡業集団。人々はその訪れを待ち望み、浮き立っていました。そしてその日、井戸で水を汲んだばかりのブラウリカが出会ったのは、オルディコスの三使徒の2人だという、香師のイシュラーマと夢師のタグロット。彼らはその晩開かれる宴で何か恐ろしいことが起こるといい、朱と赤茶の2つの小袋を、ラウラを持つ長老・テデス爺に渡すようにとブラウリカに託します。

SFファンタジー「オルディコスの三使徒」の1作目。「夢師」「香師」「楽師」という3人のオルディコスの使徒たちが出会い、敵であるドルーとその配下と戦い、世界各地にある「ラウラ」を復活させ、そして世界を救おうという物語。
正義の側にいるイシュラーマとタグロットはもちろんのこと、緑のベウンティークや赫のリハイザ、そして4人のビンダカイク姉妹、ジャイマとティヌといった敵方のキャラクターにも、単なる悪者に終わらない魅力があります。同じように悪が単純な悪に留まらないという物語だった「鷺娘」よりも、世界観が遥かに深くなっているのを感じますし、こちらの作品の方がその微妙さ加減で成功しているのではないでしょうか。読み終わってみると、「ただ忌むべきは ラウラを曲げて遣うもの」という香の緋文字の意味が良く分かります。これは続編もとても楽しみです。

「雨の檻」ハヤカワ文庫JA(2002年5月読了)★★★★
【雨の檻】…地球を離れ、何百年もかけて新しい土地をみつける移民船。生まれていらい無菌室から出られないシノは、いつも世話役ロボットのフィーと2人きり。宇宙空間の代わりに時間ごと季節ごとの景色を映すはずの窓はいつしか壊れ、もう何年も前から、雨の風景しか映さなくなっていました。
【カーマイン・レッド】…優等生だった少年が山奥の美術学校に入学。いじめられて孤立した少年は、先生に人工生命体のピイに絵を教えるようにと言われ、それ以来一緒に行動するように。
【セピアの迷彩】…智子と良美という、オリジナルとクローンが再会。25年前、事故で恋人を失った智子は自分のクローンを作って富豪の養女にし、自分自身は亜光速実験船に乗り込んでいたのです。
【そばかすのフィギュア】…宮田靖子たちの元に届いたのは、自分たちの作ったゲームのキャラクターのフィギュアの試作品。靖子は自分の分身のようなアーダを、心をこめて創り上げます。
【カトレアの真実】…感染度がスリープラスで吐血を繰り返すという死病の「私」が知り合ったのは、左の頬に大輪のカトレアの刺青をした男。彼は「私」と一緒に暮らし始めます。遊び人を気取っても、実は全く場慣れしていない男。しかし満ち足りた奇妙な日々は、ある日突然終りを告げます。
【お夏 清十郎】…時遡能力を持った日舞の家元・白扇奈月。彼女は体を現代においたまま、意識だけ時代を遡らせ、昔の名優の舞台や練習を見覚えて現代に戻ります。しかし徐々に体の動かなくなった奈月の代わりに、同じように時遡能力を持っているという16歳の夢月が次期家元と目されることに。
【ブルー・フライト】…試験管ベイビーとして生まれたアヤ。彼女は宇宙飛行士を目指して必死で勉強をする優等生でありながらも、同時に翔ぶことを恐れていました。しかしそんな彼女に、青いガラスのペガサスは母の声で、「翔びなさい、アヤ」と語り続けるのです。

SF短編集。
「雨の檻」読み始めた途端に感じる悲劇の予感。 静かに淡々と進む物語が、かえって狂いを感じさせます。「カーマイン・レッド」 繊細な少年の心の拠り所となったピイの存在。ピイの心を示す赤色の使い方が印象的。「セピアの迷彩」オリジナルとクローンは、双子よりも近い存在。しかしクローンだからといって、その気持ちや人生をもて遊ぶ権利はないはず。しかしそう感じているクローンも、自分がその立場になったら同じことをするのでしょうね。「そばかすのフィギュア」少女の切ない恋心の話ですが、前向きな主人公とアーダのおかげで、読んだ後にほのぼのとした気持ちになれます。「カトレアの真実」前作とは裏腹に、今度は大人の女の恋心と狂気。信じたいものと信じたものの違い。「お夏 清十郎」日舞の名取りでもあるという作者の願望を描いた作品なのでしょうか。何年もかけて帰ってきた時、愛しい人の姿がないというのは… それでも過去に遡るのですね。「ブルー・フライト」菅さんが高校生の頃に書いた、事実上のデビュー作なのだそうです。
どれも趣きは違いますが、どれも透明感と色彩の鮮やかさを味わえる作品ばかり。中でも、ピイの好きなカーマイン・レッド、ジェニーの母親の真紅の腕章など、「赤」の使い方が印象的。しっとりとした情景の中に、突然現れる赤にはどきりとさせられてしまいます。強い生命力を感じさせる赤という色。それは血の色でもあり、生きているという証拠の色です。
どの物語も設定はSFですが、とても身近に感じられます。恐らく様々な恋心という、読者にとって一番身近な心を描いているからなのでしょう。少年少女の頃の瑞々しい感情、理想と現実に直面した時の心の揺らぎ、誰かに託してしまいたくなる不安感、年を重ねるごとに屈折する狂気のような恋心。読者の心が柔らかければ柔らかいほど、沁み込んでくるのではないでしょうか。そんな身近な感情だからこそ、見知らぬ世界の設定も、ごく身近に感じられるのでしょうね。読むのも書くのも短編がお好きだという菅さん。限られた枚数の中で1つの世界を構築する力が素晴らしいです。

「暁のビザンティラ」上下 ログアウト冒険文庫(2004年7月読了)★★★★★
2つの月、マルクリスとメブマリドが巡る世界。ルカス皇帝の治めるその世界では、それぞれの人間に1匹ずつ、メブと呼ばれる動物がいます。メブはその人間の生涯の友であり、人生を司る半身という存在。子供たちは16歳のメブ選びの日に自分のメブと出会い、大人への一歩を踏み出すことになるのです。しかしその年のメブ選びの日、小鳥の村・アージュに住む16歳のカイチスは、兄の罪により追放されることになっていました。メブを得られない人間はさすらい人になるか、荘園の巫女になるしか道は残されておらず、カイチスは夜明けを待たずに村を出て、どこにあるかも分からない荘園へと向かって歩きだします。しかし森の中で跳山猫に襲われることに。そしてカイチスは2人組の男に助けられ、さらに金色の鳥・ディエルを連れた武人姿の美女・ビザンティラに助けられることに。

「オルディコスの三使徒」に続く異世界ファンタジー。題名とイラストからは想像がつかなかった骨太な作品となっています。「天つ乙女」や彼女たちが生きていた太古の世界、メブや獣人の設定などがとても魅力的ですし、もうお馴染みとなった遺伝子学的なモチーフも、映像的にとても綺麗なもの。ただ、最後までどこか落ち着いた印象のままで、「オルディコスの三使徒」のような、小さな支流がいくつも流れ込んで大河になったという勢いが感じられなかったのが少し残念でした。それでも全体的には非常に面白かったですし、菅さんらしいレベルの高い作品だと思います。最後に明かされる真相には途中で気付きましたが、少女小説らしい終わり方でなかなか良かったのではないでしょうか。

下巻P,160「人の上に立つ人は、全部の責任をとろうとしちゃだめなんだ。神様でもない限り、そんなことはできないからね。統治者はただ、行くべき方向を正しく指さすだけでいい。」

「氷結の魂」上下 徳間ノベルス(2004年7月読了)★★★★★
見渡す限りの荒れ野のただなかに位置している花の都・リアチュール。ここは氷と風の魔王・グラーダスのお膝元でありながらも、火と地の神・ベイモットとの盟約によって守られた至福の街。街のいたる所で温水が湧き、桃色の雲のような国花・リアチェの馥郁とした香りを漂わせる常春の国。しかし1週間後にベイモット神への感謝を捧げる祭りを控えたその日、儀式の練習を終えたガレイラ・リアチェリス王女は、部屋に侵入してきた森の民・バルドーの男に、氷の矢を射られてしまうのです。その矢は、魔王・グラーダスとの婚約の証。すっかり人間が変わってしまったガレイラは、両親を殺害して自分が王位につき、リアチュールに圧制をしくことに。そしてリアチュールの異変を察した同盟諸国は、ガレイラの花婿候補と言われていた泉の国キアンの第2王子ゼスを、使節団としてリアチュールに派遣します。

「オルディコスの三使徒」に続く、神のあり方を問う異世界ファンタジー。
火と地の神・ベイモットと氷と風の魔王・グラーダスが真っ向から対立し、しかしそのどちらが善であり悪であるのかは、簡単に決められるものではないという大きな枠組みが、「オルディコスの三使徒」と共通しています。この物語の中ではベイモットが善、グラーダスが悪と一応決まってはいるのですが、途中でちらりと登場する「海の民」にとっては、おそらくまた別の面が見えているのでしょう。もろん神々だけでなく、人間たちもそれぞれに正義を持ち、自分の道を信じて進んでいます。
しかし物語としては、むしろ人間たちの成長の方がメインだったように思います。矢を射られる以前に、既に葛藤していたガレイラという設定も興味深かったのですが、私の印象に残ったのは、泉の国キアンの第2王子ゼス。初めてガレイラの会話の中に登場する時は「乱暴者」「私以上に子供」という身も蓋もない言い方をされているゼスですが、彼の本質は、単に平和な世の中に生まれた苦労知らずの次男坊。勇敢で武芸に秀でているだけに、他人の痛みを理解することがなく、思慮が浅い行動をとりがちだったゼス。しかし人の痛みを理解した時、初めて本当の強さを得られる… あまりに当たり前のことで、読んでいて気恥ずかしくもあるのですが、しかしそのストレートさが逆に良かったです。

下巻P.72「信じてくれるかな、リアチェ。お前を知るまで、俺、こんなに弱くなかったんだ」
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.