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このページは、佐藤亜紀さんの本の感想のページです。

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「バルタザールの遍歴」新潮社(2003年6月読了)★★★★

20世紀初頭のウィーン。ヴィスコフスキー=エネスコ家に生まれた直系の男の子は、仕来り通り、ベツレヘムの厩を訪れた東方の3人のマギの名からメルヒオールと名付けられます。しかしその1つの身体の中には、2つの魂が宿っていたのです。2人は1年に及ぶ葛藤の末、お互いの存在を認め合うことに。2人の名はメルヒオールとバルタザール。しかし自分たち2人の存在を世間に知らせようとしたせいで、気味悪がられ、時として狂人とみなされることになります。彼ら2人の人格を認めていたのは、10歳下の従妹・マグダレーナのみでした。第1次世界大戦と第2次世界大戦の狭間、共和制へと移り変わる時代に没落しつつある貴族の家に生まれた、1つの身体を共有する双子・メルヒオールとバルタザールの物語。

第3回日本ファンタジーノベル大賞受賞のデビュー作。
1つの身体に2つの魂が宿るという、今の時代なら二重人格として片付けられてしまうはずの青年が語り手となって、物語は進んでいきます。主に語るのは、荒っぽいことは一切御免というメルヒオール。そこに時々バルタザール割り込んできます。こちらは極度に数字に弱く、万事がどんぶり勘定という人格。物語の前半に描かれているのは、従妹のマグダと過ごしたパリでの生活や、ウィーンやザルツブルクでの華やかな日々、父の死後の放蕩の日々。美しい義母・ベルタルダとの背徳の関係。後半の舞台は、ヨーロッパから北アフリカのチュニスへ。2人の生活はより一層自堕落的となり、急速に転落していきます。主人公の設定などに関しては確かにファンタジーですし、後半そのファンタジー色は一層強まりますが、しかしどこか純文学的。主人公の2人が金が続く限り酒と女に慰めを求め、自ら望んで堕落していく様なども洗練されていますね。
私が一番好きだったのはマグダとの場面。彼らが生涯で本当に愛したのはやはりマグダだけだったのではないでしょうか。そして一番印象に残ったのは、2人の父である公爵の死の場面。2人の驚く様は読者の驚きでもあります。極めて忠実な執事・ロットマイヤーは、そんな時でもまるで動じず、その渋みを感じさせてくれます。
日本ファンタジーノベル大賞の審査時に、選考委員から翻訳小説を読んでいるようだと評されたそうですが、それもよく分かります。目次の体裁1つとっても、本当に翻訳小説のようですし、オーストリアの貴族の日常の生活が丁寧に、しかもごく自然に描かれ、その場その場の雰囲気が鮮やかに伝わってきます。濃密さと重厚さが感じられる作品です。しかし物語全体に作者の斜に構えた視線… そして痛烈な皮肉が潜んでいるように感じられるのは… 気のせいでしょうか。

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