Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、南條竹則さんの本の感想のページです。

line
「酒仙」新潮文庫(2002年10月読了)★★★★★お気に入り

江戸に幕府ができて以来江戸に住み、巨万の富と共に江戸経済の黒幕として八百八町を支配してきたと言われる旧家・暮葉家。しかし7代前の当主・左兵衛が枡酒の味を覚えてしまったのをきっかけに、徐々に家は傾き始め、現在30歳になろうとする暮葉左近の時代には、60億もの負債を抱え込んでいるという状態。雇い人も1人残らず家を去り、1人残された左近は、差し押さえられている特上の老酒20瓶分を風呂に入れて沸かし、そこに漬かりながら老酒を飲み始めます。今にも溺死しそうになっていた左近の元に現れたのは、蓬莱八仙の1人・鉄拐李。彼は左近の眉間に酒星のしるしをみつけて、左近を酒風呂から救い出します。酒星のしるしを帯びた人間は千年に1人生まれ、世界を救う救世主となるのです。左近がいずれその使命を果たす日まで、酔って酔って酔いまくって修行しなければなりません。鉄拐仙人は彼を金樽教という酒徒の主宰する教団に預けます。

日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞のデビュー作。
人間と仙人が入り乱れて、そして皆揃って酔っ払いになってしまう物語。ストーリーの流れ自体は淡白ですが、なんとも楽しい作品ですね。これを読んでいると、本当にお酒が飲みたくなってしまいます。特に惹かれたのが、乙姫様オススメの竹葉青酒。これは杯についだ途端に竹の香りが馥郁と湧き上がる薄翠色の酒で、古来中国西南省に伝わるリキュールの一種。高梁を原料にして作った蒸留酒・白酒に竹の葉を漬けて風味を加えたものだそうです。これが仙界では竹薮の竹から湧き出して、そこを訪れる人や仙人は汲み放題。竹の香りがするというのも惹かれますし、薄翠色という見た目にも惹かれてしまいます。「口に入れると、竹の匂いのする綿菓子を頬張ったような感じがした。かおりが舌から口蓋、鼻頭にわきあがって、ほろほろと溶けくずれてゆく。幼い日の慕情のごとくほのかな甘みが、竹の葉の苦味にからんでいる」だなんて、本当に美味しそうです。そんなお酒の描写と一緒に、美味しそうな食べ物も沢山。お酒と美味しい料理が好きな人にお勧めしたい、粋な作品です。


「満漢全席-中華料理小説」集英社文庫(2002年12月読了)★★★

美味しい酒とうまい中華料理さえあれば満足という「でふ氏」こと南蝶(なんでふ)氏が、突然慣れない小説を書き始めて、周囲は驚きます。でふ氏が書いていたのは、実は変調社主催の日本空想文学大賞に応募するための小説。その賞の賞金は500万円、次席でも250万円で、でふ氏には、そのお金で満漢全席を食べに行きたいという夢があったのです。でふ氏の小説は見事次席に入賞し、でふ氏は30人余の友人知人を引き連れて、本場中国の満漢全席を食すために杭州へと旅立ちます。

変調社主催の日本空想文学大賞とは、新潮社主催の日本ファンタジーノベル大賞のことなのですね。「酒仙」の受賞でもらった賞金をつぎ込んだ満漢全席旅行を描いた「東瀛の客」は、もちろん登場人物の名前を変えてありますが、ほとんどの部分が実録小説なのだそうです。満漢全席とは、清朝宮廷で西大后が三日三晩かけて食べたという究極の中華料理。登場する料理はとにかくどれも美味しそうで、読んでいるとおなかがすいてきてしまいます。しかし正統派の美食もたくさん登場しますが、それだけはでな…。究極の美味は珍味と紙一重なのですね。山蛙の頭部の脂肪だけを集めて作った点心というのもどうかと思いますが、蚊の目玉というのは…。
その他にも麺喰いの丘君が究極のメンクイ美女・王昭君の霊に取り付かれる「麺妖」、でふ氏が見知らぬ老人に豚足の食べっぷりを見込まれる「猪脚精」など幻想的で、しかもユーモラスな短編が集められています。小説としての面白さは残念ながらあまりなく、「酒仙」や「遊仙譜」の方が遥かに上だと思うのですが、全編美酒美食で覆い尽くされている中華料理小説です。

収録作品:「東瀛の客」「麺妖」「猪脚精」「華夏第一楼」「老酒の瓶」「餃子地獄」「画中餅」


「遊仙譜」新潮社(2003年10月読了)★★★★★お気に入り

女ながらに仙界一のうわばみと言われている何玉英。花のような美しさながらも、南海の龍王を飲み負かすという飲みっぷりで、酒に目のない蓬莱島の仙人たちに可愛がられていました。酒屋の1人娘に生まれた玉英は、15の年に潘秀という若者に失恋。橋の欄干から落ちたところを、通りがかった漢鍾離という仙人に助けられてそのまま弟子入り、修行に励んで仙界でも指折りの神通力を持つ仙人となっていたのです。しかしある時、西王母に睨まれた呂洞濱を自分の千紫洞にかくまうことになり、玉英自身は妹弟子の雪華を連れて人間界へ。桃林の中に家を作って住むうちに、潘秀そっくりの高清という青年と知り合います。玉英はなんとか高清を仙人にしたいと思い悩むのですが…。

中国の仙界を舞台にしたファンタジー。しかし途中からギリシャ神話の神々も乱入、東西入り乱れての大騒ぎとなります。仙人といえば、本当は俗世も我欲も捨てて清く正しく修行しているはずなのですが、ここに登場するのは人間くさい仙人ばかり。禁酒派の真面目な仙人もいるのですが、玉英自身が酒飲みのせいか、もっぱら酒飲み仙人が大活躍。この一癖も二癖もある仙人たちが楽しいですね。そしてその人間くささがあるからこそ、ギリシャ神話の神々にも太刀打ちできるのでしょう。
見覚えのある仙人や歴史上の人物の名前がたくさん出てくるのも楽しいですし、古今東西の小ネタも沢山。その中で一番可笑しかったのが、玉英が桃園を箒で掃く場面。ふりつもった花びらは、箒に触れると紅玉の粉や翡翠の粉になってキラキラと舞い上がり、それは綺麗な場面なのですが、時々花びらに動物の毛が混ざっていて、掃くと「キキッ」と猿のように啼くのです。そして玉英の台詞が「いやだ。斉天大聖の毛が落ちてる--」… 思わずニヤリとしてしまいます。
玉英のような仙女が主人公ということで、品よくまとまっている酒飲み小説。登場人物たちの飲む酒は本当に美味しそうで、酒飲みの人ほど楽しめるかも。南伸坊氏のイラストも味わいがあっていいですね。


「セレス」講談社(2005年2月読了)★★

マーリン社社員の幸田亘は、マンダリン社の仮想現実空間を体験するために台湾の新竹へ。そしてマンダリン社側のパートナー・陸翠花(ルー・ツイホア)女史に連れられて、セレスの中に入ることに。セレスとはギリシャ語で中国を意味する言葉。マンダリン社が開発した“内観型”仮想現実のネットワークであり、仮想空間の中に、唐の長安、北宋の開封、南宋の臨安、蘇州、燕京といった古代都市が再現されているのです。幸田はアクセス・ポイントの1つ、新竹の研究所から長安の仮想空間に没入。そして研修は順調に進むのですが、幸田はそこで出会った1人の美女に心を奪われて…。

最終的な事件が起きたのが2091年となっているので、主な舞台は2080年代なのでしょうね。電脳世界の長安を舞台にしたSF作品。バーチャルな世界に入り込む物語はいくつか読んだことがありますが、唐代の長安というのは、絵的にも華やかでいいですね。小セレスや大セレスといった世界の造形も魅力的でしたし、それらの世界を彩る人工生命たち、そして様々な流儀に分かれたマニピュレーションによって神仙の技を使いこなすなどのアイディアも面白ったです。しかしそれだけに、物語が後半に入るとせっかくの世界にも世俗のごたごたがそのまま移行してしまい、最終的にはただの対戦型のテレビゲームのように感じられてしまったのが残念。一気に世界の底がとても浅くなってしまったような印象でした。帯によると「電脳長安の封神演義!」とのことなので、おそらく「封神演義」を読んでいれば、もっと楽しめたのでしょうね。惜しかったです。


「あくび猫」文藝春秋(2007年8月読了)★★★★

虎猫のチビが生まれたのは原宿に住む国立大学の英文学教師、30過ぎて独身のあくび先生こと鰡野阿苦毘(とどのあくび)の家の物置。野良猫が3匹の子猫を生み、その中の1匹があくび先生が子供の頃に飼っていたチビという名の猫によく似ていたのです。チビはあくび先生の家に居つくことになります。美味しいものとお酒に目がなく、食事の誘いを断ったことがないというあくび先生。連れて行ってもらえない時は、「猫爾薀(ねこにおん)」という技まで使ってあくび先生を追いかけるチビの目を通してみた美食の人々の物語。

まるで食と酒がライフワーク化しているような印象の南條竹則さん、この作品は「満漢全席」系の、作者の姿がそのまま出ているようなグルメ小説。実際に登場人物も重なっているようですね。そんな物語が「我輩は猫である」的に猫のチビの視点から描かれていきます。ただし、こちらは一人称が「あたい」の可愛らしい牝猫。
今回はそれほどそそられる料理がなく、むしろお酒の方が美味しそうだったのですが、そんな中で一番美味しそうだったのは「仙人雲遊」というお料理。これは「大皿の上に、雪のように白い粒々と、水飴みたいな色をした形さだかならぬものとが茫漠たる形姿を描いている。その上にすきとおったゼリー状の膜がかかって、あたかも雲の上から不思議な世界を見下ろしているみたい」というもの。透明な膜は熱いタピオカ、白い粒々は烏賊、飴色のものは白キクラゲなのだそうです。美味しそうです。
基本的に食べたり飲んだりの話ばかりで、特に物語としての展開はありませんし、せっかくの「猫爾薀」も今ひとつ生かされていないように思えます。しかし淡々と食べる場面ばかりが進む中で、あくび先生や同僚の大学の先生たち、出版関係者などの、友人知人の近況や旅行のエピソード、英国詩からいろは歌の解釈までの幅広い話題は結構楽しめました。「満漢全席」が、事実上実録小説だったことを考えると、こちらもおそらくかなり実話が登場しているのでしょうね。あくび先生の同僚の理論物理学者のオメガ先生が、メザシ書房から本を1冊出すたびに豚の丸焼きパーティがあるというのも、果たして元となる実話があるのでしょうか?


「ドリトル先生の英国」文春新書(2003年9月読了)★★★★

ヒュー・ロフティングの「ドリトル先生」シリーズ、そして井伏鱒二氏の名訳を通じて、舞台となった19世紀末の英国についての考察をも繰り広げていくという評論。恐らく「ジェントリ」だと思われるドリトル先生と階級問題について、当時発表されたダーウィンの「進化論」や宗教との関係について、性問題や人種差別、そして食生活や園芸、音楽や絵画などといった当時の英国風俗のさまざまな面からドリトル先生の物語を考察していきます。

小学校低学年の頃に初めて読んで以来、ドリトル先生シリーズは大好き。しかし「ドリトル」の本当の発音が「ドゥーリトル」だというのは聞いていましたが、それが「do little」、つまり「為すこと少なし(=つまりはろくでなし)」だったとは知りませんでした。同じように、「ドリトル先生航海記」で王様になった時についた「シンカロット」という名前が、「think a lot」(思うこと多し)だったとは…。この2つの名前は、綺麗に対になっていたのですね。「アブラミのお菓子」や「オランダボウフウ」、珍獣「オシツオサレツ」、マシュー・マグの「猫肉屋」など、長年疑問のまま残してきてしまっていたことも、この本を読んで氷解。物語の中には、ダーウィンやパガニーニなどの名前も登場するのですが、時代背景もきちんと考えた上で書かれた作品だったのですね。
しかし、ドリトル先生を愛読していた当時、ドリトル先生が動物達を目の前にして平気で肉を食べていた場面だけは、子供の私にとって非常に違和感がありました。確かに食べることは生きることであり、食物連鎖というのも避けられない問題だとは思うのですが、ライオンやトラといった肉食獣とは違い、人間には菜食を選ぶ権利もあると思うのです。豚のガブガブを目の前にして平気でベーコンを食べるというのは、実際どうなのでしょう。1967年に作られた映画「ドリトル先生不思議な旅」でのドリトル先生は菜食主義者という設定で、これに対して南条氏は違和感を覚えたそうですが… その設定の方が遥かに無理がないと思ってしまう私は、やはり視野の狭い偽善者なのでしょうか。ロフティングが、実際にどう思っていたのかが知りたいところ。シリーズ後半になると肉を食べている描写があまり出てこないという指摘もあったので、もう一度読んで確認してみたいものです。


「魔法探偵」集英社(2007年8月読了)★★★★
何不自由ない裕福な家に生まれ育ちながらも、株の投機で失敗して全財産を失い、今や猫捜しをして生計を立てている自称詩人・鈴木大切。ある日、猫を探している最中に煉瓦造りの洋館の詩人の会に迷い込んだことから、そこの受付にいた妙齢の女性・雪乃と知り合い、詩人の会のメンバーの1人・馬渕という男に「魔法杖」というものをもらうことに。それは猿の手で、捜し物がある時に持って歩くと、手がひとりでに動いて、目当ての物のあるところを教えてくれるという物なのです。

南條竹則さんらしいのほほんとした雰囲気の作品。中華料理こそ登場しませんが、飲食の場面はたっぷりとあります。そして舞台設定は現代の東京なのですが、全編通して昭和の雰囲気が漂っています。時間の流れがゆったりとしていて、肩の力がほど良く抜けた感じなので、何度か現れる過去の懐かしい情景は、とても自然。逆に突然「リストラ」「インターネット」などという現代的な単語が登場すると、そのたびに本当は現代の話だったということを思い出させられて驚きました。
「魔法探偵」という題名ほど、探偵小説ではありませんし、反魂香を使った中華風の魔法らしきもの以外、魔法らしい魔法も存在しません。(鈴木大切によれば、猿の手を使ったダウジングは自然魔法の1つとのこと) しかしこの世とあの世が自然に重なり合って不思議な交流があり、その辺りがファンタジーですね。小説としては、淡々としすぎていて盛り上がりに欠けるとも言えるのかもしれませんが、その散漫さが南條さんらしく、読んでいてとても居心地が良い作品です。



「りえちゃんとマーおじさん」ヴィレッジブックス(2006年10月読了)★★★★

小学校3年生のりえちゃんは、学校の一番の仲良しの正ちゃんと喧嘩をした日、いつもと違う道を通って帰ります。いつもの道だと、途中で正ちゃんの家の前を通らなければならないので、ばったり鉢合わせするかもしれないのです。しかししばらく歩いていったところで、りえちゃんは首をかしげます。空き地だったはずの場所に、御殿のような建物が建っていたのです。そこには鳥居に似た赤い門がそびえ立っており、食べ物屋が並んでいました。そして、その中でも特に立派な店の前を通りがかった時、急に大粒の雨が降り出し、りえちゃんは慌ててお店に飛び込み、雨宿りさせてもらうことに。

15歳の頃から天才と言われ、日本人として初めて全アジア中華料理コンクールで優勝した田中理恵が、子供の頃に中華料理と出会ったきっかけとなった体験をファンタジー仕立ての童話にした、という設定の物語。りえちゃんがマーおじさんのお店のある中華横丁に入り込む辺りは、「千と千尋の神隠し」の場面にそっくりですが、ここで出会うのは名コックの老板(ラオバン)マーおじさん。
中華料理の小説といえば南條竹則さん、というほど私の中ではイメージが定着しているのですが、これも本当に美味しそうな物語でした。ごく普通のはずの卵チャーハンの描写の美味しそうなこと。「八仙過海」「氷糖甲魚」「清蒸桂魚」「菊花乳鴿」「千紫万紅」「百鳥朝陽」「宝塔暁風」「蓬莱晩霞」「壺中乾坤」「海底蔵珍」… 中華料理の名前だけでもそそりますね。しかもそれぞれの料理の説明が、本当に美味しそう。作中には「美食礼讃」のサバラン、猪八戒のパロディのブタンバラン、洞庭湖の竜王・洞庭君、王昭君、「神曲」のダンテ、清朝の詩人・袁枚、中国の仙人・呂洞賓など古今東西の様々な人物が登場し、しかもダンテとは一緒に煉獄をめぐり、公主の御殿では「トロイの悲劇」という劇まであります。かなりのドタバタですが、ドタバタと展開しながらも、ただ美食を追い求めるだけでなく、ブタンバランがりえちゃんに食べさせようとする「焼鵞掌」「猴脳羹」や、その他の出来事を通して、さりげなく美食に対する訓戒が籠められています。


「鬼仙」中央公論新社(2007年7月読了)★★★★

【鬼仙】…浙江省の南の縉雲という町の役所に英華という名の美貌の鬼仙がいました。英華はかつてここで殺された幽霊。修業をして仙籍を得て、役所の中に棲み付いているのです。
【夢の女】…友人たちが皆、一種の神降ろしである“扶けい(ふけい)”に凝っているのをいささか冷たい目で見ていた展成。湯文啓と賭けをすることに。
【犬と観音】…紫州の東、観音寺にある“雨降り観音”の台座にいつも寝そべっている茶色の犬の前世は、実は汚職官吏。その犬が町に沢山の疫神がやってくるのを見つけます。
【小琴の火鍋】…紫州に名高い妓楼「望江楼」の女将の娘・小琴は、女将が店を畳むにあたり、姚方先生の家に引き取られることに。
【唐山奇談】…「緑窓新話」の中の「永娘配翠雲洞仙人」「韓夫人題葉成親」、「客窗かん(門構えに月)話(かくそうかんわ)」の「趙酒鬼」の紹介。
【仙女と温泉に入りそこねる話】…「緑窓新話」の「張兪驪山遇太真」の紹介。

宋から清の時代の中国を舞台にした短編集。「緑窓新話」を種本として書き上げた物語のようです。この「緑窓新話」とは「聊斎志異」から遡ること数百年、南宋の風月主人が志怪、小説、史書、随筆、逸話集などから物語を集めて編したという上下巻154編の物語集。「聊斎志異」ほどの生彩の豊かさはないようですが、その辺りが逆に宋の好事家の仕事という感じなのだそう。
この6編の中で特に好きなのは、表題作の「鬼仙」。「鬼」とは、元々中国の言葉で、死者の霊の意味。日本での「鬼」とはまた異なります。「肌の色雪をあざむく、天人のような美女」の英華のこと、気に入った役人がいれば恋仲になることもありますし、その恋人の一族に重い病気の人間がいれば、よく効く薬を与えます。そして命がけで主人を守る狐に免じて主人の命を助けることも。そういった情の深さがありながら、逆に英華を追い払おうと魔物祓いの祈祷を始める役人には、「この無礼者!何をする!あたしは下等な狐狸妖怪じゃないぞ!」などという啖呵を切る鉄火肌の面も。そんな英華がとても魅力的。そして、最初は英華を全く認めようとしない堅物の范公明なんですが、英華のおかげで悪者が罪を自白したのを見て英華が悪い妖怪ではないと悟り、翌日に会った時にきちんと謝罪し感謝するのです。これもいいですね。それ以降、2人は茶飲み友達となることに。范公明は妻帯者なので、その辺りの仁義を大切にする英華は誘惑しようとはしませんし、2人の仲があくまでも茶飲み友達というところが素敵。
あとの短編では、「我輩は猫である」ブラック風味の「犬と観音」も面白いですし、料理の上手な小琴の活躍が小気味いい「小琴の火鍋」も美味しそうな作品でした。「夢の女」は清の時代の文人をモデルにしていて、実際に揺宮花史と詩を交わしていたという出来事があったのだそう。「唐山奇談」と「仙女と温泉に入りそこねる話」は、中国の物語集に見つけた物語を脚色を交えて紹介しているエッセイ。「福分」がないばかりに、楊貴妃と風呂に入ることも同衾することも拒まれた男の姿が可笑しいです。この話も紹介されているという「緑窓新話」が、ぜひ読んでみたくなります。

Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.