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このページは、松尾由美さんの本の感想のページです。

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「異次元カフェテラス」アルゴ文庫(2004年2月読了)★★

高校2年生の桐原了子と全校のマドンナ・窪田エマは、高校1年生の時からの親友。そして2人が2年生になってから仲良くなったのは、クラスのお調子者・板野和明。3人でしょっちゅう不思議なマスターのいる奇妙な喫茶店・EASYに入り浸っています。そんなある日、店では初めて見た女性客の持っている透明な箱のようなものが気になる了子。昨晩了子がベッドの中にいた時に聞えてきた海の音は、この箱から聞えてきたのだという直感があったのです。しかしその女性、レイチェル・ジョゼフィン・トンプソンは、了子に箱を見せている時、丁度店に入ってきたエマを見て「アルテミス!」と叫び…。

松尾由美さんの長編デビュー作。
了子自身はごく普通の女の子。しかしその他のメンバーは、喫茶店のマスターを始めとして個性派揃い。少女小説の王道。しかしどうもトンプソンの持ち出すゲームの意義もよく分からず、どこかちぐはぐなまま終わってしまったという印象。設定自体は面白いと思うのですが、その意味が分かるのは終盤になってからなのです。それはそれでいいと思うのですが、序盤から中盤にかけて、その設定をまるで予想もせずに読むというのは、もったいなかったような気が。もっとこのSF&ファンタジーテイストを長く楽しみたかったです。それともこの作品は、当初は続編が出る予定だったのでしょうか。シリーズ物の1作目という位置づけなら、分かるのですが。
古いロックの名曲がたくさん登場するのが楽しかったです。


「バルーン・タウンの殺人」ハヤカワ文庫JA(2002年9月読了)★★★★★お気に入り

人工子宮(AU)が広く普及している未来都市。お腹を痛めて子供を産むことが当たり前とも美徳とも思われていないこの世の中で、あえて赤ちゃんをお腹で育てたいと願う女性たちのためにあるのが、東京都の第七特別区、通称「バルーン・タウン」。妊娠・出産をすることを選んだ女性たち専用の居住地区。環境は良好、治安は完璧、生活費も極めて安く、外部からの人間に敏感な街。しかしそんな街でも犯罪は起きるのです。東京都警の江田茉莉奈は、妊婦のふりをしてこの地区に潜入捜査することになります。探偵役は、ここに住む茉莉奈の大学時代の先輩の暮林美央。もちろん彼女も妊娠中です。
【バルーン・タウンの殺人】…第七地区のすぐ外で刺殺事件が。被害者は若い男性。犯人は男性をナイフで刺した後、第七地区の中に姿を消します。3人の目撃者が覚えていたのは、お腹が大きかったことだけでした。茉莉奈は女性だからという理由でバルーン・タウンに送り込まれることに。
【バルーン・タウンの密室】…年に一度の「黄金の器コンテスト」の表彰式に行く都知事に「ラジカル・フェミニスト集団『牝虎の穴』」を名乗る集団からの脅迫状が届き、江田茉莉奈はまたしてもバルーン・タウンへ。しかし、万全の警備の中、1人で部屋にいた知事が何者かに後頭部を殴られて昏倒するのです。
【亀腹同盟】…茉莉奈が非番の日に暮林美央を訪ねると、そこにいたのは大橋由佳という見事な亀腹をした妊婦。そして由佳の話した内容は、まるでホームズの「赤毛連盟」のバルーン・タウン版。楽にお小遣い稼ぎをできるはずだった亀腹同盟が、5日目に突然消滅していたというのです。
【なぜ、助産婦に頼まなかったのか?】…都心の官庁街を歩いていた茉莉奈は、初老の男が倒れているのを見つけます。わずかに息のある彼が、介抱をする茉莉奈の耳元に呟いたのは「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」という言葉。その男性はそのまま息を引き取り、茉莉奈は再びバルーン・タウンへ。

まずこの独特の設定が巧いですね。本当に独創的。最新の医療をも望める環境で、あえて自分のお腹を痛めて産むことを選択した妊婦たちが、集団で暮らす街… 女性作家ならでは、母親作家ならではの快作です。しかもそのバルーン・タウンの設定や状況の説明が、とてもさりげないので、知らないうちにこの突飛で不思議な世界に入り込んでしまいます。
このバルーン・タウンに暮らす妊婦は、昔ながらの妊娠形態に拘るあまり、昔の資料で見た内診台に拘ってみたり、縁起を担いだりしています。そんなナンセンスな拘りや、妊婦の周囲にいる人々の姿が、時にはシニカルな視線を交えながらも、ユーモアたっぷりでテンポ良く描かれています。「妊娠出産」を、世間一般のテレビドラマにあるようなイメージや思い込み、夢のような絵空事でしか捉えたことのなかった人は、少なからずはっとさせられるのではないでしょうか。キャラクターもとても楽しいのでテンポ良く読めますが、しかしトリックに関しては、妊娠出産に関する知識が必要不可欠な物が多いようです。
「バルーン・タウンの殺人」例えば郵便配達や工事の人間が、制服によって透明人間同然になるといいますが、妊婦もそうだったとは。「妊婦は透明人間なの。お腹以外は」という台詞が最高。いいですね。「バルーン・タウンの密室」密室というには、厳密には穴だらけ。羽目板も外せるし、暖炉の煙突もある。窓も開いている。しかし通常の状態ならできることでも、妊婦にはできないことが多いということで、逆説的な密室状態というのが面白いですね。動機に関しては、設定が現代ではないので、何とも言えませんが。「亀腹同盟」出だしは「赤毛連盟」、そこから「六つのナポレオンの胸像」へ、そして最後に「踊る人形」となるシャーロック・ホームズのパロディが次々と登場する作品。パロディだというだけでも楽しめますが、このストーリー自体、すごく良くできています。「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」こちらはアガサ・クリスティの「なぜ、エヴァンスに頼まなかったのか?」からの題名。この1作だけタッチが少し変化。この流れに乗って茉莉奈まで…とならなくて良かったです。


「ブラック・エンジェル」創元推理文庫(2002年9月読了)★★★★★お気に入り

大学の仲間6人で作ったサークル「マイナーロック研究会」。メンバーの1人・島本一也が下北沢の中古CD屋でテリブル・スタンダードの幻のファーストアルバムを見つけたことから、その時いたメンバー5人で、近くにある岡埜映子のマンションへと向かうことに。テリブル・スタンダードは、「ドアーズの文学性、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音楽性に、クリームのテクニックを兼ね備えたバンド」と批評されることもある、アメリカのバンド。日本でもカルト的な人気を誇っていました。しかし部屋で5人が話したり飲んだりしながらCDを聞いている時、ステレオの一番近くにいた加山孝二は、膝の上に置いた歌詞カードの上を何かの影が横切るのに気づきます。それは鳩ぐらいの大きさの翼のある小さな生き物。しかし鳥ではなく、真黒な長い髪と浅黒い肌、真黒な羽根を持った人間の女性のような生き物でした。それがソファで林檎の皮をむいていた岡埜映子の所にまっすぐ飛んでいったかと思うと、その両手で岡埜の右手を握り、その手にあったナイフで岡埜の右胸を突き刺したのです。CDから出てきたのは何だったのか、なぜ岡埜が殺されることになったのか、加山たちは調べ始めます。

ロックのCDから黒い天使が出てくるという発想が面白いですね。しかし、黒い天使の登場はホラー系のようですし、岡埜映子の死はミステリがかかっているのですが、一見怪しげなモチーフを使いながらも、この物語自体は青春小説。少々突拍子のない設定ながらも、それ以外の部分は実はごく普通で、大学生活が懐かしく思い出されます。登場人物の若さや青臭さが甘酸っぱく感じられるような、そんな魅力のある作品です。このラストには驚きましたが、同時にとても微笑ましくなってしまいました。確かにずっと伏線が張られていましたが、まさかこうくるとは。果たして、この黒い天使のおかげで、「本当の自分」に気づくことができたのでしょうか。それともこの黒い天使が、「本当の自分」を作り上げてしまったのでしょうか。明るいタッチながらも、奥底には色々と内包されているようです。
それにしても、ロックとオカルトというのは本当に結びつきやすいですね。一昔前のロック雑誌でも、黒魔術にのめりこんだミュージシャンの謎の死、のような記事が多かったです。しかし私もヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファーストは持っているのですが(私が初めて聴いたのは、アルバムが出た20年後ぐらいですが)、「黒い天使の死の歌」は入っていなくて残念。しかし黒い天使が出てくるとしたら、CDよりもLPから出てくる方がイメージに合っていますね。CDだとさっぱりしすぎているような気がします。


「ピピネラ」講談社(2004年1月読了)★★★

出版社に勤める夫と結婚して4年の山脇加奈子は、しばらく前から奇妙な症状に悩まされていました。それは、突然首筋のちりちりとするような感触と共に、身長が1mほどに縮んでしまうという現象。大抵は住んでいるマンションの部屋に入ると起こるのですが、時には外でも起こるため、気軽に外に出かけられない状態。そんなある日、夫の勤める出版社の同期の堀井から電話が入ります。夜10時頃に上野駅で夫そっくりの人間を見かけたというのです。堀井が社に戻ってみると、夫のロッカーの戸が少し開いていて、そこには夫がその日着ていた背広が。それから夫は帰ってこず、加奈子は堀井から渡された背広のポケットにメモを見つけます。書いてあったのは、地名と時刻らしき文字と、「ピピネラ」という言葉。加奈子は本屋で偶然であった友人の千紗一緒に、夫の跡を辿ることを決意します。

始めは、またしてもSF的な設定だと単純に考えて読んでいたのですが、後半、富貴子先生によって、なぜ加奈子が奇妙な状態になるようになったのか解き明かされます。その時になって初めて、この現象に籠められていた意味に気付き、驚きました。
夫も加奈子も、おそらく「結婚とはこうあるべき」のような固定観念が強いのでしょうね。そして無意識のうちに、相手に自分の理想像を当てはめて、理解したつもりになっていたのでは。結婚して専業主婦になることを決めた加奈子も、心の底では働きたい気持ちもあったのに、「そろそろしんどいし」と、自分に言い訳をするように専業主婦になる道を選び、それが自分の本心からの選択だと思い込み、自分が「良い妻」であることを満足に思って、ある意味酔っていたのでしょうね。しかし無理矢理本心の望みを抑圧したため、現実と理想とのギャップが徐々に大きくなってきて…。色々と考えさせられる、寓話のような作品でした。
生身の夫の姿があまり見えてこなかったのが少々残念だったのですが、同じように姿が見えてこない人形作家の夫婦については、なかなか面白かったです。これは固定観念や先入観を持って物事を見ることに対する警告なのかもしれないですね。そして加奈子の身体が縮んでしまうことについては、私はやはりネタばれ→加奈子の思い込み←だと思うのです。周囲の戸惑い、特に富貴子先生の家での千紗の姿に、それが表れているように思います。

P.65「性格がどんなふうかということと、その人がどういう人か、何を考えていたのかということは別」
P.186「聞き上手ということは、その人自身の心の中をのぞかせないことにつながる」


「ジェンダー城の虜」ハヤカワ文庫JA(2004年1月読了)★★★★

東京近郊の東寺沢市にある地園田団地は、昔からこの地に住んでいる富豪の当主・水原真琴が、「伝統的家父長制的家族制度に挑戦し、それをくつがえしている家族」だけに入居させるという、実験的な団地。妻が働き夫が主夫をする家庭や、同性愛の家族、血縁のない契約家族など、厳選された家族が住んでいます。谷野友朗の家も、母親が雑誌の編集者として働き、父が主夫の役割を果たすという家庭。しかしこの団地に住んでいるというだけで色眼鏡で見られやすいため、学校では極力目立たないようにしている友朗。そんなある日、クラスにアメリカからの転校生がやってきます。思わぬ美少女の登場にどよめくクラスメートたち。しかしその美少女・小田島美宇も、なんと地園田団地の住人だったのです。そして引越しして数日後、マッド・サイエンティストだという美宇の父・小田島博士が何者かに誘拐されて…。

楽しい登場人物たちが大活躍のユーモア・ミステリ。美少女なのに、頭のネジがどこかに飛んでしまったような美宇やその父親のマッド・サイエンティスト、柔らかい動きの中に切れ味の鋭さを見せる家政婦の世津、ふとするとオネエ言葉になりそうになるゲイの刑事とそのパートナー、美少女名探偵(!)など、楽しい面々が元気に動き回っています。この中では、オカマの山本政二郎が特にいい味を出していますね。「地園田イレギュラーズ」結成というのも楽しいですし、物語自体もとてもテンポが良く読みやすいもの。どんな突飛な設定でも、一旦読み始めると物語の中にすっと入っていけるのが、松尾作品の大きな魅力でしょう。
しかし読後振り返ってみると、的を絞りきれていないような印象が残ってしまいました。ふと気がつけば、誘拐騒ぎは名誉会長の謎に取って代わられていましたし、誘拐場面の博士の行動は完全にコメディ。ミステリとして読んだ場合には、少々ツライのではないでしょうか。私は結果的に楽しめたからいいのですが… 地園田団地という設定も生かしきれてなかったのが少々残念。せっかくの面白い設定と個性的な登場人物たちなので、連作短編集などでじっくり書いて欲しかったですね。


「マックス・マウスと仲間たち」朝日新聞社(2004年1月読了)★★

10年ぶりに叔母の家を訪れた三浦美加は、真霜修造叔父と郁子叔母に2人の1人息子、美加よりも1歳年上の29歳になる従兄・学に関する相談を持ちかけられます。修造の知り合いの1人娘との見合いをすすめられた学は相手に会うのも嫌だと断わり、理由はなんと、「自分にはそれができない、なぜなら自分はマックス・マウスだからー」だったのです。日頃の行動には特に変わった様子もないのに、「結婚」という言葉にだけ頑なな学。これまで女性と接する機会が少なかったせいだと考えた叔父は、美加に学の友達になって欲しいと頼みます。

マックス・マウスというのは、ハロルド・ウェズレーの漫画のキャラクター。東京にも「ウェズレーランド」があるということですから、これはミッキーマウスとウォルト・ディズニーのことなのでしょうね。安心して子供を連れて行けるディズニーランド、安心してビデオを見せられるディズニーのアニメーション。しかしこの作品のラストで分析される、ディズニー神話のその本質は、その見かけとはまるで異なるものでした。ここに書かれている問題全てがディズニーのせいだとは思いませんが、しかしこの世代論には説得力がありますね。そのことを解説する学の姿、そして最後に出会った2人の姿を見ていると、まるで学たちが異星人のように感じられてしまいました。叔父夫婦も色々画策しているようですが、結局は学の手の上で踊らされているといった感じ。松尾さんの他の作品のような突飛なSF設定がないにも関わらず、やはり松尾作品はSFなのですね。
美加が気付いたディズニー映画と原作との違いというのがとても興味深かったです。しかし曲がりなりにもディズニーの本質を語られてしまった今、ディズニー映画を観るのが怖くなってしまいます。元々あまりディズニーは好きではないので、今までもそれほど観ていないのですが…。


「瑠奈子のキッチン」講談社(2004年4月読了)★★

結婚2年目、31歳の汐入瑠奈子は、家事の合間に彫金やフラワーアレンジメント、お菓子作りの教室に通う普通の専業主婦。夫の宏と2人で世田谷の持ち家に住んでいます。そんな瑠奈子を訪ねてきたのは、家庭電化製品の分野でも1、2を争う大手メーカー・村岡電器工業の藪下と名乗る男。彼はセールスに来たのではないと断った上で、瑠奈子にディスポーザーを広く普及させる活動に参加して欲しいのだと話します。週1回のミーティングに出席すれば8千円のバイト料が支払われると聞き、さらに店頭価格で8万円もする村岡電器製の高級食器洗い機を貰えると聞き、瑠奈子は思わずその仕事を引き受けてしまうことに。瑠奈子は家庭電化製品が大好きだったのです。

ディスポーザーとは、流し台の排水孔の下に取り付けられる生ゴミ処理機のこと。アメリカではかなり普及しているようですが、粉砕された生ゴミがそのまま下水へと流れていくこともあり、日本ではそれほど普及していないようですね。
突飛な設定と展開を見せながらテンポ良く進む物語は、いかにも松尾さんらしい作品と言えるのでしょうね。自ら排水孔の中に飛び込んで、ディスポーザーに既存の自分を粉々に粉砕させてしまったかのような、まるで不思議の国に飛び込んでしまったアリスのような物語。しかし、色々と寓意に満ちているようなのですが、大元となるディスポーザーや食器洗い機、ひいては家電全体にあまり興味のない私にとっては、それほど吸引力のある作品ではなかったようです。


「おせっかい」幻冬舎(2004年5月読了)★★★★★

会社で階段から転落、足の骨を折って入院した古内繁は、見舞いでもらった「推理世界」という雑誌に連載第1回として掲載されていた「おせっかい」という作品に惹かれます。作者は橘香織。推理小説慣れしていない繁でも聞き覚えのある名前の、中堅のミステリ作家。繁は入院中に自分で次号を購入して2回目の連載を読み、前回以上に登場人物の郡上光という女刑事に入れ込み、そして退院後、3回目の連載を読むことに。しかし3回目の連載を読んだ繁は驚きます。それは2回目の連載を読んだあとでみた繁自身の夢の内容に酷似していたのです。

小説の世界の中に迷い込んだ古内と、その古内の存在に気付く橘香織という構図。まるで「不思議の国のアリス」のような不可思議な状況。しかしすぐそばにありながら、なかなか思うようには入り込めないのです。苛立っているうちに、徐々に現実世界と仮想世界が入れ替わっていくような感覚。
作中の人物に過ぎない郡上光という女刑事のどこがそこまで古内の琴線に触れることになったのかという部分に少々納得がいかなかったものの、しかし全体的にはとても面白かったです。いつもながらの突飛な設定も、松尾さんの筆にかかるとなぜか突飛に思えず、それどころか古内や古内の元部下である柳靖弘や日比野茜の存在をリアルに浮き出させてくるのが不思議なほど。嘘をつく時は、その中にほんの少しの嘘を混ぜると真実味が増すといいますが、そういう効果があるのかもしれませんね。それぞれの登場人物が意識的に、あるいは無意識のうちに、ほんの少しずつ「おせっかい」をすることによって、事態が展開していくのも、何とも言えない皮肉な展開となっています。それに、連載中のミステリの犯人に関する推理の部分が見事ですね。この推理には唸りました。そして作家が犯人を設定することによって生じる問題のようなものに、作家としての苦吟が現れているようなのもとても興味深かったです。


「バルーン・タウンの手品師」文藝春秋(2003年9月読了)★★★★★お気に入り

【バルーン・タウンの手品師】…江田茉莉奈は半年ぶりにバルーンタウンへ。有明夏乃の出産予定日に暮林美央も病院に来るのです。夏乃の個室に懐かしい面々が集まります。しかし個室で夏乃が美央と2人でうたた寝、皆が廊下で話している間に、夏乃の夫が持ってきたというディスクが消えうせ…。
【バルーン・タウンの自動人形】…美央は再び妊娠してバルーン・タウンへ。夏乃も娘の千秋を連れて、半年振りにバルーン・タウンへ。その日はバルーン・タウン8周年のイベントで、からくり人形師の刀根逸斎も来ていました。しかし逸斎は密室の中で石で頭を殴られ、100万円を奪われます。
【オリエント急行十五時四十分の謎】…バルーン・タウンで気鋭の女流作家・須任真弓のサイン会が開かれ、東都新聞の記者・友永さよりも同行。しかし須任は妊婦の1人にトマトを投げつけられます。さよりが追いかけると、その妊婦は占いの館「オリエント急行」の狭い車内で消え失せて…。
【埴原博士の異常な愛情】…倉田恵利という妊婦が失踪し、彼女の身内は埴原博士がその失踪に関係しているのではないかと考えます。埴原博士は、胎盤料理家にして精神科医。バルーン・タウンでメンタルクリニックを開業していました。江田茉莉奈は早速バルーン・タウンへと向かいます。

バルーン・タウンシリーズの第2弾。
この中で一番好きなのは、「オリエント急行十五時四十分の謎」。これこそ、バルーン・タウンならではの謎!しかもトマトで攻撃という、ちょっぴり間抜けな事件にぴったりの、大笑いできる真相ですね。そして「バルーン・タウンの手品師」も、この何気ないトリックは「手品師」という題名にぴったり。伏線もきれいに決まっていますし、この本の1作目に相応しい作品。…本当に実行しようと思ったら、意外と難しいだろうとは思いますが。
この中で異彩を放っているのは、4作目の「埴原博士の異常な愛情」。ここに登場する埴原博士は、言うまでもなく、ハンニバル・レクター博士を模しているのでしょう。他の3作に比べると、バルーン・タウンの成り立ちそのものに疑問を投げかけかねない少々重い展開となっています。ただのおめでたい出来事だけではない妊娠・出産の現実。そしてその現実から目を背けているかのように、花と緑に溢れた人工的な町で、揃いのパステルカラーのジャンバースカートを着て、麦藁帽子にバスケットを持ち、腹帯やマタニティスイミングなどの話題に興じる妊婦たち。実はごく自然な現象であるはずの妊娠・出産(特に自然分娩)が、これ以上ないほどわざとらしく演出されているのが告発され、皮肉さに満ちた作品となっています。これに続く「バルーン・タウンの手毬唄」では、どのような展開を見せるのか楽しみです。

P.243「妊娠・出産はとうていきれいごとではすまない。特に出産のほうは血まみれの仕事です。失禁はまあ、する人ばかりじゃありませんが、無事赤ちゃんを産みおとしてからも後産--胎盤のことです--それに悪露、胎児を浮かべていた羊水に血やら何やらが混ざったものです、こういったものが次から次へと吐きだされてくる。ひたすら視覚的に描写すれば、猟奇の世界以外何物でもありません」


「銀杏坂」光文社文庫(2004年4月読了)★★★★

【横縞町綺譚】…盗難事件の捜査のために、横縞町の幽霊が出るという築30年の木造アパート・さつき荘へと向かった木崎と吉村。200万円のダイヤモンドのブローチが盗まれたというのです。
【銀杏坂】…刑事部長の安岡から呼び出された木崎は、安岡の従姉の娘・石倉晴枝が夫を殺す夢を見たという話を聞かされます。彼女の夢は小さい頃から、翌々日に現実化するという夢なのです。
【雨月夜】…36歳にして流通関係の会社を経営する古田優が、何者かにすりこぎで叩かれて脳震盪を起こし昏倒。意識を取り戻した古田は、高畠の仕業だと断言。高畠慎吾は中学時代の同級生でした。
【香炉峰の雪】…非番の日、木崎が偶然出会ったのは、女子高校生と6〜7歳の少年がビー玉を宙に浮かしている場面。2人は手品の練習だと説明。そして1ヶ月後、所轄管外密室殺人事件が起きて…。
【山上記】…木崎が安岡に引き合わされたのは、県警本部の生活安全部にいる菅沼。龍池会と警察の両方から追われていた村瀬という男が、東京行きの飛行機から姿を消したというのです。

北陸の城下町・香坂市を舞台にした連作短編集。中央警察署に勤務する刑事・木崎が主人公。「横縞町綺譚」は、アンソロジー「紫迷宮」にて既読。
この中で一番好きなのは、「横縞町綺譚」。再読ですが、盗難事件にまつわる幽霊の扱い方はやはりいいですね。物語と幽霊の係わり合いの度合いも、松尾さんの作品らしくてとても好きです。しかし幽霊、予知夢、生霊、念動力、というモチーフが登場するのですが、そのモチーフと作品との距離はそれぞれ。その気になれば、全て理に落ちる物語にもできたはずという程度なのです。それでも、その境界線の曖昧さに居心地の良さを感じますね。そしてそれに関する答らしきものは、最後の「山上記」にありました。この1冊の中では、この「山上記」が一番松尾さんらしさのある作品なのかもしれないですね。この優しい余韻の残るラストもとても好きです。
本来突飛に感じられてしまいそうなモチーフがしっくりと物語に馴染んでいるのは、やはり古都の存在も大きいのでしょうね。それらの非現実的なモチーフを、古都の懐の深さがしっとりと受け止めているように感じました。それは単なる街並みの描写だけでなく、登場人物の言葉に現れていていいですね。全編をしっとりとした静かな空気が流れているようです。

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