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このページは、村上春樹さんの本の感想のページです。

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「雨天炎天-ギリシャ・トルコ辺境紀行」新潮文庫(2008年3月読了)★★

かつては異教徒に支配されていたというアトス。しかし嵐で航路が逸れてアトスの海岸に流れついた船に乗っていた聖母マリアが海岸に足を下ろした瞬間、全ての偶像は砕け散ったのだそう。それ以来、聖母マリアはこの地を聖なる庭と定め、女性の立ち入りを永遠に禁じたのだといいます。最盛期には40のギリシャ正教の修道院で約2万人の修道僧たちがいたというアトスですが、現在は20の修道院で約2千人の僧たちが、質素な自給自足生活を送りながら厳しい修行を積んでおり、この地を訪問するには特別な許可の申請が必要で、しかも3泊4日に限られているのだそう。そんなアトスを訪れた旅行記と、カメラマンの松村映三さんと2人で三菱パジェロに乗って、トルコの外周を時計回りに一周したというトルコの旅行記。

これまでにも旅行記はいくつか読みましたが、これほど体感温度の低い旅行記は初めてかもしれません。そして温度が低いだけでなく、内容も薄いように思えます。特にトルコでの旅行に関しては、終始疲れているようですし、愚痴ばかり。不愉快になったというエピソードがとても多くて、本当に楽しんでいたのか不思議になってしまうほど。しかも態度の悪い従業員のいたホテルの名前を全部出しているところは、情報を正しく伝えるというよりも、単に仕返しをしているようにすら感じられてしまいました。そもそもトルコ料理も苦手のようですし、なぜトルコの辺境地帯を訪れようなどと考えたのでしょう。観光客があまり訪れない「辺境」に敢えて「行った」という行動自体に満足して終わってしまっているように思えます。
そしてギリシャのアトスに関しても、なぜこの地に興味を持ったのか一応さらりと書かれているのですが、もっと納得できるようにきちんと説明して欲しかったです。宗教的な事柄に知識も関心もないのに、なぜアトスなのでしょうか? しかも内容的には、もらったパンが美味しかったか不味かったか、修道士が親切だったか不親切だったかという話ばかりだったという印象。あまりに興味本位な姿勢が見え見えでげんなりです。やはり特別に許可を得てこの地を訪れるからには、もう少しギリシャ正教に対して事前に知識を得てから臨むのが礼儀なのではないかと思うのですが…。ただ、私自身まるで知らない場所だったこともあって、トルコ編よりは興味深く読めました。


「村上ラヂオ」新潮文庫(2003年7月読了)★★★★

雑誌の「anan」に、2000年3月から1年に渡って連載されていたというエッセイ。イラストレーターの大橋歩さんの版画が挿絵として使われており、この版画のほのぼのとした、どこか静かなイメージが文章にぴったりです。

どこがどうというわけではないのですが、ちょっとした文章が心地良い感じのエッセイ集。なんとも落ち着いた気分にしてくれたり、時々くすくすと笑ったり。久々に読む村上春樹作品ですが、これはやはり波長が合うのかもしれません。…「anan」用にかなり読みやすく書かれているのかもしれませんが。
印象に残ったのは、「リストランテの夜」「うなぎ」「柿ピー問題の根は深い」「パスタでも茹でてな!」「きんぴらミュージック」… そういえば、食べ物関係の話が多いですね。このエッセイ。それ以外にも「世界は中古レコード店だ」「これでいいや」なども印象的。本や音楽、旅の話、毎日のちょっとした事柄など、テーマは多岐に渡っています。作家が人並みはずれて好奇心が強いというたとえ話も納得。とても印象的でした。
これを読んでいると、等身大の村上春樹さんが見えてくるとも言えると思うのですが、私にとっては、なぜかご本人よりも鼠シリーズの主人公のイメージが強く浮かんできました。レコードやパスタ、ドーナッツ、猫など、村上作品のキーワードとも言える単語がたくさん登場するからでしょうか。鼠シリーズを読んでいたのは、もう10年以上前のこと。なんとも懐かしい気持ちになります。
1つずつが3〜4ページと短く、それぞれのテーマが見事にバラバラなので、一度に全部通して読むよりも、忙しい時に時々本を開いて1つずつ読むという読み方の方がいいかもしれません。本を開くその時々で、しみじみとしたりほのぼのとしたり愉快になったりと、色々な気持ちを味わえそうです。


「海辺のカフカ」上下 新潮社(2004年10月読了)★★★

「僕」こと田村カフカは、父親と2人暮らし。母は4歳の時に血の繋がらない姉を連れて家を出ており、現在は名前も顔も住んでいる場所も分からない状態。普段から父を避けた生活を送っていたカフカは、とうとう15歳の誕生日に家を出ることを決意します。リュックに詰めた最低限の荷物を持ってたどり着いたのは、高松。誰も知り合いのいないカフカは、ひょんなことから甲村図書館という私立図書館に住み込んで仕事をすることに。一方、猫と意思の疎通ができる初老の男「ナカタ」は、その特技を生かして迷い猫探しの仕事をしていました。元々は優秀な少年だったにも関わらず、戦時中に疎開先で3週間もの間原因不明の昏睡状態となった時に一切の記憶を失い、目覚めた時には知的障害者となっていたナカタ。しかしナカタは、迷い猫のゴマちゃんやシャム猫のミミを助ける代わりに、ジョニー・ウォーカーと名乗る男を殺す羽目に。そして西への衝動に突き動かされ、初めて自分の意思で中野区から出ることになります。

物語は、「田村カフカ」の視点と「ナカタさん」の視点から語られていきます。構造的には、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と良く似ている作品。同じ日本国内でありながら、カフカとナカタさんの世界には接点がなく、しかしその2つの世界を結ぶキーワードは、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と同じく、図書館と森。違う点は、2つの世界が最終的に重なるか重ならないかというところ。そして「海辺のカフカ」は、なかなかシュールな作品です。
序盤こそどこか読みにくかったものの、1巻の途中、大島さんが自分のことを説明し始める辺りからはぐんぐんと面白くなりました。しかし個々のモチーフは面白いのですが、全体を通して見てみると、どこかバラバラで、ちぐはぐな印象。そのせいか、全体としてはあまり強い印象は残りませんでした。それは、ここで語られている多くの暗示に関して、私自身があまり理解していないせいも大きいと思います。「エディプス」の呪い、森とは何なのか、図書館とは何なのか。色々と考えてみても、頭の中で堂々巡り。もう少し時間を置いて読み返せば、また新たな発見があるのかもしれないですね。表面上は読みやすくはあるけれど、深い意味まで汲み取ろうとすると、なかなか難しい作品でした。

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