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このページは、宮沢賢治さんの本の感想のページです。

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「注文の多い料理店--イーハトーヴ童話集」岩波少年文庫(2009年6月読了)★★★★★

ある土曜日の夕方、一郎のうちに届いたのは山ねこからのはがき。翌日に面倒な裁判があるので、ぜひ来て欲しいというのです。一郎は嬉しくてたまらず、はがきをそっと学校のかばんにしばって、うちじゅう飛んだり跳ねたりします… という「どんぐりと山猫」他、大正13年(1924年)12月に刊行された宮沢賢治唯一の童話集「注文の多い料理店」に収録された全9編の作品と、11編の詩が収められた作品集。

まず序文がとても印象に残ります。「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」…宮沢賢治にとって、生きるために必要なのは単なる食物の摂取ではなく、自然から得る精神的な栄養がとても大きかったというのが、よく分かりますね。身体の維持のためには食物の摂取がどうしても必要ですが、彼にとっては精神を生かすための栄養の方が余程大切だったのでしょう。そして宮沢賢治の書いた童話は、実際に身の回りの自然から栄養を得て書かれた物語ばかり。序文の中にも「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです」とあります。しかし同じ物を見て同じことを体験しても得るものはそれぞれ違うように、無垢な心で素直に自然と一体化したとしても、そこから物語をもらえる人間などそうそういやしません。やはり得がたい感性を備えた人物だったのだと改めて感心させられます。この序文の最後の言葉は、「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」。たとえ読者が自然から物語を得られるような感性の持ち主でなかったとしても、大丈夫なのですね。宮沢賢治の作品を読むことによって、間接的にでもその栄養を得ることができるのですから。それを自分の中でどう生かすかは、読者次第ではありますが…。
そしてやはり素敵なのは、「イーハトーヴ」という言葉。宮沢賢治が描き出す世界は、大正時代に書かれたとは思えないほどハイカラな物語ですし、それは宮沢賢治の裕福な生い立ちによるところが大きいようですが、この「イーハトーヴ」という言葉も大きな役割を担っているように思います。これはエスペラント語で「岩手」を意味する言葉。「岩手」から「イーハトーヴ」に変換することによって、登場人物が岩手の方言で話していても、そこに描かれているのが岩手の農村ならではの情景ではあっても、宮沢賢治は読者を簡単に異世界に連れて行ってくれるのです。

収録:「どんぐりと山ねこ」「狼森(おいのもり)と笊森(ざるもり)、盗森(ぬすともり)」「注文の多い料理店」「からすの北斗七星」「水仙月の四日」「山男の四月」「かしわばやしの夜」「月夜のでんしんばしら」「鹿踊(ししおど)のはじまり」、詩:「雲の信号」「岩手山」「高原」「報告」「永訣の朝」「未来圏からの影」「春」「和風は河国いっぱいに吹く」「夜」「生徒諸君に寄せる」「雨ニモマケズ(十一月三日)」


「風の又三郎」岩波少年文庫(2009年6月読了)★★★★★

雪がすっかり凍って大理石よりも硬くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板になります。四郎とかん子は小さな雪ぐつをはいて野原に出て森の近くまでやって来ます… という「雪渡り」他、全10編の童話集。

小学校の頃に教室で初めて「風の又三郎」を読んでいた時のことは、今でもよく覚えています。これはある日小学校に転校生がやって来るところから始まる物語。風がどうと吹いてきて教室のガラス戸ががたがたとしたり、学校のうしろの木が揺れて初めてやっと笑いをみせる不思議な転校生の三郎。彼が何かするたびに、ざあっと風が吹いたり、冷たい風が草を渡ったり。そしてねずみ色の上着の上にガラスのマントを着てガラスの靴をはいた三郎自身が、ひらっとそらへ飛び上がったり。三郎のことをはっきりと「又三郎」だと意識しているのは嘉助だけで、後の面々は名前が似ているからと「又三郎」と呼んでいるだけなのですが… 当時は土着信仰らしい「風の又三郎」の存在も知らず、しかも最後まで「三郎=風の又三郎」ということが明らかにされなかったため、本当にすっきりしない思いを抱いたものです。改めて調べてみると、農作物を風水害から守るために、風神を祭る風三郎神社というのが全国様々な場所ににあったようですね。それに伴って「風の三郎伝説」というのも存在していたようです。岩手県には風三郎神社はどうやらなかったようなのですが、それでも宮沢賢治がその伝承を知って物語にしたというのは十分考えられることですし、きっとそうなのでしょうね。そうでなくても大自然の中から精神的な栄養を得ていた人なのですから。
佐藤通雅氏による解説「同情心ということ」で指摘されている、「よだかの星」のよだかや、「気のいい火山弾」のベゴ、「虔十公園林」の虔十、「祭りの晩」の山男のような「デグノボー」の存在も印象に残りますし、「セロ弾きのゴーシュ」の暖かさも素敵ですが、私が一番惹かれるのは「ふたごの星」。これは天の川の西の岸にいるチュンセ童子とポウセ童子というふたごのお星さまの物語。夜な夜な水晶お宮にきちんと座って空の星めぐりの歌に合わせて一晩銀笛を吹く2人ですが、お役がないお昼間は空の銀の芝原で遊んでいるようです。それだけでもとても美しい情景なのに、大ガラスとさそりの喧嘩に巻き込まれてしまい、結果的に初めての海の底を体験することに…。短いお話なのですが、情景も美しいですし、読後感の暖かいとても素敵な物語です。

収録:「雪渡り」「よだかの星」「ざしき童子のはなし」「祭の晩」「虔十公園林」「ツェねずみ」「気のいい火山弾」「セロ弾きのゴーシュ」「ふたごの星」「風の又三郎」


「銀河鉄道の夜」岩波少年文庫(2009年6月読了)★★★★★お気に入り

小さな谷川の青白い水の底では、二匹の蟹の子供らが話していました。「クラムボンはわらったよ。」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」「クラムボンは跳ねてわらったよ」「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」、上の方や横の方は青く暗く鋼のように見え、滑らかな天井をつぶつぶ暗い泡が流れていきます…という「やまなし」他、全7編の童話集。

一番印象に残るのは、やはり表題作の「銀河鉄道の夜」。ジョバンニとカンパネルラの空の旅です。牧場のうしろの黒い丘を上り、野原をゆく汽車を眺めていたら、いつのまにかそこは銀河ステーション。ジョバンニは列車の座席にって窓から外を眺めており、すぐ前の席には友人のカンパネルラが。様々な人々と出会い、話をしながらの旅の物語。2人でどこまでも一緒に行こうと言いつつも、結局は行き先が違う2人は1人1人で生きるしかなくなってしまうのですが…。大きな孤独を抱えながらもジョバンニは銀河の彼方へ。それは宮沢賢治自身が理想の地へと向かう心の旅なのでしょうか。本当に幻想的で美しく、そして暖かくて懐かしく、同時にとても切ない物語。皆に「ほんとうのさいわい」がありますように、と祈らずにはいられません。そしてこの物語、これまで読んだ全ての作品がここに流れ込んでいるようにも感じられます。途中で「ふたごの星」のお宮も登場するのが、また嬉しいですね。
その他の作品では、「クラムボン」というのが何なのか未だに分からないままなのだけれど、色彩鮮やかで、とても可愛らしい「やまなし」、そしてひたすら哀しくなってしまう「貝の火」が好きです。

収録:「やまなし」「貝の火」「なめとこ山のくま」「オッペルとぞう」「カイロ団長」「雁の童子」「銀河鉄道の夜」


「ざしき童子のはなし-宮沢賢治どうわえほん4」講談社(2009年7月読了)★★★★

あかるい昼間、みんなが山に働きに出て誰もいないはずの家の座敷から突然聞こえてくる、ざわっざわっというほうきの音。2人の子供が座敷に入ってみても、そこには誰もいなくて…。遊びに夢中になっていた10人の子供たち。ふと気がつくといつの間にか1人増えていたのです…。本家のお祭りが先延ばしになったのは、分家の子がはしかになったから。その子から隠れようと子供たちが小さな座敷に跳び込むと、今来たばかりのはずのその子が座敷にきちんと座っていて…。月夜の晩に船に乗り込んできて、今までいた家に飽きたから他に行くと語る子供。そんなざしき童子(ぼっこ)の4つの物語。

「ぼくらのほうの、ざしき童子(ぼっこ)のはなしです」という文章の背景に描かれているのは、空から光が射す雄大な山。まさに東北の自然が感じられるような絵。その絵の次は、大人たちがみな働きに出てしまった大きな田舎の屋敷の前で、2人の子供が遊んでいる場面。誰もいないということを文字で説明されなくても、その家が空っぽであることが伝わってくるようです。そしてふいに聞こえてきたほうきの音に、おそるおそる座敷に入っていく子供たちの目の前に広がるのは、障子越しに午後の光が差し込む空っぽな座敷。次のお話で、遊びに夢中になっている10人の子供たちを照らしているのは、午後も遅い夕暮れの光。影が長く伸びています。3番目の、本家でのお祭りに集まった子供たちの絵に感じるのは、9月のまだ残暑が厳しい頃の明るい光。そして最後の川の渡し守の話には、明るく照りつける月の光。どの絵も光がとても印象的です。原作の場面場面がとても鮮やかに切り取られて絵に描かれているという印象ですし、絵だけのページもあり、それがまた雄弁に語っているような気がします。


「よだかの星-宮沢賢治どうわえほん8」講談社(2009年7月読了)★★★★

顔はまだらで、くちばしは平たくて耳までさけ、足はよぼよぼ。よだかは、他の鳥たちに顔を見たくないと言われてしまうほどのみにくい鳥。鷹はよだかの名前が自分の名前に似ているのを嫌がり、「市蔵」という名前に変えろと言いに来るほど。しかしそんな外見のよだかは、実はとても心の美しい鳥なのです。みんなに嫌われていることを悲しんだよだかは、弟のかわせみに別れを告げ、太陽の方へと飛んでいきます。

最初の方の赤の強い絵には少し違和感を感じたのですが、これも何かしらの意味があるのでしょうね。私としては、後半、よだかが死んでも構わないつもりでお日さまやお星さまのところに頼みに行く場面からの深い青色の絵がとても好きです。ここで登場する赤色は、最初のページと同じ「赤」という色とは思えないほど深みのある美しい色。やはりこれらの深みのある色は、よだかの内面を示すものなのでしょうか。


「風の又三郎-宮沢賢治絵童話集12」くもん出版(2009年7月読了)★★★★

谷川の岸にある小さな小学校に転校してきたのは、赤い髪に、変てこな鼠色のだぶだぶの上着を着て白い半ズボンをはき、赤い革の半靴をはいたおかしな子供。みんながその子供を見た時に風がどうと吹いて教室のガラス戸がみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の木々が揺れ、子供も何やらにやっと笑ったようで、嘉助は思わず「ああわかったあいつは風の又三郎だぞ」と叫びます。それは3年生の高田三郎。北海道の学校から転校して来たのです。

宮沢賢治作品の中でも岩手の言葉が強いので、私にとっては少し読みにくい作品なのですが、伊勢英子さんの絵がとても素敵。どの絵をとっても風を感じるようです。特に日曜日に子供たちが出かけて、馬を追った嘉助が草の中に倒れている場面、そしてガラスのマントの又三郎が空に飛び上がった場面。読んでいる私まで、実際に吹き渡る風の中にいるような気がするほどです。
巻末には天沢退二郎さんによる「風の又三郎の作者たち」、橋本光明さんによる「今までの自分を超えるきっかけに」という2つの解説があり、こちらもとても興味深く読めました。特に天沢退二郎さんが、風の又三郎が「学校の怪談」であることをしている箇所が面白いですね。この作品が「学校の怪談」である根拠は、この学校が山村の中のさらに人里と自然との境界に位置すること、九月一日の朝という夏休みと新学期という時間の境界にあること、長い夏休みがなじみのある学校を再び異空間と変えてしまっていること。学校のそばに谷川が流れているというのも、十分その根拠となりそうですね。昔から知っているはずの物語に新たな一面に目が開かれるようで、とても面白いです。


「水仙月の四日-日本の童話名作選」偕成社(2009年7月読了)★★★★

赤い毛布(けっと)にくるまった1人の子供が、しきりにカリメラのことを考えながら雪丘の裾をうちの方に一心に急いでいました。しかしその日は水仙月の四日。じきに雪狼(ゆきおいの)が現れて真っ赤な舌を吐いて空を駆け回り、その後ろから白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果(りんご)のように輝かした雪童子(ゆきわらす)がゆっくり歩いて来ます。吹き始めた風がどんどん強くなり、乾いた細かな雪が降り始め、あたり一面は真っ暗に。そして裂くような吼えるような風の音の中から雪婆(ゆき)んごのあやしい声が。

水仙月の四日の吹雪を起こす雪狼と雪童子、雪婆んご。そして1人の子供。吹雪という自然現象を不気味にそして美しく描き出した作品。無情な大自然の脅威と、それに対して成す術もない人間の子供という構図です。雪婆んごと雪童子は「水仙月の四日だもの、一人や二人とったっていいんだよ」「ええ、そうです。さあ、死んでしまえ」という会話を交わしていますし、実際彼らの目に留まった生き物は全て殺されてもおかしくない状況。しかし雪童子が投げたやどりぎの枝を子供が拾ったことから、両者に結びつきが生まれているのです。うつむけに倒れていれば凍えないと、雪童子は子供にわざとひどくぶつかって倒し、子供は雪に半ば埋もれます。まさに雪童子のおかげで子供は凍死を免れることになるのですが、子供の目には雪狼や雪童子、雪婆んごといった存在は見えませんし、声も聞こえません。雪童子の見せた気まぐれかもしれない優しさも、子供は決して知ることがないのです。
文字だけでも非常に印象が強い作品なのですが、これを伊勢英子さんがとても美しく幻想的に描き出しています。吹雪く前の太陽の光が眩しいほど照り返している雪景色の青と白、そして吹雪いている最中の薄暗闇の灰色がかった色、そして夜の暗闇の中で降りしきる雪。夜明けに近くなり、ようやく雪がやんだ夜空、そして夜が明けて。様々な色調の青や白の中で、子供が包まっている毛布(けっと)や雪狼の赤が鮮烈です。

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