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このページは、宮本昌孝さんの本の感想のページです。

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「藩校早春賦」集英社(2004年4月読了)★★★★

江戸時代、欧米列強が頻繁に日本沿岸に出没し始めていた頃。東海にある3万石の小藩で、藩主河内守吉長の言葉で藩校を作ることになります。藩校には剣術所もできるということで、その教授の座を巡って、かねてより因縁のある御弓町の高田道場と追手町の興津道場という2つの直心影流の間で、門弟同士の御前仕合が行われることに。武士とはいえ、わずか30石の徒歩組の筧新吾や花山太郎左衛門らが通う高田道場は、道場主清兵衛が貧しい家の子には月謝を催促しないとあって、家格の低い子弟が多く、逆に興津道場は、剣一筋だった父親から道場を継いだ信廉が商売っ気のさかんな男だったこともあり、月謝が滞る者は即刻破門、自然と上・中藩士の子弟ばかりが集まるようになった道場。2つの道場の確執は、根が深いものとなっていたのです。

とても清々しく爽やかな時代小説。主人公の筧新吾、剣術は得意だが学問は10歳未満の子供並という花山太郎左、姉が4人もいるせいで料理と裁縫が得意となってしまった曽根仙之助の3人が中心となり、城下での様々な騒動に巻き込まれていきます。太郎左は16歳、新吾と仙之助が15歳。3人ともまだまだ世間ずれしておらず、真っ直ぐなのが可愛らしくていいですね。男同士の友情が中心の生活の中に、隣家の恩田志保への仄かな思いなどが織り込まれ、青春小説としても楽しめますし、笑える場面も沢山。そして3人が巻き込まれた騒動に登場する、藩主吉長が成人するまで傅人を務めたという70歳の鉢谷十太夫も、口は悪いけれど行動力は抜群で、非常に味のある老人です。
ほのぼのとした雰囲気に始まり、序盤はどちらかといえば緩慢な展開。しかし中盤以降、緊迫度が目に見えて高まっていきます。そのギャップには驚きましたが、しかしいいですね。この続きは「夏雲あがれ」で読めるようなので、そちらの展開もとても楽しみです。
南伸坊氏の挿絵も味わいがあっていいですね。


「夏雲あがれ」集英社(2004年4月読了)★★★★★お気に入り

筧新吾と曽根仙之助は22歳、花山太郎左衛門は23歳の夏。仙之助は2年前にようやく出仕が叶い、藩主・河内守吉長の江戸参勤の御供衆として江戸へと向かうことに。そして太郎左もまた、将軍家台覧による武術大会に藩の代表として出場するために江戸へと出立することになっていました。太郎左は直心影流の印可を得、藩内の若手剣士の仲では並ぶ者なき遣い手となっていたのです。太郎左の弟の千代丸もまた、2年前から藩費で江戸遊学中。新吾の家でも、長兄・精一郎が徒組組頭の湯浅家の養子に迎えられ、次兄・助次郎は妻を娶っていました。新吾ただ1人、未だに養子の口もかからない厄介者のまま。しかし新吾が、4〜5日前から風邪で臥せっているという鉢谷十太夫の家を見舞いに訪れると、十太夫は見知らぬ牢人に襲われていました。その裏にまたしても藩主の叔父・蟠竜公の影を感じた新吾は、偶然居合わせた石原栄之進と共に探り始めます。そんな折、太郎左は吉原で御旗本と騒ぎを起こして謹慎処分になり、武術大会の藩代表の座は新吾へと。新吾は早速江戸へと向かいます。

「藩校早春賦」の7年後の物語。筧新吾、曽根仙之助、花山太郎左衛門の3人も20歳を越え、それぞれの道を歩んでいます。新吾1人だけが未だ印可を得られず、養子の口もかからない厄介者のまま。今回も3人のうちで新吾だけが藩に居残ることになり、さすがの新吾にも少々焦りが見られます。それでも7年ものブランクが全く感じられないほど、物語への導入はスムーズ。今回も、前回同様、新吾が事件を目の前に暴走し、あとの2人を引きずり込むというパターンなのですが、何かと言えば感激のあまり泣くような純粋さを持ちながらも、3人とも凛々しい若侍となっているのが嬉しいところ。同じように事件に巻き込まれても、やはり7年分の成長ぶりを見せてくれます。今回物語の中で特に大きな成長を見せてくれたのは、やはり新吾でしょうか。江戸での剣の師匠となる長沼正兵衛の、「剣は、抜かぬが最善、抜いても仕掛けぬが次善、このほかに善はなし」という教えが大きかったのですね。これは剣だけでなく、全てのことに通じる言葉。人間的にも一回り大きくしてくれたようです。
そして今回、478ページ2段組という長編だけあって、蟠竜公の陰謀に関してもかなりじっくりと描かれています。蟠竜公派の全貌がなかなか明かされず、一見無関係な吉原での事件とも意外なところで繋がり、展開から目が離せません。悪役もまたそれぞれに個性的で、どこか魅力的に描かれているのがいいですね。そしてこの陰謀事件を通して、藩主・吉長と篤之介、蟠竜公と妙馗、天野能登守と重蔵、と武家における父と子の関係が見えてくるのが何とも切ないところです。
次作も出るのでしょうか。ぜひとも志保との仲の発展に期待したいところですし、できれば花魁関屋や銀次にも再会したいものです。前回以上に読み応えがあって面白かったです。

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