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このページは、松久淳さんと田中渉さんの本の感想のページです。

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「天国の本屋」かまくら春秋社(2004年2月読了)★★★★★お気に入り
さとしは22歳のごく普通の大学生。卒業を間近に控えているというのに、やる気のなさが出てしまって就職活動は失敗続き。そんなある日、さとしは深夜のコンビニで突然、「噂どおり冴えない奴だな」と話しかけられます。驚いて振り向くと、そこには派手はアロハシャツにバミューダパンツ、素足にサンダル、麦わら帽子という姿の70歳ほどの男性が立っていました。さとしはなぜか腕をつかまれたまま気絶してしまい、次に気がつくと、そこは見知らぬ本屋の倉庫。アロハシャツの男性はヤマキと名乗り、さとしはヤマキの代わりに天国の本屋「ヘブンズ・ブックサービス」の店長代理として、しばらくの間働くように言われるのです。一緒に働くのは、早番のレジ係・ユイ。そして遅番の漫才コンビ、アズマとナカタの2人。

天寿を迎えるまで過ごす場所、という天国の設定がまず面白いですね。この天国にも現世のように、国があり、町があり、商店街があり、電車が走り、ごく普通の生活が営まれています。
さとしが働くことになったのは、ヘブンズ・ブックサービスという本屋。本を持ってきた子供のために、店員がその本を朗読して聞かせるというサービスのために、さとしは様々な本を朗読することになります。今、本が好きな人なら、子供の頃も本を読んでもらうのが好きだったという人は多いと思いますが、本を朗読するという行為が、こんな風に人と人の心を通わせるとは…。確かに大好きで何度も読んでいる本には、自然と想いがこもるもの。読むたびに様々な思い出が甦ります。こんな風に好きな本を朗読してもらうというのは、とても素敵なことなのでしょうね。それも話すことのプロではなく、訥々と一生懸命読んでくれるさとしだからこそ、尚のこと素直に思い出が甦ってくるのかも。そしてこの作品の中で特にクローズアップされているのは、「泣いた赤おに」と、C.S.ルイスのナルニアシリーズの最終巻「さいごの戦い」。私も大好きな作品です。さとしの朗読を聞いてみたくなります。
本屋の仕事が性に合っていることを知り、それ以上に朗読が向いていることに気付き、徐々に自信をつけて、前向きになっていくさとし。「なんかオレ、すごく生きてるって感じがする」という言葉に嬉しくなります。そして、そんなさとしの、ユイへの恋心は純粋でストレート。絵に描いたような恋物語ですが、その陽だまりのような暖かさがとても好き。最後まで読むと冒頭の言葉の意味が分かり、物語の余韻がさらに残りますね。

「うつしいろのゆめ-天国の本屋2」木楽社(2004年3月読了)★★★★
現在29歳の三流結婚詐欺師、篠原イズミ。美人だが気が強く、最後の詰めが甘いのが玉に瑕。今回も、今度こそはと掴まえた「大物」との婚前旅行でハワイへ行こうしているところを、成田空港の出発ロビーに現れた妙なジジイに全てをばらされ、結局フィアンセに逃げられてしまいます。しかもその場には政治犯が現れ、イズミは刺されそうになってしまうのです。気絶から目覚めたイズミは、本屋を経営しているというその変なジジイに仕事を紹介され、ヘルパーとしてある偏屈な老人の住むお屋敷へと通うことに。

「天国の本屋」の2冊目。続編ということで、今度は一体どういう切り口にするのだろうと思っていたのですが、1作目とはまた違いながら、その雰囲気は確実に受け継がれていて良かったです。
イズミのような女性をどんな風に変えていくのだろうと思いながら読んでいたのですが、初めは完全に報酬目当てで嫌々ながら仕事をしていたはずのイズミが、頑固な老人の小言を軽く受け流しているうちに、仕事を楽しくこなすようになっていくうちに、だんだんと素顔の可愛い女性に見えてきました。しかも結婚詐欺をせずにはいられないイズミの思いの奥にあるものが分かってみると、とても切ないですね。若者が頑固は老人と時間をかけて付き合ううちに徐々に打ち解けていくというストーリーはありがちとも言えますが、様々な人の心の奥に隠されていた思いが複雑に絡み合っているのが良かったです。大切な人の望みを叶えてあげたいという思いは純粋でも、そこに他の人間が絡んでくる以上、思ってもみない誰を傷つけているかもしれないですし、もしかしたら大切な人をも傷つけているかもしれないというのが難しい…。露草の儚い青がとても美しくていいですね。ただ、欲を言えば、ユウジにももう少し活躍して欲しかったです。
「スーホーの白い馬」、懐かしいです。今回も朗読がポイントとなっているのですが、前回ほどには大きな場面としては登場せず、それが少し残念。「むくどりのゆめ」は未読なので、いつか読んでみたいです。

「恋火」小学館(2004年3月読了)★★★★★お気に入り
リストラのせいで、全ての仕事を失ってしまった31歳のピアニスト・町山健太。ショックで深酒してしまい、赤ちょうちんのカウンターを鍵盤に見立ててベートーベンのピアノソナタを弾いている時、アロハシャツ姿の初老の男に出会い、本屋でバイトをしないかと誘われます。一方、寂れた商店街を活気付けるために開いたはずの怪談大会が大失敗で、落ち込む25歳の長瀬香夏子。しかし祖母の幸と話しているうちに、小学校の頃、美人のピアニストの叔母・翔子と一緒に行った花火大会のことを思い出します。その花火大会は隅田川の花火大会のように豪勢なものではないけれど、ここの花火大会でしか見られない特別な花火があったのです。それは「恋する花火」。しかし事故のため、14年前の大会を最後に取りやめとなっていました。香夏子は14年前の花火を覚えている人たちに、話を聞いてまわります。

「天国の本屋」3冊目。
リストラされたピアニスト・健太と、天国の本屋に「椿姫」の本を持ってきた女性。商店街の飴屋の娘・香夏子と、かつて「恋する花火」を作っていた花火師。4人の思いが交錯する物語。未完成のピアノ組曲と、「その花火を一緒に見た男女は深い仲になれる」という恋する花火、この2つのモチーフがなんともロマンティックですね。視覚にも聴覚にも、とても印象的。読んでいると美しい映像が浮かんできます。(しかし「深い仲」というよりも、「恋におちる」「恋が叶う」ぐらいの方がいいのでは…)14年の歳月を経て甦ることになる花火とピアノは、甦るのにそれだけの時間がかかったという痛みの強さと、しかし時間がかかってもいいのだということを教えてくれているようです。物語がどのように収束していくのかは予想がつくのですが、予想はついても、それでもやはり素敵でした。地上で打ち上げた花火が、天上にも届くといいのですが。
これまでの3冊で、この3冊目が一番良かったです。本当に純粋で美しい物語。読後はなんとも幸せな気持ちになりました。そして今回の朗読は、「ないた赤おに」「椿姫」「しろいうさぎとくろいうさぎ」「ジンジャーブレッド・レディ」「モデラート・カンタービレ」でした。
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