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このページは、森福都さんの本の感想のページです。

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「漆黒泉」文藝春秋(2005年9月読了)★★★★

まだ8歳だった晏芳娥の許婚となったのは、当時宋の宰相だった王安石の長男・元鐸。その当時、開封の都で茶を商っていた晏延政は、1人娘の芳娥がゆくゆくは男を凌ぐ長身の高い姑娘になるだろうと言われるのを聞き、慌てて王安石に娘を押し付けたのです。元鐸は24歳で科挙に合格して以来、とんとん拍子に出世を果たしている当世きっての秀才。しかも芳娥は、突然店を訪ねてきた元鐸の貴公子ぶりに一目惚れ。しかしその数ヵ月後、元鐸は急死してしまうのです。そして9年後。38歳の若さで崩御した皇帝に代わって即位した新帝はようやく10歳。祖母にあたる太皇太后の垂簾聴政が行われることになり、王安石が政治生命をかけて断行した新法が崩壊の危機に直面していました。新法制定には息子の元鐸も大きく貢献していたことを知っていた芳娥は、王安石の住む江寧へ。王安石に王家の嫁と認めてもらった上で、旧法派の大物を消す決意を固めます。その時芳娥は17歳。奉元先生の言葉通りの見事な長身のお転婆娘に育っていました。

王安石の新法を推進したのは6代皇帝神宗。この物語は7代目の哲宗皇帝の時代が舞台。
旧法派の大物を暗殺するという目的から開封へと向かった芳娥ですが、許婚が死んだ理由が殺人と分かってその殺人犯を探すことになり、しかも漆黒泉という、元鐸と芳娥ともう1人の人物しか知らないという謎の存在を探しに行くことになる… と二転三転。その殺人犯についても、本当に司馬公なのか、それとも… というところで、さらに二転三転。テンポ良く進んでいきます。阿云之獄の判事は4人いるというのに、他の3人をろくに吟味もせずに、殺人犯人は司馬公だと決め付けてしまうのはどうかと思いましたが、しかし物語途中で殺人犯として数人の名前が挙がってくると、それぞれの人物がそれぞれに怪しく、なかなか楽しかったです。大女優の狄月英を中心にして偽劇団を仕立てるところも華やかですし、西夏という隣国の存在や思いがけない武器の開発なども絡んでくるのが面白いですね。しかし練丹師の萬建弘や奉元先生といった個性的な面々に囲まれて、少游の存在感が薄かったのが少々残念。せっかくの元鐸に瓜二つという設定も、生かされる場が少なくて勿体なかったのでは。もう少し彼なりに活躍して欲しかったです。
実はこの作品で一番驚いたのは、題名にもなっている漆黒泉という存在。正体は早いうちに分かるのですが、これには驚きました。この時代から活用されようとしていたのですね。


「狐弟子」実業之日本社(2005年11月読了)★★★★★

【鳩胸】…両親を流行病で亡くした朱長恭は、大金持ちの韋成大の家に引き取られます。24歳になった長恭は、成大の18歳の娘の若蘭が蘇恵良を射止める助けをすることに。
【雲鬢】…裴思安の伯母の髪を結っていた柳丹桂は、梳髪師をしながら盗賊を生業としている青年。彼は思安の婚約者の季玉に以前助けてもらったことがありました。
【股肉】…范深之は、春雲楼お抱えの売れっ子楽師。琵琶の師匠だった王氏の妻の柳氏は、5年前に孝女の鑑として天子に褒美を貰った人物でした。
【狐弟子】…嗣聖年間。洛陽城中の敦化坊にある破れ寺・全真寺に住み着く、狐の化身らしいと言われる毛潜と名乗る老人に、12歳の馬孝児が弟子入りします。
【石榴缶】…医師の息子・沈恒之が出会ったのは、女卜者・李瑞芳とその弟・蘭圭。蘭圭は恒之に、石榴缶という器具を見せ、頭痛が酷い貴人を恒之の父に紹介すると言います。
【碧眼視鬼】…富家に生まれ何不自由なく育ちながら、娘盛りを迎えた頃から災難に見舞われ続けている羅荷月。話を聞いた洪守珪は幸運な娘だと呟きます。
【鏡像趙美人】…開元25年。それまで合作をしていた郭宏、郭啓の双子の兄弟の画師は、鏡月、鏡華と号を改め、二鏡画を新しく考案。玄宗の命で趙美人を描くことに。

唐代の中国を舞台にした短編7編。
どれも森福都さんらしい雰囲気。粒揃いの短編ばかりで、それぞれに面白かったです。玄宗皇帝や則天武后といった実在の人物も登場しながら、どことなくミステリアスな雰囲気。ただ、まるっきり普通の短編集で、登場人物に感情移入しても話が終わってしまえばそれまでというのが、少し残念。共通する登場人物がいるなど、何か仕掛けがあればもっと面白かったと思うのですが。
この中で一番気に入ったのは「鏡像趙美人」。これだけは語り口が他の作品とは違っていて、最初少し入りづらかったのですが、双子の画師が実際に絵を描き始めた辺りから、ぐいぐいと引き込まれました。結末もいいですね。


「楽昌珠」講談社(2005年12月読了)★★★★★

【楽昌珠】…やり場のない怒りを抱えて家を飛び出し、粗末な小船を操っていた蘇二郎は、一羽の翡翠に導かれるようにして、まるで桃源郷を思わせる満開の桃林へ。そこで出会ったのは、幼馴染だった廬七娘と葛小妹。七娘は金色の毛の猿に、小妹は白虎にそれぞれ導かれてこの地にやって来たのです。
【復字布】…二郎が尚書左丞として洛陽に赴任中、延喜門前で太平公主の車に飛び掛った獰猛な野犬を咄嗟に切り捨てた七娘は、太平公主の興道坊の大邸宅に招かれ、宮中の娘子軍の武術指南役を得ることに。
【雲門簾】…望み通り天子に召され、蘇才人と呼ばれるようになった弄玉。しかし天子のお召しは1度きり。天子に本気で恋をしてしまった弄玉は、それきり打ち捨てられたまま後宮での生活を送ることになったのです。

不思議な動物たちに導かれて辿り着いた桃林で10年ぶりに再会し、酒を酌み交わしながら宴を囲んでいた3人の幼馴染たちが、ふと寝入るたびに唐の則天武后の時代の登場人物として生々しい夢を見るというつくりの連作短編集。桃林では二郎が18歳、七娘が16歳、小娘が17歳という年頃なのに、夢の中では二郎が47歳、七娘が24歳、小娘が10歳というようにかなり年の差が開いており、名前も蘇応祥、廬清風、葛弄玉となっています。
現実の世界では叶えられなかった、これからも叶えられそうもない夢が、桃林の中でみた夢の中では叶えられています。しかしそれぞれその夢のために宮中での陰謀に巻き込まれることに。この則天武后の時代から玄宗皇帝の時代にかけての権謀術策の渦巻く宮中の物語がとても面白く、桃林があまり現実感のない場所だけに、どちらが夢でどちらが現実なのか分からなくなってしまうほどの現実感。それだけに桃林が一体どういう意味を持っていたのか、どういった存在だったのか明かされずに終わってしまうのが非常に惜しいと思うのですが…。結局のところ、どちらが夢だったのでしょう。小娘は最初から夢であることに気づいていたのでしょうか。思わせぶりな終盤の場面は、もしやまたしても新しい生が繰り返されるように始まったということなのでしょうか。もしこれが終わりのない環のように繋がる物語で、弄玉が次はかの有名な妃として生まれた、というようなオチがあれば楽しいのですが…。
一応完結してしまったようですが、まだまだ解き明かされていない部分が多いですし、その後の3人のことも気になります。ぜひとも続編をお願いしたいです。


「肉屏風の密室」講談社(2008年9月読了)★★★★

【黄鶏帖(おうけいじょう)の名跡】…越州に入った巡按御史一行。しかし新姚県に入って早くも3日目で、希舜と伯淵は宿に踏み込んできた羅卒によって政庁へと引き立てられてしまいます。
【蓬草塩(ほうそうえん)の塑像】…5日ほど前に豊城県でたいそう不可解な事件があったと聞いてきた伯淵。希舜の祖父・文奥の旧友・陳先生がいることもあり、早速そちらへ向かうことに。
【肉屏風(にくびょうぶ)の密室】…開封に戻った希舜たちに下された新しい使命は、濮州知事の勤怠状況の観察。私生活がとみに乱れているという悪評が朝廷に届いたのです。
【猩々緋(しょうじょうひ)の母斑(ぼはん)】…順興県で極端に在職期間が短い知事が続いている原因を探るため、伯淵が新知事に扮して一行は順興県へと向かいます。
【楽遊原(らくゆうげん)の剛風】…開封に戻った希舜を待っていたのは、希舜に巡按御史の仕事を教えた杜高挙の消息。2月ほど前に長安に行くと家族に言い残して消息を絶ったというのです。

「十八面の骰子」に続く巡按御史のシリーズ第2弾。少年のような見かけながらも実は25歳の巡按御史・趙希舜、長身に美声ながらも拳法の達人でもある弟分・傅伯淵、希舜の父に用心棒として雇われた賈由育、そして伯淵に惚れて女細作として同行するようになった燕児の4人組が活躍する連作短編集です。
相変わらずの水戸黄門的勧善懲悪物なのですが、中華ミステリの森福都さんらしく「蓬草塩の塑像」ではアリバイトリック、「肉屏風の密室」では文字通り密室トリックといったようにミステリ的にも楽しめるのがポイント。5つの物語で舞台となる場所はそれぞれに別の場所で、そこで起きる事件も別のものなのですが、一行がどこに行っても温信純の存在が不気味に見え隠れし、女流賊「狐柏党」の行雲とその手下2人も事あるごとに現れるという部分は、シリーズ物として形が固まってきたという感じですね。前作の時にとても気になった希舜の亡き妻・夏謡琴と幼かった小霞のことも、今回ぽつぽつと明かされることになります。希舜がまだその出来事を痛いほど引きずっているのが分かるので、前作ほどの痛快感はないかもしれませんが…。悪役たちとの決着もまだついていませんし、「楽遊原の剛風」のラストは、いかにも続きがありそうな終わり方なので、続編にも期待したいところです。

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