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このページは、森福都さんの本の感想のページです。

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「長安牡丹花異聞」文藝春秋(2003年2月読了)★★★★

【長安牡丹花異聞】…唐の都・長安。季節外れの桃を食べたがる母のために、黄良は夜輝く牡丹の花に目をつけた異国人と組んで、一儲けを企てることに。
【累卵】…則天武后の時代。楚州への旅の途中、盗賊に襲われてただ1人生き残った玉瑛は、別駕蘇無名に拾われて育てられることに。無名に付いて都へと上り、両親の敵を探します。
【チーティング】…清の乾隆帝の時代。科挙試験の、広東省における郷試の責任者・正考官となった李慶忠は、不正を働いている者を探し出すために、范修を挙士として試験会場に送り込みます。
【殿】…元禄山の叛乱が起き、玄宗皇帝はとうとう都を落ちることに。楊貴妃を頼むと言い残していた楊建の「蜀へ行ってくれ」という言葉が聞こえ、緑耳は蜀へと向かった天子の一行を追います。
【虞良仁膏奇譚】…苑王の正夫人・緯氏が膚に病を得、文書官・荀育は希代の名医・妥夏の元へ。しかし妥夏は既に亡くなっており、出迎えたのは息子の妥矯でした。荀育は妥矯を連れて帰ります。
【梨花雪】…唐の大宗皇帝の時代。崑崙山脈の南の高地の新興国家を訪れた李徳秀は、クワンツェン・ラムポ王に、唐との交誼のために皇女の降嫁を願うように進言、金鈴公主が輿入れします。

中国を舞台にした短編集。表題作「長安牡丹花異聞」は、第3回松本清張賞受賞作品。
6作品のうちの3作品が長安を舞台にした作品。この時代、唐代で花と言えば牡丹の花のことを指していたようですが、本当に緋色の牡丹の花のように艶やかな印象を受ける作品集でした。しかもどの作品も丁寧に描かれており、読後感がとても良いのが特徴。
私がこの中で一番好きなのは「梨花雪」。全てが語られたように見えて、実は結末に一抹の謎が残されているところに深さを感じます。金鈴公主は本当は何を思っていたのか…。この作品だけ、この短編集の中で少々異色にも感じられますが、しかしその異色さに森福さんの可能性も感じますね。そして表題作「長安牡丹花異聞」は、暗闇にほんのりと光る牡丹の花の情景がとても美しい作品。どういう結末にするのだろうと思いましたが、予想を上回る結末に大満足。最後はちょっとした驚きも待ち構えており、読後感もとても爽やかです。「殿」もなかなか面白い趣向の作品。読後に残る余韻もいいですね。


「薔薇の妙薬」講談社X文庫(2003年3月読了)★★★★★お気に入り

ヨヒア公国大公デュバーンの跡継ぎであるエリュートは、「未来の書」のお告げに従って花嫁探しの旅に出ることに。「未来の書」とは、ヨヒア大公家の始祖である貴剣士ソラナーンが天帝により授けられたもので、そこに書かれていることを完璧に守る限り、公国の安泰は保証されているのです。エリュートに関する予言とされているのはただ1つ。それはヨヒア建国暦308年1月8日、ヨヒア公国の世継ぎの公子が1人の剣友と共に旅立ち、同年7月8日、ヨヒアで最も美しい娘を生涯の伴侶として連れ帰るというもの。エリュートは、腕は立つが乱暴で野生児のマシバを剣友に選び、旅立ちます。エリュートは、13歳の時に出会ったソム族のニアナを娶ることを既に決めていました。しかし8年前愛らしかった少女が、現在ヨヒアで最も美しい娘となっているかどうか不安もあるエリュート。ニアナが「最も美しい娘」ではなかった時のために、黒婆はエリュートに、飲んだ者を一晩で「ヨヒアの国で最も美しい娘」に変えるという秘薬を渡すのですが…。

第2回ホワイトハート大賞優秀賞受賞作品。
ヨヒアの国で最も美しい娘を連れ戻る… それは言葉で言えば簡単ですが、実際にはとても難しいこと。美醜の基準は人によっても違いますし、全員を納得させるのは至難の業のはず。しかも「ヨヒアの国で最も美しい娘」に変える秘薬が存在するのですが、そのような薬で容貌を変えるなど不自然極まりない… と思っていたので、「容貌の変わったニアナを私は愛することができるのだろうか」とエリュートが悩むのを見て、少し安心してしまいました。人間の美醜は、決して顔の造作だけではないですし、どのような顔立ちに生まれついていても、それを美しく見せるかどうかは本人次第のはず。エリュートが言うように「その心に応じた唯一無二の顔がある」はずなのです。そして6年ぶりに出会った初恋の娘は、エリュートの目には十分美しく、しかしそれはヨヒアの国の基準というよりもむしろ、草原の民としての美しさでした。
まさに寓話のような物語。最後の展開には驚かされましたが、考えてみれば、伏線は十分にひかれていたのですね。こうなったらいっそのこと初心に戻って、と考えてしまったのですが、やはりそう簡単にもいかないのでしょうか。娘たちの気持ちは、一体どこに行ってしまったのでしょう。
石井みきさんの重厚なイラストが中世ヨーロッパ的な物語の雰囲気と良く合っていますね。


「炎恋記」講談社X文庫(2003年4月読了)★★★★★お気に入り

桜琴の名手として名高い夜船は現在23歳。3歳の頃に視力と両親を亡くして以来、姉の真昼が何から何まで世話を焼き、夜船自身も姉に対して、実の姉に向けるもの以上の恋情を抱いていました。美貌では範里の国で並ぶもののない、紫星石の輝きの瞳を持つ夜船と、これまた光芙蓉の花の化身とも呼ばれた美貌の姉・真昼。しかし2人の生活は、2年前に真昼が絵頭の高官・深海と駆け落ち同然で結婚した時に一変。姉の結婚に反対の夜船は、仮病を使って結婚式への出席を拒否、義兄を恨み憎んで、今まで1度たりとも顔を合わそうとはしていなかったのです。そんな夜船の元に、忙しい公務の合間を縫って深海がやって来ます。深海は近々砂波の国にある絵頭の外交公館に参事官として赴任することが決まっており、それに夜船を伴いたいのだと話します。夜船はなぜか了承し、15歳の侍女・草笛を伴って砂波へ。実は深海は夜船に何らかの千里眼的な眼力があることを察知しており、その力を使って砂波のどこかに拉致されている、ある人物を捜させようとしていました。その人物とは、神秘の古代火器・炎竜舌を操れるただ1人の科学者・華殊光。

雰囲気は中華ファンタジー。しかしあとがきにもあるように、「舞台は一見中国を思わせる大陸」ではあるのですが、国も時代も架空のもの。夜船や草笛のいる範里国、真昼と結婚した深海の住む絵頭。そして絵頭と敵対関係にある砂波。群雄割拠の時代に、相手国に対する敵意をオブラートで包み隠し、生き残るために外交と謀略を駆使している政治家達の姿は、現代の世界にも十分当てはまりますし、炎竜舌などの描写を読んでいると、古代中国というよりはむしろ現代の世界が何らかの形で失われた後の世界のようにも見えますね。
物語は単純な勧善懲悪ではなく、一応悪役となっている砂波の巳津児や華殊光も、悪役らしい悪役ではありません。確かに華殊光は絵頭の生まれでありながら、砂波が炎竜舌を作る手助けをして、その見返りとして山ほどの宝物や黄金などを受け取って嬉々としています。しかしその科学者として名をあげることになったきっかけや動機を考えると、華殊光ばかりを責めるわけにもいかないのです。
華殊光という1人のマッド・サイエンティストの開発する炎竜舌と、それを巡る2つの国の水面下での攻防、そして真昼を巡る夜船と深海、そして草笛の想い。その2つがメインとなるこの物語には500ページも必要なかったかもしれませんし、もっと短くした方が、あるいは効果的だったかもしれません。しかしあっという間にこの世界に入り込んでしまった私にとっては、500ページというこの枚数は決して長すぎるものではありませんでした。まるで夜船自身が奏でる桜琴を聞いているような気持ちになってしまう1編。この世界が堪能できて満足です。


「吃逆」講談社文庫(2002年9月読了)★★★

【綵楼歓門】…陸文挙は、吃逆をするたびに奇妙な光景が頭に浮かんだり、人には見えない物が見えたり、とんでもない思いつきが閃くという奇癖の持ち主。科挙には合格はしたものの、下位合格者であるため任官もままならない文挙に、酒楼で出会った周季和という若者が、自分の出す新聞「陂b小報」付きの偵探をしてみないかと持ちかけます。
【紅蓮夫人】…開封府の司理参軍に取り立てられた文挙は、大礼使・梁正威の官金横領の噂を追い、身辺を洗っていました。行きつけの珠子楼の宋蓬仙が梁大礼使主催の会の食膳を担当することを知り、文挙も一緒に会に潜入。しかし梁大礼使は会の途中、船の中で殺害されてしまいます。しかし一緒に船に乗っていたのは、「紅蓮夫人」と呼ばれる絡繰人形だけだったのです。
【鬼市子】…都の周辺で窃盗団が横行し始めており、文挙は季和と共に旧鄭門の前の新興の鬼市子へ。鬼市子とは五更前から露店が立ち並び、夜が明けるころには畳まれるという市。窃盗団が盗品を捌くには絶好の場所でした。そして季和は、その市で曰くありげな銀細工の簪を手に入れます。

中国は宋代を舞台にした連作短編です。時の皇帝は4代目。首都開封での物語。
吃逆(きつぎゃく)とはしゃっくりのこと。吃逆をするたびに不思議な光景が見える陸文挙、という発想はとても面白いですね。文挙はその癖を見込まれて、周季和の発行する新聞「陂b小報」付きの「偵探」となります。しかしこの吃逆の設定、面白いのですが、案外使い方が難しいのです。
「綵楼歓門」では、吃逆による幻視がたっぷりと楽しめます。この使い方は、肝心な真相を見せるわけではないのですが、しかし普通なら知り得ない裏事情を覗き見している感覚。シリーズ最初ということで、サービスだったのでしょうか、少々都合が良すぎるようにも感じられます。そして「紅蓮夫人」「鬼市子」では、吃逆ではほとんど登場せず、忘れた頃のヒント程度。このヒント程度という使い方はとてもいいと思うのですが、それにしては忘れられすぎているような気もしてしまいます。もう少しバランス良く使って欲しかったです。
しかしそれはさておき、中国物としてとても面白い作品でした。登場人物も魅力的ですし、中国歴史物ならではの艶やかな情景描写も堂に入ったもの。特に最終話の「鬼市子」の小道具の使い方、特に毒薬の使い方がいいですね。伏線もラストもなかなかのものです。


「紅豚」徳間書店(2003年2月読了)★★

宋の仁宗皇帝の時代。柴子醇は、父の鉄杖から突然、開封の都に行って叔父・鉄余を探してくるように言われて戸惑います。3年ほど前から都を騒がしている盗賊・青牛が鉄余ではないかと、父は考えていたのです。叔父は現在32歳、13年前に家を出奔したきりの音信不通。しかし実は、他にも叔父がいないと困る理由があったのです。それは鉄杖と鉄余の父である臆じいさんが、2人に残したという隠し財産。亡くなった臆じいさんは死ぬ前に、隠居部屋の壁に自らが描いた媽姐の絵の中にその隠し財産の手がかりがあると言い残していたのですが、鉄杖と子醇がいくら絵を調べても、さっぱり手がかりが見つからなかったのです。蘇州郊外の長江のほとりの杏花村一帯に広い田畑を持つ富裕な地主の柴家は、収入は多くても、支出も半端ではない家。隠し財産でもないとこの先立ち行かないことを悟った子醇は、早速開封の都へと上ります。

「青牛」「黒鶏」「黄馬」「白羊」「紅豚」と、色と動物の名前が結びついたものが次々に登場し、色彩も鮮やかな物語です。「紅豚」とは、長江に住む紅い怪魚のこと。しかしそれだけではなく、昔長江の河口を我が物顔に荒らしまわっていた海賊の名前でもあります。そして同様に、「青牛」「黒鶏」「黄馬」「白羊」も、それぞれの意味を持っています。実際には、「青牛」や「紅豚」が名前の基となっているものもあるので、このような名前が偶然集まったわけではないのですが、なかなか楽しい趣向ですね。言葉の意味が1つずつ判明するたびに、物語の隠された秘密が1つずつ明らかになっていくようで楽しかったです。私が特に感心したのは、「白羊」。
しかし物語はそつなく進んでいくのですが、今一歩踏み込みが足りないような気もします。「媽姐の賜物」に関しても意外性に乏しいですし、私にとっては、「白羊」ほどの驚きもありませんでした。登場人物の姿が、「色+動物」ほど色鮮やかに浮かび上がってこないからでしょうか。せめて「媽姐の賜物」の謎を隠した臆じいさんの絵を挿絵につけて欲しかったように思います。


「双子幻綺行-洛陽城推理譚」祥伝社(2003年2月読了)★★★★★お気に入り

【杜鵑花】…宮仕えに上がってまだ3ヶ月目の馮九郎と香蓮は、15歳になったばかりの双子兄妹。瓜二つの容姿と優雅な挙措が則天武后に気に入られ、目を掛けられています。そんなある日、宮廷付きの歌手・春珍が陶光池のほとりで死んでいました。そして「杜鵑呪」に違いないという噂が。
【蚕眠棚】…大家の子息ばかり狙った人繭魔鬼による拐かしが3ヶ月の間に22件も起こります。狙われるのは、親の財で酒や芸妓に溺れている者ばかり。九郎が囮になることに。
【氷麒麟】…いじめられっ子の後輩宦官・蔡寿昌が死体を発見して大騒ぎ。暑気払いの宴のための氷の彫刻を作る余郎中が、彫刻のために使っていた緑竹堂で頭を割られて死んでいたのです。
【菊華酒】…宮女たちに絶大な人気を誇る美丈夫の謝康生に誘われ、九郎と香蓮、寿昌は重陽の日に菊花村へ。昼食を食べた家で、この季節になると捨てられる犬猫の死骸の話を聞くことに。
【浮蟻珠】…15年ほど前に崩御した高宗皇帝が、ただ一度だけ示した茶目っ気は、杯の酒の中に入れて妻にプレゼントした巨大な真珠。その浮蟻珠が消え失せ、九郎に疑いがかけられます。
【膠牙糖】…正月早々、短刀を象どって細工された膠牙糖で妓女が殺されるという事件が相次ぎます。それも一流中の一流名妓ばかり。陳彩娘の身が心配になった2人は早速安遠楼へ。
【昇竜門】…北方を騒がしている蛮族・突蕨を撃退する方法を献策するために、九郎にお膳立てを整えて欲しいという李千里。九郎は皇帝の行く先々で、瑞兆である竜を見せることに。

7世紀末、中国史上唯一の女帝、則天武后として知られる聖神皇帝の治世。少年宦官・九郎と女官・香蓮の双子の兄妹が、後見人の李千里によって情報収集を命じられ、色々な出来事を探っていくという連作短編集。数々の謎が、九朗の冷静な才知と、好奇心たっぷりの香蓮の行動力によって解かれていきます。途中から登場する陳彩娘も、とても魅力的。そして物語が進むごとに、時代が移り変わっていくのが感じられるのもとてもいいですね。まさに物語が生きているという感じ。宮廷が舞台というだけあって、宦官を始めとする臣下同士のせめぎ合いなどもあり、それがまたとても面白いところ。特に水面下で行われる権謀術数の数々を、九郎が女帝の寿命のことも考え合わせて冷静に分析していく場面など、とても鮮やかで印象的です。そして単なる中国の物語では終わらず、ミステリ風味が加えられているのがまた嬉しいところ。ミステリ部分の謎は、唐代の風俗とも密接に関係しており、大唐代の最も華やかな時代を彩った数々の風物を楽しむことができます。杜鵑花とも呼ばれる真っ赤な躑躅の花に不如帰、目にも涼しい氷から彫られた鳳凰や昇竜、咲き誇る菊花の大海原と芳しい菊花酒、金柑ほどの大きさもある見事な真珠、正月の縁起物である膠牙糖で作られた短刀などなど… この時代ならではの豊かな彩りがとても鮮やかに迫ってきます。
この九郎と香蓮の兄妹は、歴史上の実在の人物をモデルにしており、最後にはその正体も明らかにされます。これには驚かされました。本当に上手いですね。


「セネシオ」小学館(2003年7月読了)★★★

【セネシオ】…ディスカウントストア・ロシナンテ虹が丘店の薬品売場でバイトしている19歳の大学生・梅原司に、不思議な少女が接近します。彼女が知るはずのない司の生い立ちをすらすらと話した挙句、司が念動力・サイコキネシスの持ち主だというのです。
【イエロー・ガール】…痴呆症となった義母・愛子の介護で病院に通う佐伯ゆかり。今の愛子は黄色さえ身に着けていればご機嫌の可愛いお婆さん。ある日ゆかりは、大木の陰から6歳ぐらいの少年が何かを覗いているのに気付きます。少年の名は北斗。彼が見ていたのは梅原司と石渡泉でした。
【忘れっぽい天使】…1人住まいの部屋に戻ってきた長野康巳は、見知らぬ美女に驚きます。彼女はエンハンサー。康巳こそが梅原司を排除するための「キラー」であり、彼女はそれを援助する人間なのだと説明。数日前に彼が抱いた佐伯ゆかりから、様々な情報が康巳に流れ込んでいました。
【さえずり機械】…石渡泉は虹ヶ丘駅前の雑居ビルに有限会社ナノスキルサービス、通称NSSを設立。そのビルには司と司の子供たち、そして母親たちも住んでいました。その子供たちには、既に大人に匹敵する知識を思考力、そしてテレパスの能力が備わっていたのです。

超能力の絡んだ連作短編集。
自分のことを不幸で可哀想な落ちこぼれだと信じていた司は、実はサイコキネシスト。この司が動かせるのが、核酸や蛋白質といった「高分子」であるという設定がとても面白いですね。サイコキネシスがあると聞くと、まず思い浮かべるのがスプーン曲げ。司自身、まずティースプーンを曲げたり、ガラスコップを持ち上げようとするのですが、しかしそういう能力ではありませんでした。しかしまさか、ナノメートル単位のサイコキネシスだったとは… 驚きました。最初は、そんな小さい物を動かしてどうするのだろうと思ったのですが、司が大森マネージャー相手に能力を使うのを見て納得。しかし物語はそのまま展開するのではありません。2話以降、司は「危険な異物」として排除の対象となり、追われることに。
序盤の展開が少々唐突な気がしますし、2話以降登場する「プレゼンター」「キラー」「プロモーター」などの存在もどうなのでしょう。しかも情報交換のための手段や、ごく普通の地味な人妻であるはずのゆかりが、あまり躊躇いもなくそういう場面に臨んでいたり、子供たちが揃ってテレパスだったりと、少々奇抜すぎる気がします。最初のサイコキネシスのアイディアをそのまま膨らませた展開にしても面白かったと思うのですが… それでも妙に面白かったです。このままアニメにしてしまっても良さそうですね。


「クラブ・ポワブリエール」徳間書店(2003年8月読了)★★★★★

金曜日の夜、予定がキャンセルになり、普段よりも4時間以上早く家に帰った大野拓也。妻の流子は出かけたらしく不在。いかにも慌てて出たらしく家の中が非常に乱雑になっており、拓也は眉を顰めます。そして流子のデスクトップパソコンに電源が入ったままになっているのに気付いた拓也がマウスに手を触れると、メールが1通開いたままになっていました。「傍目八目」という意味深なタイトルのメールには、「君がメールで配布した例の小話のシリーズ。全部を通して読んでみるといい。面白いことが分かるよ」」という文章が。そして拓也は、妻が大学時代の同級生とやっているメーリングリストに送った物語の入った「ShortStory」というファイルを見つけ出し、「火曜日の糸杉」「アディクティド」「第三の女」「家庭菜園ノススメ」「グラン・メゾン・フォートラスの落日」「トレースルート・ラプソディ」という5つの話を読むことに。

中国物の多い森福さんの「セネシオ」に続く現代日本物。超能力の絡んだ「セネシオ」とは、またまるで違う雰囲気の物語となっています。
作中の5つの物語は流子が書いたり、クラブ・ポワブリエールのメンバーが書いたりと色々。物語のそれぞれにちょっとした日常の謎があり、それによって主要登場人物となるクラブ・ポワブリエールの面々の姿が徐々に浮き彫りになっていくきます。これらの物語はそれぞれ独立しており、単独でも楽しめるのですが、「火曜日の糸杉」で描かれた状況が、最後の「トレースルート・ラプソディ」で全部繋がった時に、思わぬ情景が浮かび上がるという仕掛けになっているのがいいですね。妻が慌てて出かけた理由を探していた夫という構図が、最後で思わぬ展開を見せたのには本当に驚かされました。
夫にメールを読まれるという設定には、物語とはいえ拒絶反応がある人もいるかも。そして外から見た夫婦やカップルの姿と、その実体とのギャップには、考えさせられてしまいます。妻として夫として暮らしていても、元々は他人ですものね。全体的に軽快でお洒落ですが、なかな辛口な物語です。


「十八面の骰子」光文社(2003年6月読了)★★★★★お気に入り

【十八面の骰子】…薬売りの真似事をしながら寧沙の県城に入った趙希舜と傅伯淵は、「王五家」という飯屋へ。すっかり常連客となった2人に、看板娘の王金哥が気鬱の薬が作れないかと尋ねます。常連の石工・劉じいさんが姿を見せなくなってから、妹の銀哥が毎日ふさぎ込んでいたのです。
【松籟青の鉢】…熊泉県の県城を目指して歩いていた2人は、途中、絡まれている高阿栴という娘を助けることに。絡んでいたのは、地元の大地主「灰白の許家」の取り巻きたち。この村では許上恩の「灰白の許家」と、上恩の又従兄弟・許大訓の「翠緑の許家」が、一触即発の状態だったのです。
【石火園の奇貨】…希舜たちは、遅れに遅れている税賦納入の状況を調査するために銀水県へ。梁知事は、旱魃と冷夏と虫害が3年にわたって続いたと苦しい言い訳。そんな時、3件もの殺人事件が起こります。被害者は全て石火園にやって来たという旅の男。希舜たちも捜査に加わることに。
【黒竹筒の割符】…開封に戻った希舜は、腹違いの兄・廷輝の住む鹿柴屋敷へ。屋敷の外で出会ったのは、鄭州からやってきたという茅燕児。1年ほど前に見知らぬ老人から墨で真っ黒に塗られた竹切れを渡され、それを持って立春の日に鹿柴屋敷に行けばご褒美がもらえると言われたのです。
【白磚塔の幻影】…登州にやってきた希舜たちが優雅な鼓楼に見とれていると、爆発した火毬によってバラバラになった州知事・戴道明の3番目の妻・劉春妹の死体が降ってきます。州知事は、登州沖や沿岸で狼藉を働く海賊・蛟竜党の撲滅を宣言していました。

北宋の時代。巡按御史一行として旅をする趙希舜と傅伯淵、そしての希舜の父に用心棒として雇われた賈由育が活躍する連作短編集です。実年齢は25歳にも関わらず、15歳程度の少年にしか見えない希舜は、「父の趙元儼は宋朝の始祖たる太祖の第八子で、甥である今上帝からも頼りにされる朝廷の重鎮である」とある通りの皇族の血縁。洛陽で仁医として名高かった陶文奥の孫として育ち、医術の心得もあるのですが、自分が皇族であると知ったのはつい最近です。傅伯淵はひょろりと背の高い白面の書生風の優男。しかも講談師も裸足で逃げ出すほどの美声の持ち主。しかし意外な強さを見せてくれます。賈由育は、山賊もどきの豪傑という外見通りの、腕っ節の強い男。この個性の豊かな3人の活躍ぶりがとても楽しい作品です。巡按御史とは、身分を隠して任地へ赴き、秘密裏のうちに地方役人の不正の有無を吟味するという、天子直属の監察官。「先斬後奏」「勢剣」「金牌」という身分を証明する3つの品を常に携行しています。身分を隠した旅の一行がその土地の悪を正すというのは、まるで水戸黄門の世界のようですね。印籠代わりの三種の神器も持っていますし。(笑)
伯淵が希舜の祖父に拾われることになった経緯や夏謡琴という女性とのこと、希舜が巡按御史になりたいと思うようになった原因など、まだまだ色々な物語が潜んでいそう。けんもほろろな扱いを受けながらも、希舜は腹違いの兄・廷輝のことを本当に心配しているようですし、「家族」に対する思いにはかなりのものがありそうですね。それに自ら玉慶丸を飲んでみるなど、医術に対してもまだまだ学習欲があるようです。これからの希舜と伯淵がどうなるのかも気になりますし、ぜひともシリーズとして続きを読みたい作品です。


「琥珀枕」光文社(2004年10月読了)★★★★

【太清丹】…指物師の李通は、母親の病気の治療費を捻出するために、家宝の太清丹を生糸商の鄭万進に売りつけます。しかしそれが原因となり、万進は自慢の娘を失うことに。
【飢渇】…御典医として名高い医師の白史雲は、墓参のために藍陵に滞在している間も、患者が引きもきらない状態。しかし帝の後宮にいる楊夫人に逆恨みされ、命を狙われていたのです。
【唾壺】…母が亡くなり、父・莫叔平に引き取られた士良は、継母の客氏に辛い仕打ちを受ける毎日。実の父にすら疎まれていました。しかしある日、開明池のほとりで幽霊の金娘に出会います。
【妬忌津】…青風津を渡る船を妖異が襲うようになり、いつしか妬忌津と呼ばれるように。そこで身投げをした先の県令夫人・劉氏が船に乗る美女を川に引きずり込むというのです。
【琥珀枕】…安旅籠で薬枕売りの王万徳と知り合った蔡周南は、藍陵にいる万徳の妻・紅珠に伝言を届けに行くことに。しかし王家に着いたその日、紅珠の情人が殺されており…。
【双犀犬】…高妙瑛は、16歳で父親が他界した時から、継母に婢同様に扱われるようになり、老従僕の李康大と2匹の黒犬と共に家を出て、母方の祖父の住む洛陽へと向かいます。
【明鏡井】…藍陵の県令の官舎の裏には、33年に1日だけ水面が曇りのない鏡のように平らかになるという言い伝えの明鏡井と呼ばれる井戸がありました。そしてその33年に1度の日。

東海郡藍陵県の県令の1人息子・趙昭之は、200歳とも300歳とも言われるすっぽんの徐庚先生に師事している11歳の少年。老人の姿をした徐庚先生と2人で街を一望できる香山の照月亭へと散歩をしながら、昭之は世の中のことを学んでいるのです。
中国を舞台にした連作短編集。「森福版“聊斎志異”」という言葉にも納得の、少し不思議な雰囲気の連作短編集。すっぽんの徐庚先生が本当にすっぽんの化身で、池から上がってくると老人の姿になったり、その他にも幽霊や人面瘡が当たり前のように登場したりしているのがいいですね。しかも師事するようになってからすっぽんの化身だと知ったのではなく、すっぽんだと知っていて先生を招いているのです。そういう不思議な状況が人間の生活と共存しているの物語は大好き。それにさすがに「聊斎志異」らしく、艶っぽい場面もさりげなく散りばめられ、人間の営みを感じさせます。ミステリ味はやや薄いのですが、1つ1つの短編それぞれに謎解きが楽しめますし、全体を通して昭之の成長物語という面もあります。徐庚先生と昭之はほのぼのとした雰囲気をかもし出していて、昭之の両親の話なども楽しめました。ただ、主人公に据えて物語を動かすには、昭之は少々インパクトが弱かったような気がします。それに先生との「世間の勉強」は、他人の不幸を覗き見るような形。その辺りにもう少し説得力が欲しかったです。

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