Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、宮部みゆきさんの本の感想のページです。

line
「あかんべえ」上下 新潮文庫(2007年7月読了)★★★★
腕1つで本所相生町の賄い屋・高田屋の身代を築き上げた七兵衛に暖簾分けされた太一郎と多恵が、深川の海辺大工町に開いたのは、料理屋「ふね屋」。しかしふな屋に移ってきて間もなく、太一郎と多恵の1人娘のおりんが高熱で寝付いてしまいます。おりん自身ですら、もう死ぬのかもしれないと思うほど酷い病状の中で、ある時冷たい手を感じて目が覚めたおりんが目を開けると、目の前にいたのは、おりんに向かってあかんべえをしている女の子。眠っている時にふと気づくと、立っていたのは三途の河原。そこには焚き火をしているおじいさんがいました。そして目が覚めると枕元には見知らぬ按摩がいて、おりんは体中を揉み解されます。そしておりんの熱はようやく下がり、ふな屋は晴れて旗揚げの日を迎えることに。

なんと5人のお化けがいるというふな屋。若く美形なお侍の玄之介、腕が確かな按摩の笑い坊、艶やかな色気のある女はおみつ、おりんを見るたびにあかんべえをする小さな女の子はお梅、大酒飲みで刀を持って暴れるおどろ髪のお侍。そんなお化けが全て見えるのはおりんだけ。それまでにもお化けが見えた人間は何人かいるけれど、5人とも見えるというのはとても珍しい存在だという設定。
おりんちゃんがとても健気で素直で可愛らしくて、でも時々妙に大人っぽいことを言ったりして、くるくる変わる表情が目の前に見えるような気がしてくるのがいいですね。おりんと亡者たちの交流が何といっても楽しかったです。最初は皆を成仏させてあげたいと考えるおりんですが、人間が死ぬのを怖がるように、亡者たちも成仏して存在がなくなってしまうことを少し怖れているよう。そんな亡者たちの微妙思いを、おりんは感じ取っています。
現世に思いを残して死に、そのために成仏できないでいることだけははっきりしているのに、自分がどうやって死ぬことになったのかという肝心な部分の記憶は失っている亡者たち。それでも生前に持っていた黒い思いのおかげで、亡者道に落ちてしまいそうな、同じような黒い思いを持つ人間のことはとてもよく理解でき、そのために今を生きている人間を救うことはできるのです。この辺りが、宮部みゆきさんの現代を舞台にした作品にはあまりない、しかし時代小説にはとても大きな暖かさなのではないでしょうか。亡者と同じ心のしこりを持っているからこそ亡者が見える、亡者は見る人の心を映すのだというのもとてもいいですね。
ただ、お化け騒動がようやく片付いたところで、肝心のふね屋の商売はまだ軌道に乗っていませんし、それどころかまだまだどうしようもない状態。お化けの存在は抜きになりそうですが、そちらのエピソードもいつか書いて頂きたいものです。

P.18「人の眼は、そこにあるものを映すだけでなく、心のなかに残っているものも映すのだ」(下巻)

「ブレイブ・ストーリー」上下 角川書店(2004年7月読了)★★★★★お気に入り
三谷亘は、東京の下町にある団地に、両親と3人で暮らす小学校5年生。少々理屈っぽいところはあるものの、ごく普通の小学生だった亘ですが、神社の隣の建築中のビルに出るという噂の幽霊を見に、親友のカッちゃんこと小村克美と共に夜中に家を抜け出したことがきっかけで、不思議な体験をすることに。そして父・明の弟であるルウ伯父さんと一緒に再び建設現場を訪れた時、そこに出現した古風な扉の中に入ってしまうのです。そこは「幻界(ヴィジョン)」。現世の人々の想像力のエネルギーが創り上げている世界。10年に一度要御扉(かなめのみとびら)が開き、旅人たちを招きいれていました。旅人ではなかった亘は一旦は現世に戻るものの、母が自暴自棄になった夜、突然現れた隣のクラスの転校生・芦川美鶴に旅人の証であるペンダントを渡され、正式な「旅人」として「幻界」を旅することに。

R.P.G.的な冒険ファンタジーとは聞いていたのですが、第1部は現実の世界での亘の物語。これが最初の350ページを占めています。異世界に旅立つファンタジー物としては異例の長さですね。ここに描かれているのは、小学校5年生の亘に背負わせるには酷に感じられるほどの重い現実。やや長すぎるように感じられたのですが、それがあってこそ、第2部以降が生きてくるのでしょうね。理屈っぽいという亘の性格が、とても良く生かされているようです。
第2部に入ると、舞台は「幻界」へと移ります。旅人を待ち受ける過酷な試練は、まさにR.P.G.の世界。自分の運命を変えるために、亘は「運命の塔」を目指して旅を続けながら、勇者の剣の鍔にはまる5つの宝玉を捜すことになります。ここでの亘は、ただの「ワタル」。そして旅の仲間となるのは、水人族のキ・キーマやネ族のミーナ。この「幻界」の造形が素晴らしいですね。R.P.G.が大好きな私にとっては、本当に嬉しくなってしまうような奥行きの深さ。そこで起きる数々の出来事や試練もまさにR.P.G.の世界ですし、キ・キーマやミーナ、ハイランダーのカッツ、シュテンゲル騎士団のロンメル隊長、ドラゴンのジョゾなど、幻界に登場するキャラクターたちも魅力的。
しかしこの「幻界」での情景や出来事は、ワタルの現世での思いや出来事を色濃く反映したもの。「お人よし」と言われてしまうようなワタルの中にも、「悪」もあれば「憎しみ」もあり、善か悪か簡単に分けられない問題も沢山あります。大人でも簡単に結論を出せないような問題が、11歳のワタルにぶつけられるのです。これは重い!しかしその分、最後の「乗り越えなさい!」という言葉がとても強く残りました。「勝ちなさい!」ではないのです。結局は、憎む心も何もかも全てをひっくるめて、「自分」を正面から受け止めなければならないということなのでしょうね。
以下ミツルに関するネタばれ→幻界でのラストは、ワタルがミツルに勝ち、運命の塔に登る資格を得たという形。しかしワタルが旅をした「幻界」は、ワタルだけのもの。ラウ導師も、番人の小屋で「そもそも、おぬしには、ミツルを捜すことはできないのじゃ。なぜなら、おぬしの旅する幻界と、ミツルの旅する幻界は、最初から別のもの」とはっきり言っているように、ワタルの幻界に登場したミツルもまた、ワタルが頭の中に創り上げたミツルなのですよね? ワタルの幻界に現れた父親や田中理香子にそっくりの人々のように、ワタルにとって乗り越えなければならない現実だったということですよね? ラウ導師だけが、それらの平行した「幻界」を統括できるのではないかと思うのです。なので、ミツル自身の幻界には、当然ハルネラの人柱という現実は存在しないわけで… ミツルはミツルで、自分の運命を変えるために自分の旅を達成したのではないかと思いますし、そうであって欲しいと思います。自分自身の運命に立ち向かい、乗り越えるのは、他人との勝ち負けではないのですから。

P.31「不思議だよな。孤独はそれだけじゃけっして害のあるものじゃないのに、怒りや悲しみとくっつくと、すごく性質の悪いものに変わっちまうんだ。」

「ドリームバスター2」徳間書店(2004年7月読了)★★★
【Eyewitness 目撃者】…OLの村野理恵子が見るのは風船人間の夢。8ヶ月前、理恵子の目撃証言によって、殺人事件の犯人が逮捕されたのですが、理恵子自身は疑問を持ち始めていました。
【Stardust 星の切れっ端し】…病気の母の治療費と妹の学費を捻出するため、D・Bになる決意をしたスピナー。4回目の試験でようやく合格し、初の案件でシェンらと同行することになります。

「ドリームバスター」第2弾。前作では、単純に「悪者を追いかけるD・B」という構図でしたが、今回はこの構図がやや変化。シェンとマエストロが追いかけているのは、札付きの凶悪犯のはずなのですが、「目撃者」のワッツといい、「星の切れっ端し」のモズミといい、単純に悪者と言い切れなくなってきています。それでもD・Bは彼らを追わなければなりませんし、連れて帰れば彼らは確実に死刑囚として処分されます。凶悪犯が過去の事件を起こした経緯には同情すべきものがあったりしますし、その凶悪犯の持つ善意に対して、どれだけ信じてやれるのかという問題も発生します。しかもそんな意識に寄生されている人間が凶悪犯の意識に助けられて、精神的な成長を見せることもあるわけです。そんな、単なる勧善懲悪ではないドラマが生まれているのがいいですね。シェンやマエストロの過去も徐々に明かされてきており、そちらのドラマも興味をそそります。しかし前作のリップのことがそのままになっているのが気になりますし、今回は前回以上に中途半端なところで、「To be continued」となってしまいました。完全な長編なら心構えもできるというものですが、それでも続き物は一気に読みたいもの。連作短編集のようなこの形態で、1年も2年も待つというのは少々つらいです。

「ぱんぷくりん」PHP研究所(2004年9月読了)★★★
宮部みゆきさんが書いた短い物語に黒鉄ヒロシさんが絵を描いた絵本。「鶴の巻」「亀の巻」の2冊がセットになっています。

「鶴の巻」に収められているのは、「宝船のテンプク」「招き猫の肩こり」「鳥居のひっこし」、「亀の巻」に収められているのは、「ふるさとに帰った竜」「怒りんぼうのだるま」「金平糖と流れ星」で合計6作品。この中で好きだったのは、「宝船のテンプク」と「招き猫の肩こり」。「宝船のテンプク」は、「テンプク!」がとにかく可愛らしくて良いですね。このようにカタカナで書いていると、「転覆」がまるで「天福」に繋がっているような気がしてきます。そして「招き猫の肩こり」は、いつも片手を上げているだけに、肩こりというのに妙に説得力があったのと、最後の「まかれてしまった!」が可愛くて良かったです。

「ICO-霧の城」講談社(2004年11月読了)★★★
帝都からは遠い辺境の地でありながら、土地が肥え、水が美しく、豊かな村・トクサ村。しかしその豊かさは、トクサ村だけに伝わるしきたりのおかげ。トクサ村では、何十年かに一度、頭に角を持った子供「生贄(ニエ)」が生まれ、霧の城へと送りこまれていたのです。ニエが13歳になると、それまで髪の毛の下に眠っていた角は本性を現し、一夜のうちに急速に伸びて頭の両側に水牛の角のように現れます。それこそが「生贄(ニエ)の刻(とき)」。そしてこのトクサ村で、13年前に生まれたニエの名前はイコ。村長とその妻・オネに育てられたイコは13歳になり、霧の城へと旅立つことに。

プレステ2のゲーム「ICO」のノベライズ作品。私はこのゲームに関しては全く知らないのですが、攻略本の表紙とも同じ装丁となっているのですね。
R.P.G.的冒険ファンタジー「ブレイブ・ストーリー」はとても楽しめたので、こちらも読むのを楽しみにしていたのですが、どうやら少々勝手が違ったようです。トクサの村での部分はまだしも、肝心の霧の城に辿り着いてからの情景に現実感が感じられず、妙に遠くに感じられてしまいました。イコもヨルダもオズマも、まるで石の彫像のよう。あまり血が通った人間に感じられなかったですし、世界の奥行きも感じられませんでした。イコがヨルダの過去に何があったのかを知り、ヨルダを連れて霧の城から逃れようとするクライマックス辺りで、ようやくいつもの宮部さんらしさを感じた程度。これは私がゲームを知らないせいだけではないと思うのですが…。
それでもゲームを知っている方には、おそらくもっと違う印象が残るのでしょうね。ゲームでの「ICO」では、曖昧なまま残されている部分が多く、あまり背景や謎についてあまり多くは語られていないと聞きました。そのゲームをここまで1つの世界として作り出しているのは、やはり宮部さんならではなのでしょう。
Next≫
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.