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このページは、宮部みゆきさんの本の感想のページです。

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「パーフェクト・ブルー」創元推理文庫(2002年11月再読)★★★★
東京湾を臨む工業地帯にある1つの倉庫で、明け方火の手が上がります。守衛が駆けつけてみると、そこにはガソリンをかけて燃やされた人間の姿が。そしてその人間は、なんと高校野球界のスーパースター・諸岡克彦であることが判明します。折りしも蓮見探偵事務所には、諸岡家から克彦の弟・進也を家出から連れ戻して欲しいという依頼があり、蓮見加代子とボディ・ガードの元警察犬・マサが、進也を自宅に連れて帰る途中での出来事でした。進也と蓮見探偵事務所の面々は、克彦に何が起きたのか調べ始めます。

宮部みゆきさんの長編デビュー作品。
この作品は、なんと犬のマサの一人称で物語が語られていきます。元警察犬で、負傷のために引退して蓮見探偵事務所に飼われているマサは、蓮見所長の長女・加代子のボディ・ガード。このマサがなんとも魅力的ですし、犬の視点から物事や事件を分析していくというのがとても新鮮。普通の犬だと、ここまでの活躍は難しいと思うのですが、元警察犬という設定が効いていますね。そして加代子や進也、加代子の父・蓮見浩一郎や妹の糸子、進也の入り浸っている「ラ・シーナ」のマスターなど、人間たちも魅力たっぷり。とても悲惨な事件の物語なのですが、犬の視点から見ることによって、かなり救われているのではないでしょうか。もし人間の視点で描かれていたら、これだけ魅力的な脇役が揃っていても、かなり辛かったのではないかと思います。もちろんマサの視点から描かれていても辛いのは辛いのですが、しかしどこか救いが感じられるような気がします。
悪役たちの人物像や動きが、少々劇画的な気もしますが、しかし単なる個人的な恨みの話かと思いきや、思わぬ方向に展開していく物語からは目が離せません。デビュー作でここまで描いてしまうとは凄いですね。

「魔術はささやく」新潮文庫(2002年11月再読)★★★★
加藤史恵はマンションから飛び降り、三田敦子は駅のホームから飛び込み、そして菅野洋子はタクシーの前に飛び出して死亡。菅野洋子を轢いたタクシーの運転手・浅野大造は、直進方向の信号は青であったこと、菅野洋子の方が一方的に飛び出してきたことを主張しますが、目撃者もないまま業務上過失致死の現行犯で逮捕されることに。大きなショックを受ける大造の家族。中でも、現在浅野家に引き取られている高校1年生・日下守にとっては、その事件も、その事件が巻き起こす余波も、他人事ではありませんでした。大造の家に来る前には、東京よりも北にある小さな城下町・枚川市に住んでいた守ですが、12年前、守が4歳の時に市役所に勤めていた守の父が公金を横領して行方不明になり、それ以来守と母は、周囲の人々に虐げられながら生きてきていたのです。守は事件について調べることによって、伯母と従姉の真樹を守ろうとします。

第2回日本推理サスペンス大賞受賞作。
一見何の繋がりも見えない女性たちが次々と死んでしまうというミッシングリンク、浅野家にかかってくる薄気味の悪い電話、守をどこからか見つめている目、という現在進行形の謎に、12年前の公金横領事件が絡み、物語はスピード感たっぷりに進みます。たくさんの謎が複雑に絡み合い、結末に向かって収束しくさまは小気味いいほど。そして当時社会現象と言えるほどの話題になったモチーフが作中に織り込まれ、物語の上で重要な役割を担っています。
度重なる不幸にも負けない守は、本当に強い少年ですし、守のクラスメートである「あねご」やアルバイト先の高野一など、脇役もいい味を出しています。伯母のより子が参列した葬式での出来事や、姉の真樹の恋人である「前川」についてなど、細かいエピソードも丁寧に描かれていて、とても立体感のある物語になっていあると思います。ただ、最後の女性に関しての結末は少々納得がいかないのです。守にとっても謎の人物にとっても、本当にこれで良かったと言えるのでしょうか。それと、物質的にも心理的にも「鍵」が大きなキーワードとなっているのですが、守が錠前外しの特技を持っているというのにも少々釈然としないものを感じます。どんな描き方をしても、これも1つの犯罪なのですから…。しかし読み終えてみると、この題名は本当にぴったりですね。事件が解決した後の余韻もなかなかでした。

「我らが隣人の犯罪」文春文庫(2002年11月再読)★★★★★お気に入り
【我らが隣人の犯罪】…社宅を出ることになり、一家4人がようやく見つけたマイホーム。しかし都心まで30分という好立地条件のラ・コーポ大町台には、落とし穴が。それは隣人の女性の飼っている、一日中けたたましく吠え続けるスピッツ。どうやら犬にストレスがたまっているようなのですが…。
【この子誰の子】…両親が結婚式で札幌に行き、サトシは1人でお留守番。そんな時に訪ねてきたのは、1歳ほどの女の子を連れた若い女性。そしてその子供は父の道夫との間に出来た子だというのです。雷雨の中、母子を追い出すこともできないまま、サトシは仕方なく相手をすることに。
【サボテンの花】…毎年恒例の6年生の卒業研究発表。6年1組の生徒たちが選んだのは、サボテンの超能力の研究でした。担任の宮崎教師が猛反対する中、権藤教頭は子供たちの意思に任せることに決定し、そのせいで教師たちや父兄を交えての戦争が勃発します。
【祝・殺人】…若手刑事の彦根が妹の結婚式の会場で出会ったのは、エレクトーン奏者の日野明子。彼女は今丁度彼が捜査に携わっている「鳴海荘バラバラ殺人事件」について話したいことがあると言います。殺された佐竹和則を、彼女は知っていたのです。事件発生から2週間。捜査は難航していました。
【気分は自殺志願】…駆け出しの推理小説家・海野周平の健康法は散歩をすること。その日も顔見知りの中年紳士に会釈をして通り過ぎようとした海野に、中田義昭というその紳士が話しかけてきます。彼の望みは、海野に自分を殺してもらうこと。絶対バレることのない自殺の方法とは。

1990年出版の短編集。しかし一番古い「我らが隣人の犯罪」がオール讀物に掲載されていたのは1987年と、実に15年も前の作品。10年ほど前に既に1度読んでいるのですが、今回読んでみても、とても新鮮な気持ちで楽しめました。全く古さを感じないどころか、再び新鮮な驚きを味わってしまったほど。凄いですね。宮部さんはこの「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビューされたのだそうです。
「我らが隣人の犯罪」誠と智子の兄妹、そしていたずら好きの毅彦叔父さんが最高。最後の最後まで楽しめる痛快な作品。しかし、その後どうするのでしょうね?「この子誰の子」少年が大人すぎる気もしましたが、こういうことなら仕方ないのでしょうね。難しいテーマなのに、心温まる短編にしてしまう手腕がさすが。「サボテンの花」教頭先生もよければ、秋山徹や子供たちも最高。生き生きとした場面が目に浮かぶ感動的な作品。しかし宮崎という教師は、本当に変な人間です。「祝・殺人」殺人事件が絡むのはこの作品だけ。しかし事件自体よりも、最後のオチがメインだったのでしょうか。(笑)「気分は自殺志願」夢があっていいですね!中田氏のキャラクターが最高です。
ミステリ色の濃い短編集ではありますが、ミステリであるということを全く意識せずに読める、読者層を全く選ばない作品ばかり。しかもバラエティたっぷりです。

「東京下町殺人暮色」光文社文庫(2002年11月再読)★★★★★お気に入り
両親が離婚し、刑事である父の道雄と2人で暮らし始めた13歳の八木沢順。新しい家は隅田川と荒川に挟まれた下町にあり、母の代わりに順と道雄の世話を焼くのは、家政婦として通う大正14年生まれの幸田ハナ。そんな暮らしに慣れてきたある日のこと、元々地元の人間であるハナが聞いた、町内で流れる妙な噂。それは順の家からほど近い一軒屋に1人暮らしをしている老人の家で、若い女性が殺されたというものでした。その時丁度遊びに来た友達の後藤慎吾も、確かにそのような噂が流れていると言います。その1人暮らしの老人とは日本画家の篠田東吾。妙な噂が流れているのを知り、町内会長をやっている慎吾の父親の元に怒鳴り込んできたというのです。そしてその日の晩、順の家の郵便受けに入っていた差出人不明の手紙。何者かによって直接配達されたその手紙の中には、「しのだ とうご は ひとごろし」と言葉がありました。 父の道雄は、その日荒川で見つかった腐敗したバラバラ死体事件の捜査で留守ということもあり、順と慎吾は、早速翌日から篠田東吾について調べ始めます。

「東京殺人暮色」からの改題。
ミステリ作品ではあるのですが、順や友人の慎吾、家政婦のハナ、父の道雄とその刑事仲間など、登場する人物が見事に生き生きと描かれているため、下町の物語として読んでも楽しめそうな作品です。元々少年を描くのが上手い宮部さんですが、この順少年もいいですね!読んでいるとまるで彼らと一緒に自分も下町にいるかのような感覚になってしまいます。事件自体はかなり陰惨で、後味が悪いものなのですが、このメンバーにかなり救われていると思います。
そしてこの作品で良かったのは、各メンバーがそれぞれ自分の持ち味を生かしているということ。刑事を気取った子供たちが、大人顔負けの捜査をするという物語は時々ありますが、そのような作品とは全く違います。もちろん主に捜査をするのは父の道雄やその刑事仲間。しかし篠田東吾がどういう人物なのかを学校で調べるのに始まり、東吾の家に押しかけてみたり、チェーンレターについて調べてみたりとそういうことは、まさに順が適役。いくらチェーンレターの捜査がしたくても、本物の刑事が中学校に入れば大事になってしまいますし、ましてや家政婦のハナには入ることのできない世界です。しかしそんな機動力を持っている順や慎吾も、人生経験に裏打ちされたようなハナの推理には太刀打ちできません。そんな風に、それぞれの持ち味を生かした物語作りがされているという点がとても素敵です。
また、この作品では、色々と心に残る台詞がありました。下に挙げた以外でも、ハナが古風な言葉を使うことによって武装しているという部分や、チェーンレターの話のところでの順の「マスコミは遅いもの」という言葉がいいですね。会話のための会話ではなく、まさに生きている会話という気がします。

P.11「いいじゃない。思い出をちょっと削って、最先端の活気というやつを買ったんだと思えば、さ」(順)
P.11「この世界を作ったころは、神様だってまだ未熟だったのよ。多少のミスは許してあげなさいって。反省してるわよ」(順の叔母)
P.226「ごめんで済めば、警察は要らないんだからさ」
    「オレはそうは思わない。とうちゃんがいつも言ってる」と、慎吾は拳骨を握った。
    「『ごめんという気持ちがあれば、警察が要らないことはいっぱいある』って」

「本所深川ふしぎ草紙」新潮文庫(2002年11月読了)★★★★
【片葉の芦】…近江屋籐兵衛が殺され、娘のお美津が容疑者に。しかし蕎麦屋の彦次は、幼い頃に家族を救ってくれたお美津のことを、約束の「片葉の芦」のことを思い出すのです。両国橋の北にある小さな堀留に生える芦は、なぜだか片側にしか葉をつけず、本所七不思議の一つとなっていました。
【送り提灯】…おりんがお嬢さんにいいつけられたのは、毎夜丑三つ時に回向院の境内に行って小石をひとつ拾ってくること。それを百晩、誰にも見られずに続け、集めた小石に好きな人の名前を書いて大川に流せば、想いが叶うというのです。しかしおりんは、「送り提灯」に出会ってしまいます。
【置いてけ堀】…「置いてけ堀」には岸涯小僧がおり、夕暮れを過ぎた頃に釣り人が通りかかると、どこからともなく「置いていけ…置いていけ」という声が聞えてくるといいます。先日亭主の庄太に死なれたばかりのおしずは、夫が岸涯小僧になっているかもしれないと考え、自分も行ってみることに。
【落葉なしの椎】…「落葉なしの椎」の木の下は常に掃除が行き届き、落ち葉一つ落ちていません。そんな時起きた殺しの事件。小原屋の奉公人のお袖は、落ち葉さえなければ犯人が簡単に捕まったかもしれなかったのにと突然丑三つ時に掃除をし始め、周囲を驚かせます。
【馬鹿囃子】…おとしが伯父の茂七を訪ねると、そこには心の病にかかっているお吉という娘が。お吉は想像の中で人を殺してしまう癖があり、その話をしに茂七を訪ねて来ていたのです。その後、おとしは外で偶然お吉に出会い、もう「馬鹿囃子」は聞いたのかと尋ねられます。
【足洗い屋】…父の長兵衛が再婚し、おみよは若く美しい継母・お静に夢中になります。しかしそのうちお静は悪夢に悩まされるように。その夢は、天井を破って大きな汚い足が降りてきて「洗え、洗え」と命令する「足洗い屋敷」の話によく似ていました。
【消えずの行灯】…死んだ娘のお鈴の代わりを演じて欲しいと言われたおゆうは、市毛屋へ行き、お鈴の母親のお松づきの女中となります。お松にとっては、お鈴が生きていると信じることこそ、「消えずの行灯」のようなものなのです。

第13回吉川英治文学新人賞受賞作。
回向院の茂七親分の登場する7つの連作短編集。どの話も本所七不思議にまつわるものがモチーフとなっています。七不思議の1つ1つを江戸の人々の暖かい人情で包みこんだような、暖かい物語ばかり。
「片葉の芦」1つの物事でも、見方によっては色々な見方ができるということのお手本のような物語。行方を失ってしまった彦次の想いが切ないですね。「送り提灯」送り提灯のこと、おりんには分かっていたのでしょうか。ほんのり甘酸っぱい、でもやはり切ない読後感です。「置いてけ堀」茂七にすっかりやられました。「落葉なしの椎」テレビの時代劇にもありそうな筋ですが、でも宮部さんが書くと一味違いますね。「馬鹿囃子」顔切りの話がこんな風に絡んでくるとは。少し考えれば分かるようなものなのですが、素直にびっくりしてしまいました。「消えずの行灯」短編集の最後の最後に、こういう話とは…。これは夫婦間の深淵を見てしまったようで、かなり怖いです。物語が始まった時は、まるで違うオチになるとばかり思っていたので驚きました。
私はこの中では、「片葉の芦」と「送り提灯」が好きです。皆、ほんのり切なく甘い想いを胸の奥に隠し持っているのですね。それがこれからの人生でも、きっと支えになってくれることでしょう。幸せとは人から貰うものではなく、自分でなるものなのですから。

「返事はいらない」新潮文庫(2001年4月読了)★★★★
【返事はいらない】…羽田千賀子は、飛び降り自殺をしようと上ったマンションの屋上で、森永夫妻と出会います。死ぬ気になったら何でもできると、千賀子は森永夫妻の銀行を狙う計画に乗ることに。
【ドルシネアへようこそ】…テープ起こしのバイトをしながら、速記試験の一級を目指す篠原伸治。彼のささやかな気晴らしは、毎週金曜日の六本木駅の伝言板に「ドルシネアで待つ」という書き込みをすること。しかしドルネシアとはお洒落なことで有名なディスコ、彼には全く縁のない場所なのです。
【言わずにおいて】…会社の中堅OL・長崎聡美は、夜、眠れずに散歩にでた彼女は自動車事故を目撃。運転手は直前に聡美に向かって「あいつだ!やっと見つけた!」と叫び、壁に激突したのです。
【聞こえていますか】…峪勉の家は母と祖母の折り合いが悪く、祖母とは別居することに。家族3人で古い一軒屋に引っ越すのですが、勉は新居の電話に盗聴器が仕掛けられているのを見つけます。
【裏切らないで】…加賀美敦夫は城南警察署の刑事。殺人事件が発生すると、毎朝欠かさずにぐい呑み一杯のお神酒を供えています。今回起きた事件は、若い女性が歩道橋から転落したというものでした。
【私はついてない】…「僕」が彼女と初めての大喧嘩に落ち込んでいるところに、従姉の逸美がやってきます。なんと会社の先輩の女性に、婚約指輪を借金のカタに取られてしまったというのです。

ハートウォーミングな物語としても読めるミステリが集められている短編集です。どの登場人物も弱さや矛盾をたくさん抱え、都会の孤独に飲まれそうになりながらも、とても人間的。宮部さんの人間を見る目の暖かさを感じます。その中でも特に「返事はいらない」は、恋愛小説としても素敵な話ですね。千賀子の気持ちが丁寧に描かれていて、犯罪に走ろうとしている彼女のことも暖かく見守りたくなってしまいます。ここに登場する刑事さんも粋でいいですね。これには驚いてしまいました。あと、「聞こえていますか」「私はついてない」は宮部さんお得意の少年物。やっぱり宮部さんに少年を描かせると上手いですね。そして「裏切らないで」は、後の「火車」の原型となった作品。賞をとって宮部さんの出世作となった「火車」ですが、私はむしろこちらの方がすっきりまとまってる分、好みです。

「かまいたち」新潮文庫(2001年4月再読)★★★★
【かまいたち】…享保3年。南町奉行所に大岡越前守忠相がついて間もない頃、江戸の町には「かまいたち」と呼ばれる辻斬りが横行していました。そんなある晩、町医者である玄庵が往診からなかなか帰ってこないのを心配した娘のおようは、途中まで迎えに出た道で、黒装束の男が侍を切る場面を目撃してしまいます。しかしおようが番屋の役人と一緒に戻ってみると、死体は既に消えていたのです。
【師走の客】…千住上宿にある旅籠・梅屋に、毎年師走の一日にやってきて泊まる行商人・常二郎。彼は毎年宿代を小さな金無垢の干支の置物で支払っていました。これは彼が伊達家に毎年1つずつ納めている物と同じ物で、十二支が揃った時に莫大な価値をもつというのです。しかしその年に常二郎が持ってきた巳の置物は、今までの細工の3倍ほどの大きさがありました。
【迷い鳩】…兄嫁のおよしと一緒に日本橋で姉妹屋という一膳飯屋を切り盛りするお初。ある日お初は、通りすがりの女性の着物の裾に血がべっとりついているのを目撃します。しかしその血は彼女にしか見えない物でした。巾着切りに間違えられながらも、通りすがりの侍のとりなしもあって事なきを得たお初ですが、今度は「ひとごろし」という悲鳴と一緒にあたり一面の血しぶきを見てしまいます。
【騒ぐ刀】…南町奉行所の同心・内藤新之助は、お金に困って脇差を質入れすることに。その後請け出しに行った時、彼の脇差は既に流れてしまっており、新之助は代わりの脇差を手にします。しかしこの脇差は、夜になるとうめき始めるといういわくつきの品でした。そしてお初には、その脇差のうめき声は「虎が暴れている」と聞こえるのです。

表題作の「かまいたち」は、第12回歴史文学賞佳作受賞作品。
「かまいたち」話自体はごくオーソドックスなのですが、流れが良いですね。何も分からないまま1人でヤキモキしている「およう」がとても可愛いくて、思わず応援したくなるほど。ほのぼのとした結末もとても好きです。「師走の客」はまるで日本昔話やイソップ物語にでもありそうな話。干支の細工物を中心に話がきれいに展開し、オチもすっきりしています。「迷い鳩」と「騒ぐ刀」は「震える岩」にも出てくるお初の短編。時代物に超能力という不思議な設定なのですが、これがとてもしっくりなじんでいて不思議なほど。しかし超能力物とは言っても、解決はごく論理的なので、ミステリ好きな人でも安心して読める作品。超能力もこういった使い方だといいですね。

「今夜は眠れない」中公文庫(2002年11月読了)★★★★
ごく一般的な家庭にある日突然やって来たのは、見知らぬ弁護士。その弁護士の用件は、母の昔の知り合いが亡くなり、母に5億円を遺贈したというもの。その知り合いとは、「放浪の相場師」と呼ばれた男・澤村直晃、母が20歳の頃に命を救った男性だったのです。一家3人は棚ボタ式の5億円に驚きます。しかしそのことがマスコミに流れてしまい、世間も大騒ぎ。周囲の態度は180度変わり、その日から嫌がらせの電話や手紙に悩まされることに。父は母の不貞を疑い、自分の浮気相手の元へと出奔、平穏無事だったはずの家庭は大混乱。母と2人残された中学1年生の緒方雅男は、マスコミ対策のために、ウィークリーマンションに一時的に避難。そして親友の島崎俊彦と共に、真相究明に乗り出します。

ごく普通のサッカー少年・緒方雅男と、将棋が強く、常に冷静沈着な島崎俊彦がコンビのシリーズです。中学生が主人公ということで幾分噛み砕いた文章になっているのですが、テンポ良く読める、とても楽しい作品。
突然、5億円というお金が棚ボタ式に手元に舞い込んでしまったら。普通ならどうするのでしょう。
こっそりお金が入ってきて、既に預金されている状態ならまだしも、マスコミにも知られてしまうというこの状態は、かなりきついですね。確かに美談は美談かもしれませんが、興味本位で色々と言う人間も多そうですし、宗教団体などの寄付金攻勢も本当にありそうです。会ったこともない親戚というのも増えそうですし、友人知人との関係は、良くも悪くも変化することでしょう。作品の中の、「金というものは、人間の本性を試す”踏み絵”であります」という言葉は、まさに真実なのでしょうね。自分がもし宝くじに当たっても、やはり他人には一切言わないでおこうと思いますし…。5億円というお金を中心に据えてコミカルに展開されていく物語ですが、これがなかなかしっかりとしたミステリになっています。これだけ楽しく読めるのは、中学生の視点から描かれているからなのでしょうね。本当に楽しい作品でした。

「スナーク狩り」光文社文庫(2002年11月読了)★★★★
自分を利用し裏切った元恋人・国分慎介を殺すために、散弾銃を持ってホテルの披露宴会場に向かう関沼慶子。殺せないままに自宅に戻ってきた慶子を襲い、銃を奪いとって金沢に向かう織口邦夫。佐倉修治は、その日の織口の様子がおかしかったこと、しかも慶子の家の付近で、金沢に向かったはずの織口に似た人物を見かけたという話が気になり、急いで慶子の自宅へと向かいます。そこには縛られて失神していた慶子と、丁度やって来たばかりの国分慎介の妹の範子がいました。慶子から織口の話を聞き、修治と範子は早速車で金沢へ。金沢には、織口がどうしても殺したいと思う人間がいるのです。一方、金沢へ向かう途中、車が電柱に衝突してしまい焦る織口。関越自動車道の入り口の手前でヒッチハイクする織口を拾ったのは、神谷尚之と息子の竹夫の乗った車でした。神谷は妻の容態が悪いと義母に呼び出されて、妻の実家のある和倉温泉に向かう途中だったのです。

同時進行サスペンス。主要登場人物のそれぞれが何らかの不幸な要因を持ち、その不幸を払拭するため、あるいは他者からの圧力でやむを得ず起こしている行動が、偶然にもそれぞれに交錯し、物凄い緊迫感を生み出しています。今にも一線を踏み越えようとする人間の気迫というものでしょうか。特にラスト近くの描写が凄いですね。まるでサスペンス物の映画を見ているような感覚で、スピード感もたっぷり。終わってみれば、たった一夜の物語なのですが、1冊の中に、これ以上ないほどぎっしりと詰まっていて重いです。これまで読んだ宮部作品とは、かなり雰囲気が違う作品ですね。人は、どこまで人を裁くことができるのでしょうか。織口や修治がやったことは決して良いことではないのですが、でも彼らのことを悪人だとは誰にも言えないでしょう。しかしそれは、全ての状況を知っている読者だからこそ言えることでもあります。普通は事件の全て、関係者の全ての感情を知ることなど到底できないですし、通常は自分の知り得る断片からのみ判断するのですから。
題名の「スナーク狩り」とは、ルイス・キャロルの書いた詩の中に出てくる正体不明の怪物のこと。これについてはラストで説明されていますが、これを読んだ時、この作品の題名に本当に合っていると思います。このラストがまたいいですね。

P.222「ぼうっと放心しているときの顔には、その人の本性が出てるのよ。うちの兄がそうだもの」

「ステップファザー・ステップ」講談社文庫(2002年11月再読)★★★★★お気に入り
【ステップファザー・ステップ】…「俺」は空巣専門の泥棒。情報屋の「柳瀬の親父」に言われた仕事は、2億円近い遺産を相続して豪邸を建てた女性の家に忍び込むこと。しかし屋根の上で落雷に遭い、失神。そんな「俺」を拾ったのは、両親がそれぞれに駆け落ちしたという双子の少年たちでした。
【トラブル・トラベラー】…旅行先で置き引きに遭った双子たちからの電報で、双子たちが訪れている観光地へ向かう「俺」。しかし3人で入った美術館に強盗が押し入り、哲が人質になってしまいます。
【ワンナイト・スタンド】…双子にすっかり懐かれてしまった「俺」は、今回は哲の学校の父母会と授業参観に行くはめに。あらかじめ聞いていた通り、担任の灘尾礼子先生は美人だったのですが…。
【ヘルター・スケルター】…家にやって来たのは、聞き込み中の刑事。近くの湖で車の転落事故があり、その車と一緒に、白骨化した男女の死体が乗っている車も発見されたというのです。
【ロンリー・ハート】…「柳瀬の親父」の依頼は、文通相手に脅迫されている本田美智子に同行すること。脅迫者を尾行し、現金を取り戻すという計画なのです。しかし待ち合わせ場所に現れたのは…。
【ハンド・クーラー】…1ヶ月前に今出新町に引っ越してきた城が崎家。新しい暮らしにも慣れてきていた一家ですが、10日ほど前から1日おきに、契約してもいない山形新聞が投げ込まれるようになります。そして城が崎氏が酔って大怪我をして倒れている所を、パトロール中の巡査に発見されることに。
【ミルキー・ウエイ】…本物の宗野正雄が帰ってきた?約束の外食のために双子の家を訪れた「俺」は、見知らぬ男がいるのに驚き、思わず東京に逃げ戻ります。飲んだくれた挙句、念のために双子の家の留守番電話の録音を確認してみると、なんと双子の2人共が、別々の人物に誘拐されていたのです。

ちょっぴり間抜けなプロの泥棒の「俺」が、ひょんなことから宗野直(ただし)と哲(さとし)という「お神酒どっくりのような」双子と関わり合いになり、35歳の若さにして擬似親父(ステップファザー)役をやるはめに陥るという、連作短編集です。宮部さんお得意のユーモア・ミステリ。
まず、いつものことながら、双子の少年たちが本当に可愛いです。そして彼らに懐かれて次第に情にほだされていってしまう「俺」にもなかなかの愛嬌がある人物。「柳瀬の親父」や「画聖」もいい味を出していますし、いつもながらの人物造形ですね。この双子と「俺」の会話が微笑ましく、読んでいるだけで楽しくなってしまいます。しかしそんな家族的な雰囲気に安心していると、「へルター・スケルター」のような作品には驚かされることに。この構成はさすがですね。この作品だけを読んでもそれほどでもないのではないかと思うのですが、それまでの実績があるので、余計に薄気味悪さを感じてしまいました。そんな物語の1つ1つに、ライトな感覚の謎解きが1つずつ埋め込まれています。
解説には、いつかこのメンバーで長編を書きたいという宮部さんの言葉が引用されていますし、本当にぜひ近いうちに、続編を読みたいものです。(この解説は、宮部さんのインタビューでの言葉の引用で構成されています。一読の価値有りです。)
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