Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、森絵都さんの本の感想のページです。

line
「リズム」講談社(2003年3月読了)★★★★★
藤井さゆきは中学1年生の女の子。小さい頃から変わらずに好きなのは、いとこの真ちゃん。真ちゃんの家はさゆきの家と同じ町内にあり、小さい頃から家族ぐるみで旅行や遊びに行く関係。真ちゃんは中学卒業後、高校へは行かずにガソリンスタンドでバイトをしながら、ロックバンドのボーカルを目指しています。金髪で服も派手な真ちゃんに眉をひそめる人もいるけれど、さゆきにとってはいつも変わらない真ちゃんなのです。しかし新学期が始まったある日、さゆきは両親が、真ちゃんの家のおじさんとおばさんが離婚するだろうと話しているのを耳にしてしまいます。第2の我が家だと思っていた真ちゃんの家の崩壊にショックを受けるさゆき。そして真ちゃんもまた、バンド活動のために東京に引越すと言うのです。

第31回講談社児童文学新人賞、第2回椋鳩十児童文学賞受賞の森絵都さんのデビュー作。
1日1日を大切に過ごしているさゆきの姿がとてもいいですね。毎日を大切に過ごしているからこそ、ショックを受ける時は全身で受け止め、全力で泣き、そして楽しむ時もまた全力で楽しんでいます。ただでさえ変化が多い思春期の頃。好むと好まざるとに関わらず、急激な変化が訪れる年代です。自分自身も変わるし、周りの人間も変わる。環境も変わる。そんな変化を上手に受け流して生きていける人もいますが、さゆきにとっては急流と立ち向かうのと同じこと。さゆきは全身で全力で、その流れを受け止めようとしています。だからこそ、真ちゃんは心配でそんなさゆきから目が離せないのでしょうね。最後の「心の中で、リズムをとるんだ」という話がとても素敵です。
「根拠はないみたいだけどわが家には、『オレンジジュースを飲むと元気がでる』という迷信がある」とか、夕食をカレーだと思い込み、「にんじん、OK。じゃがいも、OK。たまねぎ、OK。バター、OK。牛肉、エビに変更。よしっ。買い物、終了」と勇んで家に帰ったら、「えっ」「今夜は肉じゃがにしようと思ってたのに」と悲しそうに言うママ。そのような場面場面がとても印象的。そしてそれこそが、この本のリズムでもあるのでしょうね。

P.177「そう、さゆきだけのリズム。それを大切にしていれば、まわりがどんなに変わっても、さゆきはさゆきのままでいられるかもしれない」

「ゴールド・フィッシュ」講談社(2003年3月読了)★★★★★
「リズム」から2年後。15歳となったさゆきとテツは受験生。しかしなかなか勉強に身がはいらず、相変わらずの生活を送っているさゆき。真ちゃんのライブにおばさんと一緒に行き、変わらない姿に安心して帰って来たりしています。しかし気がついてみると、裁判官を目指していた従兄の高志くんはいつの間にか一般企業へ就職することになり、弁護士を目指していたお姉ちゃんは普通の恋する乙女となっていました。しかも新宿に越して以来一度も帰ってきていないと思っていた真ちゃんが、用務員の林さんやテツに会っていたことを知り、さゆきは大きなショックを受けます。なぜ自分には知らせてくれなかったのか…。真ちゃんはさゆきの知らない間に新宿の部屋を出ていたのです。

高志くんやお姉ちゃんの針路変更。ママですら、看護婦になりたかったのに、いつの間にかその夢を失っていたことを知るさゆき。しかしそんな中で、相変わらず夢を追いかける真ちゃんの姿は、さゆきにとっての夢そのものでもありました。そんな時に知ってしまった真ちゃんの挫折。
「でもあたしは、元気のない真ちゃんも知りたいよ」というさゆきの気持ちもよく分かりますし、おじさんが「しばらくのあいだ、真治にはかまわないでほしいんだ」という気持ちもよく分かってしまうのが、辛いところですね。真ちゃんに対する世の中の反応も、痛いほど分かります。さゆきはまだまだ純粋に自分の世界を生きていますが、世の中に出て暮らすようになると、白とも黒とも決められない物事があまりに多いのに気付かされることになりますよね。どちらの気持ちもどちらの言い分も分かる。でも… ということが多いです。まだ今の時点では、さゆきにとっては主観的な自分の気持ちが一番優先されているのですが、そのうちおじさんの言ったことも理解する日が来るのだろうなと思うと、それも少し切なくなってしまいます。しかし情けなかったテツもいつの間にか強く大きくなって将来を語るようになり、さゆき自身も自分の夢を模索するようになり、大人への第一歩。こんな時こそ、真ちゃんにもらったスティックが役立つ時なのですね。
「リズム」と合わせて、とても素敵な物語でした。ただの恋物語に終わらなかったのが、実は一番好きなところかもしれません。

P.176「あたし、テツや真ちゃんみたいにりっぱな夢はまだないけど、そういう小さなこと、ひとつひとつやっていきたいの。いちいち楽しみながらね」

「いちばんめの願いごと」大和書房(2006年5月読了)★★★★★
24歳だった頃の森絵都さんのエッセイ。全編恋のことばかり。そして森絵都さんの体験からの言葉ばかりです。高校のクラスメートだった彼への初恋から、半年後にそれを失ったこと、どうしても意地ばかり張ってしまう話、そんな初恋を経験する前の詰まらなかったデートの話、そして「無人島幻想」などなど。
「どんなに辛い恋だって、何年かたてば笑い話になるもんだ」と言い古された言葉を嘘だと言い切り、「がんばれ。」と言う言葉には、森さんの実体験としての重みがあります。高校生や中学生の女の子、そして20歳前後の女性はかなり励まされるのではないでしょうか。そして、このように自分の学生時代を鮮明に覚えているからこそ、今の森絵都さんの作品があるのですね。普段の小説とはまた違う、それでいて既存の作品を書いたのと同じ人なのだと納得できるエッセイ。森さんの素顔が見えてくるようで、とても爽やかで清々しい気持ちになれました。

「宇宙のみなしご」講談社(2003年3月読了)★★★★★お気に入り
中学2年の姉の陽子と、1歳年下の弟のリン。親は仕事が忙しくてほとんど家にいないため、いつも家では2人きり。2人とも退屈に弱いため、自分たちの力でおもしろいことを考え続けることには努力を惜しみません。そんな2人ですが、リンは毎日陸上部の部活があり、陽子は担任だったすみれちゃんが突然先生を辞めてから学校が詰まらなくなり、なんとなく休み中。ある日のこと、月夜に屋根の上を歩く猫を見た陽子は屋根にのぼることを思いつきます。人気のないひっそりした場所にある、上りやすい屋根を選び、音を立てずに上る。しかも常に逃げる時のことを考えておく。2人はあっという間に屋根のぼりに夢中になってしまいます。そんなことをしているうちに、陽子の登校拒否は直り、また学校に通い始めることに。

第33回野間児童文芸新人賞受賞、第42回産経児童出版文化賞・ニッポン放送賞受賞作品。
グループ付き合いが苦手で、気のあう子とだけ遊ぶ無所属の陽子。のんびりと無邪気で、誰とでも仲良くなれるリン、「若草物語」と呼ばれている優雅な4人組の中でもさらに大人しく、「ベス」と言われていた七瀬綾子。クラス中に無視され、利用され続けてきた、パソコン通信に夢中のキオスクこと相川和男。
「なんとなく」というのは実はとても強い動機だと思うのですが、それは他人、特に大人に説明しようとしてもなかなか伝わらないものですね。「なんとなく」学校を休み始め、「なんとなく」また行き始める陽子のことを、新しい担任教師は絶対に理解できないはず。本当は登校拒否というほどでもなかったのに、登校拒否という言葉で、いかにもオオゴトのように括ってしまうというのも考えさせられます。上手く言葉で説明はできなくても、陽子の中には陽子の真理があります。それは無理矢理言葉にしてしまった時点で、嘘とまではいかなくても、きっとどこか本当ではなくなってしまうもの。世の中にはそういう真理はたくさん存在すると思うのですが、それを本当に理解できるのは、大人の論理からは少しはみ出してしまっている、さおりさんやすみれちゃんぐらい。もちろん陽子も、他人の家の屋根に上ることは犯罪で、「あやまるぐらいじゃすまないだろうし、泣いてもしょうがない」ということもきちんと理解していますし、それなりに醒めた目で状況を見据えているのですが。
「けんかならだれにも負けないよ」という顔をして、無所属を貫いている陽子の姿は潔く、かっこいいです。それは本人にも分かっている通り、「ひとつまちがえればひんしゅくを買うことになる」行動。誰にでもできることではありません。しかし小さい頃から生きていくための知恵を学んでいる陽子ならではの行動。中学生ぐらいになると、大人の社会よりもよっぽどドロドロとしていたりするものですが、そんな中でも、陽子はことさらに子供ぶるわけでもなく、大人ぶるわけでもなく、あくまでも自然体。さおりさんは陽子の両親の子育ての方針に疑問を持っていますし、実際問題がないわけではないのですが、それでもやはり物事を自分自身で考える習慣というのは、陽子とリンの強みなのだと思います。

P.202「ぼくたちはみんな宇宙のみなしごだから。ばらばらに生まれてばらばらに死んでいくみなしごだから。自分の力できらきら輝いてないと、宇宙の暗闇にのみこまれて消えちゃうんだよ、って。」
P.204「でも、ひとりでやってかなきゃならないからこそ、ときどき手をつなぎあえる友だちを見つけなさいって、冨塚先生、そういったんだ」「手をつないで、心の休憩ができる友達が必要なんだよ、って…」

「流れ星にお願い」童心社フォア文庫(2006年4月読了)★★★★
運動会は運動神経のいい子のためにあるもの、そう考えている浅井桃子は、運動神経はあまり良くない女の子。しかし桃子はなんと、今度の6月4日の運動会のクラス対抗リレーの選手に選ばれてしまったのです。学年ごとに1組から4組までのクラスで競い合うこのリレーは、桃子の通う学校の名物。「校長先生にお願い」と呼ばれていました。というのも、各学年の優勝したクラスは、毎年校長先生にみんなが欲しいプレゼントをリクエストできるのです。リレーの選手となったのは、まず男子で一番足の速いウルフと、女子で一番足の速い西川さん。しかしもし負けたらしばらく教室の中で肩身の狭い思いをするのは確実。それが嫌で、他の面々は誰も選手を引き受けようとはしませんでした。そして結局押し付けられたのは、体育係の桃子と圭太郎。しかし桃子の50メートル走のタイムは11秒台なのです。落ち込んだ桃子は、用務員の仙さんところへと向かいます。

運動音痴な桃子が、それでも頑張ってリレーの練習をしていく物語。完全に予想範囲内の展開だと思いながら読んでいたのですが、気がついたらすっかり感情移入して読んでいたらしく、最後にはじわりときてしまったので、我ながら驚きました。やはりこの物語のポイントとなるのは、用務員の仙さんでしょうね。桃子のクラスが優勝するように、流れ星にお願いして欲しいと言う桃子に対して、仙さんの答えは、「桃ちゃんのクラスが優勝したら、ほかのクラスが負けることになる。勝ちたい気持ちはみんなおなじじゃないのかな?」というもの。ここで、「じゃあ、お願いしておいてあげよう」と答えるのは簡単ですし、それだけでも桃子は納得したはず。しかしそこで敢えて、「桃子のクラスが勝つ=他のクラスが負ける」と教えてくれる仙さんがとても素敵。普段からきちんと真正面から向かい合ってくれるからこそ、病気で入院してしまった仙さんのことを知った桃子が一念発起して、練習に熱心ではない他の面々を引っ張りこむパワーを出せたのではないでしょうか。そしてその頑張りが、一層清々しく感じられたのではないでしょうか。あまり好きじゃないと思っていた西川さんの、思いがけない一面も良かったです。

「アーモンド入りチョコレートのワルツ」講談社(2003年3月読了)★★★★★お気に入り
【子供は眠る】ロベルト・シューマン<子供の情景>より…この5年間、夏になると従兄弟の章くんの別荘へと向かう「ぼく」たち5人。中3の章くんを筆頭に、中2の「ぼく」こと恭と智明、中1と小4の兄弟のナスとじゃがまる。この別荘の恒例は夜のクラシック・アワー。今年は、シューマンの「子供の情景」でした。
【彼女のアリア】J.S.バッハ<ゴルドベルク変奏曲>より…「ぼく」が初めて藤谷りえ子と知り合ったのは、中3の秋の球技大会の日。不眠症に悩んでいた「ぼく」は、今は使われていない音楽室から、りえ子が弾く「ゴルドベルク変奏曲」が流れてくるのを耳にしたのです。
【アーモンド入りチョコレートのワルツ】エリック・サティ<童話音楽の献立表>より…小1でピアノを習うことになり、絹子先生に出会った奈緒。一緒にレッスンに通うようになった君江と私の元に現れたのは、フランス語を話す「サティのおじさん」でした。2人共始めは戸惑うものの、次第に彼に馴染んでいきます。

3つのピアノ曲をもとにした3つの物語。第20回路傍の石文学賞受賞作品。
「子供は眠る」なぜいつも章くんのいう通りにしなければいけないんだろう、という素朴な疑問を持ってしまったことがきっかけとなり、どんどん変わっていってしまう夏の日。少年たちは、ピアノ曲の途中で眠ってしまうような子供ではあるけれど、しかし着実に大人への1歩を踏み出しています。常にリーダーシップをとろうとする章くんのやり方に閉口しながらも、その別荘がないと夏が始まらないという気持ち、章くんを抜かしてしまいそうになって焦る気持ちが微笑ましく、そしてとてもよく分かります。「ぼく」が、シューマンの曲を全部聴き通した後で見たのは、ちょっぴり大人の時間でした。4人が思っていた以上に色々な想いを抱えていた章くんの、「おれなんか、昔から卑怯だよ」と言って去る足音が切ないですね。「彼女のアリア」ちょっぴりセピア色になった、古い校舎の音楽室の情景が浮かぶようです。嘘だとしても、彼女のおかげで不眠症が治ったのは事実。彼女を抱きしめたくなったのも同じ。余韻が残る素敵な物語です。そんなしみじみとした雰囲気の中で、「グレて、まゆげ剃った兄ちゃんは?」「更生して、またまゆげも生えてきた」には笑ってしまいました。「アーモンド入りチョコレートのワルツ」エスプリの利いたサティの曲そのままの物語。絹子先生もサティのおじさんも人とは少し違っていて、でもとびきり魅力的。奈緒や君江を巻き込んでの楽しい時間が流れます。しかしその楽しい時間も永遠には続かないのです。ワルツのテンポが微妙に崩れていくのを、見ていることしかできなかった奈緒と君江は、本当に辛かったでしょうね。それでもやはり優しく暖かい光に包み込まれるような物語です。
人は、たった1人でも本当に理解してくれる人がいれば、幸せになれるものですよね。時間が流れるにつれ、周囲の状況は変わり、それが別れや新たな出会いに繋がるかもしれません。それでもやはり、人こそが人を幸せにする原動力なのだなと感じさせてくれるような物語でした。

P.211「ワルツには感情をこめすぎちゃいけない。顔をしかめたり首を激しくゆすったり、そんなヤボな真似はワルツには似あわない。ただ十本の指を気ままに踊らせてあげる。それだけでいい。あとはピアノが音色を運んでくれる。メロディーが自由に羽ばたいていく。」

「つきのふね」講談社(2003年3月読了)★★★★
48日前までは親友だった中園梨利と仲たがいしてしまった鳥井さくらは、ただ水を吸い上げて光合成するだけというシンプルな機能の植物が羨ましい日々。そんなさくらが逃げ込むのは、24歳の戸川智のところ。とりとめのない話をするだけの2人ですが、さくらは智と一緒にいると、植物に近づけるような気がしていたのです。そして智には大事な仕事がありました。それは全人類を救うための宇宙船の設計図を描くこと。実は彼は、心を病んでいたのです。一方、前から梨利に夢中だった勝田尚純は、梨利とさくらの仲たがいの理由を聞きたがり、さくらを追い回します。口の重いさくらに業を煮やした勝田は、さくらが時々会いに行く智のことまで調べ上げ、さくらの名前を出して智の部屋にも上がりこみます。

第36回野間児童文芸賞受賞作品。
ふとしたことで傷つけあってしまったさくらと梨利。しかしお互いに相手を傷つけたというよりも、自分の行動が相手を傷つけたのではないかと思い、それによって結果的には自分自身が傷ついてしまっています。傷つくのも傷つけるのも人間、そしてそれを治し、癒すのも人間。弱くもなれるし、強くもなれるのが人間。自分の弱さや強さに溺れてしまうのは簡単ですが、それを正面にとらえて、そのまま受け止めるというのは難しいことですね。「あたしはちゃんとした高校生になれるのかな。ちゃんとした大人になれるのかな。ちゃんと生きていけるのかな。未来なんか、こなきゃいいのにーー。」という梨利の気持ちは本当によく分かります。それでも勝田くんのように、「自分だけがひとりだと思うなよ!」と言いたいのです。そして心のバランスを崩してしまうというのは、実はほんのちょっとしたことからなのですね。色々なことが重なり、そして人よりほんの少し繊細だっただけ。ノストラダムスの予言について梨利の言う「当たるとか当たらないとかじゃなくて、あいつの予言って、呪いなんだから。一種のマインドコントロールってヤツ。」という言葉は、実はとても鋭いところをついているような気がします。勝田くんの古文書はただの嘘っぱちですが、嘘っぱちでも何でも、信じる人間にとっては真実であり、同時に呪いとなり得るもの。最後にその呪いが解けて本当に良かったです。
ただ、いつもの森さんの作品よりも、読んでいてちょっぴり辛かったです。森さんの作品はどれも重いテーマを扱っていて、でもそれを感じさせない明るさや暖かさがあるのですが、この作品は直接的に響いてきてしまいました。それが少し残念かも。

P.179「人より壊れやすい心にうまれついた人間は、それでも生きていくだけの強さも同時にうまれもってるもんなんだよ。」

「カラフル」理論社(2003年2月読了)★★★★★お気に入り
「おめでとうどざいます、抽選にあたりました!」という言葉と共に現れたのは、天使のプラプラ。大きな過ちを犯して死んだため、輪廻のサイクルから外されることになった「ぼく」は、なんと「ボス」の抽選によって、再挑戦のチャンスを与えられたのだというのです。驚いて辞退する「ぼく」。しかし単なる魂である「ぼく」が、万物の父である「ボス」が決めたことを断る権利などなく、「ぼく」は強制的に、「小林真」という少年になって下界で修行を積まされることに。小林真は3日前に服毒自殺を図った少年。「ぼく」が真の身体に入り込んで目を開けた瞬間、家族は大感激、病院も大騒ぎ。真の家族は、人の好さそうな父と気配り上手の優しい母親、そして口数は少ないけれど毎日のように見舞いに来てくれる兄の3人。心から自分のことを思ってくれている家族に囲まれ、真は幸せを感じます。しかし自宅に帰ったその日、真はプラプラの言葉に奈落の底に突き落とされることに。実は父は自分さえよければいいという利己的な人間で、母はフラメンコ教室の講師と不倫をしており、兄は無神経で底意地の悪い人間。しかも初恋の相手・桑原ひろかは、中学2年生にして援助交際をしているのだというのです。

第46回産経児童出版文化賞受賞作品。
自殺を始めとして援助交際や不倫など、内容的には決して軽いとは言えないのですが、プラプラというお茶目な天使の存在のおかげで、物語が重苦しくならず、逆に軽やかにしているようですね。プラプラと真の、全く緊張感が感じられない台詞のやり取りがとてもいいのです。それに台詞以外でも、たとえば「この世には神も仏もない。ただうさんくさい天使がいるだけだ。」など、ちょっとした文章がとても巧いですね。
結末については予想がついてしまいましたが、それよりも真が結論に至るまでの過程の方が重要ですよね。人間は死ぬ時に今までの人生のことを走馬灯のように見るといいますが、その逆回転のような感覚でした。単色に始まり、途中でぐんと増してきた色彩が、一気に光を帯びたかのよう。そういう意味でもカラフルという題名がぴったり。「たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた」「角度しだいではどんな色だって見えてくる」という言葉は、真だけでなく、全ての人に当てはまる言葉ですね。プラプラの言葉によって一旦は色を決められてしまい、その色の枠にがんじがらめとなってしまう真なのですが、自分の目できちんと見さえすれば、いつだって様々な色を感じることができるのです。そしてそんな風に真の目を開かせたのは、家族やひろか、早乙女くんや唱子の力。これらの脇役である人物たちも、多少エキセントリックな部分はあるものの、等身大に描かれていて、とても魅力的です。そしてもちろん真自身の力でもあります。つらい時に「ホームステイ」だと思って乗り切ることは、意外と有効な手段なのかもしれません。
ジャンルとしては児童書なのですが、子供だけに独占させるのはもったいないです。暖かく包み込んでくれるような物語。昔中学生だったことがあるあなたにもぜひ。オススメです!

P.239「今日と明日はぜんぜんちがう。明日っていうのは今日のつづきじゃないんだ」(早乙女くん)

「にんきもののひけつ-にんきものの本1」童心社(2006年4月読了)★★★★★お気に入り
同じクラスの「こまつくん」はバレンタインデーの日に27個もチョコレートを貰ったのに、「ぼく」が貰ったのは、「かなえ」から貰った、コンビニの値札のついた義理チョコ1個だけ。この差は、どうやら「こまつくん」の方が人気者だかららしいんだけど、「こまつくん」とほとんど話したことのない「ぼく」には、なぜ「こまつくん」がそこまで人気者なのか分からない…。確かに「こまつくん」は、顔も頭も運動神経がいいけれど、きっともっと何か他の秘訣があるはず!…と、「けいた」は「こまつくん」の人気の秘訣を探ることに。

にんきものシリーズ第1弾。
人気者の「こまつくん」の理由が分からなくて、とりあえず「こまつくん」を観察して秘訣を見つけようとする「けいたくん」も可愛いのですが、やはりこの作品の白眉は、そんな「けいたくん」に対する「こまつくん」の反応でしょう。「こまつくん」の人気の秘訣が、これで良く良く分かりました。まさか彼がそう反応するとは想像もしていなかったので、びっくり。読みながら思わず噴出してしまいました。いいですねえ。ここまで鮮やかにやられたのは久しぶりです。
絵もとても可愛らしくて、構成も上手。親子で楽しむにはぴったりの本だと思います。こんな本を読んで大きくなれる今の子供が羨ましいです。ちなみにここに登場する「こまつくん」は「にんきもののねがい」で、「かなえ」は「にんきものをめざせ!」で主役となっています。

「にんきもののねがい-にんきものの本2」童心社(2006年4月読了)★★★★★お気に入り
みんなはあだ名で呼ばれてるのに、なんでぼくだけ「こまつくん」? 「なおりんと呼んで!」と言いたいけど言い出せない「こまつくん」は、「ぼくが変われ ば、きっとあだ名で呼んでもらえるようになるはず!」と、イメージチェンジ大作戦を敢行することに。しかし人気者の「こまつくん」は、学校に遅刻しても、授業中に寝ても、怒られないどころか 体調が悪いんじゃないかと心配されてしまいます。給食をガツガツ食べてみても、「そんなにおなかがすいてたの?」とみんなが色々分けてくれますし、プーとおなら をしてもだめ。「ぼくがしたんだ」と言っても誰も信じてくれす、仲良しのけいたくんが代わりに「ぷうた」と呼ばれてしまうのです。

にんきものシリーズ第2弾。
前作「にんきもののひけつ」で、人気者として登場した「こまつくん」が主人公。あだ名でよんでもらえないことを悩んでいるのですが、それは「こまつくん」に対する敬意や親愛の情が混ざったもの。頭も顔も運動神経も、そして性格もとても良い「こまつくん」は、誰からも好かれる人気者。非のうちどころがありません。おそらく、どこか相手に襟を正させる部分もあるのでしょう。しかし、だからこそ、彼は完璧な存在として小さい頃から「こまつくん」と呼ばれ続けることになってしまったのですね。そして人気者だからこそ、誰も「こまつくん」がそんな寂しさを抱えているとは想像もしようとしません。「こまつくん」自身は、本当は心にぽっかりと穴が開いたような気持ちでいるというのに。
「こまつくん」の寂しい気持ちはとても良く分かりますし、そんな「こまつくん」がイメージチェンジをしようと頑張っているところが無性に可愛いですね。そういう「こまつくん」だからこそ、皆から人気があるのですが、本人が全然分っていないところも、また良いのです。前作同様、こちらでもみながら思わず噴出してしまいました。楽しい本です。
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.