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このページは、松村栄子さんの本の感想のページです。

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「紫の砂漠」ハルキ文庫(2001年4月読了)★★★★
「見守る神」「告げる神」「聞く神」という三人の神によって支配される、4つの月を持つ世界。紫の砂漠を中心に、書記の町、祈祷師の山、巫呪の森などが点在しています。子供たちは産みの親の元で7年過ごした後、それぞれの運命の親の元へと送られ、7年間で仕事を教わり、次の7年間で恩返し、そして独立。この世界ではすべての人間は自分の性を持たずに生まれ、「真実の恋」に出会った瞬間「守る性」と「生む性」に分かれるので、子供たちにとっては、いつ「真実の恋」に出会えるかが最大の関心事。
この話の主人公は塩の村に生まれて今年で7歳になるシェプシ。砂漠に惹かれてやまないシェプシは、一日中飽きずに砂漠を眺め、村の巫女や老人から砂漠の話を聞いてばかりいる風変わりな子供でした。砂漠に入ることは神によってタブーとされているのですが、ある時偶然に「聞く神」の持ち物であったという光る音響盤を拾ったことから、シェプシは世界の真実を探り始めます。そしてそんなある日のこと、シェプシのいる塩の村にも、7歳になった子供たちを迎えに詩人がやってきます。

まず世界設定がとてもユニークです。人が生まれながらの性を持たないというのが面白いですね。それに産みの親よりも運命の親を重視するというのも面白いです。最初は、性の違いや血の繋がりを否定することによって、現在の世の中の固定観念を崩そうとする話なのかと思ったのですが、そういうわけでもないようですね。皆、神の決めた運命の親や、真実の恋によって定められた性の持つ役割に、実に素直に従っています。しかし大勢の人間がいると、当然真実の恋の相手を亡くしてしまったり、真実の恋に巡り合えないままの人間も現れるわけです。そしてそういう人間は、多くの場合、詩人となることに。一応書記の仕事に属しているのですが、大人たちからは一段低く見られている存在。
現実とは違う世界の物語ということで説明が多く、読み始めた時は、この独特な世界になかなか入り込めずに苦労しました。しかし一旦慣れてしまえば、もう全然大丈夫。砂漠や詩人の存在がとても美しい情景を作り出す、とても切ない物語です。

「詩人の夢」ハルキ文庫(2001年4月読了)★★★★★お気に入り
光る音響盤によって砂漠の秘密を手に入れたものの、その代償として詩人の命を断つことになってしまったシェプシ。シェプシは自分を責め、すぐれた才能を持ちながらも、運命の親の職業である書記ではなく、あえて詩人の仕事を選ぼうとします。そんなシェプシが成長していく間に、「最初の書記」と「聞く神」によって築き上げられたこの世界に、大きな変動が訪れます。禁忌の場所であったはずの砂漠は開放され、誰も読むことができず聖遺物とされていた「第一の書記の日記」と「失われた知恵」が、シェプシによって解読されます。神の子が誕生し、天変地異が起こります。そして神が耳を閉ざしてしまったことにより、今まで神の言葉を聞いて行ってきたことを、人々が自分たちで決めなければならなくなるのです。穏やかだったはずの世界は失われていき、次第に書記と巫呪の対立が次第に激化することに。

「紫の砂漠」の続編です。
穏やかな雰囲気の前作とはイメージが少し違い、こちらは激動の物語です。しかし前作で世界の設定に慣れていたせいか、今回はすっと入り込めました。それどころか、こちらの方が、物語が心の中に染みとおってくるような感覚。シェプシの哀しみが、しみじみと伝わってきます。前作では語られきれなかった、詩人や書記という職業、そしてこの世界についてもかなり詳しく書いてあり、読了後の満足度も高かったです。「紫の砂漠」を読んだら、必ず一緒に読んで欲しい1冊です。

「雨にもまけず粗茶一服」マガジンハウス(2004年12月読了)★★★★★お気に入り
友衛遊馬(ともえあすま)は、弱小茶道家元・武家茶道坂東巴流の18歳の跡取り息子。坂東巴流は、京都にある巴流から分かれた流派で、弓道、剣道、茶道の3つの道を教えており、遊馬もそろそろ京都の茶を仕込まれるべく、京都の大学を受験することになっていました。しかし遊馬は受験勉強をしているはずの時に教習所に通って免許を取り、京都の大学を受験をしているはずのその日、なんと横浜でライブに行っていたのです。父親である10代目家元・秀馬(ほつま)は激怒。厳しい修行で有名な比叡山の天鏡院で性根を叩きなおして来いと言い放ち、遊馬は弟の行馬に持たされた茶杓を持って家出をすることに。

爽やかな成長物語。 茶道の家元を継ぐのを嫌い家出したはずなのに、なぜか嫌っていたはずの京都に行く羽目になり、そしてなぜか茶道の教室を営む家に居候することになってしまう遊馬。前髪は真っ青、いかにもバンド少年という格好をしているのに、ふとした拍子に育ちの良さが垣間見えてしまう、この遊馬が何ともいいですね。逃げても逃げても、茶道の方から彼を追いかけてきてしまっているようなのも可笑しいです。 自分が本当は何をしたいのかなかなか分からずに苛立つのも良く分かるし、本当は茶道も弓道も剣道も嫌いではないのに、その辺りに触れられると思わず強い言葉を返してしまうのも、とても良く分かります。茶道も弓道も剣道も、遊馬にとってはかけがえのない大切なもの。しかし生まれてこの方、常に身近にありすぎて、自分にとって一体どのような存在なのかが分からなくなってしまったのですね。この京都で過ごした期間は、周囲が考えている以上に遊馬にとって必要な時間だったのでしょう。
そして脇役陣も、個性的な楽しい面々。特に京都の人々は、今出川幸麿を始めとして、一癖も二癖もある人ばかりですし、高田畳店の志乃や翠の父親もいい味を出しています。しかし、ある意味一番存在感があったのは、長男・遊馬の下で、しっかりしすぎるほどしっかりしてしまった次男の行馬かもしれません。最終的に見ると、全てが行馬の手のひらの上の話だったような気がしてしまうほどでした。
全編茶道の話となっていますが、茶道が好きな人はもちろん、まるで知らない人にも楽しめる物語だと思います。むしろ茶道を良く知らない読者にとっては、単なるしきたりや形式以上の楽しい世界を垣間見ることができて、とても新鮮なのではないでしょうか。幸麿や隣家の哲哉、近所の寺の不穏らが、持ち寄りのお茶会のために、ああだこうだと相談しながら活ける花や掛け軸など道具組みを考えているところも楽しいですし、魚正のおじいさんが魚繋がりの道具を揃えていたというのも、本当に茶道を楽しんでいたのが分かります。読んでいるだけで、無性にお茶室のあの雰囲気を味わいたくなってしまう作品でした。
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