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このページは、加納朋子さんの本の感想のページです。

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「ななつのこ」創元推理文庫(2000年4月読了)★★★★★お気に入り

【スイカジュースの涙】…入江駒子は、偶然本屋で見かけた童話集「ななつのこ」を衝動買い。作者の佐伯綾乃へ、本に対する想いと共に、身近で起った不思議な出来事を書き綴ります。
【モヤイの鼠】…友人のたまちゃんと共に画廊を訪れた駒子は、そこにあった百号の大作「悠久の時」に傷を付けてしまいます。しかし謝るために再び画廊を訪れると、そこにあった絵には傷などなく…。
【一枚の写真】…写真アルバムの整理を始めた駒子は、写真が1枚抜け落ちているのに気付きます。何の写真が貼られていたのかどうしても思い出せない駒子の元に、写真は郵送されて戻ってくることに。
【バス・ストップで】…送迎バスで車の教習所に通う駒子は、バスを待つ間、不思議な光景を目撃。それは米軍キャンプの金網沿いのつつじの植え込みにうずくまり、行きつ戻りつする老女の姿でした。
【一万二千年後のヴェガ】…駒子はデパートの屋上のプラネタリウムへ。その時屋上から盗まれたビニール製の恐竜・ブロントザウルスは、デパートから約30キロ離れた幼稚園で発見されます。
【白いタンポポ】…駒子は友達のふみさんと一緒に、小学校のサマーキャンプにボランティアとして参加。そこにいたのは真雪ちゃん。駒子は彼女に、幼い頃の自分と同じものを感じます。
【ななつのこ】…本屋で偶然再会した瀬尾さんに誘われて、駒子はまたしてもプラネタリウムへ。そこで紹介されたのは、「ななつのこ」の表紙を描いた麻生美也子。なんとサマーキャンプで出会った真雪ちゃんのお母さんだったのです。しかしプラネタリウム上映中に、真雪ちゃんが消えてしまい…。

第3回鮎川哲也賞受賞作でもある、加納朋子さんのデビュー作。
19歳の短大生・入江駒子が、「ななつのこ」という童話集と偶然出会い、作者である佐伯綾乃と手紙のやりとりを始め、その手紙によって様々な不思議なできごとが鮮やかに解き明かされていくという連作短編集です。
まず話のつくりが非常に凝っていますね。童話集「ななつのこ」の中の謎と、駒子の身の回りの不思議な出来事が交錯し、二重のミステリという形になっています。そして作中作「ななつのこ」の登場人物である「あやめさん」が主人公「はやて」の謎を解き明かすのと同様、「ななつのこ」の作者の佐伯綾乃が駒子の疑問を鮮やかに解いていくのです。
ミステリとしては北村薫さんのような「日常の謎」。雰囲気がとても似ています。北村さんの作品ほど読んだ時の衝撃度は高くなく、どちらかといえば「なるほど」と静かに納得する感じなのですが、柔かく懐かしい雰囲気の中にも、時々ぴりっとした部分が見えるのがとても良かったです。佐伯さんの謎解きには驚きましたが、私にとっては、佐伯さんよりも作中作の登場人物である「あやめさん」の方が印象深かったかも。この作中作の存在はとても大きいと思います。作中作の方の「ななつのこ」をぜひ読んでみたくなってしまいます。


「魔法飛行」創元推理文庫(2000年4月読了)★★★★★お気に入り

【秋、りん・りん・りん】…シャツの印象的な茜色から駒子が勝手に「茜さん」と名づけた女子学生は、授業の出席簿が回ってくるたびに、違う名前を記入していました。
【クロスロード】…駒子聞いた、美容院で近所の交差点に出る幽霊の話。事故死した男の子の父親の画家が、事故の現場に描いた子供の絵が、夜になると動くという噂がたっていたのです。
【魔法飛行】…駒子が大学の文化祭で野枝と受付をしていると、そこに現れたのは、UFOや超能力、宇宙人などを信じている野枝の幼なじみの卓見。卓見は双子の男の子を使って実験をすることに。
【ハロー、エンデバー】…駒子がクリスマスに愛ちゃんに渡された手紙は、駒子と瀬尾さんしかしらないはずの物語について書いてくる謎の手紙の3通目。今回初めて「坂口亮」という差出人の名前があり、内容を読んだ駒子は、これが遺書であることを直感します。

「ななつのこ」に続く、駒子が主人公の連作短編集。
前作の手紙のやりとりとは違い、瀬尾さんとの「私も、物語を書いてみような」「じゃあ書いてごらんよ。よかったら読んであげるから」というやりとりから、駒子は自分でも周りに起きた奇妙な出来事を書くことになります。そして駒子が書く物語に瀬尾が感想文をつけるという形で謎が解かれていくという形式。入れ子構造でなくなったので、「あやめさん」に会えないのが少し寂しいですね。しかしその代わりに、各短編の間に謎の手紙が挿入されています。それが何なのかというのは、最後までのお楽しみ。前作でもそうだったのですが、1つずつの短編が実は伏線になっており、最後に1つの長編として完成するという構成です。
駒子の書く物語は、自分のまわりの世界についての暖かくほのぼのとしたお話です。前作で駒子は「自分は2番目だから云々」ということを言っていましたが、これだけ素敵な友人に囲まれていて、それは贅沢というものでしょう。皆、駒子自身の純粋さに惹かれて集まってくるのですすから。
この中で私が一番気に入ったのは、表題作の「魔法飛行」。ロマンティックです。


「掌の中の小鳥」創元推理文庫(2001年4月読了)★★★★★お気に入り

【掌の中の小鳥】…春。圭介は銀座で偶然、学生時代の先輩に出会います。現在先輩の妻であり、かつて圭介自身も思いを寄せていた容子の話をしているうちに、圭介は容子の描いた絵「雲雀」が何者かに無残に汚された真相に気づき、その真相のもたらす混沌にうちひしがれることに。
【桜月夜】…パーティで出会った女性と会場を抜け出した圭介は、ふと見かけたショット・バー、エッグ・スタンドへ。その店には、見事な枝振りの桜が生けてあり、店中が薄紅色に覆われていました。
【自転車泥棒】…夏の雨の日。圭介が喫茶店で彼女を待っていると、見知らぬ女子高生が、店の外の傘立てに自分の真っ赤な傘を入れ、代わりに圭介のモスグリーンの傘を持っていってしまいます。
【できない相談】…秋。偶然小学校時代の親友・武史に出会った紗枝は、武史の知り合いの女性・亜希子の家に行くことに。武史「あの部屋ごと、亜希子さんを消してしまうことができる」と言い出します。
【エッグスタンド】…冬。珍しく一人でエッグ・スタンドに現れた圭介は、泉さんに、従兄の晃一の派手好きな婚約者のことや、彼女を観察するために晃一の妹・礼子と訪れた「大寄せ茶会」の話をします。しかし泉さんは、その話から圭介自身が語らなかったことまで読み取ってしまうのです。

加納さんお得意の日常的な謎を集めた連作短編集です。圭介や紗英が、エッグ・スタンドの女性バーテンダー・泉さんや常連の老紳士「先生」の暖かい目に見守られながら、1年近く2人の時間を過ごしていく様子が描かれています。2人の周りに起きた出来事を綴った、優しく温かくてちょっぴり切なさの残る短編たちが、同時に季節の移り変わりをも感じさせるというとても素敵。そしてこの短編集には、この2人のラブストーリーだけでなく、学生時代の圭介の思いも籠められていて、私はその部分がとても好きです。もしかしたら私は、紗英よりも容子に思い入れがあるのかもしれません。容子と圭介のせつないすれ違いが心に痛いです。
全体的に色彩感がとても豊かなのですが、その中でも特に表題作「掌の中の小鳥」の中の、容子と圭介が画材売り場にいるシーンが一番印象に残りました。自分自身の色… 素敵です。


「いちばん初めにあった海」角川文庫(2000年7月読了)★★★

【いちばん初めにあった海】…女性専用のマンションに1人暮しの堀井千波は、どうにも周りの雑音が気になり、思い切って引越しをすることを決意。早速始めた荷造りの最中に見つけたのは、1冊の見なれない本でした。タイトルは「いちばんはじめにあった海」。本の中には未開封の手紙がありました。
【化石の樹】…大学を卒業してもアルバイト暮らしの「ぼく」。植木の水やりのバイトで知り合ったサカタさんに一冊のノートを手渡されます。そこには、ある1組の親子の姿が書き綴ってありました。

ストーリー的にはあまりミステリという感じはしませんし、話が淡々と進んでいくので物足りなく感じる人もいるかと思います。しかし読んでいるうちに、目の前にどんどん情景が広がっていく印象。ここに収められている2つの短編は全く別の話なのですが、この2作品の根底に流れるものは共通しており、双子のように対になっています。最後には加納さんお得意のトリックもしかけてあり、読み終わった瞬間に、また始めから読み返したくなる人も多いでしょうね。どちらも優しい雰囲気の中に「殺人」の2文字が潜み、ほのぼのとした雰囲気だけでは終わりません。しかし同時に愛情も沢山詰まっている作品。その中でも「かんにんなぁ」「ええねん」が素敵です。登場人物の気持ちがしみじみと感じられます。


「ガラスの麒麟」講談社文庫(2000年7月読了)★★★

【ガラスの麒麟】…通り魔に刺殺された17歳の女子高校生・安藤麻衣子。事件直後、野間は娘の直子の挙動がおかしいことに気付きます。直子はまるで自分が麻衣子であるかのような言動を繰り返していたのです。そんな時、野間の元にきたのは麻衣子が雑誌の童話賞に応募した作品「ガラスの麒麟」のイラストの仕事。野間は麻衣子の葬儀で出会った高校の養護教諭・神野奈生子に相談することに。
【三月の兎】…2年生の担任の教師全員が校長に召集されます。2年生の生徒の誰かが通学途中にある老婆にぶつかり、高価な古伊万里の壷を割ってしまったというのです。
【ダックスフントの憂鬱】…小宮高志の元に、幼なじみである三田村美弥から飼い猫のミアが鋭利な刃物で傷つけられたという電話が。他にも被害を受けた猫がおり、高志は犯人を捕まえる決心をします。
【鏡の国のペンギン】…校内で「安藤麻衣子の幽霊が出る」という噂が蔓延。原因となったのは、校内のトイレのイタズラ書き。神野奈生子は、通り魔事件がまだ終わっていないことを指摘します。
【暗闇の鴉】…山内伸也は同じ会社の受付嬢・窪田由利枝にプロポーズ。しかし彼女は殺人を犯しているからと断ります。彼女の元には、死んだはずの安藤麻衣子からの手紙が届いていたのです。
【お終いのネメゲトサウルス】…安藤麻衣子の童話「ガラスの麒麟」が出版されることになり、野間は神野奈生子と共に、麻衣子の母親に出版の許可を求めに行くことになります。

第48回日本推理作家協会賞短編・連作短編集部門賞受賞作品。
安藤麻衣子の殺人事件を中心に起きたいろいろな出来事をつづった連作短編集。今回の探偵役は高校の養護教諭である神野奈生子。彼女自身が辛く苦しい過去を持つせいか、様々な問題や孤独をかかえた女子高生たちが次々に保健室を訪れます。人の痛みを理解するのに、必ずしも同じような痛みを体験する必要はないと思うのですが、さすがに痛みを知っている神野奈生子の目はある時は優しく、ある時は厳しく、物事のや人間の本質をとらえていますね。ガラスのように脆く壊れ易いのは女子高生だけの特権ではないのです。
通り魔殺人という少し重いテーマですが、本書の前に「いちばん初めにあった海」を読んでいたせいか、違和感なく読めました。もちろん加納さんのしみじみと愛情のこもった文体はこれまで通りです。


「月曜日の水玉模様」集英社(2001年1月読了)★★★★

【月曜日の水玉模様】…いつもかなり手前で下車していた若いサラリーマンが、ある日を境に陶子の身近に出没。3着のスーツと5本のネクタイをローテーション、いつも邪気のない笑顔を浮かべる彼は?
【火曜日の頭痛発熱】…風邪をひいて熱っぽい陶子は病院へ。そこには陶子に風邪をうつした張本人・萩広海も来ていました。そして陶子が会社に戻った後、萩から間違えて陶子の分の薬を持って帰ってしまったとの電話が。しかし陶子が持って帰ってきた薬は萩のではなく、また別の人の薬だったのです。
【水曜日の探偵志願】…時々電車で興味をひく人を見かけたりすると、思わずついて行きたくなることがあるという話から、萩は本当に通勤電車で乗り合わせた男のあとを尾けて行ってしまいます。
【木曜日の迷子案内】…陶子は久々に、会社の元先輩の長与和歌子と一緒に、会社のそばでランチをとります。ランチを終えて会社に戻った陶子に後輩の真理から、迷子につかまってしまったという電話が。
【金曜日の目撃証言】…ある会社で窃盗騒ぎがおき、1人の女子社員が疑われます。彼女は、犯人はレンタルグリーン・サービスの従業員だと主張しますが、その従業員にはアリバイがあったのです。
【土曜日の嫁菜寿司】…急に大阪に出張することになった陶子に、祖母は散らし寿司のお弁当を持たせます。新幹線に乗った陶子と同席したのは、4人の若い女の子と1人の中年の婦人でした。
【日曜日の雨天決行】…会社の取引先の社長の接待で、陶子たちはソフトボールに駆り出されます。いざ試合が始まってみると、相手チームには意外な人物が。

片桐陶子は小さなメーカーに勤める普通のOL。毎朝満員電車で通勤しているうちに、いつも電車で一緒になる萩広海と知り合い、話をするようになります。この2人を中心とした連作短編集です。
それほど濃いミステリではなく、起こる事件にもそれほど深刻なものはありません。殺人はおろか、せいぜい窃盗や詐欺程度。むしろそういうミステリ的な面よりも、陶子と彼女をとりまく人々の人間模様がとても楽しい作品です。脇役までみな個性的ですが、やはり萩広海のとぼけたところがいいですね。この萩くんには、どことなく泡坂妻夫さんのシリーズ物の主人公・亜愛一郎のような雰囲気があります。普段はただにこにことしているだけなのに、見るべき所はしっかり見て、押さえるべき所はしっかり押さえてる。しっかりしているのに可愛らしいお姉さんの陶子とは良いコンビです。話のテンポも良く、どんどん読めてしまいます。ちょっとした息抜きにぴったりの軽さですね。仕事に疲れたOLやサラリーマンに、元気を与えてくれそうな1冊です。


「沙羅は和子の名を呼ぶ」集英社(2001年1月読了)★★★★★お気に入り

【黒いベールの貴婦人】…夏休み。気楽な大学生の「僕」は、廃屋となってしまった芹沢医院の建物を見かけます。好奇心からふと足を踏み入れてみると、そこにいたのは、麗音と名乗る女の子でした。
【エンジェル・ムーン】…エンジェル・ムーンは、優しいマスターと美味しいコーヒー、沢山の魚がいる喫茶店。6月の雨の中、私の目の前でマスターの亡き妻の日記に書かれた出来事が再現されます。
【フリージング・サマー】…従妹の真弓がニューヨークに留学し、彼女のマンションに住み始めた「私」。ある朝ベランダにやってきたのは伝書鳩。足には「コロサナイデ。」と書かれた紙が…。
【天使の都】…麻理子はタイのバンコックへ。単身赴任中の夫は忙しくてなかなか会えず、オリエンタルホテルの庭でぼうっとの過ごす麻理子。偶然出会ったワンナという少女が、夜、部屋に訪ねてきます。
【海を見に行く日】…突然帰省した娘との会話。今度旅行に行くらしい娘に、母は自分も30年ほど前にそこに行ったことがあると、思い出を語ります。
【橘の宿】…信濃の山中を歩いていた若者がふと気付いた甘い香り。ついふらふらとそちらの方に向かって行くと、そこには一軒の家と、天女のように美しい女性の姿が。
【花盗人】…1人暮らしのおばあちゃんの庭には、丹精した花が咲き乱れています。しかしある日、庭の隅の柚子の木の根元に穴が。気付くと、庭の一番いい場所に見知らぬパンジーが植えられていました。
【商店街の夜】…駅前開発からはすっかり取り残されてしまったかのような平凡な古い商店街。しかしある晩、男が現れて銀行のシャッターに色を塗り始めます。そしていつしか商店街には森が出現。
【オレンジの半分】…真奈と加奈は一卵性双生児。見知らぬ男の子に会うために待ち合わせ場所に向かった真奈はすっぽかされて帰宅。しかしその後、加奈らしき子と男の子が一緒に歩いている写真が。
【沙羅は和子の名を呼ぶ】…和子が引っ越し先で最初に友達になったのは、沙羅という名前の女の子。しかし和子が沙羅の話をすると、両親とも「和子も早く本物の友達を作らないと」と言うのです。

連作ではなく、普通の短編集。1つずつの物語テイストはまるで違うのに、こうやってまとめて読むと、なぜか同じトーンに思えてしまうのが不思議です。現実と幻想の狭間で揺れ動いているような物語ばかり。切なかったりほろ苦かったり、しかしふんわりと暖かい感情が、何かしら印象的な情景と共に目の前に浮かんできますね。どれも素敵なのですが、私が一番好きなのは「商店街の夜」。まるで夢のようなお話。こんな夢を見れたら、きっとその日一日は幸せな気分でいられそうです。
「黒いベールの貴婦人」幻想的。麗音や真吾がいい味出してます。「エンジェル・ムーン」時空を越えたロマンティックな話。無理にオチをつけなくてもいいような気もします。「フリージング・サマー」冒頭の「とろけそうに暑い夏。氷漬けにして、冷凍庫に入れた」というのが美しいです。真弓の意図したことはあまり理解できなかったのですが、昔のことを思えば皆が危惧したのも当然なのかも。「天使の都」このオチはとても素敵。夫婦それぞれの心が痛いのですが、最後にはとても暖かい気持ちになれます。「海を見に行く日」最後の「戻っておいでよね。あたしんとこに。」というのが、しみじみと響きます。「橘の宿」加納さんに珍しい時代物、というよりもむしろ昔話の絵本のようです。「花盗人」これは、盗人よりも始末が悪いのでは。イヤな人…。「商店街の夜」SFファンタジーみたいな作品。緑の匂いが迫ってくるような感覚。夢が広がる物語。「オレンジの半分」これはアンソロジー「不在証明崩壊」にて既読。甘酸っぱいオレンジのようなほのぼのとした物語。「沙羅は和子の名を呼ぶ」この本に収められた中で一番長い物語。幻想的です。もしもあの時、と考えるのは、人間なら誰しもあることだとは思いますし、いくら考えても仕方のないことだと分かっていると思うのですが、でも考えてしまうものなんですよね。


「螺旋階段のアリス」文芸春秋(2002年2月読了)★★★★★お気に入り

【螺旋階段のアリス】…探偵事務所を構えて独立した仁木順平の元にやってきたのは、押しかけ助手の市村安梨沙。初めての依頼人は、亡くなった夫が隠した貸し金庫の鍵を見つけて欲しいという主婦。
【裏窓のアリス】…2番目の依頼人は、向いのビルに住む社長夫人。嫉妬深い夫が仁木探偵事務所のちらしを見ていたのを知り、先手を打って、自分が浮気をしていないことを証明して欲しいというのです。
【中庭のアリス】…上品な老婦人からの依頼は、行方不明のサクラという犬を探して欲しいというもの。しかし彼女の姪・椿によると、そんな犬は元々存在しないという話なのです。
【地下室のアリス】…今回の仕事の依頼人は、仁木が勤めていた会社の部下・早乙女からの紹介。会社の地下3Fにある誰もいない書庫に、何度も電話がかかってくるというのです。
【最上階のアリス】…大学時代の先輩・真栄田からの依頼で、2人は彼のマンションへ。最近淑子夫人に用事を頼まれることが多く、家から遠ざけられているような気がするのだいうのです。
【子供部屋のアリス】…今回の依頼人は、産婦人科の院長。生後3週間の赤ん坊を預かって欲しいという依頼を断りきれなかった仁木と安梨沙は、産婦人科の上にある自宅で面倒を見ることに。
【アリスのいない部屋】…月曜日、突然安梨沙からしばらく休みたいという電話が入り、水曜日、彼女の父親から娘を出して欲しいという電話が。しかしその直後、安梨沙を誘拐したという電話が入り…。

普通のサラリーマンだった仁木順平は、会社のリストラの一環である「転身退職者支援制度」を利用し、念願の私立探偵事務所を開いたところ。「転身退職者支援制度」とは、要するに、退職金に1年分の給料が上乗せされているという制度。しかし仁木が開いた探偵事務所は、当然のように閑古鳥。事務所を開いて3日目、事務所を最初に訪れたのは、真っ白い猫を抱いた、まるで「不思議の国のアリス」の世界から抜け出してきたような美少女・市村安梨沙でした。彼女は探偵助手を志願し、仁木と一緒に事件に当たることに… という連作短編集。
どの話もルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」がベースとなっており、そのキャラクターは依頼人や安梨沙の存在とリンクしています。作中で時々引用される「不思議の国のアリス」のエピソードも作品にほのぼのとした優しい雰囲気を醸し出していますね。肝心な謎解きの方は、仁木よりも安梨沙が本領発揮。
依頼人の持ち込む謎は皆どこか「夫婦」に関連しているのですが、「夫婦」と一言で言っても、世の中には色々な夫婦がいるわけで、7つの短編を通して様々な夫婦像、もしくは夫婦予備軍が描かれていきます。心の奥にひっそりと隠された夫の想い、妻の想いが謎を解くキーワード。そこには優しさと思いやりが溢れています。想いを伝えられなかった相手には、「世間知らず」な面が共通しているのが哀しかったりするのですが…。
「夫婦」というキーワードとは対照的に、仁木と安梨沙は中年男性と若い美女という組み合わせなのですが、こちらはごくさらりとした関係。男と女というよりも、仁木はまるっきり保護者ですね。この2人の関係が生々しくならないのがいいですね。「アリスのいない部屋」では、仁木自身の夫婦関係について、そのあり方が模索されます。この終わり方もとても素敵で、読後感がとても爽やかな作品です。
「螺旋階段のアリス」状況設定もいいし、有能な専業主婦が探してもまず見つからない場所の選択とその理由がすごくいいですね。伏線もお見事。それに、貸金庫に入っていた物を知った時のほのぼのとした感じが最高です。「裏窓のアリス」意外な結末。仁木の言う、「真実を探り出す仕事じゃない」というのが重いです。「中庭のアリス」切ない話。でも解決するのに優しい嘘を選ぶ仁木がいいですね。とはいえ、箱入りのままで育ち、年をとっていった依頼人が、夫の死だけはそのまま受け入れているというのがなんとも皮肉。「地下室のアリス」この話だけは、なんだか中途半端なような…?「最上階のアリス」謎自体も面白いのですが、それよりも動機が秀逸。この優しさには哀しさを感じてしまいますが、同時に救われますね。「子供部屋のアリス」本来なら気持ちの良くない話のはずなのに、それをすっかり上回っていて素晴らしいです。「アリスのいない部屋」安梨沙の正体がようやく分かります。仁木夫婦の会話がとても興味深く、連作短編集のラストに相応しい短編です。


「ささらさや」祥伝社(2002年5月読了)★★★★

【トランジット・パッセンジャー】…「俺」が交通事故に遭い、「俺」とサヤと、生まれたばかりのユウ坊の幸せはあっけなく壊れることに。しかしサヤは、1人で残していくには、あまりに頼りなく…。
【羅針盤のない船】…ユウスケを引き取ろうとする夫側の親族から逃げるように、サヤは佐々良へと引っ越すことに。偶然出会った鈴木久代というお婆さんの忘れ物に気づき、彼女を探し出そうとします。
【笹の宿】…佐々良への引越し当日。水道もガスも通じていないため、サヤとユウスケは引越しセンターの青年の紹介で、老舗旅館・笹乃屋に1泊。しかし部屋の外からは、土を掘り起こす不気味な音が。
【空っぽの箱】…サヤの新居の隣に住む珠子お婆さんは詮索好きで、預かっていた伯母宛ての荷物も開けてしまったらしいのです。中にはおがくずの梱包剤が詰まっているだけだったと言うのですが…。
【ダイヤモンド・キッズ】…ユウスケのベビーカーの中に、くしゃくしゃになった誘拐状が。しかしユウスケは誘拐されずに、家で遊んでいます。本当に誘拐されたのは…?
【待ってる女】…珠子さんとは反対側のお隣のお婆さんは、サヤが初めて挨拶に行った時、ユウスケを見て「ユタカ」と呟きます。サヤは、そのお婆さんにはサヤの夫が見えているのではないかと考えて…。
【ささら さや】…夜中に突然ユウスケが発熱し、サヤは大慌て。手配してもらった車に乗り込んで病院に向かうのですが、病院にユウスケを見せた途端、サラは完全介護だからと追い返されてしまいます。
【トワイライト・メッセンジャー】…サヤとユウスケを見つめる「俺」。自分がいなくてもサヤはなんとか全てのことを乗り越えられる…。そして執行猶予の状態には限りがあるのです。

妻・サヤと生まれたばかりのユウスケを残して死んでしまった「俺」は、成仏できずに、サヤとユウスケを見守り続けます。…サヤに困ったことが起きた時に、密かに助けるために。「俺」は、幽霊となった自分を見ることができる人間の中に、1度だけ入り込むことができるのです。そしてその時、サヤの耳元で風が「ささら さや」と囁きます。まるで映画の「ゴースト」のような連作短編集。
死んでしまった夫に見守り続けてもらえるサヤ。最愛の夫が事故で亡くなってしまうという設定を聞いた時は、あまりに哀しそうなので読むのをやめようかと思いましたが、しかしいい作品ですね。切なくて、でもほのぼのと心が温かくなるような、とても加納さんらしい作品だと思います。1人では何もできないサヤ。こんな女性が実際にいたら、かなり苛つかされてしまいそうなのですが、しかしここまで周囲に愛情を注いでもらえるのも、悪意というものがこれっぽっちも存在しないサヤの人徳なのでしょう。佐々良に移り住んだサヤには、1人ずつ強力な味方ができていきます。久代さん、夏さん、珠さんというお婆ちゃんトリオや、エリカとダイヤくんという親子。これらの個性的な面々も、あくまでも柔らかい色合いで描かれており、その暖かさが身にしみるよう。最初は情けなかったサヤも、周囲の人々に助けられ、叱咤激励されていくうちに、だんだんと成長していきます。
しかし何と言っても「俺」がいいですね。「馬鹿っサヤ」と言いながら現れる「俺」の不器用な優しさ。最後に「俺」が、サヤはもう大丈夫だと悟るシーンが、しみじみと心に響きます。


「虹の家のアリス」文芸春秋(2003年9月読了)★★★★

【虹の家のアリス】…仁木は、安梨沙の伯母の家で出会った有閑マダムたちの1人の相談をうけることになります。彼女が運営する育児サークルで、次々と妙なトラブルが起きたというのです。
【牢の家のアリス】…「子供部屋のアリス」で仕事をした青山産婦人科で、またしてもトラブルが。密室の中から新生児が浚われたというのです。同室にいた母親は、産後の疲れでぐっすり眠っていました。
【猫の家のアリス】…猫好きが集まるネットの掲示板に、飼い猫が殺されたという書き込みが続きます。殺された猫の名前はABC順。美樹本早苗は、次は自分のダニエルではないかと心配し…。
【幻の家のアリス】…父親が留守の間に実家に着替えを取りに行きたいと言い出した安梨沙に、車を出した仁木。仁木は安梨沙が家政婦の納谷蕗子を嫌うようになった理由を調べることに。
【鏡の家のアリス】…久しぶりに息子の周平からの電話が。現在結婚を考えている女性が、周平が以前デートをしたことのある女性に、色々とストーカー的な嫌がらせを受けていると言うのです。
【夢の家のアリス】…仁木探偵事務所に2人の女性からの依頼が重なり、さらにもう1人若い女性が。久我瞳と名乗った女性は市村英一郎の事務所に勤めている女性。栄一郎が怒鳴り込んできます。

「螺旋階段のアリス」のシリーズ第2弾。前回の夫婦に対して、今回は家族がテーマとなっています。仁木家のファミリーが次々と登場し、安梨沙の生い立ちなども語られるのが興味深いところ。
「虹の家のアリス」なんとも可愛らしいオチがいいですね。いつかは児童書が書いてみたいとおっしゃってる加納さん、いつでも大丈夫ではないでしょうか。「珊瑚の会」「苺の会」「虹の会」…という語呂合わせも洒落てますし、仁木が勝手につけたあだ名と現実のリンクも面白いです。「牢の家のアリス」安梨沙もだんだんと図太くなっているようです。「無垢の笑顔」だなんて言ってられないのでは。それにしても全く、信じられない人たちですね。「猫の家のアリス」アンソロジー「『ABC』殺人事件」にて既読。童話のようなほんわりした雰囲気の奥には、ひんやりとした怖さが。「幻の家のアリス」これは初めて知りました。この1冊の中で一番好きな作品かも。「鏡の家のアリス」仁木の早とちりが可笑しい。「牢の家のアリス」では自分のことを古い人間だと言っていたのですが、でもいざ現実のことになれば、こういうタイプなのかもしれないですね。トリックについては分かりやすいかと思うのですが、ラスト間近の書き方がややこしいので混乱しました…。「夢の家のアリス」ミステリ部分とそれ以外の部分のリンクが少々弱いように感じられますが、やはりこれは安梨沙の物語だったのでしょう。
今回起きた謎は、何かに一生懸命になるあまり、もしくは何かを大事にするあまりに、逆にここに登場するようなトラブルとなってしまったというケースが多いですね。純粋な悪意からのことだけではないだけに、逆を返せば全く悪意が存在しなかったりするだけに、なかなか難しいですね。仁木は前回よりはきちんと推理していますが、やはりいいところは安梨沙に攫われています。安梨沙のことを正真正銘の天使だと思っていた仁木の感じ方の変化にはニヤリとさせられますが、天真爛漫なだけではない安梨沙の姿には、読んでいて少々複雑な気持ちも。安梨沙も1人の人間なのですから、それが本来の姿なのでしょうけれど…。
巻末には、加納朋子さんのインタビューや、ご自身による作品紹介も収められています。ファン必見。

P.73「あのねえ、おじさん。子供ができるのに、深く付き合う必要なんてないのよ」

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