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このページは、小谷真理さんの本の感想のページです。

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「ファンタジーの冒険」ちくま新書(2006年12月読了)★★★★★

怪奇幻想文学やSF、児童文学、古典、純文学まで幅広く網羅する「ファンタジー」。その捉え方は、人によって様々です。文学批評家コンビ、ケネス・J・ザホロスキとロバート・ボイヤーによる定義は「魔法に代表される超自然現象、非合理なもの、要するに科学主義や合理主義に裏打ちされた現実の枠組みを外れてしまうような現象を扱った作品」。文学批評家・ローズマリー・ジャクソンの定義は「現実的な表現に重きを置かない文学すべてを、無差別に指し示す。つまりそれが、神話、伝説、民話、妖精物語、ユートピア寓話、夢のヴィジョン、シュールレアリズム小説、SF、ホラー… なのである」。ファンタジー・ブックガイドの編者・デイヴィッド・プリングルの定義は、「ファンタジーは超自然的で神秘的で夢幻的で逃避的な、とっても大きな旅行カバンみたいなもの、いわばポピュラー・フィクション全体に広がる沼地みたいなものである」。
よく知っているようであまり良く知らない、新しいようでいて実は古い「ファンタジー」について、歴史的な流れに沿って概観する本。
第1章「妖精戦争」ではジョージ・マクドナルドやウィリアム・モリスといった作家を生み出した19世紀のファンタジーについて、第2章「パルプとインクの物語」ではアメリカのH.P.ラヴクラフトを中心にしたパルプ・フィクションの流れと、イギリスのロード・ダンセイニ、J.R.R.トールキンやC.S.ルイスといったアカデミックな作家たちの作品について。第3章「ファンタジーのニューウェーブ」では、マイケル・ムアコックを代表とするファンタジーの新しい流れと、繰り返し書き継がれているアーサー王伝説について。第4章「魔女と女神とファンタジー」では女流作家たちとフェミニズムについて。第5章「ハイテク革命とファンタジー」ではハイテクがファンタジーに及ぼした影響。第6章「J.ファンタジーの現在形」では、80年代後半からの日本でのファンタジー・ブーム、そして日本ファンタジーノベル大賞受賞作品について。

今やファンタジーとされる作品は膨大な数に上りますが、小谷真理さんは実際に一度、出版目録や専門事典に載っている全てのファンタジー作品を時系列上に並べて歴史の流れを見てみたことがあるのだそうです。ファンタジーとは、現実からかけ離れたはずの空想の世界の物語。しかしその世界を作り出すのが人間である以上、時代的・歴史的事情の影響を受け、その時代に起きた変革を色濃く反映するもの。こういうやり方は、ファンタジーを理解するためにとても有用なのでしょうね。実際、小谷さんも様々なことをそのデータから得られたようです。そしてこの本では、限られたページ数の中ですが、ファンタジーというジャンル全体がとても分かりやすくまとめられています。
ここに登場するファンタジーは、ハヤカワ文庫FTやハヤカワ文庫SF、創元推理文庫で出ているような大人向けのファンタジー作品が中心。児童文学的なファンタジーはほとんど登場しませんし、未訳作品も多く紹介されています。なので子供の頃にファンタジーが好きだったという程度のファンタジーファンには、少々読みづらいものがありそう。実際、私自身今年に入ってから初期のハヤカワ文庫FTに収められている作品を多く読んでいるので、ここに紹介されている作品にも既読のものが多く、とても面白く読めたのですが、逆にそれらの作品を読んでいなければ、それほど興味深く読めなかったのではないかと思います。そういう意味では、入門編というよりも、ある程度ファンタジー作品を読んだ人間向けですね。ある程度ファンタジー作品を読み込んだファンタジー中級者にとっては、頭の中を統計的に理解するのにとても良い本なのではないでしょうか。しかしページ数が限られているため、それほど深くつっこんで論じているわけではありません。もっと詳しいファンタジー上級者にとっては、物足りなく感じるかもしれません。
ところで、この本を読んでいて一番驚いたのは、「指輪物語」について、「魔王サウロンと、妖精女王ガラドリエルの間で世界を分ける大戦争が起きる」物語だという風に説明していること。これには驚きました。そういう読み方をするものなのでしょうか。私にとってガラドリエルとは、冒険半ばで登場し、冒険者たちを見守るだけの存在。しかもガラドリエルは、トールキンにとっては物語創作の始めから存在していたわけではないのです。もちろん、一旦登場してしまってからは、トールキンは「シルマリルの物語」をガラドリエルのために一部書き換えるほど、重要な存在となったことは確かですが…。この一文で、「そう読むこともできたのか」と思うと同時に、小谷真理さんの読み方に正直不安を覚えた部分もありました。

ハイ・ファンタジー(異世界ファンタジー)…現実とは違うもうひとつの世界を創造し、そこを舞台にして作り上げられた物語。「指輪物語」(J.R.R.トールキン)、「ゲド戦記」(アーシュラ・K・ル=グイン)、「ベルガリアード物語」(デイヴィッド・エディングス)、「時の車輪」(ロバート・ジョーダン)など
ロー・ファンタジー…現実世界を舞台にして、そこに超自然的な力が侵入するさまを描いているもの。「心地よく秘密めいたところ」(ピーター・S・ビーグル)、「IT」(スティーブン・キング)、「風にのってきたメアリー・ポピンズ」(パメラ・トラヴァース)、「帝都物語」(荒俣宏)、「夜叉姫伝」(菊地秀行)、ガブリエル・ガルシア=マルケス、イザベル・アジェンデ、ジョナサン・キャロルの諸作品


「星のカギ、魔法の小箱-小谷真理のファンタジー&SF案内」中央公論新社(2009年2月読了)★★★★

読売新聞に連載されていたというファンタジー&SF作品の読書案内。「小谷真理のファンタジー&SF玉手箱」からの改題。

語り口からすると小中学生辺りの子供が対象としか思えないのですが、挙げられている作品は大人でも楽しめる作品ばかり。むしろ小中学生には少し難しいという作品も混ざっているので、高校生辺りが対象なのかもしれませんね。ファンタジーやSFの中でも幅広いジャンルから満遍なく選んでいるという印象。ファンタジーはともかくとして、SF作品に疎い私でも知っている作品ばかりですから、かなりの名作・定番作品のラインナップとも言えそうです。
どれも平易な語り口での紹介なのですが、それだけにその本の良さを素直に表しているように思います。そしてその本のポイントを突いていますね。例えば超定番の筒井康隆作品「時をかける少女」。これはラベンダーのような香りと共にタイムスリップしてしまうという話。「未知の世界に足をふみこんでしまった少女の冒険物語は、はじめて大人の世界をのぞきこんでしまったときの、あの胸がときめくような、高揚感をもっています。大人になってから昔をなつかしむときには決まって、青春時代の思い出がいちばん強烈に思い出されますから、時間小説と青春小説が重なりあうのはそんなに不思議なことではないのでしょう。子どもから大人になるということ自体が、時間の区切りをジャンプすることなのかもしれませんね」…確かに私もこのラベンダーという言葉にとても惹かれた覚えがあります。この作品を読んだ小学生の頃は、まだラベンダーがどのような香りなのか知らなかったのですが、それでも確かに、大人っぽくロマンティックな香りを感じてわくわくしていました。この本を読んでいると、そういった素直なわくわくドキドキ感を思い出しますし、いつまでも大切にしたいものだと改めて実感します。
大野隆司氏の猫版画もそれぞれの本の雰囲気がよく出ていて楽しいです。

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