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このページは、角田光代さんの本の感想のページです。

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「キッドナップ・ツアー」新潮文庫(2002年7月読了)★★★
「夏休みの第一日目、私はユウカイされた」
家で暇を持て余していた小学5年生のハルは、ふとアイスクリームを買いに出たところを、実の父親に誘拐されてしまいます。ハルの父親・タカシは2ヶ月ほど前から本格的に家に帰ってこなくなっており、ハルは既にその存在を忘れかけていました。真剣にならなければならない時にも、ふざける癖のある父親。半ば同情から父親の言う「ユーカイ」に付き合うことにするハルですが、実は冗談だとばかり思っていた「ユーカイ」は本物だったのです。しかし最初はファミリーレストランで「好きなもん、好きなだけ食えよ」と言われ、洋服も店で一番高い物を買わせてもらえるという好スタートを切る旅も、どんどん調子を狂わせていきます。父親の乗っていた車は翌日返却され、宿も食事もどんどん貧しくなり、そしてボロ旅館や民宿に泊まるお金すらなくなった時…。

第22回路傍の石文学賞、第46回産経児童出版文化賞・フジテレビ賞受賞作。
一緒に暮らしていた頃は、日曜日の朝など、たまに家の中をうろつくパジャマ姿の父親にばったり出くわして驚いていたハル。その頃のハルは父親のことを好きでも嫌いでもない状態。感情すら持つ対象ではなかったのです。しかもこのユーカイ旅行を通して見る父親像は、いつもおちゃらけていて、何をしても段取りが悪く、しかもお金もないというダメ親父っぷり。それでも生まれて初めて正面から向き合うことによって、父と子の距離は確実に縮まっていきます。一生懸命さはいつか相手に伝わるという部分が、ちょっぴりズルいなとも思うのですが、それでもやはり読後感はさわやか。やはり表面上のダメ親父ぶりだけでなく、その内面には、かつては母親も惹かれたぴかりと光る魅力が潜んでいるからなのでしょうね。そしてほとんどふれあいを持ていなかった父子にとっては、手を繋ぐという行為が実に大きな力を持っていたのでは。
誘拐の理由と取引内容は、最後まで明らかにされないまま終わってしまいます。きっと離婚調停上でのことだと思うのですが。最初は親権問題かとも思ったのですが、あまり生活力がなさそうですし、意外と大した要求はしていないのかもしれませんね。「たまには娘と旅行をさせろ」とか、実はそんなところだったりして。「ユーカイ」の良し悪しはともかくとして、父子だけの濃密な時間がもてたのはやはり良かったです。しかし父親って、普段全く接点がなくても、こういう風に挽回することも可能なんですね。得だなあ。(人と場合によるとは思いますが)

P.186「あの人と結婚してたらきっと私はいなかったね」「だから結婚しなかったのかもな」

「薄闇シルエット」角川書店(2007年4月読了)★★★★
恋人のタケダくんに突然プロポーズされ、何やら面白くない思いが残るハナ。ムラノとノリちゃんと4人で居酒屋で飲んでいた時に、2人はこの先どうするつもりなのかと聞かれたタケダくんが、「そりゃもちろん結婚するんだよ。当然でしょう。ちゃんとしてやんなきゃってやっぱ思うよね」と言い出したのですが、その時のタケダくんの得意げな様子にハナは違和感を感じたのです。ハナは、大学時代の友人のチサトと一緒に古着屋を経営しており、下北沢の裏通りに構えたチェルシーという店も順調。37歳にして一国一城の主で、同年代の男の子よりも稼いでいるのです。

37歳独身女性のハナが主人公。ハナ自身は天下泰平の楽太郎なのですが、自分が勝手に作り出したコンプレックスに押しつぶされそうになっている女性たちに囲まれています。手作り教とも言えるほどまめに家の中を整えていた母のようになろうと思っても、結局なれないでいる妹のナエもその1人。気にしていないようなそぶりをしながらも、一触即発で爆発してしまうものを秘めています。上条キリエのような成功した女性とその周囲の女性たちも、既婚者を極端に敵視しているところに、「結婚したい」という気持ちの裏返し、結婚したいのにできないコンプレックスがちらついて見えます。有名になってもっとお金を稼ぎたい、他人を見返したいといきなり言い出したチサトもそう。そんな中で、ハナはあくまでもマイペース。周囲がこんな風に焦らせなければ、彼女自身が自ら焦ることはおそらくなかったのでしょうね。しかし一度自分には何もないと気づいてしまったら、取り残されていると気づいてしまったら、戸惑うしかないのはよく分かります。角田さんは、こういった微妙な立場の女性を描くのが上手いのでしょうね。とてもリアルで、ハナの焦りを我がことのように読む女性が多そうです。
「変化」と一言で言っても、必ずしもいいことばかりではないはずですし、自分と人を比べるというのは、優越感もしくはコンプレックスを持つということ。何も気づかない楽太郎のままでいた方がハナは幸せだったのでしょうけれど、やはり人間、そうはいかないのでしょうね。結局自分は自分でしかない、他人の価値観では自分の人生は生きられない… そんな当たり前のことに気づくまでのハナの回り道が微笑ましいです。

P.69「あんたがいるからいけないんだよー」「あんたがいるから、だれかとうまくいかなくなっても、まーいっかとか思っちゃうんだし、あんたがいるから、だれかといても、あーつまんないとか思っちゃうんだよー」
「温泉だってレストランだってラーメンだって、なーんてことはないおしゃべりだって映画だってコンサートだってさ、あんたといるほうが断然おもしろいんだもん、やんなっちゃうよ」
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