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このページは、今野敏さんの本の感想のページです。

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「二重標的-東京ベイエリア分署」ケイブンシャ文庫(2003年10月読了)★★★★★
臨海地区のライブハウスで藤井幸子という女性が殺され、ベイエリア分署に連絡が入ります。藤井幸子は35歳のホステス。その日はグリンゴンというヘビメタバンドの出演で、客層は高校生が中心。35歳のホステスが平日の夜9時に、なぜ自分の勤める赤坂の店ではなくライブハウスにいたのか。安積剛志警部補は違和感を感じます。藤井幸子の死因は、ドリンクの中に入っていた青酸カリ。しかし店の従業員がドリンクを彼女のテーブルに運んだ後、誰も彼女に近づいた様子はなかったのです。その頃、安積の下にいる須田三郎部長刑事が、新聞で偶然、ライブハウスでの事件とほぼ同時刻に荻窪で起きていた事件を見つけます。殺されていたのは、ニシダ建設の営業課長。安積はどこかでニシダ建設の文字を見た覚えがあると感じるのですが…。

安積警部補が登場する最初の作品。東京ベイエリア分署を舞台にした初期の3作のうちの第1作です。
ほとんどプレハブ建築と呼べるような安普請の東京ベイエリア分署の刑事課にいるのは、安積警部補を筆頭に村雨秋彦部長刑事、須田三郎部長刑事、そして黒木和也、大橋武夫、一番若い桜井太一郎の6人。メインの事件の他にも、銃撃戦だの水死体発見だので、自分たちの署の手柄になるわけでもない事件によって、この6人はひっきりなしに呼び出されています。席を暖める暇も全くないほど。それなのに、一緒に捜査に当たることになる他の署からは、出す人間の数が少ないだの若すぎるだの文句を言われまくっているのです。その彼らの奮闘振りを通して、彼らの人となりが見えてくるのがこの作品の最大の魅力でしょうか。刑事部屋の6人だけでなく、鑑識の石倉や監察医の佐伯、そして花形であるハイウェイパトロール、交通機動隊長の速水も魅力的。安積をライバル視する本庁捜査一課の相楽警部補でさえも丁寧に描かれており、本来顔見世的立場となりやすいはずの1作目でありながらも、読んでいると情景が浮かんでくるようです。解説に、今野さんご自身の「実は、本当のことを言うと職場の中のホームドラマを書きたかったんです」という言葉が引用されていますが、本当にまさにホームドラマのようですね。昔懐かしい刑事物のドラマを見ているような気がしてくる作品です。

「虚構の標的-東京ベイエリア分署」ケイブンシャ文庫(2003年10月読了)★★★★★
臨海地区で転落死体が見つかり、安積警部補たちは早速現場へと向かいます。死んでいたのは、TNSテレビ局のプロデューサー。彼が転落したのは元倉庫の非常階段。しかしその日は丁度その建物のオープニングパーティが開かれており、芸能人やプロ野球選手、マスコミ関係者などが顔を揃えていました。

東京ベイエリア分署シリーズ2作目。
やはりこのシリーズは、刑事物のドラマを見ているようですね。特に冒頭など安積警部補の内面がたっぷり描写されており、その細やかな感情の動きの描写に驚かされながらも、すぐに物語の中に引き込まれてしまいます。今回も色々な事件に引っ張り出されるベイエリアの面々ですが、今回メインとなるのは華やかなマスコミ関係のパーティの裏で行われていた殺人事件。しかし安積警部補たちの地道な聞き込み捜査は、その舞台裏の醜さを徐々に浮き彫りにしていきます。特に誰が突出して活躍するわけではなく、皆がそれぞれに安積警部補を守り立てているのがいいですね。名探偵は不在ですが、このチームワークがやはりこのシリーズの身上でしょう。
それにしても、安積警部補は本人が思ってるほどの「疲れた中年男」ではないですよね、やはり。女優の三奈美薫もああ言ってましたし。そして三奈美薫を目の前にした須田の姿は、なんとも妙に可愛かったです。私のイメージでは、彼は断然俳優の渡辺徹。いつもそのイメージで読んでしまいます。黒木は松田優作。…どうも「太陽にほえろ」のイメージになってしまいますね。となると、安積警部補は… もしや山さん? どちらかといえば勝野洋かなとも思うのだけど…(笑)

「硝子の殺人者-東京ベイエリア分署」ケイブンシャ文庫(2003年10月読了)★★★★★
安積警部補が、須田、黒木、桜井の3人と飲みに出掛けた店で見かけたのは、売れっ子脚本家の沢村街とアイドルタレントの水谷理恵子。しかしゆっくりと酒を飲む暇もなく、当直の村雨からは変死体が見つかったという連絡が入ります。海岸道路に路上駐車されていたベンツの中で、脚本家の瀬田守が首を絞められていたのです。近くにあるバーの店員が現場から若い男性が走り去るところを目撃しており、店にもよく来る客だったことから、事件はスピード解決かと思われたのですが…。

東京ベイエリア分署シリーズ3作目。(今の時点で、2作目の「虚構の標的」は未読)
このシリーズは1作目からキャラクターが安定していたと思うのですが、3作目ともなると自由に動き回っているという感じです。安積警部補を始めとする5人はもちろんのこと、交通機動隊の速水が、本当にいい味を出してきていますね。しかし今回、敵役の相良警部補は、どことなく元気がない様子。嫌われ者の相良警部補ですら、元気がないと気になってしまうのは、やはりキャラクターの造形の妙と言うべきでしょうね。
別れた妻や娘の涼子との関係も少しずつ変化してきているようですし、やはりこのシリーズは、安積警部補の内面が細やかに描かれているのがとてもいいですね。日ごとに無口になっていく大橋を気にしながらも、なかなか踏み込んで訊ねることができない安積警部補。部下が帰ってきた時に「ごくろう」の一言が言えずに逡巡し、時には部下を怒らせたのではないかと気にする安積警部補。心の中では細かく気遣っていても、それをなかなか表面に出すことができない人物なのですが、しかし鑑識の石倉などの行動を見ていると、実際には人望がかなり厚いようですし、部下も安積警部補を信じきって付いていっているようです。そのギャップにまた、まだまだ描かれていない部分が現れているようで、安積警部補の人となりに対する想像が、ますますかき立てられてしまいます。

「拳鬼伝」徳間文庫(2003年4月読了)★★★★
渋谷センター街を中心に勢力を誇るチーム・渋谷自警団が、同じくセンター街にたむろするチーム・メデューサのメンバーに襲い掛かります。統率力、機動力、そして人数を誇る渋谷自警団に、3人のメデューサの面々は袋叩きに遭うことに。しかしそこに謎の黒尽くめの男が出現するのです。その男は自警団のメンバーに襲い掛かり、喧嘩に自信のあるメンバーたちを、それぞれ胸への一撃だけで吹き飛ばしてしまいます。そのダメージは絶大で、医者も頭をひねるほど。渋谷自警団の少年たちを見た渋谷署刑事捜査課強行犯係の刑事・辰巳吾郎は、かかりつけの整体師・竜門光一を連れて病院へと向かいます。そして竜門はその怪我を、1回の整体の施術で治してしまうのです。しかしその後、暴走族が同じ男と思われる人物に同じように襲われ、それを知った竜門は、その謎の男の正体を探るために渋谷の街へと出て行くことに。

施術室では普段、頭もぼさぼさで気が弱い人間に見える竜門は、一度髪をディップで整えてソフトスーツを着るだけでまるで違う印象になってしまいます。夜行性の野獣が目覚めたように美しさと獰猛さを合わせ持つ目の輝きを放ちます。顔立ちそのものは変わらなくても、まるで別の人格に変身でもしたかのようです。これは本人にとっては、昼間の整体師という姿と常心流武道の格闘家という姿の折り合いをつけるための必要条件とのことなのですが、なんとも劇画的な設定ですね。色々と過去に何かありそうな人物でとても興味をそそります。そして敵対するのが、謎の中国武術家。ということで、戦闘シーンもとても良かったですし、それ以上に整体や気に関する部分の説明がとても興味深かったです。聞くところによると、今野敏さんご自身が、竜門と同じ常心流武道の免許皆伝を持つ整体師(兼作家)という方のようですね。道理で詳しいはずです。
この作品はシリーズ物で、「賊狩り」「鬼神島」の2冊に続きます。

「蓬莱」講談社文庫(2002年11月読了)★★★★★お気に入り
渡瀬邦男は、ワタセ・ワークスというコンピューター・ゲーム・ソフト会社の社長。ある日、乃木坂にあるバー・サムタイムで飲んでいると、目つきの悪い2人組の男に呼び出されます。今絡んでいる仕事の話だと聞き、仕方なく付いていく渡瀬。しかし連れて行かれた先で、黒いベンツに乗る男に、「あれは作るべきではなかった」とゲームソフト「蓬莱」の発売中止を要求され、その上で2人の男に殴る蹴るの暴行を受けることに。「蓬莱」とは、会社にいる若手プログラマーの大木守の企画発案で作られたゲームソフト。紀元前の古代日本という風土の中を限定に都市を作り、発展させていくというシュミレーションゲームでした。既に発売されているPC版が好評だったこともあり、スーパーファミコン版のゲームも近々発売されることになっていた矢先の出来事だったのです。渡瀬の会社は既に販売のために莫大な委託金を払っていました。しかしその翌朝、大木が最寄駅で転落死。その通夜の席に現れたのは、渡瀬を前夜痛めつけた2人組の男でした。大木の死は見せしめだったのかと恐れながらも、発売と取りやめようとしない渡瀬。しかしその翌日、蓬莱を生産している工場に奇妙なトラブルが発生し、警察による強引で乱暴な家宅捜査を受け、さらには取引銀行にも取引を考えたいと言われることに。それらの大元となった黒いベンツに乗った人物は、保守政党・盛和会のプリンス・本郷征太郎でないかと思われるのですが…。

スーパーファミコン版のゲームの話というところに時代を感じますが(しかもPC版はデータをFDにセーブしていますし)、蓬莱というのはなかなか面白そうなゲームです。私はほとんどシュミレーションゲームはしたことがないのですが、でもこれなら歴史の勉強をしながらでもハマってしまいそう。この除福伝説というのも、ものすごくそそりますね。そんな魅力的なゲームを巡って様々な出来事が繰り広げられていきます。これらの現実の事件も、かなりテンポ良く進み、飽きさせません。しかしメインはやはり、この蓬莱というゲームに何が隠されているのかということでしょう。実際に何が隠されていたか… こういう真相だったとは想像もしていませんでした。日本の古代史の話かと思って油断していました。…本当は、人を殺してまですることなのだろうかとも思ったりするのですが、しかしきっとあの結果を信じ切っていたのでしょうね。人間は自分に都合の良い面を見せてくれるものには、心を惹かれがちですし。こういうこともまた、あり得るということなのでしょう。
登場人物の面々も、なかなかいい感じです。特に脇役が個性的でいいですね。バーテンダーの坂本と神南署の安積警部補は、どちらもハードボイルドな渋いキャラクター。特に安積警部補は、探偵物にありがちな、お粗末な警察官像とは全く違います。そして警察内部の描写も、これまで読んだ刑事物と一味違い、どこか凄みを感じさせますね。会話の隅々にまで気が配られていますし、ディーテールというのはやはり大切だと実感しました。

「鬼龍」カドカワノベルス(2003年11月読了)★★★★
古代あるいは先史時代にまで遡る歴史があり、役行者や安部清明などよりも古いとされている神道の一派・鬼道衆。現在でこそ宗教法人として信者を集めているものの、その本当の正体は鬼。氏子には金持ちや地位のある人間が多く、その依頼によって鬼龍浩一が修行のために「亡者祓い」をしていました。彼の仕事は、妬み、嫉妬、恨み、憎しみ、恐れ、物欲、金銭欲、性欲などの陰の気が凝り固まって亡者となった人間を祓うこと。テレビ局の中の亡者を無事に祓った浩一にきた次の仕事は、ある有名な食品会社の中に入って祓って欲しいというもの。3ヶ月ほど前から、おかしな出来事が相次ぎ、社内の風紀は乱れに乱れていたのです。

「陰陽祓い」「憑物祓い」という鬼龍光一シリーズの、前身のような作品。しかしこちらの主人公の名前は「光一」ではなく、「浩一」です。
本筋のお祓いの方にもワクワクさせられたのですが、それ以上に、浩一のお祓いの合間に入る、鬼に関する話がとても面白かったです。日本の古代、縄文時代や弥生時代、そして卑弥呼の時代など、神話の中でしか伺い知ることのできない世界が、あくまでも現実的に解釈して説明されています。たとえばヤマタノオロチ伝説は、一般的には川の氾濫、具体的には揖斐川の治水問題という解釈をされていることが多いのですが、ここでは、オオクニヌシの民族の作った出雲の王朝と、スサノオの一族の戦争のことだという説明がなされています。スサノオとは、スサ族の男という意味で、朝鮮半島北方のツングース系。牛を崇めている一族。それに対して、オオクニヌシの方は、シュメール系で、龍蛇を崇めている一族。スサノオによるヤマタノオロチの退治というのは、この2つの一族が砂鉄の権利を巡って争い、オオクニヌシの一族が大打撃を負ったということ。オオクニヌシの一族が龍蛇を崇めていることから、ヤマタノオロチの退治という物語になったというわけです。そして鬼龍一族のルーツは、このオオクニヌシの出雲の民。意外な部分でも、とても楽しめる作品でした。この作品は既に絶版になっているので、もうシリーズの続編は出ないと思うのですが、こういった設定は鬼龍光一シリーズにも引き継がれているのでしょうか。あちらのシリーズの展開もとても楽しみです。

「38口径の告発」幻冬舎文庫(2003年4月読了)★★★
新宿で中国人マフィアが銃に撃たれるという事件が起きます。通報を受けた巡査たちが現場に駆けつけると、血溜まりのそばにうずくまっていたのは、四係の部長刑事・金森猛。金森はその時たまたま近くを流しており、銃声を聞いて駆けつけたというのです。逃げたのは中国人らしい4人組。その頃、撃たれた中国人は梨田診療所に担ぎ込まれていました。帰宅しようとしていた外科医の犬養和正ですが、急患を診てすぐに手術を始めます。切れた動脈を縫合し、銃弾を摘出。輸血用の血液が底をつき、運び込んできた中国人の血液型も患者のものとは違うと分かると、自分の血を患者に輸血。それを見ていた付き添いの中国人は、被害者を撃ったのは刑事だと言います。手術が終わり、中国人たちが去ると、診療所を訪れたのはヤクザの赤城僚二。摘出した弾丸が欲しいのだと言うのです。犬飼は警察に届けなければいけないとはねつけるのですが…。

新宿を舞台に描いたハードボイルド。新宿が舞台の刑事物というと大沢在昌さんの「新宿鮫」や馳星周さんの「不夜城」、新宿で健康保険証など持っていないような患者ばかり診ている医師が出てくる作品といえば、五條瑛さん「紫嵐」を思い出しますが、書かれたのはこちらの方が先。
やはりこの方の作品は読みやすいですね。大沢さん、馳さんのような重めのハードボイルドが苦手な人でも、この作品なら入りやすいのではないでしょうか。物語の最後の盛り上がりもなかなかのもの。ただ、面白かったのですが、人物像の描写が少し浅めのような気はします。犬養医師やその息子に関してまずまずなのですが、刑事の金森と松崎に関しては、正直あまりイメージが湧いてきませんでした。安積警部補タイプの松崎と、それと正反対の位置にいる金森。松崎はかなり魅力的な感じがするだけに、あまり踏み込んで描かれていなかったのが少々残念です。そしてその上で金森にもっと悪の魅力があれば理想的だったかもしれません。

「イコン」講談社文庫(2003年1月読了)★★★★
警視庁生活安全部少年課に勤務する宇津木真警部補は、少年たちの行動に対する調査活動の一環で、有森恵美という人気絶頂のバーチャル・アイドルのライブへ。200人近い客のほとんどが10代の少年たち。ステージ上ではまず3人組のロックバンドが演奏し、それから派手なコスチュームの3人組の少女が登場。それは有森恵美公認のアリモリ・サポート・バンドとアリモリ・ファミリーでした。肝心の有森恵美はライブには現れないと聞き、宇津木は驚きます。有森恵美はパソコン通信ネットから生まれたバーチャル・アイドル。しかしその正体は誰も知らず、有森恵美の姿を見たことがある人間すらいないというのです。そんな会場の中で突然起きた乱闘騒ぎ。思わず割って入る宇津木でしたが、いつの間にか1人の少年がナイフで刺されて倒れていました。しかしライブハウスの中にいた人間の誰も、誰かがナイフを持ち出した所も刺した所も目撃していなかったのです。捜査は、宇津木と同い年の神南署刑事課強行犯係・安積剛志警部補を中心として行われることに。

パソコン通信で生まれたバーチャル・アイドル・有森恵美とは何者なのか、本当に存在するのかという謎を中心に物語は進みます。殺人事件も起こりますが、やはりこの有森恵美という正体不明のアイドルの存在が一番の謎の中心でしょう。事件に直接タッチしないはずの宇津木が、有森恵美について調べ始め、徐々にその実体が明らかになっていきます。そしてそれがきっかけで、失われていた家族内の繋がりに復活の兆しが。一歩間違えばクサい展開となり兼ねない部分なのに、この流れが意外なほど効いていて、物語に深みを与えているようですね。それにイベント企画を手がけている三輪義郎の語る、テレビの黎明期から現在に至るまでのアイドル事情というのもとても面白かったです。しかし、パソコン通信の描写に関しては、やったことのない人にはどれだけ理解できるものなのか…。それなりに分かりさえすれば、展開上は問題ないのですが。
そしてこの作品は、安積警部補を主人公とするシリーズ物なのですね。読み始めてしばらくは宇津木が主人公かと思っていたので、実際の主人公が安積だというのに気付くまで、少し戸惑ってしまいました。しかし安積や速見というキャラクターはとても魅力的。シリーズの他の作品も読んでみたいものです。
ちなみにイコンとは、東方正教会で使われる宗教画。現世と神の世界をつなぐ窓だと考えられ、ロシア正教では十字架よりも重視されているといいます。パソコンのデスクトップなどにあるアイコンは、このイコンから来たもの。現実と非現実を結ぶ窓というわけですね。

「リオ」幻冬舎文庫(2003年10月読了)★★★★
東京荻窪のマンションで、空き部屋のはずの部屋から大きな物音が響き、丁度その階に新聞の集金に訪れていた中島昇と、マンションの住人・野沢朱美が様子を見に部屋に近づきます。そこから飛び出してきたのは、中島昇がこれまで出会ったこともないほど美しい少女。そしてその部屋の中では、デートクラブの経営をしている安藤典弘・48歳が、灰皿で頭を殴られて死んでいたのです。荻窪署にこの殺人事件の捜査本部が設置されることになり、本庁捜査一課からは、樋口顕警部補が参加することになります。そして1週間後、今度は新宿歌舞伎町にあるパブのオーナー・51歳の安斉史郎が殺され、またしても現場から逃げ去る美少女が目撃されることに。

主人公の樋口警部補は、ひたすら自分に自信が持てないタイプ。安積警部補と同様に、内心で葛藤しています。しかしそんな彼も、周囲からは「しっかりしている」「信頼できる」という評価。やはりこちらも安積警部補のシリーズ同様、人間の内面を掘り下げて描く作品なのですね。
樋口警部補は昭和30年生まれの、全共闘世代の直後の世代ということで、この世代間の格差についてもかなり重点を置いて語られます。正直、私はこの世代間の微妙な違いに関してはピンとこなかったのですが、しかし雰囲気は十分分かります。きっとこの世代に生まれている読者には深く共鳴する部分があるのでしょうね。そしてブルセラ、ドラッグ、テレクラ、デートクラブ、援助交際など、現在の若者を取り巻く問題に関する考察。樋口警部補と娘の照美の会話もなかなか興味深かったです。「今時の若い者は」と一括りにされてしまうことに対する考えなど、照美の思考回路がしっかりと地に足がついたものだったのも、好感度が高かったです。

「警視庁神南署-新・安積警部補シリーズ」ケイブンシャ文庫(2003年4月読了)★★★★
青山の公園でオヤジ狩りが発生。被害者は銀行で資材運用部の課長をしている山崎照之。彼は上司と飲んだ後1人で飲みなおし、宮益坂の脇の小さい公園で若者カップルのラブシーンを覗き見しているところを襲われたのです。怪我は全治2週間。金まで取られて頭に来ていた山崎は、加害者となった5人の少年を告訴します。そして事件は神南署の管轄内で起こったため、安積警部補たちの担当となることに。しかし少年たちのリーダー格が、その辺りではタクとして知られている高間卓という少年だと安積警部補たちがつかんだ頃、山崎は急に告訴を取り下げてしまうのです。しかもその直後、少年たちが明らかにプロの仕業と思われるリンチに遭い、病院に担ぎ込まれます。そしてしばらく後、代々木公園にはヤクザらしい男の死体が。銃声が響いた直後、その公園から走り去るのを目撃された姿はタクだったのです。

新・安積警部補シリーズ1作目。ということですが、その前に「二重標的」「虚構の標的」「硝子の殺人者」と東京湾臨海署ベイエリア分署のシリーズが3冊あります。どうやら東京湾臨海署ベイエリア分署が解体され、安積警部補たちは渋谷に新設された警視庁神南署に移ってきたようですね。神南署は少年犯罪の取り締まりなどを目的に設置された新しい署。長く地元に根付いた署ではないだけに、安積たちの苦労もひとしおで、この物語の中でもしょっちゅう原宿署や渋谷署に応援を求めています。縄張り意識の強い警察の中で、地元との連帯感がまだ全くないことに苦労しながら、聞き込みを続ける神南署の面々。事件自体はオヤジ狩りとヤクザが繋がるという比較的シンプルなもので、その繋がりもある程度予測できる展開なのですが、神南署の刑事たちの動きだけでも十分読ませてくれるのがすごいですね。別れた妻と娘の涼子のことを常に頭に置きつつ行動している安積。彼を始めとする神南署の面々の人間ドラマがこの後どのように展開していくのか、そちらもとても楽しみです。
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