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このページは、北森鴻さんの本の感想のページです。

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「螢坂」講談社文庫(2007年10月読了)★★★★★

【螢坂】…16年ぶりに三軒茶屋を訪れた有坂祐二は、かつての恋人・江上奈津美と歩いた道や行った店を辿るうちに、香菜里屋に入り込むことに。
【猫に恩返し】…焼き鳥屋にいついた1匹の黒猫の心温まるエピソードを三軒茶屋の小さなタウン誌に書いた仲河。その話は好評で、珍しく読者からの感想葉書まで届くほどだったのですが…。
【雪待人】…金物屋を畳んでサラリーマンとなった南原は、久しぶりに三軒茶屋を訪れ、香菜里屋という店を見つけます。その金物屋は、工藤も行ったことがある店でした。
【双貌】…実名ばかりを使い、新作を書いた小説家の秋津文彦。会社の早期退職者募集に応じて退職、趣味で書いたミステリーで新人賞を受賞しデビューしてから5年経っていました。
【孤拳】…職場の同僚に香菜里屋のことを聞いてやって来た谷崎真澄。真澄は「孤拳」という銘柄の幻の焼酎を捜し求めていたのです。

ビアバー「香菜里屋」のシリーズ第3弾。
今回もとても美味しそうな作品群。このシリーズはこれほど美味しそうだったのか、と改めて驚いてしまうほど料理は魅力的ですし、香菜里屋という空間もとても居心地が良さそう。もちろんマスターの工藤哲也も相変わらず魅力的です。客の話すどんな小さいことも、どんな小さい出来事も見逃さずに、正しい筋道を見つけてしまうマスター。今回は「死」と密接に結びついている分、謎が解き明かされても救いとはならないこともあり、いつもよりも重めの話が多かったように思います。しかしそれでも生々しい傷を負った心が柔らかく揉み解され、辛い情景が過去の風景へと変わっていくのは、マスターの工藤の人柄というものでしょうね。ほろ苦くて切なく、そして暖かい物語が並んでいます。そして私がこの中で一番好きだったのは「双貌」。これは小説家による作中作が登場して、他の4編とは少し違う趣きとなっています。
「桜宵」から登場している工藤の旧友・香月が、「雪待人」でも意味深な一言をもらします。次の単行本ではその工藤の過去が明かされる内容になるようですね。どのような物語になるのかいつも以上に楽しみです。


「瑠璃の契り-旗師・冬狐堂」文春文庫(2008年1月読了)★★★★

【倣雛心中】…<富貴庵>の店主・芦辺が語ったのは、同じ人形が10ヶ月のうちに3度も店に戻ってきたという話。それも昭和を代表する人形作家・北崎濤声の素晴らしい出来の正真物だというのです。
【苦い狐】…宇佐見陶子の元に送られてきたのは、かつて東都芸術大学の油絵・洋画コースで一緒だった杉本深苗の追悼画集の復刻版。誰が何のためにわざわざ送ってきたのか…。
【瑠璃の契り】…小倉の頒布会で仕入れた小物の他に陶子が手に入れたのは、角打ち屋に灰皿代わりに置かれていた瑠璃色のガラスの切り子碗。それを見た横尾硝子の表情が変わります。
【黒髪のクピド】…かつての恩師であり、陶子の夫でもあったプロフェッサーDからの突然の連絡は、競り市に出品される人形を競り落として欲しいというもの。その人形を渡した後、Dが姿を消します。

冬狐堂のシリーズ第4弾。
このシリーズは元々魑魅魍魎の住処と言われる古美術・骨董の業界内の悪意を描くことが多いですし、何も知らずに見れば綺麗な古美術品や骨董品が、その奥底に思いがけない業を潜めていて、読んでいて息苦しくなることがよくあるのですが、今回も同様でした。今回登場するのも、作り手やその代々の持ち主のどろどろとした負の思いを引き継いでいそうな、闇の気配を持つ品物ばかり。同じように古道具を扱っていても、畠中恵さんの「つくもがみ貸します」辺りとの雰囲気の違いには驚かされてしまいます。そしてそんな品物を扱うのは、一癖も二癖もある業者たち。見事に上辺だけが綺麗な世界に、本を読んでいるだけでも消耗してしまいそう。しかも今回、陶子の旗師生命も危ぶまれるような要素が登場するのです。かつての夫である、プロフェッサーDも登場。陶子は自分目当ての罠だと分かっていても毅然とした一歩を踏み出すような女性であり、それが彼女の大きな魅力でもあるのですが、相変わらず傷だらけになりながらも強気な表情で我が道を歩み続けているのが痛々しいです。そして、そんな陶子を支えていくのが、カメラマンの横尾硝子。彼女が一番クローズアップされるのが、表題作の「瑠璃の契り」で、これが一番私にとって印象的な作品でした。その他にも雅蘭堂の越名集治や、博多でカクテルを名物とする屋台を出す根岸キュータ、池尻大橋や三軒茶屋のビア・バーなどが登場し、北森ファンには堪えられないところでしょうね。


「写楽・考-蓮丈那智フィールドファイルIII」新潮文庫(2008年3月読了)★★★★

【憑代忌(よりしろき)】…南アルプスの小さな山村にある火村家から「御守り様」の調査依頼があり、内藤三國と佐竹由美子は早速火村家へ。しかしその晩、調査対象の人形が土蔵から消えうせて…。
【湖底祀(みなそこのまつり)】…東北にフィールドワークに出かけた那智からの至急の呼び出しで、三國と由美子はF県の栄村へ。しかし事情が分からないうちに、那智は姿を消してしまうのです。
【棄神祭(きじんさい)】…九州の御厨家へと向かった三國。御厨家は、那智が修士課程の院生だった頃にも訪れた家。3年に一度、庭園の塚の上で家護の神像を燃やすという奇習を持っていました。
【写楽・考(しゃらくこう)】…式直男名義で学会誌に発表された「仮想民俗学序説」に衝撃を受ける三國と由美子。四国のK村にいる那智に呼び出され、式家を訪れることに。

蓮丈那智フィールドファイルのシリーズ第3弾。
相変わらず、民俗学的興味と現実での事件の連携がお見事。シリーズも3作目ともなると、民俗学的なネタや新たな視点を見つける方が大変なのではないかと考えてしまうのですが、相変わらずレベルの高い作品群です。これほどのものを短編で発表し続けるというのは凄いですね。そして基本的な流れとしては、相変わらず三國が那智に振り回されるというパターンなのですが、前作で初登場した佐竹由美子もすっかりこのシリーズに馴染んでいるようですし、狐目の教務課主任もどうやらすっかりレギュラー入りしそうな活躍ぶり。この狐目の主任がとてもいい味を出していて、今後の活躍もとても楽しみになってしまいます。
表題作では、冬狐堂こと宇佐見陶子も登場。このシリーズ初めて読んだ時は、那智が人間というよりもアンドロイドのように思えてしまったこともあり、冬狐堂シリーズの方が人間味があって好きだったのですが、あちらの闇は深すぎて、最近では民俗学的謎解きが下手な推理小説よりも余程面白いこちらの方が好みになってきたようです。


「暁の密使」小学館文庫(2008年10月読了)★★★

明治31年(1898年)。仏典の研究のために清国へと渡った能海寛(のうみゆたか)は漢口の街に到着。右も左も分からない状態の能海はここから重慶へと向かうに当たり、荷物の運搬や雑事のために従僕を探し、口入れの親方に紹介された揚用を雇うことになります。そして早速出発した能海に接近してきたのは、英国商社・ジャーデン・マセソン社のトーマス・ヤンセン。あくまでも日本の仏教を立て直すために原典を求め、そのために東本願寺法主からダライ・ラマ13世への親書を携えて拉薩を目指しているつもりの能海でしたが、外の人間たちからは、彼は日本政府の意を受けて西蔵を目指す密使だと見られていたのです。能海は知らないうちに、「グレートゲーム」に巻き込まれていくことに。

日清戦争と日露戦争の間の時期に当たる清や西蔵、そしてそれらの国々を巡るを各国の思惑を描いた骨太な歴史ミステリ。
能海寛はもちろん、河口彗海や寺本婉雅、成田安輝といった人々も実在の人物たち。能海が本人も知らないうちに歴史の一駒にされていたという設定はとても面白いですし、拉薩へと向かう厳しい道のりもとても迫力があり、英国のジャーデン・マセソン社のエージェントの介入、山の民である義烏(イーウー)や明蘭(ミンラン)、清国で出会った揚用(ヤンヨン)らとのやり取りも面白かったのですが、これだけのことを描きあげるには枚数が足りなかったのではないかという印象も残りました。最後も、ある程度は歴史物の宿命とはいえ、後味があまりにも良くないですね。この幕引きはあっけなさすぎると言ってしまってもいいのではないでしょうか。こういうしめ方をされてしまうと、作品全体の印象も変わってしまいそうです。

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