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このページは、北森鴻さんの本の感想のページです。

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「狂乱廿四孝」角川文庫(2001年9月読了)★★★

明治三年。江戸情緒がまだまだ深く残る東京・猿若町は、歌舞伎の名女形・澤村田之介の復活に湧きかえっていました。田之介は類まれな芸と美貌に恵まれながらも、脱疽を患い、両足を切断。座り役しかできずに役者生命の危機に瀕していたのです。しかし大道具の長谷川勘兵衛らが作ったからくりはのおかげで、田之介演じる八重垣姫は舞台の上を自由に歩き回り、「廿四孝」の 舞台は連日大盛況。座主である守田勘弥や、座付きの作家・河竹新七はほっと胸を撫で下ろしていました。しかしそんなある日、田之介の主治医である加倉井蕪庵が惨殺されます。殺された様子は、半年前に殺された高宮猿弥という無名の役者の死に様と酷似していました。さらには、画家の河鍋狂斎が描いて尾上菊五郎に渡した一枚の幽霊画が波紋を呼び…。狂言作家志望で、戯作者河竹新七に弟子入りしている16才の少女・峯が事件の真相を探ります。

北森鴻さんのデビュー作。第6回鮎川哲也賞受賞作品でもあります。
歌舞伎の世界を舞台にした作品で、その登場人物も多くが実在した人物。そして幽霊画も実際に存在する物であり、それが話にとても深みをつけているように感じます。デビュー作でここまで描き切ってしまうとは本当にすごいですね。 そして明治時代でありながらも、まだまだ江戸時代の方が身近だという時代設定も物語にぴったり。まるで江戸時代の滅び行く様が、田之介自身の行く末を暗示しているかのようです。そして田之介自身が、男でありながら同時に女でもあるという女形であり、彼をとりまく人々は、芝居の世界と現実の世界の間に生きている役者や戯作者たち。小道具としては生と死の境目にいる幽霊の画。この微妙な境目の揺らぎ感とでもいうものが、この物語の独特な雰囲気づくりに大きく関わっているような気がします。
しかし少しエピソードやトリック満載になりすぎて、1つずつの存在感が希薄になったような気もします。欲を言えば、もう少し絞り込んで、最後に全てが繋がる部分にもう少しインパクトが欲しかったですね。田之介をもっと中心において、彼の滅び行く様を描いた物語、となると全く別物になってしまいますが、そういう物語も読んでみたいと思いました。


「冥府神の産声」光文社文庫(2000年8月読了)★★★★★

新宿中央公園で帝都大学の吉井教授が刺殺されます。日頃過激な言動でマスコミを賑わしていた吉井は、脳死問題について検討する「日本脳死問題臨時調整委員会」の中心的存在でもありました。かつて吉井の右腕的存在であった相馬研一郎は、医療専門誌「メディカルビュウ」の編集長から大学の内情を探るように依頼され、5年ぶりに大学を訪れます。そしてそこには、相馬の元同僚であり、吉井の左腕と言われていた九条昭彦の姿が。九条もまた2年前に研究室を離れていたのです。そしてそんな相馬に桃園製薬のプロパー・時生保が接近。相馬は「脳死臨調」のことや事件のことを調べることになるのですが…。

臓器移植と脳死問題がテーマ。ミステリというよりは社会派小説ですね。殺人もトリックがどうこういう殺人ではなく、脳死問題を審議する「脳死臨調」を中心としたいろいろな人間の思惑がポイントとなっています。脳死問題というと哲学も絡んでくる難しい問題なのですが、一般の人間にも分かりやすく入りやすく書かれています。しっかりとした構成とぐいぐいと引っ張ってくれる文章のおかげで、とても面白く読めました。脳死問題によって利益を得る人々や「二人称の死」によってあっさりと変節してしまう人たちなどの描写もリアル。そしてそういう「上の人たち」の話に、新宿に住み着いているホームレスたちのエピソードを違和感なく絡めてくるところが上手いものですね。北森さんが医学部関係の人間ではないのが不思議なぐらい、題材を自分の物にしていると思います。
あえて難を言うとすれば、トウトをはじめ、もう少しつっこんで欲しかった人物が何人か残ってしまったということでしょうか。せっかくの魅力的な登場人物なのに、これは少しもったいなかったような気がします。


「狐罠」講談社文庫(2000年8月読了)★★★★★お気に入り

店舗を持たずに骨董商を営む「旗師」の一人、宇佐見陶子。自分の鑑定眼に絶対の自信を持つ彼女ですが、橘薫堂の「目利き殺し」にはすっかり騙され、贋作をつかまされてしまいます。プロとしてのプライドをすっかり傷つけられた彼女は、橘薫堂に意趣返しを仕掛けようと行動を開始するのですが、丁度その頃橘薫堂の右腕・田倉俊子が殺され、彼女も事件にまきこまれてしまうことに。

文体もいいし、とにかく勢いでぐいぐいと読ませてくれます。ミステリというよりはサスペンスでしょうか。骨董の世界を題材にした話は、細野不二彦さんの漫画「ギャラリー・フェイク」ぐらいしか読んだことがないのですが(これはオススメ)、あまり予備知識のない私にもとても面白く読めました。主人公の宇佐見陶子と周囲の人物のやりとりも臨場感たっぷりですし、それにとても興味深いです。骨董業界って本当にこういう世界なのでしょうか。この通りだとすると、かなり怖い世界ですね。魑魅魍魎という言葉がぴったりきます。
あくまでも潔い主人公を始め、なかなか魅力的な人物が多いのですが、その中で刑事の2人もかなり良い味を出してます。1人がまるで刑事コロンボのよう、もう1人も話が進むにつれてだんだんとまるでコロンボのようになっていったりして、こういう過程もとても面白く読めます。しかし全体としては、もう少し救いが欲しかったですね。少し息苦しくなってしまうような面もありました。


「メビウス・レター」講談社文庫(2001年4月読了)★★★

幻想作家・阿坂龍一郎が取材旅行から帰ってみると、留守番電話には「テガミハ、トドキマシタカ」というメッセージが残されていました。そして「今はもうどこにもいないキミに」という文章で始まる謎の手紙が、阿坂の元に次々と送りつけられることに。それは7年前の男子高校生の焼身自殺について語る過去からの手紙でした。阿坂は、とうの昔に捨てたつもりになっていた過去からの告発におびえます。

謎の手紙が語る過去の事件と、手紙が送りつけられた阿坂の現在の現実が渾然一体となって、まさにメビウスの輪状態。この手紙の存在感がすごいですね。少しクセがある文体なのですが、不思議な雰囲気で、気が付いてみたら話に引きずり込まれてしまっていました。そしてこの手紙が語る死んだ少年像も、とても生き生きとしていてリアル。手紙が書かれた時点で既に死亡しているとは思えないほどです。
阿坂がこの過去にどのように関わってくるのか、そもそも阿坂とは何者なのか、そしてこの事件の真相は、と謎だらけのまま話は進むのですが、私は読んでる途中ですっかり取り違えて考えてしまったので、真相がわかった時は、すっかり頭が混乱してしまいました。この最後の展開にはびっくり。これ以外にも、作中にはいろいろな伏線や仕掛けが盛り沢山で、事実が小出しに暴露されていきます。おかげで途中からは驚きの連続。一気に読んでしまいました。


「親不孝通りディテクティブ」講談社文庫(2006年12月読了)★★★★

【セヴンス・ヘヴン】…博多の長浜にラーメンとおでん、そしてカクテルを出す屋台を営むテッキこと鴨志田鉄樹。その屋台にいつものようにやって来たのは、結婚相談所の調査員をしているキュータこと根岸球太。なんとキュータは、結婚相談所で知り合ってゴールインしたばかりのベストカップルが部屋で死んでいるのを発見してしまったというのです。
【地下街のロビンソン】…テッキに探し人の依頼にやって来たのは、ライブハウス《セブン》の経営者にしてシンガーの《歌姫》。森本要という女性の行方を捜して欲しいというのですが…。
【夏のおでかけ】…毎年夏になると2週間ぐらい雲隠れをしてしまうテッキ。そのテッキを探しているという美女に声をかけられたキュータは、下関で見かけたと聞いたとでまかせを言います。
【ハードラック・ナイト】…ダイエーホークスが優勝した晩、テッキの屋台に現れたのはテッキやキュータと高校時代からの知り合いの小坂奈津美。再会を喜び合う3人。しかしその喧騒の中で、屋台の近くには女子高校生の遺体が放置されていたのです。
【親不孝通りディテクティブ】…テッキの屋台にいたのは歌姫、キュータ、キュータの連れてきた村山千里。千里の注文したカクテル「雪国」から、「ヒデさん」の思い出話へと…。
【センチメンタル・ドライバー】…免停になっていたキュータは、再び免許を取るために教習所へ。しかしある日教習所で見かけたのは、15年前に消えたはずの米倉裕司だったのです。

博多の街を舞台にしたハードボイルド連作短編集。
テッキとキュータの2人の視点が交互に登場して、物語が進んでいきます。2人は高校時代からの腐れ縁で、どちらも29歳。東京の大学を中退して博多に戻って来たテッキは冷静沈着、むしろ老成した雰囲気。使う言葉は標準語。そして常にお気楽で女好き、頭で考えるよりも先に口が出るタイプのキュータは人情家。言葉は博多弁。この2人が好対照となっていますし、オフクロこと華岡結婚相談所の所長・華岡妙子や、魔女のような雰囲気の《歌姫》も独特の存在感を放っていますね。一見して硬質な雰囲気が漂っていますし、扱う事件はそれぞれに重いのですが、狂言回しのキュータのおかげか、その重さがいい感じで和らげられていますし、意外なほど読みやすかったです。それでも最後はかなり苦い結末で、驚かされましたが…。
「親不孝通りラプソディー」というという作品も刊行されています。こちらは2人の高校時代のエピソードなのだそう。「ハードラック・ナイト」で思わせぶりなことが書かれていたので、その話なのでしょうね。そちらもぜひ読んでみたいです。


「闇色のソプラノ」立風書房(2001年2月読了)★★

東京都遠誉野市。国文科の学生である桂城真夜子は、友達の家で偶然KANARIYA-SHUという同人誌を見つけ、童謡詩人・樹来たか子の詩に感動します。丁度卒論のテーマに困っていたこともあり、早速この樹来たか子をテーマとして選ぶ真夜子。しかし25年前に夭折したというたか子の資料はあまりに少なく、真夜子は連日のように図書館に通うことに。そして真夜子が図書館で知り合ったのは、遠誉野市に住む郷土史研究家・殿村三味(とのむらさんみ)と、彼らの話に興味を引かれた弓沢征吾でした。しかし自分もたか子の詩に魅せられ、たか子の出身地の山口まで行ってきた弓沢は、最後のメモを真夜子に渡したその晩、公園で刺殺体となって発見されます。末期癌で入院中だった弓沢は、一体誰に呼び出されたというのか…。真夜子は、遠誉野市に住んでいるという樹来たか子の遺児・静弥に接触をはかります。

読み応えはある作品ですし、「歴史にいきなり現れた村」という遠誉野市の設定も、物語の最初に登場する樹来静弥という不思議な雰囲気をもつ青年も、かなり興味をそそる存在です。しかし私の勝手な先入観によるものだとは思うのですが、桂城真夜子や殿村三味など、それぞれの登場人物の印象が途中で覆されてしまい、話の流れもご都合主義に感じられてしまい、今ひとつ物語に入りきることができませんでした。最後の結末には本当に驚いたのですが、その結末自体も分かってみると…。話の筋自体は面白いと思ったのに、なぜでしょうね。読んでる最中は夢中になっていたのに、いざ読み終わってみると、実はあまり印象に残らなかった作品。もしかすると、間口が広すぎて散漫になっているのかもしれません。


「花の下にて春死なむ」講談社文庫(2001年6月読了)★★★★★お気に入り

【花の下にて春死なむ】…飯島七緒が入っている自由律句の結社・紫雲律のメンバー、片岡草魚が自室で病死していました。しかし亡くなってみると、彼の身元や血縁を示す記録が何一つとしてなかったのです。七緒は片岡の故郷と、身元を隠さなければならなかった理由を探し始めます。
【家族写真】…マスターの工藤が出してきた新聞記事のコピー。赤坂見附駅の改札には、通行人が自由に本を借りられる本棚があるのですが、ある日新聞記者が時代物の小説を借りると、そこには1枚のセピア色の家族の写真が入っていたのです。その写真は、30冊あまりの時代小説にはさんでありました。
【終の棲家】…カメラマンの妻木信彦は自分のライフワークを追及している最中、ある自由生活者の老夫婦と出会います。頑なだった彼らの心を開き、最後には写真を撮るほどにまで親しくなった妻木。その時撮った写真に「終の棲家」と題をつけて個展を開きます。そしてそれは彼の出世作に。しかし報道写真の賞の受賞記念の個展のポスターが全て盗まれてしまいます。
【殺人者の赤い手】…笹口ひずるが香菜里屋に着た時、丁度すぐ裏のマンションで若いOLが殺されるという事件がおきたところでした。そして香菜里屋に入ってみると、そこには同じく常連の飯島七緒の姿が。彼女はこの界隈の子供たちの間で広まった「赤い手の魔人」の怪談を調べにきていたのです。
【七皿は多すぎる】…ある回転寿司店では、連日マグロばかり7皿も食べている男性客がいるといいます。なぜマグロばかり7皿なのか。香菜里屋では早速常連客による推理合戦が始まります。
【魚の交わり】…1作目で登場した無名の俳人・片岡草魚のことを雑誌に書いた飯島七緒の元に、佐伯克美という人物からの手紙が届きます。彼の叔母にあたる絹枝が残した絵日記に自由律句がいくつか載っており、それはもしかしたら片岡の作かもしれないというのです。

第52回日本推理作家協会賞短編部門賞受賞作品。
新玉川線・三軒茶屋の駅のほど近くにあるビアバー「香菜里屋」。年齢不詳のマスター・工藤哲也の美味しい料理と楽しいおしゃべりに惹かれて、今日も常連客がやってきます。連作短編集です。
マスターの工藤が作る料理の美味しそうなこと!しかも工藤は、常連客の語る話を聞きながら、さりげない安楽椅子探偵ぶりを発揮します。美味しそうな食材と一緒に、常連客の持ってくる謎まで料理してしまうのですね。しかしこの連作集を読んでいると、謎解きの面白さはもちろんなのですが、いろいろな人物の人生模様や隠された思いが見えてきて、とても切なくなってしまいます。しかしその切なさも、工藤によって浄化されていくような印象。私も香菜里屋に行ってみたい、常連客になりたい、そう思わされてしまいます。
私はこの中では「終の棲家」が好きです。救いのない話かと思いきや、最後に救われる感じが最高。また、「殺人者の赤い手」にでは、子供達の怪談が出てくるのですが、その中の「都市伝説」云々については、京極夏彦氏他の対談集「妖怪馬鹿」の薀蓄を読んだ所だったので、なんともタイムリーな話でした。


「メイン・ディッシュ」集英社(2001年2月読了)★★★★★お気に入り

【アペリティフ】… 雪の中でのミケさんとの出会い。物語の始まり。
【ストレンジ テイスト】…ネコこと紅林ユリエの所属する小劇団・紅神楽は、次の公演に向けて練習中。しかし座付き作家である小杉隆一が自分の脚本に疑問を持ってしまい、練習は中断してしまいます。
【アリバイ レシピ】…泉谷伸吾は入院が必要な体にも関わらず、大学時代の友人2人を自宅に招待。泉谷の作ったカレーを食べながら、3人は大学時代に起きた事件について語ります。
【キッチン マジック】…ネコの家でホームパーティをしている最中、ネコの部屋のすぐ下の道路には、高校生の死体が。その高校生はひったくりの犠牲となったというのですが…。
【バッド テイスト トレイン】…列車で滝沢良平に話しかけてきた見知らぬ男は、滝沢が読んでいた本や駅弁のこと、列車に乗っている他の乗客に関して、色々と推理をして自説を披露します。
【マイ オールド ビターズ】…紅神楽にきた奇妙な仕事は、長野に住む大金持ちの老人の家で1回公演をしたら、200万円のギャラが出るというもの。しかも温泉付きで、劇団員たちは大喜びするのですが…。
【バレンタイン チャーハン】…劇団のメンバーたちはCM出演以来知名度が上がり、どんどんTVの世界に進出していきます。しかし紅神楽の看板女優であるネコは、TVには出ないと1人で頑張っていました。そして雑誌の取材で、ミケさんが教えてくれていたチャーハンの作り方を披露することに。
【ボトル ”ダミー”】…ミケさんが部屋から出て行って9ヶ月。キッチンの奥からミケさん特製の梅酒のボトルがでてきたのを口実に、ネコはかつての仲間たちを集めて「ミーティング」を開きます。
【サプライジング エッグ】…ミケさんとは何者だったのか。かねてから小杉が作っていた、ミケの素性をさぐる仕掛けが完成します。かつてのネコの同棲相手をもまきこんだ仕掛けとは。
【メイン ディッシュ】…大団円。

劇団・紅神楽(こうじんらく)の看板女優・ネコこと紅林ユリエが、雪の夜に拾ってきたミケさんこと三津池修。素性や過去はまったく分からないものの、ミケさんの料理の腕は抜群。それ以来ネコの家は「ミーティング」の名の元に劇団員が集まるホームパーティの会場になっています。連作短編集です。
全編に料理がふんだんに出てくるということもあり、北森さんの作品の中でもひときわ暖かく優しい作品となっています。ミケさんの作る料理は本当に美味しそうですし、ミケさん自身もとても魅力的。 控えめでありながら包み込んでくれるようなミケさんには、圧倒的な存在感があります。そんなミケさんを中心として、ネコや小杉、他の劇団員の雰囲気もとてもいいですね。しかしミケさんのこの洞察力はすごいですね。最初の「ストレンジ・テイスト」からして、もう驚いてしまいました。
小さな謎をちりばめた連作短編を通して、最終的には大きな謎が解かれるという構成もすごく良いですね。「アリバイレシピ」と「バッドテイストトレイン」は、やや唐突な気もしたのですが、でもこの2つが本筋にどうやって絡んでくるかという点にも興味を惹かれて夢中になって読み続けてしまったので、そういう意味では効果的だったかもしれません。北森さんの中でそこまで計算済みだったのかどうか、知りたいところです。
本当に素敵な連作短編集でした。こういう物語は大好き。いくらでも読みたいです。


「屋上物語」祥伝社文庫(2003年8月読了)★★★★

デパートの屋上にある手打ちうどんのスタンド。この店は、地階に店を出している讃岐うどんの専門店のリトルショップになっており、『さくら婆ァ』と呼ばれる女性が取り仕切っていました。
【はじまりの物語】…9月の夕暮れ、1人の少年が屋上から大きな紙飛行機を飛ばし、翌日再び来ると、慣れない煙草を無理矢理吸おうとして咳き込んでいました。語り手は、正一位伏見稲荷大神の使い狐。
【波紋のあとさき】…11月の朝の屋上で、警備員の中岡の死体が発見されます。発見者はペットショップの「るりちゃん」でした。語り手は、屋上遊園地に設置された観覧車。
【SOS・SOS・PHS】…ベンチに忘れられていたPHSが、さくら婆ァの手の空いた時間を見透かすように、毎日夕方になると鳴り始めます。語り手は白いベンチ。
【挑戦者の憂鬱】…タクと呼ばれる高校生がピンボールマシンに四苦八苦しているのを見て、代わりにやって見せたのは日雇い労働者のロクさんでした。語り手はピンボールマシン。
【帰れない場所】…背骨を骨折して入院しているはずのロクさんが、病院から突然の失踪。それを知ったタクと興行師の杜田は、必至になってロクさんを探し出そうとします。語り手は…。
【その一日】…2ヶ月ほど前、デパートの屋上にバグパイプの入ったアタッシェケースが置かれているのが見つかり、それ以来、さくら婆ァがそれを預かっていました。真夏の午後。語り手は地蔵尊。
【楽園の終わり】…10月初め、さくら婆ァのスタンドが、本店の意向で突然閉店することになり、思わぬ波紋が広がります。屋上にあった怪獣の着ぐるみからは、家出娘の死体が。語り手はデパートの屋上。
【タクのいる風景】…受験に失敗し、彼女にもフラれ、家を飛び出したタク。盛岡にある某デパートの屋上の立ち食いうどんのスタンドで出会ったのは高村という男でした。語り手は学業成就の守り札。

屋上を舞台に繰り広げられる様々な出来事を描いた連作短編集。その視点はお稲荷さんの狐だったり、観覧車だったり、ベンチだったりと、人間ではない「物」ばかり。1話ごとに移り変わっていきます。
何やら語りたくない過去があるらしいさくら婆ァと、裏の世界に生きている杜田の存在感が抜群。そして舞台は、デパートの屋上という、日中こそ子供たちの嬌声が響いて華やかさを感じさせる、しかし人がいない時には非常に物寂しさを感じさせそうな場所。そのせいか、屋上で起きる様々な出来事は、解決しても単なるハッピーエンドではなく、哀しく辛いものも多いのです。人間の悪意をまざまざと感じさせられる場面もあります。ミステリというよりは、人間ドラマ。さくら婆ァの「人は、タクが考えているほど優しくもないし、素直でもないんだ」という言葉が全てを物語っているような気がします。


「凶笑面」新潮エンターテイメント倶楽部(2001年2月読了)★★★★

【鬼封会】(きふうえ)…蓮丈那智の元に、大学の生徒から送られてきた一本のビデオ。それは岡山の山奥に伝わる宗教行事・鬼封会(おにふうえ)を収めたものでした。早速現地調査に出かける蓮丈と内藤ですが、調査を始めようとした矢先、殺人事件が起こります。
【凶笑面】(きょうしょうめん)…蓮丈のの元に、骨董屋である安久津圭吾から手紙が届きます。それは長野の旧家に伝わる面の調査を依頼でした。蓮丈と内藤は夏休みを待って長野を訪れることに。
【不帰屋】(かえらずのや)…フェミニズムの提唱者としても有名な社会学者・宮崎菊恵からきた、東北にある彼女の生家の離屋を調査してほしいという依頼。宮崎が言うには、その離屋は「不浄の間」であるはずだということなのですが…。
【双死神】(そうししん)…地方史家・弓削佐久哉から受け取った一通の手紙を元に、内藤は一人で現地調査に向かいます。それは鉄に関する今までの定説が覆る可能性のある調査でした。しかし現地についた内藤は、狐と名乗る謎の女性にくれぐれも注意するようにと忠告されます。
【邪宗仏】(じゃしゅうぶつ)…蓮丈の元に2件の調査依頼が届きます。そのどちらもが、山口県のある村に伝わる秘仏を調べてほしいというものでした。そして現地についた二人を待っていたのは、調査依頼主の一人である御崎昭吾の死。彼はなんと秘仏と同じように両腕を切り取られていたのです。

副題は「蓮丈那智フィールドファイルI」。
異端の民俗学者といわれる女性・蓮丈那智と、その助手内藤三國の連作短編集です。読み始め、この物語の世界になかなか入れず戸惑いました。民俗学は決して嫌いではないはずなのに、書かれていることが全く頭に入ってこないのです。それはどうやら、中心となっている蓮丈那智のキャラクターが上手く掴めなかったせいのようで…。大変な美人という設定になってはいるのですが、ただ美人と言われても困ってしまいます。描写された外見と話し口調の印象もちぐはぐでしたし、まるで人間味を感じることができませんでした。とは言え、一旦慣れてしまえば、やはり話は面白かったです。しかも途中で「狐罠」の登場人物が姿を見せるというサービス付き。このように作品同士がクロスするのは大好きなので、それだけで一気に読後感が良くなってしまったような気がします。
それにしても、民俗学というのはそのままでミステリーなのですね。興味と想像力次第で、いくらでも仮説が構築できるというところが面白いです。逆に言えば、想像力がなければ何も始まらない世界ということなのでしょう。正解が分からずに仮設を作り続けるという作業は、小説の世界のすっきりと解決される殺人事件よりもはるかに現実的なのかもしれませんね。

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