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このページは、川端裕人さんの本の感想のページです。

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「夏のロケット」文藝春秋(2003年6月読了)★★★★
東京都大田区蒲田のマンションの一室で爆発事故が起きます。事故の原因は、ここで作られていた小型ミサイル。その部屋の名義は、過激派ヤマネコ・アーミーの主要メンバーの名前になっていたのです。新聞社の科学部担当記者・高野は、同僚の芦川純子から詳しい話を聞き、そのミサイルが普通のテロ集団が作るような原始的なものではなく、それどころか極めて洗練された誘導機能付きの高性能ミサイルであることを知ります。何をかくそう高野自身、高校時代に同学年の友人たちと一緒に、打ち上げ可能な小型ロケットを製作していたのです。やがて高野は、現場の写真を見ているうちに、写っている部品の形状や、そこから分かる設計思想などから、それが高校時代の仲間によるものなのではないかと考え始めます。高校の時の天文部ロケット班のメンバーとは、卓越した理論的なリーダーで、ロケットの設計図を引く「教授」こと日高紀夫、いつも汚れた白衣を着ている物作りのプロ・清水剛太、SF小説を好む氷川京介、体育会系の身体に強引な話術の北見の5人でした。

第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞のデビュー作。高校の天文部で一緒にロケットを作っていた仲間が、30歳過ぎという年齢で再び集まり、再び自分たちでロケットを作って打ち上げてしまおうとする物語です。
「夢」という言葉は、「いつまでも夢ばっかり追うのはやめて、早く大人になりなさい」などと、実は否定的な意味で使われることも多い言葉。小さい頃の「夢」はいつしか心の奥に仕舞いこまれて忘れられてしまうことも多いのに、そんな夢の中でも「ロケット打ち上げ」などという一見突拍子もなく感じられる夢を、のように実現させることもできるというのがまず驚きでした。宇宙開発なんて国レベルでやることだとばかり思っていたのですが、違うのですね。しかしもちろん、夢を叶える綺麗なだけの物語ではありません。莫大なお金がかかりますし、子供の頃の純粋な夢と違い、それぞれに打算と目的もあります。公安警察も、ロケットもミサイルも全部ひっくるめてミサイルとして捉えています。ロケットとミサイルの違いは、人間や人工衛星が乗っているか、それとも核弾頭を積んでいるかだけの違いなのです。それでも肝心なのは、まず一歩踏み出す勇気があるかどうか。そして失敗や、それに続く酷評を恐れないということ。同じことをしても「勝てば官軍、負ければ賊軍」で、世間の評価は無責任に180度変わってしまうものなのですから。私自身はロケットに興味を持ったことがなかったので、序盤はあまりピンとこなかったのですが、宇宙に行きたいと思ったことがある人には堪らない話なのではないでしょうか。そんな私でも、ロケット打ち上げの直前からはドキドキしっ放しでした。
教授は理論、剛太は技術、氷室は資金、北見は人脈とノウハウ、とそれぞれに得意分野があります。しかし主人公の高野は中学の時に県の作文コンクールに優勝しただけ。高野は一体何をするのだろう、何ができるのだろうと思ってしまったのですが、考えてみれば、彼の言った「火星」という言葉が5人を結びつけていたのですね。知らず知らずのうちに、一番大きな役割を果たしていたのかも。

P.276「だめなんだ、恐い以上にぼくは宇宙に行きたいんだ」

「The S.O.U.P.-ザ・スープ」角川文庫(2004年7月読了)★★★★★お気に入り
周防巧を訪ねて来たのは、経済産業省商務情報政策局の小杉礼子。経済産業省のウェブサイトの掲示板が乗っ取られ、続いてサイトそのものが勝手に書き換えられるという事態が起き、そのクラッカーの正体を暴くための仕事を巧に依頼しに来たのです。早速仕事に取り掛かる巧。そしてあと1歩というところまで追い詰めた巧の元に届いたのは、EGGと名乗るクラッカー集団からのメールでした。そのメールには、かつて会社を共同経営していた旧友の動画が添付されていたのです。周防巧は、大学在学中に友人たちと製作したR.P.G.ソフト「S.O.U.P」の成功で知られるプログラマ。FBI に協力してホワイトハウスに侵入したIRAのクラッカーを追い詰めたという逸話もある、国際ハッカー共同体から一目置かれるリアル・ハッカーでした。巧は旧友のS.O.S.サインに応えるため、かつて自分が製作に携わった「S.O.U.P」のオンラインゲームにログインすることに。しかし久しぶりに見たそのゲームの世界は、巧が知っていた頃のものとは変わり果てていたのです。

史上最大のサイバーテロを行い、インターネットの世界に揺さぶりをかけるクラッカー集団EGGと、それに対抗する周防巧やFBI捜査員・シェリル・ブライスたちの物語。日本で起きたハッキング事件が、あっという間に国家を巻き込み、全世界を席捲する事件に発展していくテンポの良さに、一気に引き込まれました。そしてこの戦いに深く関わってくるのが、「指輪物語」や「ゲド戦記」を骨格に作られたゲーム「S.O.U.P.」。このゲームが非常に魅力的なのです。「S.O.U.P.」とは、「Slice Of Universe for Pioneers」の略で「開拓者のための宇宙の断面」という意味の言葉なのだそう。ゲームの描写を読んでいるだけでも、その広がりや奥行き、可能性が感じられるようで、とても魅力的。しかしその魅力は、実際にプレイしているプレイヤーたちを呑み込んでしまうことになるのですね。深く依存した挙句、現実世界と仮想世界の区別がつかなくなった人々。肉体は滅びても、精神はネットの中に行き続けていると信じている人々。古今東西、永遠の命を願った人間は多いですが、幻想とはいえ、これほどあっけなく成立してしまうとしたら、何やら皮肉ですね。
この作品ではインターネットの成り立ちや、現在危惧されている状況はもちろんのこと、現実世界と仮想世界の違い、本当の自分とは何なのかどこにいるのか、生とは世界とはといった哲学的な話に発展し、人工生命(AI)や人工知能(AL)などの先端技術にも触れられていきます。物語の性質上、専門用語は多く登場しますが、しかしインターネットをある程度使っている人ならば、入りやすいのではないでしょうか。自分がこの物語をどこまで理解できているのかというのはともかくとして、色々と考えさせられましたし、とにかく非常に面白かったです。

P.248「世界はもとからあるのじゃなくて、人の心の中にできるものなんだ…」
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