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このページは、笠井潔さんの本の感想のページです。

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「梟の巨なる黄昏」講談社文庫(2000年3月読了)★★★★
40歳を過ぎても芽の出ない純文学作家である布施朋之は、未だに妻・和子に依存した生活。一方、学生時代の文学サークルの仲間である宇野は今や人気作家。生活維持のためにやむなくしている校正の仕事をクビになり荒れる布施。泥酔して目覚めたビジネスホテルで、彼のかたわらにあったのは、神代豊彦比古の幻の遺作である「梟の巨なる黄昏」でした。この本と出会ったことがきっかけとなって、彼は猛然と執筆を開始するのですが…。それぞれの視点から語られる出来事。謎の本をめぐって揺れ動く4人の心の奥底にある狂気。

読み始めは、布施という自己中心的な作家が破滅していく話かと思ったのですが、章ごとに視点が変わるという構成には驚きました。そして同じ出来事でも、視点が変わればこうも変わるものなのかと考えさせられますね。単に認識が違うだけではなく、もはや普遍的であるはずの「現実」が全く違った様相を見せています。そしてそれぞれの視点から見たお互いの姿は醜悪そのもの。幻の小説『梟の巨なる黄昏』。によって、4人の心の奥底にある狂気や殺意が浮き彫りにされていくさまは、ミステリというよりホラーですね。
布施朋之は太宰治、宇野明彦は村上春樹や村上龍を彷彿とさせます。すべてが完全に構想され、計算されつくされてから書かれた作品という印象です。

「復讐の白き荒野」講談社文庫(2001年9月読了)★★★★
ソ連の収容所を命がけで脱走し、厳冬の流氷原を渡って知床へと逃げ延びた間島勲。彼は日本国内の陰謀に巻き込まれて乗っていた漁船もろともスパイとしてソ連に拿捕され、正式な裁判を受けることなく収容所に送られていたのです。知床の番屋で宗吉老人に助けられた彼は、自分たちを罠にはめた黒幕に復讐を誓い、恐るべき勢いで関係者に迫っていきます。そして次々と自分の前に立ちはだかる男たちを排除する間島。その彼を最後の最後に待ち受けていた人物とは。

笠井版スパイ小説。主人公の間島勲は元右翼の青年であり、ストーリーには笠井さんの政治的思想が凝縮されています。私にはあまり難しい政治的思想はわからないのですが、しかし確かに思想小説ではあるものの、ストーリーはエンターテイント性も十分。間島の復讐の念が最初から最後まで緊迫感を持って貫かれているところがいいですね。元婚約者と元恋人も登場するのですが、彼女たちの存在が間島の復讐の妨げにならないところ(具体的に言えば濡れ場がないところ、かな?)がまたいいです。ストイックで不器用なほど真っ直ぐな間島という人物は、三島由紀夫作品に出てきそうな人物です。そして最後の最後の盛り上がりも十分。一気に読まされました。硬派な小説が好きな人にはオススメです。

「オイディプス症候群」光文社(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
ナディア・モガールは、リセ時代からの友達・フランソワ・デュヴァルがクロード・ベルナール病院に入院中と聞き、早速見舞いに訪れます。パストゥール研究所の研究員であるフランソワは、中央アフリカのザイールに赴任中に未知のウィルス病に感染して帰国、カリニ肺炎であと数ヶ月の命だったのです。ナディアはフランソワの頼みで、現在ギリシャにいるパストゥール研究所の主任研究員・ピエール・マドック博士に、フランソワの封筒を渡しに行くことに。その封筒の中にあるのは、何百万人もの人命を左右するかも知れないという医療計画の一部。先日起きたパストゥール研究所のボヤ騒ぎの直前、マドック博士の無人の研究室にニコライ・イリイチ・モルチャノフが侵入していたらしいという情報もあり、ナディアは翌日、駆と共にギリシャのアテネへと向かいます。しかしアテネの空港で駆とはぐれたまま、ナディアはクレタのスファキオンへと飛ぶことになり、そしてさらにその沖のミノタウロス島へと渡ることに。この島のダイダロス館に、10人の男女が集まります。

矢吹駆シリ−ズ第5弾。第3回本格ミステリ大賞受賞作品。
アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」をベースに、ギリシャ神話のモチーフが絡んでいる物語。このシリーズの一番の特徴とも言えるのが駆による哲学談義なのですが、ナディアの病院嫌いから始まり、「人が人を殺すことは許されているのか」という命題、「ならびみ」「むきあい」「わたしみ」によって分類される愛と性の現象学、男あるいは女の本質等、様々なことが定義されていきます。かなり濃厚な哲学談義なので、物語の本筋の流れを分断してしまうこともありますし、少々手を広げすぎの印象もあるのですが、現存する推理小説を例にとっての、閉鎖空間における殺人の動機と必然性、「内」と「外」の線引きの話など、とても面白かったです。それにミステリ的な楽しみたっぷり。犯人が誰なのかなかなか絞れず、後半はナディア以外の全員が怪しく思えてくるほどの展開。サスペンス性も十分でした。駆の言う「真の犯人」には驚きましたが、言われてみると納得。それもまた十分あり得そうな話ですね。そして哲学と並ぶ今回の重要モチーフは、ギリシャ神話。登場人物の名前までもがギリシャ神話に照らしあわされ、推理の根拠となってしまうのはどうかと思いますが、しかしその様式美も十分に楽しめました。
「オイディプス症候群」という言葉が何を意味しているのかは、読んでいるうちにすぐに分かります。シリーズ1作目の「バイバイ、エンジェル」が出版されたのが1979年。既に20年以上が経過しているのですが、小説内での時間経過は丁度2年ほど。それがこの「オイディプス症候群」にとって、逆に効果的な演出になっているとも言えそうですね。イリイチの扱いに関しても非常に巧み、いかにもありそうな演出には驚きました。
小野不由美さんによるダイダロス館見取り図付きです。そして作品中に登場する「官能の帝国(ランピール・デ・サンス)」は、どうやら大島渚監督による「愛のコリーダ」のようですね。
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