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このページは、海音寺潮五郎さんの本の感想のページです。

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「中国妖艶伝」文春文庫(2003年2月読了)★★★★
【妖艶伝】…春秋時代。陳国での夏姫の妖婦ぶりが楚でも噂となり、荘王を始めとして大夫たちも夏姫に興味を示します。賢大夫であった巫臣は、これを諫めるのですが、その巫臣が夏姫に会った時。
【魚腹剣・中国剣士伝】…春秋時代。楚の太子・健の嫡子・勝と伍奢の次子・員は、呉の僚王の従兄弟・公子光の元へ。員は、公子光の力を借りて勝を楚の王位に戻そうと図ります。
【たい(車+大)侯夫人の時代】…前漢の時代。高祖・劉邦の崩御後、呂后と呂氏一族の専横時代、呉楚七国の乱を経て、武王が即位するまで。
【遥州畸人伝】…唐の玄宗皇帝の時代。若い頃武人として鳴らし、村人たちの尊敬を集めている趙奇老人は、弓術と小鳥の飼育を楽しむ毎日。しかしたった1人の孫にも先立たれてしまいます。
【美女と黄金】…戦国時代。邯鄲で毎夜のように豪遊を繰り返す豪商の呂不韋は、ある時座敷で陳耳という不思議な老人に出会います。翌日老人の家を訪れた呂不韋に、老人は計を授けます。
【鉄騎大江を渡る】…三国時代の呉。蒲咸の許婚・宋麗華が呉軍の部隊長・周慎に見初められ、身売り同然に攫われることに。蒲咸はやっとの思いで麗華を取り戻すのですが…。
【天公将軍張角】…後漢の末の時代。大名道の張家の長男・角が1人の娘に惹かれて仙術の修行に励むことになります。そして2人の弟・宝と梁は兄の仙術を見て、太平道を興すことに。
【崑崙の魔術師】…唐の時代。安禄山・史思明の叛乱を鎮めた救国の英雄・郭子儀の屋敷の愛妾が1人が消えうせます。それは崔生という若者と、磨勒という名前の崑崙人の奴隷の仕業でした。
【蘭陵の夜叉姫】…唐代の中頃。蘭陵の町で、上流の若い子弟たちが、絶世の美女と衾を共にし、この世ならぬ歓楽にあずかり、しかし気付くと1人路上に佇んでいるという怪異が続きます。

中国の春秋時代から唐の時代までを描いた作品を集めた短編集。実在の人物や出来事を描いた物語が多いのですが、「遥州畸人伝」のように全くの創作もあり、バラエティに富んでいて飽きさせません。それぞれに面白く読めました。実在の人物について描かれている作品は、さらに他の作家さんとの解釈の違いなども楽しめるのがいいですね。「春秋左氏伝」や「史記」などが元になっていても、その中に登場する人物の生かし方描き方によって、まるで違った印象が生まれてくるのが実感できます。例えば妖艶な淫婦として名高い夏姫ですが、この「妖艶伝」では、巫臣が夏姫を見た時、最初は姿形にそれほど美しさを感じていません。しかし歩きぶりの美しさに惹き付けられ、「そう気がつくと、女の全貌がまるで違って見えはじめ」るのです。気弱でさびしがりやであったから人に愛されていたかっただけで、決して腹黒さや姦悪な心を持っていないとされている夏姫。しかし常に受身であるように見えても、巫臣の息子である狐庸のことを思う時に「自分がまだ美しいのがうれしかった」夏姫は、実はやはり能動的だったのでした。宮城谷昌光氏の「夏姫春秋」や駒田信二氏の「中国妖姫伝」とはまた違った夏姫、巫臣の姿が見えてきますし、しかもここには、巫臣と結ばれた後の、ハッピーエンドでは済まされない夏姫の姿も見られます。
私がこの中で好きなのは「魚腹剣・中国剣士伝」と「美女と黄金」。「天公将軍張角」も、三国志時代の太平道を描きながらも、三国志とは一味違う、幻想的な作品になっているのが面白いですね。「たい侯夫人の時代」は、先日読んだばかりの塚本史さんの「呂后」とほぼ同じ時代と内容。塚本史さんはこの作品の影響を受けて、「呂后」を書かれたのかもしれませんね。

「中国英傑伝」上下文春文庫(2003年2月読了)★★★
1.秦末の動乱から漢楚の興亡。項羽と劉邦の争いから漢朝の確立、劉邦の死後政権を握った呂后や呂氏が、呂后の死後滅ぼされるまで。
2.春秋時代。斉の桓公、晋の文公、秦の穆公、宋の襄公、楚の荘王、楚の霊王、呉王闔閭(こうりょ)、越王勾践ら春秋の覇者のこと、呉楚、呉越について。
3.戦国時代、秦が中国を統一するまで。
本当はこの後、前漢・後漢を経て三国時代にまで突入する予定だったそうなのですが、持病の悪化により中断を余儀なくされてしまったとのこと。最後の戦国時代の部分も、非常に短くなっています。

日本文化を理解するためには、ある程度の中国に関する知識が必要となります。しかし戦後の学校教育からはほとんど何も学べなくなっているため、読みやすくて面白く、しかも知識のつく本を、という目的で書かれたのだそうです。その目的の通り、春秋戦国時代から前漢までの出来事がとても分かりやすく書かれており、比較的短時間で歴史の流れを理解することができます。しかし駆け足で進むため、どうしても浅くなりがちですし、しかも史実を中心に書かれているので、物語としての面白さにも少々欠けるような気も。私にとってはどちらかといえば、入門編というよりも、物語で読んだ時代を改めて整理したり、史実と創作の境目を知るために役立てた方が良さそうです。ただ、宮城谷昌光氏のエッセイ集「春秋の色」に取り上げられていたので読んだのですが、確かに宮城谷氏の諸作品の基礎となっているのが感じられますね。
この中で印象に残ったのは、項羽が重瞳(ちょうどう)であったこと。重瞳とは瞳が2つ重なっている目であり、中国では古代の聖天子・舜にも見られ、器量抜群の天才的人物であることを示すのだそう。日本では豊臣秀吉、水戸光圀、由井正雪らが重瞳であったそうです。どんな瞳なのか一度見てみたいものですね。
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