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このページは、服部真澄さんの本の感想のページです。

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「龍の契り」新潮文庫(2004年7月読了)★★★★★

1982年。ロンドンの超一流の広告代理店・ブラザー&ブラザー所有のビルの3階の古いスタジオでマリー・クヮントの新しい化粧品のためのオーディションが行われていた頃、そのビルの5階ではサッチャー首相の命令で機密書類の撮影が行われようとしていました。しかし3階で突然火事が発生。オーディションを受けるためにこのビルを訪れていたモデルのダヴィナは混乱の中で、1通の封筒を手にすることに。そして2年後。北京の人民大会堂西大広間では、英国は香港を1997年7月1日付けで中国に返還するという合意文書に、サッチャー首相が調印していました。しかし香港返還まであと5年を残すのみとなった1992年、イギリスが失っていた重要書類が再び日の目を見ることになるのです。その持ち主は、アメリカのオスカー女優・アディール。彼女のとった行動に反応して、香港きっての財閥、パオグループの総帥・包輝南(パオ・フェイナム)と英国資本である上海香港銀行の頭取・エドワード・フレイザー、日本を目の敵にしている世界的財閥・ゴルトシルト家、そして文化大革命を毛沢東や周恩来らと一緒に成功させた「長老」らが動き始めます。

第18回吉川英治文学新人賞受賞作品。馳星周氏の「不夜城」とダブル受賞。
1997年の香港返還を背景とした国際スパイ小説。冷戦終結後後、かなり影が薄くなってしまったスパイ小説ですが、この作品は、全盛期の懐かしい雰囲気を持っているのですね。英米中日という4ヶ国が絡むというスケールの大きさを持ち、しかも国家レベルだけの話ではないのです。物語の中心となるのは、上海香港銀行のマネー・ロンダリングの調査で香港入りする日本の外務省職員・沢木喬、同じく上海香港銀行のに目をつけたワシントン・ポストのライター・ダナ・サマートン、ダナの依頼で銀行のコンピューターをハッキングする劉日月(ラオヤアユツ)、そして機密文書の持ち主であるアメリカのオスカー女優・アディール、アディールの協力者となる日本のハイパーソニック社社長・西条亮。さらにはイギリスの情報部とアメリカのCIA、英国に本拠地を置く財閥・ゴルトシルト家、そして中国の謎の「長老」…。これらの登場人物たちが、それぞれの思惑を持ちながら香港に集まり、所狭しと動き回り、機密文書という最大の謎に向かって収束していく様は見事。しかも登場人物の多さと層の厚さにも関わらず、ストーリーの核は非常にすっきりとしており、それでいてなかなか先が読めない展開はスリル満点。これがデビュー作とは、日本人離れした筆力ですね。しかもここに従来のスパイ小説ではほとんど見られなかった、劉日月による最先端コンピューター技術が組み合わされて、非常に面白いのです。
「この作品はフィクションであり…」というお定まりの注意書きはあるものの、実在のモデルがいることを感じさせる登場人物が数人います。その中でも、日本で一番有名な女性とも言える彼女が外務省にいた時のエピソードが交えられているところが楽しいですね。


「鷲の驕り」新潮文庫(2004年12月読了)★★★★

在米のコンピューター・ネットワークセキュリティの専門家・笹生勁史の元に、通産省の鍛代温子から、エジソンの再来とも言われている発明家・エリス・クレイソンを調査して欲しいという極秘の依頼が入ります。クレイソンは特許問題で日本企業相手に訴訟を起こし、巨万の富を得ているのですが、いくつかの特許の有効性に疑問が持たれているというのです。米国の特許制度は、日本を含むほとんどの国で導入されている、出願の1年半後に公開される「出願公開制度」とは違い、審査中は一切公開されない「サブマリン特許」。出願から数十年経ったある日突然許可が下り、青天の霹靂とも言えるその特許に世界中の企業が震撼とさせられることになります。莫大な利益を生む最先端技術を巡り、日米両政府、巨大企業、諜報機関、マフィア、ハッカーらが暗躍することに。

「龍の契り」に続く、国際謀略小説第2弾。「龍」の中国の次は、「鷲」の米国。
前作に引き続きスケールの大きな作品です。おそらく下調べにはかなりの時間を割いているのでしょうね。特許に関して非常に詳しく、しかしごく分かりやすく語られています。それに登場人物の数が非常に多いにも関わらず、それらの人物が書き分けられているのはさすが。特にスーパー・ハッカーのケビン・マクガイヤの造形がなかなか面白いです。しかしそれでもやはり、登場人物が少々多すぎるのではないでしょうか。もう少し整理して、全体のテンポの良さを増すこともできたのではないかと思ってしまうのですが…。技術的にはともかくとして、物語としての面白さは前作の方が上だったように思います。
物語の舞台は、1995年から1998年。丁度ウィンドウズ95の発売でビル・ゲイツが脚光を浴びている頃。しかしそれらの具体的な固有名詞の記述が登場すると、嫌でも時代を感じさせられてしまうのが少々難点。それまでハッキングの場面などでは描写にほとんど古さを感じさせなかっただけに、勿体無い気がします。そして今回も前作同様、ツトム・シモムラとケヴィン・ミトニク、デ・ビアスなど、モデルが想像できる人物や団体が登場しており、このようにしてリアリティを出すのが服部さんの常套手段なのですね。しかし確かにリアリティはあるとは思うのですが、主役級の登場人物ではなく、もう少し脇の人物に使って欲しい気が。全くのフィクションとして読んでいただけに、少々興醒めでした。


「清談 佛々堂先生」講談社文庫(2008年8月読了)★★★★★お気に入り

「八百比丘尼」…口能登の旧家の屋敷を借りて個展を開いていた関屋次郎。関屋は椿をモチーフにした絵を専門に描いている画家。しかし人気が高いにも関わらず、関屋は苛立っていました。
「雛辻占い」…2年前に火災で家屋が焼け落ち、小さな島へと引っ越してきた菓子屋の父・康夫としげ子。ほとんどの道具が焼けてしまったため、今では蛤辻占いの菓子を作る程度となっていました。
「遠あかり」…料亭「かみむら」の若旦那・上村寛之に誘われて、飛騨古川の祭りに毎年のように訪れるようになった佛々堂先生。初めて上村を訪れた時の早変わりが話題になっていました。
「寝釈迦」…代々角筈家から山の手入れを任されている和田家。湯治に出てしまった父の代わりに、克明は週4回山に入って手入れをし、宿についた客に秋の荷を送る仕事をしていました。

古いワンボックス・カーに様々な荷物をところ狭しと積み込んで、日本各地を移動。一流のアーティストや料理人、茶人たちに頼りにされて超多忙な生活の中でも携帯電話もファクシミリも持たず、連絡事項がある時には墨でさらさらと書きつけた巻紙が旅先から届くといいます。普段はくたくたのシャツに作業用のズボンのような服装をしておきながら、2〜3分もあれば小粋に着物を着こなした旦那に化けてしまう佛々堂先生。そんな「平成の魯山人」の連作短編集。
服部真澄さんといえば国際的な謀略小説を書く方だとばかり思っていたので、この洒脱さには本当に驚かされました。私にとって魯山人といえば、漫画「美味しんぼ」の海原雄山。どうしても偉そうな上から目線の人間をイメージしてしまうのですが、この佛々堂先生は人懐こく、たとえ我侭を言っても憎めない存在。一度でも世話した相手を「あの子」と愛しげに呼びながら噂し、伸び悩んでいれば助けの手を差し伸べるという世話好きな面もありますし、本人にはそうと悟らせないその手の差し伸べ方の粋さにはうならされてしまいます。そして、さらりと教えられることも多々…。自分にその価値が分からないからといって、無価値だと決め付けてしまう浅はかさを痛感させられます。そして自分に素養がないせいで価値を理解できないだけなのに、その価値観を人に押し付けてしまう愚かさも。しかし決して説教くさくはありません。ほのぼのと読める物語もとても素敵でしたし、春の椿、夏の蛤、秋の七草、松茸と季節折々の風物も織り交ぜて、とても風流で味わい深い作品となっていますね。

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