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このページは、畠中恵さんの本の感想のページです。

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「しゃばけ」新潮社(2003年11月読了)★★★★★お気に入り

江戸でも有数の廻船問屋兼薬種問屋の長崎屋。商売繁盛で暮らし向きは上々、しかし跡取り息子の一太郎は生まれつき身体が弱く臥せってばかり。両親も店の者たちも一太郎には非常に甘く、常識外れの過保護ぶり。なんと元々は廻船問屋だけだったはずの長崎屋が、一太郎の身体を案じて集めた薬で薬種問屋まで開いてしまったほどなのです。現在17歳の一太郎は、身体の具合が良ければ若旦那として薬種問屋の店先に出て、少しでも調子が悪い兆候があれば離れに寝かされてしまうという毎日。しかしそんな一太郎が、ある日家の者たちには内緒で夜の外出を敢行。その帰り道、なんと人が殺められている場に出くわしてしまいます。その場は鈴の妖・鈴彦姫に助けられるものの、迎えに来た手代の佐助と仁吉に大目玉をくらう一太郎。この2人は、亡くなった祖父が5歳の一太郎に引き合わせて以来、実の親以上に一太郎の世話を焼いている育ての親のような存在。しかし人間に見えても人間ではなく、実は犬神と白沢という妖怪だったのです。

第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。「しゃばけ」とは「娑婆気」、「俗世間における、名誉・利得などのさまざまな欲望にとらわれる心」のことなのだそうです。
読み始めこそ、文章の視点がなかなか定まってくれず気持ち悪かったのですが(「若旦那」という言葉は呼びかけだけにして、地の文は「一太郎」に統一した方がいいのでは)、一旦物語に入り込むと、すぐに気にならなくなってしまいました。江戸時代の描写がとても細やかで雰囲気を出していますし、何といっても、登場する妖(あやかし)たちがとてもいい味を出していますね。人間の姿をして普通に日常生活を送っている佐助や仁吉のような妖、家に住み着いて、あちこちで軋むような音を立てる鳴家(やなり)という妖、はたまた屏風のぞきや鈴彦姫のように、古い物が化した付喪神… それぞれがまるで当たり前のように一太郎の周囲に存在しています。特に可愛いのは、「身の丈数寸というところの小鬼」「恐ろしい顔」とされながらも、頭を撫でられて気持ち良さそうにしていたり、一太郎の膝に乗ろうと甘えてくる鳴家!まるで猫のようです。若旦那に真っ先に報告したいことがあったのに、岡っ引きに先を越されて拗ねてしまい、しかし甘い物をもらって機嫌を直している場面など本当に微笑ましくなってしまいます。一太郎第一の妖たちの感覚は微妙に普通の人間とはズレているものの、一太郎と妖たちののほほんとしたやりとりも魅力的。京極作品での妖怪とはまた全然違いますね。ちなみに白沢とは中国に伝わる森羅万象に通じる霊獣、犬神は 呪術者と契約して使役することになった憑き物のことのようです。
薬種問屋ばかりを狙った殺人事件の真相、祖父がなぜ一太郎に佐助と仁吉を引き合わせたのか、一太郎の夜の外出の目的は何だったのかなど、いくつかの謎が絡み合って物語は進んで行きます。殺人も起こりますが、ほのぼのと楽しめる作品。全体的にもう少し深みがあれば言うことなしでしょうか。まだ決着が付いていない部分は、次の作品で明らかになるのか気になるところ。そちらにも期待大です。


「ぬしさまへ」新潮社(2003年11月読了)★★★★★お気に入り

【ぬしさまへ】…一太郎の気分転換のために仁吉が持ってきたのは、袂に入っていた付文の山。その中でも悪筆の手紙は「くめ」からのものでした。しかし数日後、くめが殺され、仁吉が疑われることに。
【栄吉の菓子】…三春屋の菓子を食べた老人が急死。菓子に毒など入ってなかったものの、その菓子を作ったのが一太郎の幼馴染・栄吉だったことから、一太郎は老人の死因を調べることに。
【空のビードロ】…松之助が奉公に出ている桶屋・東屋に、殺された猫の頭が投げ込まれて大騒ぎに。後日再び猫が殺され、今度は死骸と一緒に松之助の物と思しき血塗れの手ぬぐいが見つかります。
【四布の布団】…一太郎の布団から聞えてきた若い女性の嗚咽の声。五布の新品の布団を注文したはずなのに、届いていた品は四布の品。父の藤兵衛と仁吉・佐助は、早速木綿問屋の田原屋へ。
【仁吉の思い人】…夏の暑さに調子が悪くなり臥せっている一太郎に、仁吉が失恋話を語ります。始まりは千年ほど前の平安時代。ひよっこの妖だった仁吉は、吉野という名前の妖に恋をしたのです。
【虹を見し事】…一太郎が帰って来ても、いつもまとわり付いてくる妖が全くおらず、仁吉と佐助もごくまっとうな人間のよう。一太郎は誰かの夢の中に入ってしまったのかと疑います。

「しゃばけ」の続編。今回は6編の短編を収めた連作短編集となっています。
前作「しゃばけ」に比べて文章も上手くなっているのでしょうね、今回は最初からとても読みやすかったです。それにどの話も綺麗にまとまっていて、もしかしたらこの作品には、長編よりも連作短編集の方が合っているのかもしれないですね。ほのぼのとしたり、ちょっぴり切なかったり、嫌なことも起きるのですが、最後にはとても暖かい気持ちになれる短編集です。
この中で私が特に好きなのは、「空のビードロ」と「仁吉の思い人」。「空のビードロ」は、思わぬところで「しゃばけ」と繋がってきますし、松之助の視点から見たラストには、なぜだか微笑ましくなってしまいます。「仁吉の思い人」も、切ないながらも暖かい気持ちになれる素敵な物語。後は「虹を見し事」での、月の光を水から掬ったり、ギヤマンの酒杯を筵から取り出してみたりと幻想的な場面もいいですね。しかしギヤマンの酒杯やそこで泳ぐ魚の謎は何だったのでしょう。赤い蒔絵の櫛と同じだったのでしょうか…?それにしても、この「虹を見し事」での一太郎の心持ちを思うと切なくなってしまいます。この経験は、一太郎にとってはかなりほろ苦い思いを残したはず。こういう経験の1つ1つを通して、大人になっていくのだとは思うのですが。そして一太郎であれば、まっすぐに物を見ることのできる、強くて優しい大人になれるとは思うのですが。
この作品にはまだ続きは出るのでしょうか。まだまだ彼らの活躍が気になります。


「百万の手」東京創元社(2004年5月読了)★★

四神町に住む中学2年生・音村夏貴は、3年前に父親を亡くしてから母親の彌生と2人暮らし。しかし母親の過干渉が徐々にひどくなり、辟易していました。彌生は、夏貴に女の子から電話が来れば、どういう関係なのか質問攻めにし、そして夏貴の親友・正哉に女の子と付き合っていないかどうか確認。手を握ったり、顔を近づけたりというスキンシップもエスカレートしていたのです。その日の学校の帰りに、夏貴が知らない女の子からプレゼントされた手編みのセーターも、シャワーを浴びるために部屋をあけていた20分間のうちに見つけ出され、鋏で切り刻まれることに。夏貴は思わず正哉に電話。しかし正哉の携帯電話は話し中。夏貴は仕方なく正哉の家の方向に歩き始めるのですが、そこに聞えてきたのは、消防車のサイレンの音。火が出たのは、正哉の家だったのです。燃えさかる家に帰ってきた正哉は両親を助けるために中に飛び込み、止めようとした夏貴の手には正哉の携帯電話だけが残されます。

「しゃばけ」「ぬしさまへ」と時代物を書かれてきた畠中さんの初の現代物。不審火で親友の家が焼けるというところから始まるこの物語が、読み始めた時には全く想像もしていなかったモチーフへと展開していったのには驚きました。なかなか重たいテーマを扱っていたのですね。全体を通してテンポがいいですし、特に後半の緊迫感たっぷりの展開は一気に読めました。医者たちの考え方の違い、そしてそれに対する東省吾の言葉なども面白かったです。
しかしいくつか気になる部分も残されてしまいました。まず正哉に関する設定の必然性。物語の前半、夏貴の助けになるのは正哉。そして後半になると、その座は夏貴の未来の義父にあっさりと譲り渡されることになります。その後の正哉の扱いにきちんとフォローがされていれば、それほど気にならなかったのではないかと思うのですが、これが何とも宙ぶらりんな状態になっています。適材適所と言えば聞こえはいいですが、事態の進展に合わせて都合よく人選したという印象。携帯電話を使った設定を使うのであれば、それなりの必然性は欲しいですし、その後の決着もきちんとつけて欲しいところです。そして次に、母親の過干渉に関する問題。これは義父の登場によって自然に解消されたということなのでしょうか。事実が判明すればもう用がないとばかりに、うやむやになってしまっているのが気になります。


「ねこのばば」新潮社(2004年8月読了)★★★★★

【茶巾たまご】…日頃になく体調が良く、食も進む一太郎。近頃長崎屋には幸運が多く、その日の昼餉の茶巾たまごからも金の粒が出てきて、仁吉や佐助は福の神がいるのではないかと考えます。
【花かんざし】…江戸広小路という賑やかな一帯に遊びに出た一太郎は、そこで迷子らしい少女・於りんに出会います。於りんは、鳴家を人形と間違えたらしく、握り締めて離さないのです。
【ねこのばば】…見越の入道にもらって大切にしていた「桃色の雲」をなくし、意気消沈していた一太郎。猫又という妖怪になりかけていた猫の小丸が寺に預けられていると聞き、早速上野の広徳寺へ。
【産土(うぶすな)】…旅の途中、ある農家で宿を借りた弘法大師は、大きな野猪に畑地を荒らされて困っているという話を聞き、1枚の護符を描いて渡します。そこには犬の絵が描かれていました。
【たまやたまや】…放蕩息子になると宣言し、巾着に小判を入れて出かけた一太郎は、松島屋という献残屋へ。菓子司三春屋のお春に縁談が持ち上がり、相手を調べに行ったのです。

「しゃばけ」「ぬしさまへ」に続く、若だんなのシリーズの第3弾。「ぬしさまへ」では、「仁吉の思い人」という思い出の話がありましたが、こちらでは「産土」で、佐助の思い出話が語られます。
今回も相変わらずのほのぼのぶりでとても楽しかったです。何だかんだ言って若だんなには大甘な兄やたち、これ以上ないほど甘やかされながら、甘やかされすぎることを良しとしない若だんな。この面々はやはりいいですね。
「茶巾たまご」家鳴が見えているらしいのに、なぜ全く騒がないのだろうと思っていたら、やはりそういうことだったのですね。「卵百珍」や「豆腐百珍」は、私もぜひ見てみたいです。「花かんざし」今は6歳ですが、10年後には実現しているかも…。「ねこのばば」いかにも性格の悪そうな寛朝和尚ですが、意外といい味を出していますね。桃色の雲が、ジョルジュ・サンドの童話「ばら色の雲」を思い起こさせます。「産土」どこからどこまで… が分からずにどきどきしてしまった作品。それにしても佐助はやはり「犬」神なのですね。「たまやたまや」話題に出てくる割に、なかなか実物が拝めないお春。お春と栄吉、そして一太郎が遊びまわっていた、子供の頃のエピソードも読んでみたいです。


「ゆめつげ」角川書店(2004年10月読了)★★★★

ペリー来航から10年経った江戸末期。清鏡神社の禰宜・川辺弓月の元を、白加巳神社の権宮司・佐伯彰彦が訪れます。佐伯家は千年以上も白加巳大社の宮司を務めてきたという古い家柄。同じ神社とは言え、弓月の父親が宮司を務める小さなお社である清鏡神社とはまるで家格の違う彰彦の来訪に、川辺親子は驚きます。しかし彰彦は、清鏡神社の跡継ぎである弓月が「ゆめつげ」こと「夢告(むこく)」ができると聞いて、わざわざやって来たのです。彰彦の依頼は、白加巳神社の氏子である蔵前の札差・青戸屋の1人息子、ずっと行き方知れずとなっている新太郎のことをゆめつげで占って欲しいということ。謝礼に惹かれた弓月は、その場で占ってみることに。しかしその時ははっきりとしたことは分からず、弓月は後日、4歳年下の弟・信行と共に、白加巳神社へと出向くことになります。

やはり畠中恵さんは江戸時代が合っているのでしょうか。若旦那シリーズとはまた別の、江戸時代を舞台にした作品。ほっとするような暖かい心地良さがありました。どこか頼りない、しかしやる時にはやってくれる弓月というキャラクターは、若旦那に通じるものがありますが、神官であり、「ゆめつげ」の能力を持っているというところで、十分この作品としての特色が出ていますね。白加巳神社にやって来た3人の少年たちのうち、新太郎は誰なのか、白加巳神社に集まっている彼らを狙っているのは誰なのか、何の意図があるのか、そして弓月のみる夢この一見意味の分からない情景も謎含みで、ミステリ的要素も十分ある作品なのですが、それ以前に、1つの物語としてとても面白かったです。
シリーズ化してもいいぐらいの魅力ある登場人物なのですが、この作品は話の成り行き上、これ以上は続かないかもしれないですね。それだけが少々残念です。


「とっても不幸な幸運」双葉社(2005年8月読了)★★★

新宿に古くからある「酒場」は、家族のような存在となった常連だけのバー。酒場に「酒場」などというひねくれた名前をつける「店長」の元に集まって来るのは、クセモノ揃いの常連たち。そんな酒場に、ある日店長の義理の娘・のり子が、「とっても不幸な幸運」という100円ショップで売っていた缶詰を持ち込んだことから物語は始まります。家で缶詰を開けたのり子は、そこに亡くなった母親の幻影を見たというのです。

「百万の手」に続く現代物。「とっても不幸な幸運」と書かれた100円ショップの缶詰をモチーフに、ファンタジックなミステリの連作短編集となっています。
なかなか可愛らしい作品ですが、やはり「しゃばけ」のシリーズに比べると物足りなさが残ります。「百万の手」ほどの違和感はなかったのですが、ファンタジックな畠中さんの作風には、やはり度量の深い歴史物の方がいいのかもしれませんね。現実部分と空想部分がちぐはぐで、読み終わった端から内容を忘れてしまう程度の印象。同じようなモチーフでも、時代物で物語を作っていれば、もっとすんなりとその世界に入り込めたのではないかと思うと残念です。それに、いつでも自分の帰れる場所としての「酒場」の存在は魅力的だったのですが、100円ショップの缶詰という小道具もあまりに安っぽくはないでしょうか。13歳ののり子のキャラクターには良く似合っていたと思いますが、店長を始めとする、いい年の男性常連客たちの存在感にはまるで合わないように思います。
缶詰の謎は、最後まで明かされることはありません。きっと缶詰の中は本当は空っぽで、そこに見えるのはそれぞれに自分の心の奥に隠していた思い。幸運も不幸も紙一重であり、それを幸運とするか不幸とするかは、それぞれの人間の受け止め方次第ということなのでしょうね。

収録作「のり子は缶を買う」「飯田はベートーベンを聴く」「健也は友の名を知る」「花立は新宿を走る」「天野はマジックを見せる」「敬二郎は恋をする」


「おまけのこ」新潮社(2005年9月読了)★★★★

【こわい】…他の妖とは違って人間だけでなく妖ともまじわらない狐者異(こわい)。仏すらも厭い恐れたという狐者異が持っている、ただ1服の天狗の薬を4人の人間が欲しがります。
【畳紙(たとうがみ)】…於りんの迷子事件で親しくなった一色屋の孫娘・お雛とその許婚・正三郎。お雛はここ最近ずっと1つのことを思い悩んでいました。
【動く影】…若だんなのもとに現れた影女を見て騒ぐ鳴家たち。以前その影女が若だんなの前に現れたのは、仁吉や佐助が若だんなのところに来る少し前のことでした。
【ありんすこく】…ある日の昼、若だんなは仁吉や佐助相手に、月末に吉原の禿を足抜けさせて一緒に逃げることにしたと宣言します。その禿の名はかえで。もうすぐ15歳になるのです。
【おまけのこ】…天城屋が今度嫁ぐ娘に持たせようとしたのは、沖縄の大粒の真珠。その真珠を見て、鳴家は月の光そのものだと思い込みます。しかしその真珠を狙った者が…。

「結構元気に病人をやっている」若だんなのしゃばけシリーズの第4弾。
やはりこのシリーズはいいですね。一太郎や佐助や仁吉、家鳴や屏風のぞきといった面々に会えるとほっとします。
「こわい」では、若だんなの優しさが出ていますね。この人なら、受け止めることができるのかもしれません。しかし狐者異にその優しさが届くには、色々とありすぎてしまったようですね。狐者異は、ただ受け入れて欲しかっただけなのに、結局1つずつの歯車の狂いから、どんどん悪循環してしまったということなのでしょう。こんな風に誰にも受け入れられずに、ずっと生きていかなければならないというのは、考えただけでぞっとします。しかしこの狐者異、今回だけの登場なのでしょうか。若だんなの性格から言っても、また何かありそうな気がしますし、その時はこのシリーズ全体の大きな山場となりそうな予感…。「畳紙」では、普段はへらへらしている伊達モノの屏風のぞきの意外な優しさがいいですね。一度塗りこめてしまうと、素顔に戻るのには本当に勇気がいるとは思いますが、素顔も可愛いとのことなので頑張って欲しいものです。「動く影」は、若だんなが5歳の頃の物語。栄吉と親しくなるきっかけの事件ですね。幼い若だんなの姿が健気です。「ありんすこく」では、あの若だんなが吉原に行くだなんて、ドキドキしてしまいました。残される彼女の気持ちは、痛いほど良くわかりますが…。「おまけのこ」は、初めて鳴家が前面に出てきた作品。若だんなに「うちの子だ」ときちんと見分けてもらった鳴家がどれだけ嬉しかったことか。真珠を月の光だと思い込んで本気で心配してしまう鳴家が可愛いです。「ぎゅわーっ」とか「きゅわきゅわーっ」と騒ぐ声も可愛いですね。
松之助の問題が片付いて以来、物語に大きな波風はないですし、4作目ともなると「しゃばけ」や「ぬしさまへ」の時のような新鮮さは感じられなくなってしまうのですが、マンネリになろうが何しようが、この雰囲気を大切にしていって欲しいシリーズです。


「アコギなのかリッパなのか」実業之日本社(2006年5月読了)★★★★

【政治家事務所の一日】…時期都議会議員選挙に立候補予定の小原和博の事務所に手伝いに来ている佐倉聖。まだ20歳をいくつも出ていないながらも小原の師匠である60歳で引退した元大物議員にあちらこちらの選挙に送り込まれ、経験は豊富なのです。
【五色の猫】…元国会議員の大堂剛の事務所「アキラ」にやって来たのは大石梨花。大堂が続けている若手政治家の勉強会「風神雷神会」の一員。なんと梨花の有力後援者・羽生氏の家の猫の毛色が時々変わるのだというのです。佐倉が羽生家に出向くことに。
【白い背広】…佐倉は、大堂の命令で、大嫌いな加納議員と共に加納の地元へ。加納の講演会幹部の1人が頭を殴られて入院、もう1人の幹部が容疑者となっているというのです。
【月下の青】…大堂の門下生・小島議員の秘書・酒井が、議員に寄付された絵を持ったまま新興宗教団体に入信。聖は、もう1人の秘書・真木瞳と共に「加田の会」に乗り込むことに。
【商店街の赤信号】…大堂に言われて、菊田智彦区議会議員の事務所に応援に訪れた聖。しかし3ヶ月に区議選を控えているにも関わらず、事務所は無人状態でした。
【親父とオヤジとピンクの便せん】…朝起きたらいきなり父親がアパートにいて驚いた聖。6歳の時に別れて以来15年。弟を養えないと送り込んできた父がなぜ今頃ここにいるのか。
【選挙速報と小原和博】…小原和博の選挙の結果。

主人公は佐倉聖。両親は早くに離婚し、伯父に引き取られた聖は中学の頃からぐれ始めますが、高校卒業間近に非行から卒業。保護司に連れられて元大物政治家・大堂剛の事務所「アキラ」に行き、現在は事務員として働きながら大学に行っています。ここ1年ほどは、仕事で海外を飛び回っている父親の佐倉謙からいきなり送り込まれた腹違いの弟・拓の面倒をみながら、一緒に暮らす生活。ということで、現代物の連作短編集です。
しゃばけシリーズの楽しさとは裏腹に、「百万の手」「とっても不幸な幸運」といった現代物ではなかなか満足させてもらえない、というよりもむしろがっかりさせられてきた畠中さんの新作現代物なのですが、これまでの現代物に比べれば「そう悪くなかった」です。謎がどれもかなり小粒ですし、政治家の先生方が良い人に描かれすぎている気もしましたが、事務所内での人間関係はなかなか楽しかったですし、元不良で腕っぷしが強く機転が利き、行動力のある聖の造形もなかなか良かったです。普段何をしているのか見えてこない政治家たちの生活ぶりが見えてくるのも楽しいですね。聖や拓のその後も読んでみたいところです。ただ、聖はこのまま上手く一般企業に就職活動できるのでしょうか。このまま足が洗えないで、ずるずるとこの世界を極めてしまいそうな気配も濃厚。政治家が良い人に描かれているとはいえ、聖自身が政治家になってしまうところまでは読みたくない気もします…。


「うそうそ」新潮社(2006年6月読了)★★★★

夜中の突然の地震で起きた若だんなは、妙な話し声を聞きつけます。それは若だんなが邪魔だから殺してしまおうという声と、このままでは若だんなが死んでしまうのではないかと心配する声、そして遠くから聞こえる悲しそうな泣き声でした。そして翌日の昼間、またしても地震が起こって棚から物が落ち、頭を強打された若だんなは失神。ようやく気がついた若だんなに、母親のおたえが提案したのは、湯治に行ったらどうだろうという案でした。ゆっくりお湯に浸かって養生したらぐっと丈夫になれるかもしれないと、稲荷神様のご神託があったというのです。人並みの身体になれるかもしれないと、すぐに乗り気になる若だんな。早速仁吉や佐助、兄の松之助と共に箱根へと向かうことに。しかし小田原まで乗った船の上から仁吉と佐助は消えうせ、若だんなは松之助と2人きりに…。

しゃばけシリーズの第5弾。
今回は1作目以来の長編。箱根へと向かうことになります。屏風覗きは当然旅に参加することができませんし、仁吉と佐助も早々に別行動を取ることになるので、妖たちの活躍はいつもほどではありませんが、その分、鳴家の可愛らしさが際立っています。いつもながらのいい雰囲気。しかしいつもなら梃子でも若だんなから離れない仁吉と佐助なのに、予想外の事態が起きたとはいえ、結局2人とも若だんなから離れてしまったというのが、どうも納得しきれず…。もちろん、そのおかげで若だんなが自力で頑張ることになりますし、これもまた彼にとっては大きな経験だったのだろうと思います。周囲にどれだけ甘やかされいても、若だんなは本当に良い青年ですね。皆が若だんなを思いやる心が温かくて、読んでいるこちらまで幸せな気分になれます。やはり人間は、愛情をたっぷりと受けることが大切なのですね。
物語冒頭で若だんなが山神に尋ねる「私はずっと、ひ弱なままなのでしょうか」「他に何もいらぬほどの思いに、出会えますでしょうか」という問いがとても印象的でした。そして山神からのお土産の、浅い春に吹いた春一番で出来た金平糖のようなお菓子が素敵。こんなお菓子が食べてみたいです。印籠のお獅子は、既に仲間入りなのでしょうか。可愛いですね。


「みぃつけた」新潮社(2007年3月読了)★★★★★お気に入り

5歳の一太郎は、身体が弱くて熱を出してばかり。両親は店の切り盛りで忙しく、お店にいる小僧さんたちも働くのに忙しく、毎日一太郎は離れの部屋で一人ぼっちで寝ています。そんなある日、ふと天井を見た一太郎が見つけたのは、天井の隅にいる小鬼たち。小鬼たちはじきに沢山出てきて、楽しそうにぎゅいぎゅいと騒ぎ始めます。思わず一緒に遊ぼうと話しかける一太郎。そして一太郎は小鬼たちと鬼ごっこを始めることに。

若だんなのシリーズの絵本。一太郎と鳴家の出会いの物語。
本編と同じく柴田ゆうさんの絵なのでイメージもぴったりですし、同じ世界観のまま楽しむことができます。手代の佐助や仁吉の少年姿が見られるのも嬉しいところ。一太郎は、これほどはしゃいでしまって、後で大丈夫なのかと心配になってしまうほど小鬼たちとの遊びに夢中になっているのですが、それだけに、それまでずっと一人ぼっちで寂しかった一太郎が、鳴家の可愛らしさや楽しい雰囲気に和んでいく様子が手に取るように分かって、とてもほのぼのと暖かいのです。多少熱を出したとしても、それだけの価値はある出会いですね。このようにあやかしたちと出会い、交流し、そして慰められていたからこそ、一太郎は子供の時そのままの真っ直ぐさを持った、素敵な若だんなになれたのではないかなと思ってしまいます。そして鳴家たちもまるで猫のようでとても可愛いのです。一太郎と布団の中で一緒に寝ているシーンがとても好き。普段は何も考えていなさそうな鳴家たちですが、彼らの存在がとても大きく感じられますし、心の交流がストレートに心に響いてきて、とても素敵な物語だと思います。

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