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このページは、濱岡稔さんの本の感想のページです。

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「さよならゲーム-A Side・B Side」上下 文芸社(2001年8月読了)★★★★

売れっ子作家・斎部不見彦は、純文学の大家・伊藤睦月との対談の前日に彼の家を訪れます。10年ぶりの再会。実は斎部は10年前早稲田大学で、伊藤が持っていたゼミを聴講していたのです。そのゼミには、現在伊藤の妻の南津海もおり、伊藤は既に著名な作家としての地位を確立していました。そして翌日、斎部は対談を担当する編集員・湯江俊夫と共に再び伊藤宅を訪れます。家の前には伊藤の原稿を取りに来たという目加田が。伊藤家の様子がどうもおかしいという目加田の言葉に伊藤家を調べてみると、そこには伊藤夫妻の死体が。事件の捜査に当たることになったのは、西五反田署の郷見刑事と浅木刑事。郷見は、第一印象から斎部に対して疑惑を抱くのですが…。

まず驚いたのは、登場人物(主に浅木と斎部)の怒涛のような薀蓄。古今東西の文学から漫画からテレビドラマからアニメ、その他のありとあらゆる知識が、これでもかと羅列され、これが半端でなく物凄いのです。一般的な知識や教養だけでなく、作者とある程度同じ時代を生きていないと分からない話題もかなり含まれているので、年代によっては、読むのが大変かもしれないですね。同じ年代だったとしても、ここまで広範な知識を持っている人は、ごく少数のはず。しかし実際に読んでいて思ったのは、この薀蓄全てを理解する必要はないのだろうなということ。もちろん作者である濱岡さん本人はかなり楽しんで書かれているのでしょうし、自分の知ってる部分を見つけた読者はニヤリとさせられるはず。本筋から脱線して楽しめると思うのですが、しかしこの怒涛のような薀蓄は、実はこの作品の中の一番大きなトリックではないかと思うのです。内容が分かる人は分かるなりに思考が脱線し、分からない人は郷見刑事と同じく「いつまでこれにつきあわされるんだ?」と思い、どちらにしても目を眩まされてしまう… そしてそのトリックの下には、実に緻密な筋書きが隠されているのです。
物語としては「A-side」「B-side」で一応完結するのですが、その後に「No-side」という章が控えています。そして私が一番登場人物を身近に感じたのは、実はこの章に収められた「エピローグに代わる断章」。それまでは登場人物を少し離れた場所から眺めている感覚だったのですが、ここにきて、私の中の斎部や南津海が俄然身近な人間として動き始めました。薀蓄のせいで一種独特な雰囲気になっていた本筋とは違い、こちらはかなりストレート。印象的で、そして心に痛いです。そのせいか、2つの密室と雪上の足跡、ダイイングメッセージ、ミスリーディングという、ミステリの定番とも言える設定と展開を持つ話にも関わらず、私にとってはミステリというジャンルに留まらない作品となりました。そして「エピローグ〜」によって完全に静止したかのように見える物語は、「ラスト・マジック」によってまた静かに動き始めるようで…。余韻を残すこの構成がとても素敵ですね。


「わだつみの森」文芸社(2002年8月読了)★★★★★お気に入り

大学紛争当時。同じ大学の大学4年生の目羅弓輝人と目津漕人は、ふとしたことから能登方面に旅行に出ることに。しかし能登の山を更に奥へと向かうために乗った古いローカル線の列車は、嵐の中で土砂崩れに遭い立ち往生。2人は列車を降りて自力で山を降りることになります。同じ列車に乗っていた大阪のフリーライター・下條樹も2人に加わるのですが、目津は雑木林の斜面で足をとられ、下の細い道路まで転げ落ち負傷。そこで京都の会社員・乃木槙耶と、長野の大学の院生・八神若桜と出会うことに。乃木と若桜は、その日たまたま兼六園で出会い行動を共にしていたのですが、乗っていたレンタカーが脱輪、立ち往生していたのです。そして嵐の中、彼ら5人がたどり着いたのは、岬の先端にそびえ建つ古びた石造りの洋館。そこに住んでいたのは、若く美しい女主人・泉潮音とその叔母・雨宮海鈴、そして使用人のあやめの3人でした。

前作の「さよならゲーム」とは、またまるで違う世界です。文章もかなり抑え気味ですし、怒涛のような薀蓄も影を潜め(それでも尚零れ落ちてくるという感じですが)、物語はあくまでも静かに進行します。オーソドックスな館物。外界との連絡が絶たれた状態の、いわゆる「嵐の山荘」です。しかしそのような言葉で簡単に括ってしまってもいいものなのでしょうか。ただ単にクローズドサークルで起きる殺人を描いているのなら、犯人やトリックが主な興味の対象となりますし、この作品でももちろんそうなのですが、しかし犯人やトリック自体よりも、私はむしろその背後にあるものに惹かれました。それはやはり数々の暗示的なモチーフが呼び寄せるものなのでしょうね。
能登半島という舞台も絶妙。山を降りてきたらいきなり海が目の前に広がり、それまでのローカル線に乗る行商の女性たちの描写から、今度はいきなり古い石造りの洋館に住む美しい女主人の描写へ。それらの舞台の急激な変化が、まるで「不思議の国のアリス」の冒頭の、アリスが夢の世界へと入る場面を呼び起こす儀式のようにも感じられます。そして一旦洋館の中に入ると、今度はその様々な小物に驚かされることに。日本古来の神話の世界をモチーフにしたような作品から、まるで正反対の雰囲気を持つ西洋ならではの調度品まで、国も時代も様々な品物たち。登場人物の話題もそれと共に移り変わります。そして見え隠れするキリスト教的要素や、暗示的で思わせぶりな言葉。まるで、文中でも引き合いに出される「虚無への供物」のように、物語が現実と幻想との間で揺らめいているような印象です。もしかしたら、最初に土砂崩れで列車が止まった時点で、みんなもう死んでいたのかもしれない、それから後は全て夢の中の話だったのかもしれない… そんなことすら思ってしまいました。
文中に、探偵小説とは謎や幻想味を孕んだ小説の総称だとありましたが、この作品自体、まさにそのような謎や幻想味を孕んだ小説。「虚無への供物」という作品が失われた探偵小説へのオマージュとされているように、この小説もまた、その「虚無への供物」へのオマージュと言えるのではないでしょうか。
一旦読み終わって、そしてもう一度最初に戻り。
とにかく最初から最後まで心地の良い作品で、最初の1行目を読み始めた瞬間から、すっと物語の世界の中に入り込んでしまいました。この心地よさは何なのでしょう。きっと文章だけのことではないと思うのですが… しかし読み終えてみても未だによく分かりません。それでもとにかく満足。オススメです。


「ひまわり探偵局」文芸社(2006年9月読了)★★★★★お気に入り

【第一話・伝言-さよなら、風雲児】…ムーミンパパそっくりの名探偵・陽向万象の事務所にやって来たのは、兜町の風雲児とも呼ばれた加賀美喬生の顧問弁護士をやっていた宮地笙子。加賀美がやっかいないたずらを遺して逝ったというのです。
【第二話・手紙-花と詩集と少年】…残暑から逃れるために入った喫茶店で、陽向万象はウェイトレスの晴山仁美に依頼を受けることに。2ヶ月前に亡くなった仁美の夫・智彦が遺した1冊の詩集は、2人の出身中学の図書室のもの。仁美はその詩集の意味を考えすぎて苦しんでいたのです。
【第三話・約束-夜明けのゾンビ】…早朝の雑木林で、死体に躓いたと思って慌てる鶴田トモジ。しかしそれは死体ではなく、眠り込んでいた陽向万象でした。トモジはなぜか万象相手に、早朝にスコップを持って公園に来ている理由を話すことに。
【第四話・魔法-がんばれ、ポテトボーイ、もしくはアンダンテ・カンタービレ】…カレーの材料を揃えるために八百屋に行った「さんきち」。しかし店の手伝いをしている「しんちゃん」の様子がおかしいのです。突然前掛けをかなぐりすてて通りに飛び出していってしまいます。

「さよならゲーム」「わだつみの森」といった硬派なミステリ作品に続くのは、美味しい紅茶と美味しいお菓子が出てくる、なんともほのぼのとした日常系の連作ミステリ。この作品は、実は4〜5年前に濱岡さんがご自身のサイトで公開しているのを読ませて頂いているのですが、それから私自身ミステリ作品を沢山読み、最近ではミステリ自体にすっかり飽きがきてしまっているにもかかわらず、その時と同じようにとても楽しんで読めました。
濱岡さんのサイトによれば、この作品を書く時に濱岡さんが心掛けられたのは、「1.一応、ミステリイであること。」「2.オーソドックスなホームズ・ワトスン物であること。」「3.シンプルな謎解きをメインにしていること。」「4.軽いものであること。」「5.楽しく、後味もよいこと。」ということ。確かに、とてもオーソドックスでシンプルなミステリ。しかしこれ以上ないほどオーソドックスでありながらも、万象と助手の「さんきち」の会話はまるで漫才のようですし、濱岡さんらしいマニアックなネタや薀蓄が作品中に散りばめられていて、これがとても楽しいのです。それでいて第一話〜第三話では、今はもういない人々の残した謎を解く物語ということもあり、その謎が解けてメッセージが明らかになった時のしんみりとした切なさもあるのがいいですね。そして、普通ならもう終わりだろうというところから、「もう一粒、ひまわりの種」「また一粒、ひまわりの種」「さらに一粒、ひまわりの種」として書き続けられるのも、濱岡さんならでは。ほかの作家さんが同じことをしていたら、おそらく冗長に感じられるのではないかと思うのですが、この作品では逆にこの雰囲気にとてもよく似合っていると思います。まるで食後に美味しいデザートが出てきたような感覚。
ほんわかしたり、しみじみとしたり。眩惑されるような「わだつみの森」もとても好きだったのですが、こちらのほのぼのとした楽しさも捨てがたいです。

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