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このページは、福井晴敏さんの本の感想のページです。

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「Twelve Y.O.」講談社文庫(2002年1月読了)★★★

かつてはヘリコプターパイロットとしての養成訓練を受け、「海兵旅団」にも声をかけられるほどの素質を見せていた平貫太郎。しかし訓練中に不慮の事故に遭いヘリコプターを断念、現在は自衛隊の地連で、自衛隊員勧誘ノルマに追われる日々。ある日入隊させたはずの若者に逃げられた平は、若者を追って入ったバーで袋叩きに遭い、1人の少女に助けられることに。人形のように無表情なまま、男たちを瞬時に無力化していく少女。理沙という名前のその少女と一緒にいたのは、なんとヘリコプターの事故の時の恩人・東馬修一でした。東馬は自衛隊をやめ、現在は沖縄で在日米軍の基地縮小のための市民運動に加わっているのだと話します。しかし東馬と別れた平は、ほどなく自衛隊の別組織によって拉致されることに。東馬は、自衛隊の開発した「アポトーシスU」というコンピューターウィルスを使って在日米軍のネットワークに入り込み、戦いを挑んでいる、「トゥエルブ」と呼ばれる電子テロリストだったのです。

第44回乱歩賞受賞作品。
アメリカの属国としての日本、いつまでたってもアメリカから子供扱いをされて、自立できない日本と日本人。そして在日米軍のネットワークを通じて、たった1人で戦いを挑むトゥエルブという男。この図式は、重い政治的テーマを含みながらも、まるでハリウッドのアクション映画のようです。自衛隊の諜報組織の暗躍や、ウルマの超人的な大活躍を始めとする臨場感溢れるアクションシーン、早いストーリー展開で目が離せません。
平というごく平凡なはずの男を中心に、東馬、ウルマ、夏生由梨など個性的なメンバーが揃っていますが、私にとって一番印象的だったのは、優子の存在。暴力沙汰にまるで縁のなさそうなふんわりと優しい雰囲気、「理沙っちゃん」という独特のイントネーションを持つ暖かい呼び方などが、アクションの続く殺伐とした雰囲気を和らげて、作品全体を包み込んでくれているかのようです。そんな彼女をも、この時代の流れは取り残すことはないのですが。そしてこの物語は「亡国のイージス」へとリンクしていきます。


「亡国のイージス」講談社(2001年11月読了)★★★★★お気に入り

沖縄の米軍基地を丸ごと消し去った爆発事故・辺野古ディストラクションや北朝鮮の弾道ミサイル・テポドンの騒動もおさまり、国防の意識が高まっていた頃。TMD(戦域ミサイル防衛構想)の日米共同研究も始まり、海上自衛隊では全護衛艦のイージス化を計画していました。イージスとは、従来のミサイル護衛艦をはるかに凌ぐ探知・追撃能力を誇る新しいシステム。その試作第一号に選ばれたのは、護衛艦「いそかぜ」。そしてその訓練航行に乗り合わせた3人の人物。遺産目当てで祖父を殺した父を逆に殺してしまい、特殊な世界に身を沈めた如月行。海上自衛官だった父を尊敬し、自らも海上自衛官のキャリアとして生き、息子の成長を頼もしく見つめながらも、その最愛の息子を国家に暗殺されてしまった宮津弘隆。常に秀才の兄に比べられ、劣等感から生きる場所を失い、自衛隊に入隊した仙石恒史。宮津は艦長として、仙石は先任伍長として、如月はミニ・イージス・システムの習熟者として船上に邂逅することになります。一方、「市ヶ谷」と呼ばれる情報局では、「あれ」と呼ばれるすさまじい威力をもった兵器が問題になっていました。辺野古基地の地下に米軍が隠し、辺野古ディストラクションの最大の原因となった「あれ」が、北朝鮮の工作員・ホ・ヨンファの手に落ちたというのです。1千万の都民が住む東京を一瞬で死の街にすることができる凄まじい威力を持つ兵器。そしてホ・ヨンファの目的とは。

ものすごい作品です。人物造形、展開共に見事としか言いようがありません。第2回大薮春彦賞、 第18回日本冒険小説協会大賞受賞、第53回日本推理作家協会賞をトリプル受賞し、直木賞の候補にもなり、2000年のこのミスでも堂々の3位というのが頷けます。ここまで重量感のある(650ページの2段組)ハードカバーでなければ、このミスで1位、2位もとれていたかもしれません。
物語は、日米関係と北朝鮮問題を主軸に、父と子というテーマをも絡めて、国家や人間の存在意義まで考えさせられる、とても重いものです。内閣や防衛庁・警察庁の水面下、あるいは表立った駆け引き。在日米軍によって生み出されたすさまじい威力を持つ兵器・GUSOHの存在。それを逆手にとった北朝鮮の工作。そして交錯するさまざまな感情… それらの描写はとてもリアルで、しかも次々に新しい展開を見せるので目が離せません。しかしそれらの物語を、しっかりと骨太な文章がささえていて、このバランスが素晴らしいですね。本の厚みにも関わらず、途中全くダレることもなく一気に読んでしまいました。
物語は宮津、仙石、如月という3人の視点で順番に語られており、それによって物事を多角的に見ることができます。「心は捨てた」と言いながらも、人間的な情や弱さを捨てきれない宮津、不器用ながらも人情に厚く、浪花節で突っ走る仙石、そっけない無表情を見せながらも、「裏切られたからって、裏切る気はない」と言い切る如月。そしてこの3人以外にも、個性的で多彩な人物が揃っています。それらの人物造形が、物語に深みや奥行きの与えているのでしょうね。どの人物にも感情移入が可能なほどしっかりと書き込んでありますし、誰に感情移入するかによって読み方がまた変わりそうな気がします。人と人が触れ合う時に、そこには感情が生まれ、そしてそれはどんどん変化を遂げる…。誰を信じたらいいのか、何を信じたらいいのか分らなくなった時は、自分自身の目を信じるのみ。理論的に「正しい」ことが、本当に「正しい」とは限らない。どのような物事にもさまざまな側面があり、結局のところ、その人にとっては見えている面こそが真実。全てが終わってからが、またとても良いです。こういう重いテーマと結末にも関わらず、読後感の良さには再び驚かされました。
イージスとは、ギリシア神話に登場する、どんな攻撃もはね返す楯のことだそうです。
本当に密度の濃い作品でした。この作品は、文句ナシに今年の私のベスト1でしょう。


「終戦のローレライ」上下 講談社文庫(2004年1月読了)★★★★

第二次大戦末期、ドイツは既に無条件降伏、ヒットラーも自殺した後。17歳の上等工作兵・折笠征人は、同年の上等工作兵・清水喜久雄と共に潜水艦「伊507」への乗務を命じられます。この潜水艦はフランスで作られたものをドイツが接収、秘密兵器「ローレライ」を積んで日本へ航行してきたもの。アメリカ海軍に「シーゴースト」と恐れられた神出鬼没の潜水艦「UF4」だったのです。しかし「しつこいアメリカ人」とも呼ばれるアメリカの潜水艦「トリガー」の攻撃によって、UF4はローレライを五島列島近くで破棄することを余儀なくされていました。大本営の浅倉良橘大佐によって伊507が命じられた特殊任務は、このローレライの回収。浅倉大佐はローレライを使って、「あるべき終戦の姿」をもたらそうと考えていたのです。しかし敵艦の存在が感知されて任務が延期と決まった時、ローレライ担当の元ナチスドイツSS将校・フリッツ・S・エブナーは、潜水艦「海龍」をジャックしてまで、この回収計画を無理矢理実行に移させます。

第21回日本冒険小説協会大賞、第24回吉川英治文学新人賞受賞作品。
ライン川の岩の上から美しい歌声で舟人たちを誘惑する伝説の美女・ローレライ。このローレライの名前がついたシステムの実態については、上巻の後半で明らかにされるのですが、前半部分では、ローレライとは一体何なのか、そして冒頭から「少女」として語られているものは一体何なのか、最初はまるで分からない状態。しかも物語の冒頭で、アメリカやドイツの潜水艦内の状況が平行して描かれるのですが、そのどれに主眼が置かれているのかが分からず、始めの200ページほどは非常に読みにくい状態でした。しかし一旦このローレライが何なのかが分かってしまえば、あとは一気。ローレライとは、いかにもナチスドイツらしい武器だったのですね。
個性的な登場人物たちが揃っていて、特に意外と優しい目の持ち主である掌砲長・田口徳太郎や、ナチスの「生命の泉」計画支配下にいたフリッツが良かったです。敵方となる将校たちの造形もいいですね。純粋な日本人の容貌を持つ人間たちのドイツでの立場、アメリカでの立場。極限状態における人間の姿。それぞれの生きてきた道が、今の彼らに様々な影を落としているのですが、そんな彼らに折笠征人の純粋な声が届く場面が見所。戦闘下にある潜水艦の内部での緊迫した状態、南方での戦闘のエピソード、「伊507」がテニアン島沖で繰り広げるアメリカ軍との死闘も凄まじく、大迫力でした。
ただ、私としてはどうしても「亡国のイージス」と比べてしまいます。確かにこちらの作品の方がスケールが大きいですし、メッセージ性も強いとは思うのですが、しかしどちらが好きかと聞かれれば、断然「イージス」。「イージス」の方が物語全体の濃縮度としては勝っていたように思います。

下巻P.238「「あんたたち大人が始めたくだらない戦争で、これ以上人が死ぬのはまっぴらだ…!」

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