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このページは、藤原伊織さんの本の感想のページです。

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「ダックスフントのワープ」講談社文庫(2001年4月読了)★★★★
【ダックスフントのワープ】…大学で心理学を学んでいる「僕」は、自閉的な傾向を持つ10歳の少女・下路マリの家庭教師。作文で難しい言葉を使いたがることを除けば何も問題がないマリ相手の仕事は、もっぱら会話をすること。ある日「僕」が語ったのは、ワープしたダックスフントの話でした。
【ネズミ焼きの贈り物】…ある日本屋に行った「僕」は、哲学書を万引きをしている少女を見かけます。どこか見覚えがあるその少女は、大学時代の同級生の妹・千代。彼女をつかまえようとするガードマンを蹴り倒し、「僕」は千代と一緒に外へ。そして、千代の兄が既に亡くなっていたことを知ります。
【ノエル】…片親の違う、翔子とノエルの姉弟。ある日翔子はノエルに、お気に入りのフランス人形・ミーアンを捨てると言い出します。表向きは「もう人形と遊ぶ年ではないから」という理由。しかしその裏には、半年前に盗み見た手紙の存在があったのです。
【ユーレイ】…ある雪の日、アンティークショップの店員である「僕」の前に、十代半ばに見える女性のユーレイが。そのユーレイは6時きっかりに「あちら側」の世界に戻らなければならないので、どうしても「僕」の部屋を貸して欲しいと言うのです。

昭和60年の第 9回すばる文学賞受賞作品。
「テロリストのパラソル」「ひまわりの祝祭」の後にこの本を読んだのですが、その2作とはまるで作風が違うので驚きました。まるで村上春樹作品のようですね。表題作「ダックスフントのワープ」に挿入されている寓話を始め、どこか不思議な雰囲気をもつ話ばかり。ハッピーエンドとは言いがたいこの結末を気に入るかどうかで、この評価も決まってきそうです。
この中で私が好きなのは、表題作の「ダックスフントのワープ」。淡々としたマリとの会話や、暗示に富んだ寓話には、色々と考えさせられます。「ネズミ焼きの贈り物」は気持ちの悪い描写が多く、想像すると読み進められなくなりそう。この2作と「ユーレイ」に登場する「僕」」は同一人物なのでしょうか。厭世的でシニカルで、どこか哲学的な雰囲気が似てると思うのですが。
この作品で昭和60年にすばる文学賞受賞してから、「テロリストのパラソル」で平成7年に江戸川乱歩賞、8年に直木賞受賞を受賞するまで、なんと10年間ものブランクがあったのだそうです。兼業作家さんだと寡作も仕方ないのかもしれませんが、とても筆力がある方だと思うので、これからも中身の濃い作品を書いていって頂きたいものです。

「テロリストのパラソル」講談社文庫(2001年3月読了)★★★★★お気に入り
アル中のバーテン・島村圭介は、休日は公園でウィスキーを飲むのが習慣。しかしいつものように新宿の中央公園で飲んでいると、いきなり同じ公園内で爆弾テロ事件が発生。偶然居合わせただけの島村ですが、現場近くに飲み残しのウィスキーの瓶とカップを置き忘れたことから、警察に追われることになってしまいます。実は島村には22年前に爆弾事件で指名手配という過去があったのです。そして警察だけでなく、やくざにも目をつけられた島村。爆弾による死者の中に、かつての大学闘争の頃の仲間である優子と桑野誠の名前を発見し、自分で真相をつきとめようと調べ始めます。

史上初の乱歩賞(第41回)&直木賞ダブル受賞作だそうです。
とにかく文章が巧く、物語の展開もスピーディ。緊張感たっぷりで息をつかせません。謎も二転三転、ついつい一気に読んでしまいました。冒頭のバイオリンの女の子のエピソードも巧いと思いますし、大学闘争という私にはあまり馴染みのない素材も、話の中に綺麗に組み込まれていて、とても読みやすかったです。最後の真犯人の告白はなんともイヤな感じなのですが、しかしこのイヤな感じも計算の上なのでしょうね。ジャンルとしてはハードボイルドなのかなと思いますが、そういうジャンルを超えて、面白い読み物だと思います。

「ひまわりの祝祭」講談社文庫(2001年3月読了)★★★★
高校時代は天才画家、仕事を始めてからは気鋭のアートディレクターとして注目を浴びていた秋山秋二は、七年前に妻が自殺して以来、一線から完全に姿を消していました。そんな彼の元に現れたのは、かつての上司・村林。彼はある事情があって得た500万円を捨てる手伝いをして欲しいのだと言います。2人で訪れた非合法カジノで、秋山は死んだ妻・英子に良く似た若い女性と出会うことに。

ファン・ゴッホの幻の「8枚目のひまわり」をめぐる欲望と抗争のハードボイルド。
とにかく人物がいいですね。まず良かったのは、新聞配達の佐藤青年。彼は「炸裂的」にナイスなキャラクターです。外見は金髪にピアスの青年なのに、荘子の文庫本を読んでいたり、話にヘンリー・ミラーを持ち出したり… と書くと「外見だけで判断するな」と怒られてしまいそうですが、一本筋が通っている物言いもとてもいい感じ。そして原田や麻里、宏などの生きている人間はもちろん、亡くなってしまっている英子も人物像がくっきりしていていいですね。しかも、中年男性が若い女性に振り回されるというありがちなパターンではないというのも、好感度が高いところです。物語の方は、最初のうちは何も分からないままに話が流れていってしまい、少々じれったい部分もあるのですが、読み終えてみると全てすっきり。心情的に解せない部分もあることはあるのですが、それはきっと仕方がないのでしょう。ゴッホのひまわりというモチーフも、なかなか面白かったです。

「雪が降る」講談社文庫(2001年8月読了)★★★★★
【台風】…吉井卓也は、社内でかつての部下が上司に襲い掛かるという傷害事件を目撃し、少年の頃に父親が経営するビリヤード場で起こった傷害事件を思い出します。
【雪が降る】…食品会社に勤務する志村秀明の元に「雪が降る」というタイトルのメールが。会社の同期の息子が差出人のそのメールには、「母を殺したのは、志村さん、あなたですね」という言葉が。
【銀の塩】…バングラデシュ出身の若者・ショヘルと共に軽井沢に滞在する島村。会社がショヘルの勤務態度を評価しての別荘での避暑かと思いきや、実は単なる休暇というわけではないらしく…。
【トマト】…日曜日の夕暮れ、銀座の雑踏でいきなり人魚に声をかけられた「ぼく」は、バーに入って人魚がトマトを食べるのを見ることに。
【紅の樹】…ある日、アパートの隣の部屋に住む田島幸江がサラ金の取り立て屋に連れ去られ、元はヤクザの組長の息子である堀江徹は、思わず助けに向かいます。
【ダリアの夏】…かつては高校野球のスター、しかし今は髪結いの亭主状態で、夏と冬だけデパートの配送人として働く孝志。その日配送に行ったのは、アル中の女と野球少年の住む家でした。

どの話もハードボイルド。とても心に染み入ってくる短編集です。「テロリストのパラソル」の文庫版の解説に、主人公の島村が登場する短編が存在すると書かれていましたが、この短編集の3作目の「銀の塩」のことだったのですね。時期的には「テロリストのパラソル」よりも少し前。嬉しくなってしまいました。ショヘルという人間がまたとても良いので、本当に素敵な話に仕上がってます。
その他の短編にも、それぞれとても藤原作品らしい人物が登場し、不器用で、でもひたむきな姿を見せてくれます。「台風」の吉井にしろ「雪が降る」の志村にしろ、「紅の樹」の堀江と遠山にしろ、頭が良く仕事ができるのに、どうしようもないほど不器用で、自分の行き方やポリシーを曲げることができない人間。責任感だけが異様なほど強く、読んでいると「気持ちはわかるけど、もう少し楽に生きてみようよ」と声をかけたくなってしまうほど。しかしそのストレートさがとても心地良く、どの物語も読後感がとても暖かいのです。この短編集の中で異色作と言えるのは「トマト」。10ページ弱の作品なのですが、藤原さんの作品には珍しくシュールで、しかしとてもキュートな話です。こういう作品も書かれる方だったのですね。
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