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このページは、パトリシア・ライトソンの本の感想のページです。

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「氷の覇者-ウィラン・サーガ1」ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★★
年老いた南の大地は、緑濃い海岸線に沿った町で海を見て暮らす幸福人(ハッピィ・フォーク)、崖がそそり立ち、谷が走る山脈の後ろの内陸部に住む内陸人(インランダーズ)と大地人(ピープル)という3つの種族が住む場所。東部にある幸福人のガソリンスタンドで働くウィランは、海の傍で生まれて幸福人と混ざって暮らしてはいますが、黒い肌で濃い眉、用心深い目の、大地が足を伝わって体の中に流れ込んでいる大地人の1人。人気のない土の上を歩くのが好きで、その時もお金を貯めて大地の中央部の赤い砂の地に来ていました。ある時、野宿した小さな塩湖のほとりでふと目を覚ましたウィランは、夜明けの光の中で辺りの野山が全て逆さまになって空中に浮かんでいるのを見て驚きます。しかも野生のスモモの枝にかけておいた水袋には、もうすぐ夏だというのに薄い氷が張っていたのです。その後出会った大地人の老人によると、それは氷の精・ニンヤの仕業。そして自宅に戻ったウィランは、各地で霜が下りるという異常な事態が立て続けに起きていることを知ることに。当てもなく霜を追いかけ始めたウィランは、大地の声を聞き、土の族(やから)の勇者・コー=インと出会います。ニンヤたちは火の力を持つ岩の怪物・始祖ナルガンを倒して、この地を氷で覆おうとしていたのです。ウィランは北部の岩の精霊・ミミと共に、ニンヤたちからを大地を守る旅に出ることに。(「THE ICE IS COMING」渡辺南都子訳)

ウィラン・サーガ第1巻。珍しいオーストラリアのファンタジーです。この作品の「大地人」とは、オーストラリアの原住民・アボリジニのことであり、アボリジニが伝承する民話やそこに登場する精霊たちがこの作品の背景となっています。もちろん主人公の青年・ウィランもアボリジニ。
一読して感じたのは、とても現実的なファンタジーだということ。舞台となる世界が現代のオーストラリアだということもありますし、ウィランがガソリンスタンドでバイトをしながらお金を貯めて旅行をする部分もそう。旅の途中で列車にも乗っています。しかしウィラン自身が大地人なので、そんな現代的な舞台に土着の精霊たちがとても自然に存在しているのですね。大地の真ん中で燃える火の中から、どろどろに溶けて噴出した岩の怪物・ナルガン、その中でも一番の年寄りで大地の芯に近い始祖ナルガン、北部の岩の中に住む精霊・ミミ族、氷の洞窟の中に住む、緑の目をした美男子のニンヤ族、土の族の勇者コー=インやコ=ヨ=ロアン、角のあるヤホー、プタカン、南部の小人たちワ=サ=グン=ダールやナイオルたち。彼らは善でも悪でもなく、ただその大地に根ざした精霊たちだということが良く分かります。
オーストリアに後から入植した白人は、「幸福人」と「内陸人」に分けられています。自分たちこそがこの大地本来の住民であり、この地にあるものは、なにもかも自分たちのものだと思っている「幸福人」。幸福を求めて生きることこそが、幸福人の仕事であり務め。そして元々幸福人と同じ種族でありながら、年老いた大地の働きかけによって別の種族となってしまった「内陸人」。この作品の中では、それほど大きく書かれているわけではないのですが、それでもやはり「大地人」のウィランとは、はっきり異質の存在だということが分かります。オーストラリアの白人だけでなく、北半球の欧米人や日本人なども幸福人なのでしょう。やはりそこには確かなメッセージが感じられます。

「水の誘い-ウィラン・サーガ2」ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★★
「氷の覇者」となったウィラン。彼は自分の住む東部の海岸沿いにある町に戻り、新しくホテルのした働きの仕事を見つけます。魔力の石は元にあった場所に戻すことに。しかし山に戻り、元の場所に戻ったウィランをとらえたのは、水の精・ユンガムラの歌声でした。その歌は、ウィランが頭から振り払おうとしても、執拗にウィランに付きまとうのです。そしてウィランの元に、ウララが何人かの大地人を連れてきます。それは皆、ウィランの成し遂げたことを知り、賞賛しようとする人々。ウィランはその人々の来訪を喜ばず、ウララが内陸部の井戸の様子がおかしいと知らせてきた時も動こうとはしませんでした。しかし前回の旅から1年ほど経ったある日、ウララが連れて来たのはトム・ハンターという大地人。トムはウィランに会うために1千マイル以上もの旅をしてきたのです。雨が降らず、井戸の水がなくなり、泉も干上がってしまったと聞いたウィランは、トムやウララと共に、再び旅に出る決意を固めます。(「THE DARK BRIGHT WATER」渡辺南都子訳)

ウィラン・サーガ第2巻。
今回新しく登場する水の精・ユンガムラは、前回風に吹き飛ばされてしまったミミと同じように、サイクロンの嵐によって海まで吹き飛ばされてしまったという設定。ミミもユンガムラも自分の意思で自分の土地から離れたわけではありません。しかしミミが吹き飛ばされても特に自然環境に変化はなかったようなのですが、ユンガムラが吹き飛ばされてしまったことによって、大地の水の流れが大きく変わってしまうのです。なぜ1人のユンガムラが自分の土地へ帰れなくなるだけで、大地の水にそれほどの影響が出るのかは明らかにされていませんし、なぜ雨が降らないことに関係するのかも不明。もし彼女の歌声にそれほどの遠くまで届く力があるのなら、姉妹たちにも彼女の居所が分かるのではないかと思ってしまうのですが…。やはり岩の精のミミよりも、水の精のユンガムラの方が、直接的に大地に影響を及ぼしやすいということなのでしょうか。多少納得がいかない部分もあるものの、物語自体は1巻以上に力を持って、強い流れを感じさせてくれますね。今回は不思議な大地人・マーブ・ブラがとても良かったです。
今回のウィランは、前回の旅からは想像もつかないほど大きなものを得ることになるのですが、それにもまして大きな犠牲を払うことになります。そして今回の旅の結末がどうなったのか、ウィランの道がどちらを向くことになったのかは、次巻の「風の勇士」に持ち越されることになります。

「風の勇士-ウィラン・サーガ3」ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★★
ウィランが妻・ムラと共に昔ながらのやり方で自由に暮らし始めていた頃、東の国に住む大地人のジミー・ジンジャーが海老漁に出ている時に今まで見たこともない魔物に出会います。それは体が全然なく、薄暗い中に凹凸の黒い顔のようなものが浮かび、真っ赤に燃える2つの目玉だけが見える魔物。ジミーはマングローブの茂みの中に泊めていた舟に逃げ込むのですが、魔物はそこまで追ってきて、ジミーは結局水の中に落ちて死ぬことに。ジミーの噂は、大地人の間に口伝で広まっていきます。そして噂をまるで聞くことなく日々を送っていたウィランを訪ねてきたのは、コー=インからの使い。困ったことが起きたのですぐに来て欲しいという言葉を聞き、ウィランはムラと共にコー=インの国へと向かいます。しかし大きな川に差し掛かった時、ユンガムラの姉妹たちがムラを迎えに来たのです。ムラが嵐と共に連れ去られて気落ちするウィランの元に現れたのは、コー=インその人でした。(「BEHIND THE WIND」渡辺南都子訳)

ウィラン・サーガの第3巻。最終巻です。
前巻「水の誘い」の旅の結末がきちんと書かれていなかったのですが、ウィランとムラは一緒に暮らし始めていたのですね。しかし幸せな暮らしの中でウィランが密かに恐れていたのは、ムラがいつかまた水の精に戻ってしまい、ウィランの元から去ってしまうのではないかということでした。
オーストラリアのファンタジーということで、「北は寒く、南は暖かい」という、これまで読んできた北半球のファンタジーの常識を覆されますし、春夏秋冬が実際に何月の話なのか分からないという部分はありましたが、アボリジニの伝承に伝わる土着の精霊たちなど、北半球のファンタジーには見られない個性がとても楽しかったです。しかし精霊たちのことも南の大地のこともアボリジニのことも、読み進めるうちにかなり掴めたような気はするのですが、物語としては、最終的な踏み込みがもう一歩足りないような気もします。沢山登場する精霊もそれぞれに個性的なのですが、それらのモチーフを沢山登場させて歩き回らせただけで、今ひとつ生かしきれなかったのではないかと感じてしまいます。それでも「大地人」という存在、彼らが守るべき大地の物語はやはり面白かったです。今や大地人よりも多数派となってしまった白人たちですが、アボリジニたちは侵略され、差別され続けても、大地人としての誇りを忘れず、何も知らない白人たちを、大きな懐を持って逆に見守っているのですね。
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