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このページは、ダイ・シージエの本の感想のページです。

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「バルザックと小さな中国のお針子」ハヤカワepi文庫(2007年4月読了)★★★★

文化大革命の嵐の吹き荒れた1971年のはじめ、再教育のために鳳凰山奥の小さな村へと送り込まれた羅と「僕」こと馬剣鈴。羅は有名な歯医者の息子で18歳、「僕」は普通の医者の息子で17歳。普通なら2年の再教育が終われば町に帰ることができるのですが、反革命分子の息子である2人が帰れる可能性は、千分の三もないのです。厳しい労働に明け暮れる中、2人は仕立て屋の美しい娘・小裁縫に恋をします。そして友人のメガネがこっそり隠し持っていた本を借りることのできた2人は、初めて読む西欧文学、バルザックの「ユルシュール・ミルエ」に夢中になり、小学校卒業程度の学しかない小裁縫にもバルザックのことを語って聞かせることに。(「BALZAC ET LA PETITE TAILLEUSE CHINOISE」新島進訳)

在仏中国人であるダイ・シージエが書いた自伝的作品なのだそうです。
許される本といえば、赤い小冊子「毛沢東語録」のみ。それ以外の全ての本は禁書として扱われるような世の中で、こっそり西欧文学を読んだ時の衝撃というのは、私たちが日頃している「読書」とは計り知れないほどの違いがあるのでしょうね。メガネと呼ばれる青年の持っていたバルザックやユゴー、スタンダール、デュマ、フロベール、ボードレール、ロマン・ロラン、ルソー、トルストイ、ゴーゴリ、ドストエフスキー、ディケンズ、キプリング、エミリー・ブロンテ…。主人公の「目がくらみそうだった! 心は酔いしれて朦朧となり、気を失うかと思った」という言葉がとてもよく分かります。彼らにとってはそれはまさに宝の山。それまで愛国心や共産主義、政治思想、プロパガンダといったことしか知らなかった彼らに、それらの本は色鮮やかな人生を描き出していきます。食べるために働くというきわめて現実的で閉ざされた生活の中だけでは味わえない、様々なことを知る喜び、想像する喜び。それらが彼らの眩しいばかりの青春と重なります。いくらこういった世界に閉じ込められていようとも、「再教育」をされていようとも、到底抑えきれないものというのはありますよね。
そしてそうやって読んだ本の影響は三人三様。このラストには驚かされました。彼らのその後の物語もぜひ読んでみたいものです。


「フロイトの弟子と旅する長椅子」ハヤカワepiブック・プラネット(2009年3月読了)★★★★

中国の難関中の難関である選抜試験を優秀な成績で合格し、フランス政府国費留学生として80年代末からパリに留学していた莫(モー)。彼はフロイト派の精 神分析学を学び、中国初の精神分析医として、11年ぶりに中国に帰国。そして中国での大学時代からずっと恋焦がれているフーツァンを刑務所から救い出すた めに、法曹界の実力者・狄(ディー)判事のもとを訪れます。フーツァンは、中国警察による拷問の場面を隠し撮りして、ヨーロッパのマスコミに売った罪で捕 らえられていました。1万ドルを差し出した莫に狄(ディー)判事に要求された賄賂は、「まだ赤いメロンを割っていない」女性、すなわち処女。莫は条件に叶 う女性を探し求めて、中国を旅して回ることに。(「LE COMPLEXE DE DI」新島進訳)

「バルザックと小さな中国のお針子」に続く長編第2作。
今回も面白かったのですが、きちんと小説らしい構成と展開をしていた「バルザック〜」に比べて、かなり読みにくい作品です。物語が時系列順で展開していくのではないですし、筆の赴くまま、話が奔放に飛んでいってしまいます。つきつめてしまえば、かつて好きだった女性を救うために莫が奔走する物語というだけなのですが、その理由が分かるのも、少し後になってから。
物語が始まった時、莫は既に処女探しを始めています。しかし莫が真剣に処女探しをすればするほど、物語はどんどん喜劇的になっていきますし、それは訳者あとがきで「ドン・キホーテ」が引き合いに出されている通り。ラストも可笑しいですね。そもそも40歳にもなるいい大人の男性が、一体何をしているのでしょう。懲りない莫。しかし「懲りない」といえば、ここに登場する面々が1人残らず「懲りない面々」と言えるかもしれません。たとえ何が起きても、何が降りかかっても、彼らのようにしたたかにやり過ごすというのは、もしや大陸的な強さ、底力なのでしょうか。
「Le complexe de Di」という題名は、「Le complexe d'OEdipe」(エディプス・コンプレックス)のもじりでもあるのだそうです。中国人男性固有の「処女と性交することで世紀を得たい」というコンプレックスのことなのだそう。ロバート・ファン・ヒューリックの狄判事シリーズはまだ1冊しか読んでいませんが、こちらの狄判事はとても好人物なので、名前が丁度良かったとはいえ、少々気の毒な気も…。ちなみに「長椅子」は、精神分析の時の必須アイテムです。この邦訳センスがまた素敵ですね。

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