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このページは、ヴィクトル・ペレーヴィンの本の感想のページです。

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「恐怖の兜」角川書店(2009年2月読了)★★★★★

そこにあったのは、アリアドネのスレッド。その冒頭にはアリアドネによる「私を見つけようとする人といっしょに、自分も姿を消してしまえるような迷宮を私はつくろう。これは誰が何について語ったのか?」という書き込みがありました。最初からそこにいたメンバーは「オルガニズム(^O^)」「ロミオとコイーバ」の2人。やがて「ナッツ・クラッカー」が加わります。どうやら3人とも、気がついたら古代ギリシャ人の衣裳・キトンを着せられて同じような小部屋にいたようなのですが…。やがてそのチャットには「モンストラダムス」「アリアドネ」「イゾルデ」が、そしてさらに「ウグリ666」「サルトリスト」が加わります。(「THE HELMET OF HORROR」中村唯史訳)

元ネタはギリシャ神話の中のミノタウロスのエピソード。迷宮に閉じ込められたミノタウロスを、その姉に当たるアリアドネの助けを得てアテネの王子・テセウスが倒すというものです。ヴィクトル・ペレーヴィンはロシアでは人気の作家なのだそう。ロシア人作家によるチャットとギリシャ神話という組み合わせに興味を引かれたのですが、これがなかなかの難物でした。
8人はそれぞれに小部屋におり、そこにはベッドやキーボード付のデスクがあり、上の方の壁には液晶ディスプレイがはめ込まれ、バスルームがあり、部屋の外に通じるドアがあります。チャットで個人を特定する用語が出そうになるたびに「xxx」という伏字になりますし、ハンドルネームも本人の意思に関係なく勝手につけられたもの。それでも8人はそれぞれに個性的なので、打ち込まれた言葉だけ見ていたとしても見分けるのは容易なはず。そしてチャットなので短い言葉のやり取りがメインなのでさくさくと読み進められるのではないかと思ったのですが、その内容は実際にはとても観念的。この難解さには驚かされました。アリアドネの夢の話、アリアドネが夢の中で出会った小人とアステリスク(ミノタウロス)の話辺りから、読めば読むほどわけが分からなっていく様は、まさしく迷宮状態といえそうなもの。ギリシャ神話では、テセウスが迷宮を脱出するのを手伝うアリアドネなのですが、ここでは逆に迷宮の奥深くに迎え入れているかのよう。
彼らは部屋から出ることもできるため、彼らの体験がそれぞれに語られることになるのですが、その話の中で「ディスクール」という言葉が登場します。これは「物事や考えを言葉で説明すること。またはその言葉、言説」。迷宮の中では「ディスクールとともに進むべきだ」という言葉。このチャットこそが、言葉のみで成り立っているものですし、これはとても暗示的ですね。8人がいるのは同じ場所とは限りませんし、全ての人間が本当のことを話しているという保証もありません。実際それによってトラブルも起こることになります。それでも「もじゃもじゃ髪の男」は、迷宮では「ディスクールとともに進むべきだ」と言っているのです。
おそらくそれらの話の1つ1つを完全に理解する必要はないのでしょうけれど… あまりの分からなさに自分が情けなくなるほど。それでも面白いのがすごいです。この作品はいずれまた読み返してみたいです。訳者あとがきに、エピグラフの日本語訳にはボルヘスの「八岐の園」も使ったとありましたが、まさにこれはボルヘスの雰囲気なのかもしれませんね。

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