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このページは、ミロラド・パヴィッチの本の感想のページです。

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「風の裏側-ヘーローとレアンドロスの物語」東京創元社(2009年10月読了)★★★★★

【ヘーローの物語】…化学専攻の学生・ヘロネア・ブクルことヘーローは、ベオグラードの繁華街のカフェ・金のビア樽亭の上階に間借りしながら、学業不振の子供相手にフランス語の家庭教師をして生活費の足しにしていました。しかしある時、自分が夢にとらわれているのに気付いたヘーローは、兄の住むプラハへと旅立ちます。
【レアンドロスの物語】…代々石工、鍛冶、養蜂を生業としてきたチホリチ一族。しかしレアンドロスの父親だけは例外で、故郷のドナウ川上流のヘルツェゴヴィナを出て、ドナウ川河畔のベオグラードへと移住。そしてレアンドロスは、小さい頃から先祖代々の家業を継ぐための手ほどきを受けていたにも関わらず、ある日突然巣立ちます。(「UNUTRASNJA STRANA VETRA」青木純子訳)

へレスポントス海峡を挟んで向かい合うセストスとアビュドスの町。アビュドスに住む青年・レアンドロスは、セストスにある古い塔に住む、愛と美の女神・アプロディテ祭祀の美しい巫女・ヘーローと許されざる恋に落ちてしまいます。そして毎晩ヘーローが掲げる炬火の明かりを頼りに海峡を泳いで渡り、忍び逢うのですが、ある冬の嵐の晩、炬火の火は風に吹き消され、方向を見失ったレアンドロスも力尽きて溺れてしまうのです。そして翌朝、浜辺に打ち上げられたレアンドロスの亡骸を見たヘーローは塔から身を躍らせて自殺… という神話の物語を元にした作品。そしてパヴィチは、ヘレニズム時代(5〜6世紀)の文法家・ムサイオスの作と伝えられる恋愛叙事詩「ヘーローとレアンドロス」を下敷きにしているのだそうです。
この物語のレアンドロスは17世紀に生きる石工。レアンドロスは他人の3倍の速さで生きており、周囲に存在する生命の律動を見分けることができ、トルコ軍の襲撃から逃げまどいながら電光石火で教会を作り続け、そしてうねる海を炬火目指して泳ぎ続ける夢を見ます。そしてやがて自分の体内に2種類の時が流れているのに気付くことになります。対するヘーローは、20世紀の女子学生。代々発破師の家系で、12時05分に死ぬ運命。バイト先では2人の子供を教えていることになっているのに、そこにいるのは10歳の少年が1人だけ。その妹のカチュンチツァを目にすることはないのです。やがて自分の中から現在形と過去形がすっかり抜け落ち、未来形しか残っていないことに気付いたヘーローは兄の住むプラハへと向かうことに。…お互いに相手を知ることなく生き、そして死んでいくヘーローとレアンドロス。現実的な接点は何もありません。しかしその死の瞬間、2人は時を超えて結びつけられるのです。それはまさしくレアンドロスの言う、「ヘーローとレアンドロスを隔てているのは海の水ではなくて、時間の波ではないでしょうか。たぶんレアンドロスの泳いでいたのは時間の海でしょう、水ではない」というもの。神話における物語で2人の間にあったものは海であり、2人を引き裂いたものは死ですが、この作品において2人の間にあったものは時間であり、そして死は2人を引き裂くのではなく、結びつけるものとなっています。時よって隔てられ、死によって結びつけられた恋人たちの物語。
本のどちら側も表紙であり(同時に裏表紙でもあり)、天地が逆になっており、一方からはレアンドロスの物語が、もう一方からはヘーローの物語が始まります。物語同士に直接的な関連はなく、そのどちらから読んでもいいという趣向。ちょうど中心に収まっている水色の神は、まるで海のような色。そして、両方を読んで初めて気付くような暗示的な言葉が、物語の中に沢山潜んでいます。私はヘーローの方から読んでみたのですが、レアンドロス側から読めばまた違う印象を持つのでしょうか。ヘーローから読む場合は、ヘーローを読んでレアンドロスを読み、そして再びヘーローを読む、レアンドロスから読む場合はその逆という「1回半読み」がおすすめなのだそうです。

レアンドロス P.14「風には表と裏があってな、雨の中を吹きぬけても風には乾いたままの部分がある。それを風の裏側という。」


「帝都最後の恋-占いのための手引書-東欧の想像力4」松籟社(2009年6月読了)★★★★★

ナポレオン戦争時代のセルビア。トリエステの船主でもあり劇団の所有者でもあり、フランス軍騎兵隊の大尉でもあるハラランピエ・オプイッチと、ギリシャ系の母・パラスケヴァの息子として生まれたソフロニエも、今やナポレオン軍騎兵隊の中尉。幼い頃から大いなる秘密を心に抱き、自分を変えたいと強く願ってきたため、彼の中にはいつしか密かで強力なものが芽生え、若きオプイッチの体には変化が現れます。(「POSLEDNJA LJUBAV U CARIGRADU」三谷惠子訳)

22枚の大アルカナカードと56枚の小アルカナカードから成るタロットカード。タロットの発祥は古代ギリシャのエレウシスの秘儀やヘルメス神崇拝にまで遡り、ジプシーたちがカルデアやエジプト、イスラエル、そしてギリシャにもたらし、地中海沿岸一帯に広めたとされています。この本はそのタロットカードの大アルカナカードをなぞらえた物語。カードと同じく全部で22の章に分かれており、最初から最後まで章の順番に読むこともできれば、魔法十字法、大トライアド法、ケルト十字法といった占いをしながら、それぞれのカードに対応する章を読んでいくことも出来るという物語です。巻末には実際にタロットカードがついて占いに使えるようになっており、その図柄はミロラド・パヴィッチの息子のイヴァン・パヴィッチによるものだとのこと。パヴィッチは事典の形式をとる「ハザール事典」や、本の両端から始まって本の真ん中で出会う水時計小説「風の裏側」、クロスワードパズルをしながら読み進める「お茶で描かれた風景画」、2通りの結末がある「文房具箱」、星占いの手引書の形をとった「星のマント」といった小説があり、小説の構造や形態で遊びながら読者を巻き込むタイプの作品を得意としているようですね。
タロットカードが使われている小説といえば、まず思い出すのがカルヴィーノの「宿命の交わる城」。それにどこから読んでも大丈夫な作品というのは一体どういうことなのだろうと思ったのですが、巻頭の「本書におけるWho's who 登場人物の系譜と一覧」に、まずこの作品の登場人物に関するデータが揃っていました。ここで書かれている人間関係はとても入り組んでいて、最初は理解するのが大変なのですが、その5ページさえしっかり読んでおけば、あとはまず困らないでしょうね。納得です。
そして今回、私はまずは最初から通して読んだのですが、とても面白かったです。1枚1枚のカードに沿った物語が正位置にも逆位置にも対応しているようですし、最初の「愚者」のカードから22番目の「世界」のカードまで順番通りに通して読んでも、きちんと筋の通る小説となってるのが凄いです。最初、スタート地点にいる愚者は、21の通過儀礼を通り抜け、世界を知るというわけなのですね。もちろん、元々のタロットカードの順番そのものがよく出来てるというのもあるでしょうけれど、それでもやはり凄いです。しかも文章にも世界観にも遊び心が満載で、とても楽しいのです。優雅な大人のお遊びでした。次回はぜひランダムに読んでみたいと思います。

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