Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、ガース・ニクスの本の感想のページです。

line
「サブリエル-冥界の扉-古王国記I」上下 主婦の友社(2006年10月読了)★★★★★

古王国生まれのサブリエルは、父・アブホーセンの意向で5歳の時に古王国を離れ、「壁」の向こうのアンセルスティエールにある私立学校・ワイヴァリー学院へ。現在は中高等部の第6学年の18歳、あと3週間でワイヴァリーでの最終学期を終えようとしているところでした。その日は新月で、恒例のサブリエルは父親が影を送ってくる日。しかしアブホーセンが現れないまま時間は経ち、突然、西寮に真っ黒な生き物が入ってきたと騒ぎが持ち上がります。サブリエルが駆けつけると、そこには冥界の生き物がいました。しかしその生き物の意図を確かめようと冥界に入っていったサブリエルに、アブホーセンの声が聞こえます。それはアブホーセンの使いだったのです。アブホーセンの剣と7つの小さな銀のハンドベルのついた革帯を受け取ったサブリエルは、アブホーセンに何があったのか調べるために、早速古王国へと向かうことに。(「SABRIEL」原田勝訳)

古王国記シリーズの第1作。1995年オーストラリア・ファンタジー大賞受賞、1997年米国図書館協会ベスト・ブックに選定されたという作品です。
設定がとてもややこしくて、それを飲み込むのに時間がかかってしまったのですが、とても面白かったです。この世界では、まず普通の世界の中に、古王国という魔力が非常に強く、現代的な機械が機能しない一帯があり、普通の世界からは「壁」で隔離されています。ここにある魔術は「チャーター魔術」と「フリー・マジック」の2つに分けられるのでしょうか。サブリエルの父は強力なチャーター魔術師であり、剣とハンドベルによって、蘇った死霊を冥界に眠らせるのが仕事。
頭の中にチャーター・マークを思い描いたり、指先を定められた手順によって動かして術をかけ、結界を作って冥界に下りていくチャーター魔術の場面が一種独特ですし、それぞれに大きさも音色も役割も違う7つの銀のハンドベルの存在がいいですね。眠りを呼ぶ「ランナ」、眠りを覚ます「モスラエル」、聞く者を動かす「キベス」、死者の声をあらわす「ダーリム」、考えや記憶を蘇らせる「ベルガール」、敵を縛る「サラネス」、追放のベル「アスタラエル」というベルは単体で使うこともできますし、力のある魔術師なら組み合わせることも可能。しかし簡単に使えるものばかりではなく、使い方を一歩間違えると魔術師も滅ぼしてしまう危険性をはらんでいます。サブリエルやアブホーセンが冥界と行き来する場面もとても魅力的。冥界そのものも、流れる水の音がとても印象的なのですが、魔術師が生の世界に戻ってきた時に、体中についていた霜がぱきぱきとはがれる様子も良かったです。とはいえ、こちらも一歩間違えれば魔術師の命を奪いかねない危険をはらんでいるのですが…。そして登場人物も良いですね。特に白猫のモゲットは、首輪をしている時は、口が悪く尊大ながらもアブホーセンに忠実に仕える存在でありながら、一旦首輪を外すとその力の限りでアブホーセンに襲いかかるという、2つの相反する性質を持っている存在。サブリエルとの普段のやり取りは楽しいのですが、緊迫感もあり、作品全体の雰囲気を引き締めているようです。そう考えていくと、この作品ではそれぞれのモチーフの闇の濃さが、光を一層際立たせているように思えてきます。しかし死霊が頻繁に登場し、主人公自身冥界と行き来するせいか、全体的に重苦しい雰囲気が漂うのですが、実はそれほど暗くありません。主人公と周囲の人々が一丸となって悪に立ち向かい、使命をやり遂げるからなのでしょうか。
難を言えば、ラブロマンスの入れ方が少々安易な気もしましたし、一応三人称で書かれているはずの文章の視点が揺れて、違和感を感じる部分もありました。それでもこの世界観はなかなか魅力的。古王国についてもまだまだ謎だらけですし、7つの門を持つ冥界についてももっと知りたくなります。続編の「ライラエル」「アブホーセン」も楽しみです。


「ライラエル-氷の迷宮-古王国記II」上下 主婦の友社(2006年11月読了)★★★★★お気に入り

ケリゴールが現アブホーセンの呪縛にかかり、閉じ込められてから14年。サブリエルとタッチストーンの手によって敵は一掃されたはずの古王国で、ネクロマンサー(死霊使い)の動きが再び活発になっていました。そしてクレア氷河の奥では、父を知らず、母をも失ったライラエルが絶望していました。ライラエルはクレア族特有の明るいブロンドと青い目、浅黒い肌の代わりに黒い髪に茶色い目、そして青白い肌の持ち主だというだけでも浮き上がっていたのに、14歳の誕生日を迎えてもまだクレア族特有の「先視の力」が発現せず、その日九日守の声役のクレアに名前が告げられることもなかったのです。まだ11歳になったばかりのアニシールの名が告げられるのを聞いたライラエルは、アニシールの目覚めの儀式に出ることをやめ、自ら命を絶つことを考えて1人氷河の上に向かう階段を上り始めます。(「LIRAEL」原田勝訳)

古王国記シリーズの第2作。
今回もサブリエルやタッチストーンは登場しますが、今回の主人公はライラエルとサメス王子。あっさり世代交代してしまうのには驚かされますが、2巻が始まった時点で、王国では既に14年の歳月が流れています。主な物語が展開するのは19年後。
物語はライラエルとサメス王子の視点から交互に語られていきます。一度は自殺を考えながらも、図書館での仕事、そして「不評の犬」の存在を得たことによって、どんどん生き生きとしてくるライラエル。好奇心旺盛ですし、得意のチャーター魔術をかける場面やフリーマジックの場面がとても楽しいです。しかしそんなクレアのパートに対して、サメス王子の情けなさは鼻につきます。序盤で1人冥界に入っていったことがトラウマになってしまっているのは分かるのですが、それにしても自分の生まれに甘えているとしか思えません。義務を放棄して自分の世界に閉じこもり、だからといって、久しぶりに帰ってきた両親に言いたいことひとつ言えないでいるサメス王子。これほど何もできない人間が、本当にアンセルスティエールのワイヴァリー学院にいた頃は優秀だったとは信じられないのですが…。2人のパートは、あまりにもアンバランスに感じられてしまいます。
しかし先視の力を授かるのが遅ければ遅いほど強い力を得られることが多いように、悩みが大きければ大きいほど、自分探しに手間取れば手間取るほど、一旦迷いを捨てれば確固たる自分を得られるもの。2巻から3巻へは直接繋がっているようなので、そちらの展開もとても楽しみです。


「アブホーセン-聖賢の絆-古王国記III」上下 主婦の友社(2006年12月読了)★★★★★

タッチストーンとサブリエルは古王国を出て、アンセルスティエールのコーヴィアの市街へ。ここは「壁」から500マイル南にあって大気は冷たく淀んでおり、強い北風が吹いている時さえ、生まれもった魔術の力をかすかに感じ取れる程度の場所。2人は人民議会の根回しのためにドーフォース議員のガーデンパーティに出席しようと車を走らせていました。しかし深い霧の中、車は<わが祖国党>のデモ隊に襲われ、次いで武装した集団が投げた手榴弾が炸裂したのです。一方、サメスとライラエル、不詳の犬と白猫のモゲットはアブホーセンの館にいて、周囲を<仮面のクロール>や何百もの奴霊に取り囲まれていました。2人と2匹は、館のバラ園の中にある井戸から外に脱出し、ネクロマンサーのヘッジに操られているニコラス・セイアーを助けるために紅の湖へと向かうことに。(「ABHORSEN」原田勝訳)

古王国記シリーズの第3作。最終作です。
「ライラエル」では、ほとんどただのお荷物だったサメス王子も、ここに来てようやくしっかりと自分自身のやるべきことをやるようになり、前巻に感じていた苛々も解消。とても面白く読めました。が、物語の展開の速度が速まった分、1作目「サブリエル」の時に感じていたような重厚さが薄れてしまったようで、それが残念でもありました。
今回は、1作目の時からとても興味のあった冥界についてじっくり書かれていて、それがとても素敵でした。やはりこのシリーズは、こういった描写がいいですね。7つの銀のハンドベルを持って敵と対峙する場面も良かったです。しかしモゲットと不詳の犬については、結局分かったような分からなかったようなといった感じでしたし、チャーターマジックやフリーマジックについても同様。古王国記シリーズとしてはこれで終わりですが、またその辺りについて書かれることもあるのでしょうか。せっかくの世界観なのですから、太古の昔の古王国の様子についてなども読んでみたいところ。特にフリーマジックしかなかったところにチャーター魔術が生まれた時のことや、チャーター聖賢のことももっと知りたいですし、歴代のアブホーセンとモゲットの話なども面白そう。いつか外伝的な作品でまた古王国と出会いたいものです。

Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.