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このページは、神話・伝承の本の感想のページです。

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「カレワラ物語-フィンランドの国民叙事詩」キルスティ・マキネン 春風社(2006年2月読了)★★★★

あわ立つ海面を吹いた風によって身ごもった、美しい大気の乙女・イルマタル。しかし700年経ってもお腹の子供は生まれず、大気の乙女は東、西、北西、南へと泳ぎ続けます。そしてさらに何十年も待ってようやく子供が生まれるのですが、生まれた時からヴァイナモイネンは力が強く、賢く、とても年を取っていました。(「SUOMEN LASTEN KALEVALA」荒牧和子訳)

世界三大叙事詩の1つ、フィンランドの叙事詩「カレワラ」を物語の形にしたもの。(他の2つは「イーリアス」と「ラーマーヤナ」) 元々の叙事詩は、19世紀に民間説話からまとめられたのだそうです。他の国の神話のように世界の成り立ちが描かれているのですが、最初の神の1人のはずのヴァイナモイネンも、まるで普通の人間のように描かれているのが面白いです。内容的には神話のはずなのですが、古代のフィンランドの英雄譚といった方がぴったり。英雄たちの力比べは腕力よりもまず魔法。それぞれに魔法に通じており、呪文合戦も盛んに行われます。さすが魔法使いの本拠地とされているラップランドだけありますね。そして魔法をかけたり、相手の魔法を打ち消すには、物それぞれの「起源の言葉」が必要というのも面白いです。魔法は特別なものではなく、博学な者ほど魔法の力を強く持っているのです。ヴァイナモイネンが船を作るのも、木を削ったり釘を打ったりするのではなく、魔法の歌から。そしてこの叙事詩の主な登場人物は、ヴァイナモイネン、鍛冶屋のイルマリネン、漁師のレンミンカイネン、ポホヨラの魔女ロウヒ、その美しい娘。
そして興味深いのは、ロウヒがイルマリネンに作らせる「サンポ」という道具。天空をも作ったイルマリネンぐらいにしか作り出せない道具で、飾りつきのふたのある箱。片側は粉を引き出し、片側は塩を作り、三番目の端は貨幣を作るのだそうです。そしてこのサンポを作る時、イルマリネンは金属を槌で打ったりしません。ふいごで火をおこし、材料を押し込み、奴隷に火をかき混ぜさせていると、炉の真ん中にだんだんと何かがぼんやり形を現してくるのです。最初は金の弓、次は赤い船、雌の仔牛、金色の刃を持つ鋤、そしてようやくサンポが出来上がります。
読む前に期待したほど北欧色が強くなかったのですが、求婚に行く時に、まずサウナに入るというしきたりは北欧ならではですね。これによって、目が生き生きと輝き、頬が赤くなり、手足が白くなり、男前に変身するのだとのこと。そしてフィンランドの民族楽器カンテレの誕生する場面も描かれています。最初は人々が巨大なカマスを調理して食べ、その残った顎の骨でカンテレに雄馬のしっぽの毛で作り出し、後にはヴァイナモイネンが白樺の木と乙女の髪で作り出すことになるカンテレ。ヴァイナモイネンは生まれながらに偉大な歌い手だったそうですが、それまでは伴奏となる楽器はなかったのでしょうか。カンテレの誕生は意外と遅かったのですね。


「カレワラ-フィンランド叙事詩」リョンロット編 岩波文庫(2007年2月読了)★★★★★お気に入り

長く純潔を守っていた大気の乙女・イルマタルは、波の上へと降り立った時に、澄んだ海の面を吹き渡る風によって身ごもります。しかし700年もの間、胎児は乙女を離れようとはせず、乙女は水の母として東に西に、北西に南へと泳ぎ続けることに。しばらくすると鴨が現れ、巣がける場所を探します。それを見た乙女が海の中から膝を出すと、鴨はその膝の上に巣を作って6つの黄金の卵と1つの鉄(くろがね)の卵を産み、暖め始めます。しかし肌が焼けるのを感じた乙女が膝を揺すった時、卵は落ち、砕けたかけらから大地や大空、太陽や月、星、雲が出来るのです。乙女は海から頭を出して世界を創造し始めます。全てが終わった頃、乙女の子宮の中にいたワイナミョイネンは母の胎内をこじ開けて外へと生まれ出ることに。(小泉保訳)

以前にも「カレワラ」は読んだのですが、子供用の物語という形式に満足できず、叙事詩として訳されているこちらの本を選ぶことに。こちらは19世紀のエリアス・リョンロットが、民族詩採集の旅で集めた詩や伝承によって、16章5052行だった「原カレワラ」を補修改訂して出版したもの。リョンロットが最初出版したものは32章12078行あり、「古カレワラ」と呼ばれ、その後50章22795行にまで補足拡充したものが「新カレワラ」と呼ばれ、現在広く知れ渡っている民族詩集「カレワラ」なのだそうです。そしてこれはその完訳。
「カレワラ」で一番面白いのは、魔法のかけ方。魔法をかけるためには、関係するその物の起源の呪文を唱えなければなりません。例えば鉄による傷を治すために、まず「鉄の起源の呪文」が唱えられ、続いて「鉄を罵倒する呪文」が唱えられます。「鉄の起源の呪文」がそもそもの基本であり、「鉄を罵倒する呪文」で鉄に昔の惨めさを思い出させ、それによって鉄を支配しようとするのです。そして「血止めの呪文」「軟膏の呪文」「守りの呪文」「包帯の呪文」という一連の呪文で治療。それぞれの事柄の根本的な原因を知り、必要な呪文を次々に唱えられる呪術師こそが、力のある呪術師なのです。たとえばレンミンカイネンがマルカハットゥに襲われた時、レンミンカイネンは呪文を知らなかったために傷の治し方が分からず、そのまま死ぬことになるのですが、ワイナミョイネンが言葉を求めて、深い知識を持つ巨人・老アンテロ・ピプネンの口の中へと入った時、ピプネンは「駆除の呪文」「不明な危害の根元の呪文」「自然の病気での保護の呪文」「厄病呪病の根元の呪文」「災禍抑制の呪文」「救援の呪文」「生地へ駆逐する呪文」「報復の呪文」「一般魔除けの呪文」「閉じ込めの呪文」「運び出しの呪文」「起動の呪文」「脅迫の呪文」「困惑の呪文」と、次々に唱えて、その実力を見せ付けることになります。(結局ワイナミョイネンを排除することはできないのですが) 次から次へと必要な呪文を唱えるのも面白いですし、1・2章で簡単に語られた天地創造に関して、さらに新しいことを知ることができるのが興味深いです。そして男たちがそれらの呪文を朗々と歌い上げている場面を想像するのも楽しいですね。
小泉保さんの訳はとても読みやすく面白いですし、解説も勉強になります。ギリシャ神話や北欧神話を始め、各地の神話や聖書などとの比較もあり興味深いです。当時のフィンランドの風俗や生活も見えてくるのがいいですね。ただ、この世界の神々については、ここではあんまり体系的に語られていません。時々話のついでに登場する程度。どうやら、「カレワラ」こそが神話というわけでもないようです。神話と重なる部分も多いのではないかと思うのですが、あくまでもフィンランドの伝説に基づく叙事詩という位置づけ。至高神・ウッコや死者の地であるトゥオネラのことなど、純粋な神話も読んでみたいのですが… そういった本もあるのでしょうか?


「カレワラ神話と日本神話」小泉保 日本放送出版協会(2007年3月読了)★★★

フィンランドの国民的叙事詩カレワラを主軸に、古事記や日本書紀、さらにはギリシャ神話や北欧神話を始めとする世界各地に伝わる神話や民間伝承を比較し、共通するモチーフを抽出していく本。 現在一般に「カレワラ」と呼ばれて知られているものは、エリアス・リョンロートによって編集・創作されたもの。この本では主に創作の手の入らないカレワラ原詩を取り上げて、天地創生(卵生神話)、課題婚、呪的逃走、カレワラの骨格、再生、天体解放、児童神、禁室型説話、宇宙樹、 母子神、兄妹相姦、三機能という12章から考察していきます。

+自分用のメモ+
天地創生…卵生神話
  ギリシア、中国(盤古)、ヘブライ、日本
課題婚…3人(5人)の求婚者または3つの課題
  日本(オホクニヌシ・竹取物語・今昔物語)、その他絵姿女房・天人女房(日本・トルコ以東・インド・中国)
呪的逃走…妖魔に追われて投げる呪物が、森・山・川等の障害物となる、あるいは逃走者が変身
  日本(イザナギ・御曹司島渡・三枚の御札)、ウラル系マンシ族・マリ族、ギリシア神話(金羊毛伝説)、グリム童話(ヘンゼルとグレーテル)
カレワラの骨格…小さ子の誕生、動物の報恩譚、呪宝・美姫の妖魔よりの奪回
  日本(桃太郎)
再生…勝負と殺害・変死の合図・殺害からの再生
  エチオピア文書、日本(オホクニヌシ・小栗判官)
天体解放…隠れた太陽・隠された太陽
  日本(天の岩屋)、アッサムのアボル族、アイヌ、カナダ西海岸のベラ・クーラ族
児童神…小さな形を持った神が人界に出現して福徳をもたらす
  日本(スクナビコナ・器の雷神・小泉小太郎・牛若丸)、ギリシア(ゼウス)、マンシ族、デンマーク(アムレス説話)
禁室型説話…超自然的性質を有する女性との結婚、禁制条件発生、禁室における女性の変身、夫が禁制を破り妻は立ち去る
  ドイツ(美しきメルジーネ)、日本(トヨタマビメ・鶴女房・狐女房・魚女房)、朝鮮(鯛女房)、エストニア(漁師と人魚)
宇宙樹…聖書(生命の樹と善悪を知る樹)、北欧神話(とねりこの大樹・ユグドラシル)、古事記(天の御柱)、エストニア神話(樫の大樹)、スマトラバタク族神話(運命の木)
母子神…母をよりましとして、その身体を借りて王子神が降りる、母子相姦、豊穣神、黄金の花嫁
  ギリシア(アドーニス神話・ピュグマリオーン神話・パンドーラー神話)、日本(八幡神、八丈島の丹娜婆)、小スンダ列島リウング族、エストニア(黄金の女)他
兄妹相姦…古事記(軽王・軽大郎女)、今昔物語(兄妹島)
三機能…祭政・軍事・生産
  ローマ(ユーピテル・マールス・クィリーヌス)、北欧(オーディン・トール・フレイ)
  日本(アマテラス・スサノヲ・オホクニヌシ)
  カレワラ(ワイナミョイネン・レンミンカイネン・イルマリネン)、フィン(ユマラ・ウッコ・ペッレルボイネン)

世界各地に伝わる物語に共通する部分がこれほど沢山あるのには驚かされましたし、とても興味深いですね。しかしこの本では、ここにもあそこにも共通する部分があると列挙するだけで、今ひとつ整理されていないようにも思えましたし、そこから導き出される考察というものが不足しているように感じられました。例えばそれらの共通する部分がこのようにして広まっていった、あるいはこういうモチーフには根底にこのような意味があるなど、あと一歩踏み込んで欲しかったです。
それにこの題名も、中身とは少しニュアンスが違うような気がします。これでは「カレワラ神話」と「日本神話」が比較対照されているように思ってしまいそうですが、日本神話の比重はそれほどでもありません。あくまでも主軸は「カレワラ」。しかも、ここに登場するのは叙事詩である「カレワラ」なのです。ワイナミョイネンやイルマリネン、レンミンカイネンはあくまでも英雄ですし、この本でも「カレワラの三英雄」と書かれてます。言葉の定義としては、「神話」だからといって必ずしも神が登場する必要はないようですが、フィンランドにもユマラ、ウッコ、ペッレルボイネンという神が存在し、自然界の神やヒーシという悪魔もいるのです。なのに、これらの存在にはほとんど触れられていなかったのがとても残念。私としては、その辺りがもっと知りたかったのですが…。


「カレワラ タリナ」マルッティ・ハーヴィオ編 北欧文化通信社(2009年2月読了)★★★★

19世紀に民間伝承の歌をリョンロットが採取し、物語として流れるように並べて今の形となった「カレワラ」。フィンランド人にとって「カレワラ」とは、カンテレという楽器の伴奏に合わせて吟唱するものなので、長い間「カレワラ」が散文では書かれることはなかったそうなのですが、20世紀になってから、元ヘルシンキ大学教授のマルッティ・ハーヴィオ博士が散文の「カレワラ物語」を出版することになります。その訳がこの本。「タリナ」とは物語という意味なのだそうです。(坂井玲子訳)

以前レグルス文庫で出ていたものの再版だそうです。きちんと叙事詩の形で訳されている岩波文庫版に比べると、どうしてもかなりの簡易版となっていますし、私の好きな「事物の起源」を唱えることによって魔法をかけるという部分も相当あっさりしてしまっているのが残念なのですが、それだけに頭の整理や復習にはいいですね。まとまりが良くて読みやすく、これはカレワラ入門にも最適なのではないかと思います。


「魔術師のたいこ」レーナ・ラウラヤイネン 春風社(2008年7月読了)★★★★★お気に入り

秋の山で湿原に広がった真っ赤なこけのじゅうたんに足を踏み入れた「わたし」は、その美しい景色に見とれているうちに、すっかり道に迷ってしまいます。一番高いところから見極めようと山道を登り始めた「わたし」が見つけたのは、コタと呼ばれる、白いトナカイの皮で作ったサーメ人の小屋。無人のコタの中には焚き火が燃えており、今はラップランドからいなくなってしまった魔術師ツォラオアイビの魔法のたいこが置かれていました。トナカイの骨で出来たスプーンのようなバチでたいこを叩くと、たいこの上にあった輪がたいこの皮に描かれた絵から絵へととびはねます。そのたいこは100年に一度、運よくコタを見つけた人にだけ、ツォラオアイビが残していった物語を聞かせてくれるのです。(「TAIKARUMPU KERTOO」荒巻和子訳)

ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド北部、ロシアの西北部といった地域で、トナカイの放牧をしてきた住民族・サーメ人に語り伝えられてきた12編の物語。
「青い胸のコマドリ」では、光の精ツォブガと闇の精カーモスの戦いが描かれ、どのようにしてラップランドに白夜の夏や闇に覆われる冬ができたのかが描かれます。それ以前はカーモスが世界の北半分を、ツォブガが南半分を治めていたのですが、ある時道に迷って永遠の闇に閉ざされた雪と氷の世界に入り込んでしまった青いコマドリが、北の地で産んだ自分の卵を守りたくてツォブガに必死で訴え、ツォブガが立ち上がったのです。「そこでツォブガはカーモスのマントをめがけて力いっぱい熱い息を吹き付けました。火花のようないきおいでした。たちまち地平線のあたりでカーモスのマントが青い煙を上げてくすぶり、見る見るうちに炎をあげて燃え始め、東の空が金色や赤にそまってかがやきました。これが朝焼けの始まりです。…このようにして、白夜の夏ができたのですね。そして「やがて秋がしのびよってきました。マントをつくろい終えたカーモスが、地平線のあたりからラップランドのようすをうかがっています。カーモスは黒い胸にたっぷりつめこんできた冷気を、今こそとばかりに力いっぱいあたりに吹きつけました。ツォブガも必死でたたかい赤い炎を吹きつけたので、カーモスのマントのすそがまた燃え始めました。西の空と地のさかいに現れる夕焼けは、こうして始まったのです。」と、半年もの間、闇に覆われる冬のことも語られます。いずれにせよ燃えるのはカーモスのマント。ツォブガの白いつばさは無事だというのが面白いです。
タビネズミの大群が突然西を目指して歩き始め、ついには海に飛び込んでしまうのは、かつて「魔法の笛」と呼ばれた笛の名手の少年の吹く笛の音が西から聞こえてきたから。北風、南風、東風、西風が今のように決められた季節に決められた方角から吹くようになったのは、魔法使いのツォラオアイビの歌うヨイクで招きよせられ、帽子の中に閉じ込められてしまった時に約束したから。オーロラの始まりは、マレッタという娘とどちらが結婚するかで争ったオウラとアスラクという2人の若者が広げる美しい布がとがった星の角に引っかかって、宇宙の黒い風にはためいているもの。長い冬に人々が耐えられるようにツォブガが人々に与えたのは、花の中に太陽の光をたくわえて金色に熟す野イチゴ・ヒラ。アイリガスという美しい若者が心惹かれたのは、深い緑色の目と砂金のように光る髪を持つ地の精・ウルダ。北極星の少し東よりにあるサルヴァ(青い大シカ)という星座は、魔術師ツォラオアイビに弟子入りしたモルテンが、スターロ(魔物)の青い大シカと一緒にかがやく星となったもの。この世の最初の白樺の木は、コルッタ族の王との結婚から逃げ出した美しいインケル・エリと、インケル・エリを愛するヨブナ。山の風は、ヨイクが胸に溢れている青年・ウーラマッチが歌う声。初めは銀色だった花びらが赤く変わり、そして濃い青紫色になるきんぽうげの花は、美しい少女・アイラが変わったもの。飼っていた銀の角を持つ真っ白なトナカイがいなくなり、魔術師のツォラオアイビも姿を消してしまったこと。北極圏の厳しい自然の中で暮らす人々が語り伝えてきたのは、やはり自然にまつわる物語が中心なのでしょうね。読んでいると鮮やかな色彩が浮かび上がってくるような、情景が印象的な物語ばかりです。生き生きとした夏も素敵ですが、それ以上に静謐な美しさを持つ冬の情景が印象的。

収録:「魔術師のたいこ」「青い胸のコマドリ」「魔法の笛」「風の帽子」「オーロラのはじまり」「太陽の野いちご」「ウルダとアイリガス」「青い大シカ」「白樺の誕生」「山の風」「氷河に咲くキンポウゲ」「銀の角のトナカイ」


「エッダ-北欧歌謡集」新潮社(2006年7月読了)★★★★★

<エッダ>
【巫女の予言】
…オーディンの要請を受けた巫女が語る、世界と神々について。
【オーディンの箴言】…オーディンの語る知恵といましめ。
【ヴァフズルーズニルの歌】…オーディンと物識り巨人のヴァフズルーズニルの知恵比べ。
【グリームニルの歌】…フラウズング王の2人の息子は、それぞれオーディンとフリッダの養子となります。
【スキールニルの旅】…美しいゲルズに恋したフレイは、スキールニルに剣を与えて求婚に行かせます。
【ハールバルズの歌】…東の国からの帰途、トールは渡し守と口論することに。
【ヒュミルの歌】…トールとチュールは巨人ヒュミルの館へ、麦酒を用意する大鍋を借りに行きます。
【ロキの口論】…巨大な鍋を手に入れたエーギルは神々のための麦酒を用意するのですが、酒宴の最中、ロキがエーギルのよく出来た従者を殺してしまいます。
【スリュムの歌】…槌を盗まれたトールは、ロキとフレイヤの助けを借りて巨人から取り戻すことに。
【ヴェルンドの歌】…フィン王の3人の息子は、白鳥の羽衣をかたわらに置いて亜麻を織っているヴァルキューレたちと7年の間結婚するのですが…。
【アルヴィースの歌】…トールの娘と結婚したい小人のアルヴィースは、トールと知恵比べをすることに。
【フンディング殺しのヘルギの歌I】…シグムンド王とボルゲヒルドの間に生まれたヘルギは15歳を迎えた時、国と民を長く苦しめたフンディング打ち殺します。
【ヒョルヴァルズの子ヘルギの歌】…美しいと評判の女を妻にするという誓いを立てたヒョルヴァルズ王のために、アトリが美しいと評判のシルグリン姫の元に赴きます。
【フンディング殺しのヘルギの歌II】…フンディング王を倒し船で逃げたヘルギは、ヘグニ王の娘・シグルーンと出会います。
【シンフィエトリの死について】…シグムンド王の長男・シンフィエトリは、継母・ボルグヒルドの注いだ毒入りの酒を飲んで死ぬことに。
【グリーピルの予言】…シグムンドとヒョルディースの息子・シグルズは、誰よりも賢くて未来を予言できるグリーピルに会い、自分の人生の予言を聞き出します。
【レギンの歌】…レギンがシグルズに語った物語。獺の姿に化けていた兄弟・オトがオーディン、ヘーニル、ロキに殺され、レギンたちは身代金として黄金を要求。ロキは網で捕まえたアンドヴァリに黄金を持ってくるように命じます。ロキはアンドヴァリが1つだけ残しておこうとした腕輪も取り上げたため、アンドヴァリはその腕輪に2人の兄弟と8人の王の不和の種になるよう呪いをかけることに。
【ファーヴニルの歌】…レギンにファーヴニルを殺すようにけしかけられたシグルズは、レギンにもらった名剣グラムで龍の姿のファーヴニルを倒します。レギンのためにファーヴニルの心臓をあぶっていたシグルズは、ファーヴニルの心臓の血によって鳥の言葉を理解することに。
【シグルドリーヴァの歌】…シグルズは、山上でヴァルキューレのシグルドリーヴァを眠りから覚まします。
【シグルズの歌 断片】…ライン河の南で、シグルズはグンナルやヘグニ、ゴトホルムによって殺され…。
【グズルーンの歌I】…死んだシグルズの傍に座ったグズルーンの嘆き。
【シグルズの短い歌】…龍に打ち勝ったシグルズはギューキを訪ねてグンナルやヘグニと友となり、若いグズルーンを得ることに。しかしグンナルの得たブリュンヒルドはシグルズに心を奪われていたのです。
【ブリュンヒルドの冥府への旅】…シグルズの死後、ブリュンヒルドの願いで2つの火葬場が用意されます。1つはシグルズのもの、そしてもう1つはブリュンヒルドのものでした。
【ニヴルング族の殺戮】…ファーヴニルの黄金を全て手に入れたグンナルとヘグニ。しかしアトリ王の姦計によって討たれることに。
【グズルーンの歌II】…グズルーンはブリュンヒルドの兄・アトリとの結婚を薦められます。
【グズルーンの歌III】…アトリの側女・ヘルキャは、グズルーンが不貞を働いているとアトリに告げます。
【オッドルーンの嘆き】…オッドルーンは、ヘイズレク王の娘・ボルグニーにグンナル王とのことを語ります。
【グリーンランドのアトリの歌】…グズルーンの送ってよこした腕輪によって警告されていたグンナルとヘグニは討たれ、しかしアトリは自分の息子たちの心臓を食べることに。
【グリーンランドのアトリの詩(うた)】…アトリとグンナル王、ヘグニのさらに詳しい物語。
【グズルーンの扇動】…シグルズとの間の娘・スヴァンヒルドを失ったグズルーンは、ヨーナク王との間の3人の息子にその復讐を焚きつけます。
【ハムジルの歌】…グズルーンの3人の息子の死。
【バルドルの夢】…バルドルの悪夢のため、オーディンは巫女を墓から起こしてバルドルの運命について尋ねます。
【リーグの歌】…リーグと名乗ったヘイムダル神が地上を旅して、奴隷、百姓、貴族の祖先をもうけます。
【ヒュンドラの歌】…フレイヤが勇士・オッタルのために、女巨人ヒュンドラに系図を語らせます。
【グロッティの歌】…2人の女巨人フェニヤとメニヤは碾臼にうんざりし、予言をして石臼を壊します。
【フン戦争の歌 またはフレズの歌】…父であるヘイズレク王の死後、兄のアンガンチュールが全王国を相続して支配することを知ったフレズは、アンガンチュールの館へと向かいます。
【ヒルデブランドの挽歌】…部下の勇士たちが討たれたことを知ったヒルデブランドは、異母兄アースムンドの元へ。すぐさま戦いが始まります。
<スノリのエッダ>
【ギュルヴィたぶらかし】
…スヴィジオーズを治めるギュルヴィ王は、ガングレリと名乗ってアースガルズへと赴き、様々な古い神々についての物語を聞くことに。(「EDDA/SNORRI STURLUSON,EDDA」V.G.Neckelその他編 谷口幸男訳)

古代北欧語で書かれたゲルマン神話および英雄伝説の集成「エッダ」(古エッダ)と、13世紀にアイルランドの詩人・スノリ・ストルルソンによって書かれた「エッダ」(散文エッダ)の中の第一部に当たる神話大観「ギュルヴィたぶらかし」。ちくま文庫の「エッダ・グレティルのサガ」には14編しか収められていなかった古エッダが37編収められている完訳版です。訳者の谷口氏は、北欧研究の第一人者と言われる方なのだそう。
この中で特に好きなのは、「スキールニルの旅」や「ロキの口論」、「スリュムの歌」、あとはシグルズ伝説でしょうか。例えば「オーディンの箴言」など、女性には贈り物をして美しさを褒めよ、などかなり具体的で、個人主義な部分が見える部分も面白いです。そして「スノリのエッダ」の「ギュルヴィたぶらかし」も、古エッダの内容がとても分かりやすく書かれていていいですね。「スノリのエッダ」のほかの部分もぜひ読んでみたくなってしまいました。そしてちくま文庫の「エッダ」でも感じていたことですが、同じ人物また違う設定で書かれていたりと矛盾点も多いのですが、それがまた口承文学らしいところなのでしょうね。例えば例えばブリュンヒルドのことも、「ファーヴニルの歌」「シグルドリーヴァの歌」では、オーディンの意図しない人間に死をもたらしたヴァルキューレとして罰を受けていますが、「シグルズの短い歌」ではアトリ王の妹であり、ごく普通の王女として暮らしています。ちなみに「ニーベルンゲンの歌」でのブリュンヒルドの設定は、イースラント(アイスランド)の女王。
ただ、注釈も多いですし、一読しただけで内容を掴みきるのは難しいかと。散文調の物語で内容をある程度掴み、その上でまだ興味があれば、ぜひ読んでおきたい1冊です。


「エッダとサガ-北欧古典への案内」谷口幸男 新潮社(2008年7月読了)★★★★★
題名の通り、「エッダ」と「サガ」の2章に分かれています。「エッダ」の章に収められているのは、神話と「鍛冶屋ヴォルンド」「フンディング殺しのヘルギ」「シグルス」という3編の「エッダ」に収められている英雄伝説。そして「サガ」の章には「宗教的学問的サガ」「王のサガ」「アイスランド人のサガ」「伝説的サガ」の4つの分類で、文学的な価値の高い20数編のサガが紹介されています。

エッダは北ゲルマン人の間に伝えられた韻文の歌謡形式による神話と英雄伝説。その完訳は、同じく谷口幸男氏による「エッダ-北欧歌謡集」でも読んでいるのですが、こちらはそれを分かりやすく散文にまとめたもの。一方サガは、アイスランド人の12〜13世紀頃からの歴史的な出来事を描いた散文物語。ごく短い散文の作品はサットルと呼ばれるのだそうです。
サガには英雄伝説はもちろん、アイスランドへの植民のことから、アイスランド定住後の生活ぶり、ヴァイキングとしての略奪行為、首長たちの争い、そしてアイスランドにどのようにキリスト教が伝わり広がっていったかなど、歴史的な資料ともなり得るところが面白いです。もちろんそういった作品は多かれ少なかれ脚色されており、事実そのままではないのですが。そしてサガは中世に一般的だった韻文形式ではなく散文の文学というのも独特なのですが、ラテン語ではなく自国語によるものだったというのも大きな特徴。これはアイスランドには宮廷や王といったものが存在せず、ノルウェーなどのように王侯・貴族を中心にラテン語による教育が行われなかったからのようです。
ここで紹介されるエッダもサガも谷口氏がまとめた梗概のみなのですが、基本的なことがとても分かりやすくまとまっていますし、アイスランドサガに関する本自体とても少なく、しかも絶版となっているものが多くてなかなか読めないので、北欧神話に初めて触れる人には最適の1冊なのではないでしょうか。


「北欧神話」パードリック・コラム 岩波少年文庫(2007年3月再読)★★★★★お気に入り
昔々、今私たちが見ている太陽や月とはまた違う太陽や月があった頃。太陽はソール、月はマーニーと呼ばれ、オージンやトール、ローキ、フリッダやフレイヤ、その他にも沢山の神々がおり、世界には沢山の人間がいました。しかし太陽や月が狼によって食い殺され、神々が滅ぼされ、ラグナリョーク「神々の黄昏」と呼ばれる出来事が起きたのです。その後また新しい太陽や月ができ、オージンが深い森の中に寝かせておいたリーフという名の女性とリーフスラジルという名の男性が目を覚まし、新しい世界の住民となったのです。神々の中ではオージンの息子のヴィーダルとヴァーリ、トールの息子のモージとマグニが残っていました。(「THE CHILDREN OF ODIN」(Padraic Colum)尾崎義訳)

エッダ、スノリのエッダを元にアイルランドの詩人で劇作家のパードリック・コラムが再話した北欧神話。「アースガルドに住む神々」「さすらいの旅人オージン」「魔女の心臓と神々のたそがれ」という3章に分かれています。エッダを元に書き上げているのですが、多少コラムの創作も入っているようですね。少年少女向けだけあってとても分かりやすい物語調。それぞれのエピソードの繋げ方もいいですし、物語冒頭で神々の黄昏後を語っている構成も面白いです。神話の中でも北欧神話が特異なのは、いつか来る「神々の黄昏」を皆が知っているということでしょうね。知っていて、不安に感じていて、それでも避けられない終末。自然に衰退していく神話は多いと思うのですが、これほどはっきりとある日終末を迎えてしまう神話も珍しいと思いますね。


「北欧の神話-神々と巨人のたたかい」山室静 筑摩書房(2006年8月再読)★★★★

一面に霧に包まれ、真ん中にギンヌンガの裂け目という深い穴だけが広がっている世界。その世界の北側には闇と霧に閉ざされたニブルヘイム(霧の国)があり、南側には炎の光り輝いているムスペルヘイム(炎の国)がありました。ムスペルヘイムでは、最も大きな巨人スルトルが炎の剣をにぎって見張りをしており、その剣の先からこぼれた火花がギンヌンガの穴の底にある氷の塊の上に落ち、蒸気を上げています。その蒸気がニブルヘイムからの冷たい風に凍りついて生まれたのが、巨人のかしらとなるユミル。ユミルは、同じように生まれた巨大な牝牛の乳を毎日飲み、牝牛は氷のかたまりについている塩を毎日舐めていると、その氷の塊の中からはブリという美しい神が現れます。ブリはボルという男の子を産み、ボルは巨人の女ベストラと結婚して、オーディン、ヴィリ、ヴェーの3人の神々が生まれ、3人はユミルを殺してその身体から世界を作ることに。

世界は9つあり、アサ神族の神々の住むアスガルド、ヴァナ神族の住むヴァナヘイム、妖精の国アルフヘイム、小人の国スヴァルトアルフヘイム、人間の国ミッドガルド、巨人族の住むヨツンヘイム、火の巨人スルトルの支配するムスペルヘイム、ヘルが支配する死人の国ヘル(ニブルヘル)、雪と氷に覆われた極北の地ニブルヘイムに分かれています。アスガルドにある神殿のオーディンの玉座のほかの12の座に座るのは、トール、チュール、バルドル、ニヨルド、フレイ、ブラギ、ヘイムダル、ウル、ヘズル、フォルセチ、ロキ、オード。神話で活躍する女神はオーディンの妻・フリッグ、フレイの双子の妹フレイヤ、トールの妻・シフ、若返りの林檎を持つイドゥン、スウェーデンから大地を鋤き取ってきてシェーラン島を作ったゲブン(ゲフィオン)。 アスガルドには、死んだ勇士たちの集まるワルハラも。
著者の山室静さんは北欧文学の研究家で、アンデルセンやリンドグレーン作品の翻訳をし、さらには日本にムーミンを紹介したという方なのだそう。
この「北欧の神話」は、古詩集「古エッダ」と13世紀のアイスランドの詩人スノリ・ストルルソンの「エッダ」、同じくスノリの書いた北欧古代史「ユングリング家のサガ」、そしてデンマークのサクソの「ゲスタ・ダノルム」(デンマーク人の事跡)から話を取って、書かれているのだそうです。先日「古エッダ」を読んだところなのですが、それだけでは分からない部分も多く、やはり難しいので混乱気味。こちらを読んで頭の中がすっきりと整理できました。この「世界の神話」シリーズは、分類としては児童書に分けられるのだろうと思うのですが、ポイントを掴んだ説明はとても分かりやすいですし、案外詳しくて読み応えがあります。、他の執筆陣を見ても、なかなかしっかりとした方が揃っているよう。実はかなりいいものが揃っているのかもしれません。
ページ数の関係からなのか、「ベオウルフ」や「シグルドの竜退治」などの英雄伝説などは全て略されており、それは少し残念だったのですが、北欧神話入門編として一読の価値のある1冊だと思います。


「ヘイムスクリングラ-北欧王朝史」スノッリ・ストゥルルソン 北欧文化通信社(2008年12月読了)★★★★

スノッリ・ストゥルルソンの書いた北欧王朝史「ヘイムスクリングラ」。この中には「ユングリングサガ」「ハルヴダン黒髪王のサガ」「ハラルド美髪王のサガ」「ハーコン善王のサガ」「灰色マントのハラルド王のサガ」が収められています。 (「HEIMSKRINGLA」谷口幸男訳)

13世紀のアイスランドの詩人・スノッリ・ストゥルルソンの「古エッダ」と並ぶ代表作。
この本を読んでまず驚いたのは、北欧の民族の起源をアジアとしていること。そして北欧神話の主神・オーディンを実在の英雄として捉えていること。アジアの東の地にアーサランドあるいはアーサヘルムと呼ばれる国があり、その首都がアースガルズであり、支配者がオーディンだったというのです。そしてそのオーディンが、後に人々を北欧まで導くことになったというのです。神々の都・アースガルズは北欧ではなかったのですね。この実在の支配者・オーディンは、常勝の偉大な戦士。オーディンの祝福は人々の旅を安全に守り、窮地に陥った時にその名を呼べばオーディンの救いが得られるものとされていたのだそう。つまりそこから信仰の対象となっていったというわけですね。実在のオーディンの妻もフリッダであり、フレイとフレイヤがアースガルズに来ることになった出来事も、オーディンがミーミルの首から様々なことを聞き出したことも、フレイがゲルズと結婚したことも、史実として語られているのが面白いです。 とは言え、神話と共通する部分は「ユングリングサガ」の最初の方だけ。その後はフレイの子孫である王の話が続き、それらの王に関してはエピソードもそれほど豊富ではないので、正直それほど面白くないのですが、記録することこそが大切だったのでしょうね。
しかし時代が下り、「ギスリのサガ」などにも登場するハロルド美髪王の時代の話になると、そちらはエピソードも豊富ですし、また面白くなります。この本1冊で、「ヘイムスクリングラ」のまだ4分の1なのだそう。順次刊行されるそうなので、ぜひ追いかけたいと思います。

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